ご無沙汰しております。アメーバへ引っ越しました「俳句の風景」をまだ、ご覧になっていない方は、簡単ですので、下記をGoogleやYahoo!で入力し、検索していただきますと、すぐに出てまいります。アメーバ俳句の風景アメーバで続けておりますので、ぜひご覧ください。よろしくお願い申し上げます。引っ越し先へのお誘い
写真と自作の俳句を掲載しています。
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この度、gooblogが11月18日に終了するため、Amebaに引っ越しをいたしました。本日から下記URLとなりますので、コピーして引き続きお楽しみくださいますようお願い申し上げます。Amebaの「俳句の風景」URLhttps://ameblo.jp/peacemer/引っ越しのお知らせ
年輪の朽ちし切株猿茸担子菌類、サルノコシカケ目サルノコシカケ科・マンネンタケ科・キコブタケ科の菌類のうち、特に木質で多年生となるキノコを総称した一般名。立木または枯木に生え、棚形か馬蹄形に発達し、年々成長を続けて厚さと幅を増す。「霊芝」はマンネンタケの異名。公園の端の方に切株があった。切株は年輪がわからないほど朽ちていた。その切株に猿茸が生っていた。去年よりも厚み増しけり猿茸猿の腰掛
青空の珊瑚樹に夢ありにけりレンプクソウ科(旧スイカズラ科)の常緑高木。暖地の海岸に自生する。また、庭木・生垣として広く栽培される。六月頃に白い花をつけ、九月頃楕円形の小さな実が鮮やかに赤く熟し、後に黒く変わる。果実が赤く熟し、サンゴのように見えるところからこの名がある。青空のもと赤い珊瑚樹が生っていた。これを見ていると、何か夢があるように思われた。珊瑚樹を啄む鳥を見たきかな珊瑚樹
森の道抜けて夕日の葛の花マメ科の大形蔓性多年草。山野に自生する。秋の七草の一つ。八月末~九月、葉腋に花穂を出して、紫紅色の蝶形花を総状にびっしりつけ、花後、平たい莢を生じる。根の澱粉は葛粉になり、茎の繊維で葛布を織る。森の中の道を通って抜け出た。すると、樹木を覆って垂れている蔓に咲く葛の花が、夕日に照らされていた。葛の花歩き疲るることもあり葛の花
ちよつとした空地尊し力草イネ科の一年草。野原や路傍、土手、空地など、いたるところに自生する。茎の先に放射状に緑色の穂状花序を出す。標準名はオヒシバ。草質が強く簡単には切れないので、子供たちが茎と茎を絡ませて引き合う草相撲をして遊んだ。そのことから相撲草、相撲取草の名がある。歩いていると、ちょっとした空地があり、そこに力草が群生していた。こうした空地は尊いと思った。畑隅に夕影となり相撲草雄日芝
畑の上(へ)に集まつてきし蜻蛉かなトンボ目に属する昆虫の総称。腹部は細長く、円筒形。細長い透明な二対の翅は非常に強く、よく飛ぶ。複眼が大きく、触角は短い。幼虫は「やご」といい、水中に生活する。成虫・幼虫ともに肉食で他の昆虫を捕食する。収穫が終わって今は土だけになっている畑があった。その上に多くの蜻蛉が集まってきて飛んでいた。野に出れば白雲過る蜻蛉かな蜻蛉
実柘榴の日ごと赤みを深めけりザクロ科の落葉小高木。ペルシア地方原産。日本には平安時代に薬として渡来した。六月頃鮮紅色の五弁花をつけ、八~九月頃、大きな球形の果実を実らせる。果皮は黄赤色で黒斑があり、熟すると裂けて多数の種子を一部露出する。種皮は生食し、また果実酒を作る。実のなる実ザクロに対し、八重咲種は結実せず、花ザクロと呼ぶ。歩いていると実柘榴が生っていた。見るたびに赤みが深まってきた。乳飲み子のこゑのしてゐる柘榴かな柘榴
風少しあり畑隅の女郎花スイカズラ科(旧オミナエシ科)の多年草。日当りのよい山野に自生する。秋の七草の一つ。八~十月頃、茎の上部で枝分れした先に多数の黄色い小花を散房状につける。漢方では根を乾して利尿剤とする。畑隅に黄色い女郎花が咲いていた。少し風があると、女郎花はすぐに揺れた。機織のありしむかしやをみなめし女郎花
校庭に生徒らをらず秋の蟬夏から引き続き鳴く蟬の総称で、特定の蟬を指すものではない。夏に盛んに鳴いていた蟬も秋になると徐々に少なくなっていく。とはいえ、今年のように厳しい残暑が続くうちは、秋の蟬もよく鳴いている。羽化した蟬の寿命は一週間前後なので、一つの蟬が秋まで鳴き続けているわけではない。高等学校の校庭には生徒の姿は一人も見られなかった。ただ、秋の蟬が盛んに鳴いていた。ひとすじの声や夕日の秋の蟬秋の蟬
川音に癒されてをり大毛蓼タデ科の大形一年草。南アジア原産。日本には江戸時代に到来し、観賞用に栽培されたが、現在は空地や野原などにも自生する。七~八月頃、大きな花穂を半ば下垂し、淡紅色の小花を密につける。犬蓼よりも花の赤紫色が濃く鮮やかで、草丈高く葉も卵形をしていて目立つ。白花もある。川沿いの道端に大毛蓼が咲いていた。そこに佇んで、川音に癒されていた。川面にも夕映え兆し大毛蓼大毛蓼
曇り日の紫紺深めぬ秋茄子秋になって実を採る茄子をいう。秋闌けると実はやや小粒になり、色も紫紺を深める。美味で、「秋茄子は嫁に食わすな」などということわざもある。畑に秋茄子が生っていた。曇り日であったが、紫紺色が更に深まったように感じられた。秋茄子に畑の暮色のつのりけり秋茄子(あきなすび)
散策の目の楽しみや青蜜柑蜜柑は冬の季語。秋の日差しのなか青々と生っているのを青蜜柑といい、秋の季語である。また、八~九月頃に店頭に出る表皮のまだ青いものも青蜜柑という。今日ではどちらも「青蜜柑」として通用している。十月になると、わずかに色づいた路地栽培早生種が出回る。散策をしていると青蜜柑が生っていた。これを見ると目の保養になり、なぜか楽しくなった。未熟さは詮無きことこよ青蜜柑青蜜柑
身の軽くなりたき風船葛かなムクロジ科の多年草。熱帯アメリカ原産。葉腋から長い花序を出し、下部の花柄は巻きひげとなり、他の物に絡みつきながら成長する。七月頃白い小花をつけ、八月頃三稜のある風船状の果実をつける。果実は軽く、風に吹かれて揺れる。川堤の道を歩いていると、フェンスに風船葛が生っていた。これを見て、暑さで重くだるく感じる身が風船葛のように軽くなったらと思った。風船葛夕日を受けて膨らみぬ風船葛
ジョギングコース歩いてゐたる残暑かな立秋を過ぎても、八月中はまだ厳しい暑さが続く。この暑さを残暑という。一度涼しさを感じた後にぶり返す暑さは、疲労感や倦怠感を誘う。「残暑」と「秋暑し」には微妙な違いがあり、後者には涼気がひそんでいる。公園のジョギングコースを歩いた。残暑が厳しかった。秋暑し天使の梯子現るも残暑
三千年先にも葛の残るらむマメ科の大形蔓性多年草。山野に自生する。茎は一〇メートル以上になる。縦横に延び、地を覆い、木や電柱に絡みつくなど繫殖力が旺盛。根からは葛粉を採り、薬用や食用にする。真葛は葛の美称。クズは大和国吉野郡の国栖(くず)からの名といわれる。葛は繁殖力が旺盛で、川沿いの土手や原っぱ、藪、樹林など至る所で見られる。散歩をしていると木々が葛の葉に被われているところがあった。これを見ていると、三千年先の未来にも葛は繁殖しているだろうと思った。川音をのする風なり真葛原葛
鬼灯や耳底にある母の声ナス科ホオズキ属の多年草。庭先などで栽培され、鉢植にもされる。六~七月頃、淡黄白色の花をつけ、花後に萼がしだいに大きくなって球形の漿果を包み、熟するとともに赤く色づく。漿果は珊瑚の玉のように艶やかで、この外皮を口に含んで吹き鳴らして遊ぶ。道端の一角に鬼灯が赤く生っていた。それを見ていると昔を思い出し、耳底に母の声が甦った。鬼灯に暮れかねてゐるみ空かな鬼灯
速足と並足の歩やゑのこ草イネ科の一年草。野原や道端など至る所に自生する。高さは五〇~六〇センチで、花穂は緑色で毛に被われ、子犬の尾を思わせるところからこの名がある。その穂で子猫をじゃらつかせることから「猫じやらし」ともいう。散歩をするときは、なるべく速足と並足を三分ずつ繰り返す。こうすると基礎代謝が上がると言われているからである。そんな道端には狗尾草が群生していた。武蔵野の夕日や金の猫じやらし狗尾草(えのころぐさ)
川沿ひに「静かに」の札木槿垣アオイ科の落葉低木。インド・中国原産。庭木・生垣として広く栽培されている。夏から秋にかけて、紅紫色の五弁花をつける。朝に開き、夜はしぼむため「槿花(きんか)一日の栄」という言葉があり、人の栄華のはかなさにたとえられる。園芸種には白、桃色、菫色など様々あり、八重咲きの種類もある。「底紅」は、花弁の大部分が白や淡い色だが、中央に紅色が差している木槿をいう。川沿いの道を歩いていると、「静かに」という小さな札が木に掛かっていた。その向かい側の垣根に木槿が咲いていた。底紅を濡らして雨の上がりけり木槿
したたかに生くるは苦手藪枯らしブドウ科の蔓性多年草。藪や生垣、フェンスなどに絡みついて繁茂し、これが絡まると、藪でも枯れるというところから、この名がついた。夏、緑色と黄赤色の小さな花を群がってつけ、秋には丸い実が黒く熟す。別名、貧乏葛。地下茎から掘り起こしても根絶するのは困難な害草である。散歩をしていると藪に藪枯らしが咲いていた。これを見て、自分は藪枯らしのようにしたたかに生きるのは苦手だと思った。川に入る子供の声や藪枯らし藪枯らし
ひめむかしよもぎ風ある野に出でてキク科ムカシヨモギ属の一年生または越年草。北アメリカ原産。道端や都会の荒地に自生する。ヒメムカシヨモギの別称。八~十月頃、白色の小さな頭花を多数つける。明治初年に渡来し、道路や鉄道に沿って広がった。そのため、明治草、鉄道草の名がある。風の吹き渡る野に出た。そこにはひめむかしよもぎが群生していた。D51の汽笛聞きたし明治草鉄道草
道端のカンナに眠気失せにけりカンナ科の多年草。中南米原産。太い茎の周りに楕円形の芭蕉に似た大きな葉を巻き、茎の先端に唇形状の花をつける。花弁は筒形で三枚、雄蕊は六本でそのうち三本は花弁と同じ形に変わる。実際、花びらのように見えるのはこれ。花色は、濃紅、赤、橙赤、黄色など。花期は長く、六月から十一月まで咲き続ける。散歩をしていると、道端にカンナが咲いていた。その鮮やかな花の色を見て、眠気が失せてしまった。花カンナ両手に杖の媼きてカンナ
苦瓜の疣の手触り好みけりウリ科の一年生蔓植物。インド原産。日本には江戸時代に中国から渡来した。蔓荔枝の実。雌雄異花。果実は長楕円形で苦味があり、表面が小さなこぶ状の突起に覆われている。濃い緑色から、熟すと白、橙色へと変化し、裂開して中は赤色を呈する。沖縄では油炒め、豆腐とのチャンプル調理などとしてよく食べられる。ゴーヤーともいい、全国的に普及している。やや苦味があるところから、苦瓜とも呼ばれる。畑に苦瓜が生っていた。苦瓜には疣があり、この手触りが好きである。ゴーヤチャンプル苦瓜を刻む厨の窓暮れて苦瓜
初秋や通る人ゐて森の道秋の初めで、立秋を過ぎた陽暦八月に当たる。丁度残暑の頃であり、日中はまだ暑さが続く。しかし、朝夕の涼しさや日差し、雲の色、風の音などにどことなく秋を感じるようになる。初秋の道を歩いた。そんな森の道を通る人がいた。風渡る畑と森や秋はじめ初秋
旅鞄仕舞ひしままや秋曇秋の曇った天気のことで、春陰に対する言葉である。秋になると天気は不安定で、秋曇は層雲や高層雲が広がることが多く、空全体が白灰色のベールに覆わtれる。曇った日が二、三日続くと、気分も暗く沈みがちになる。世の中は連休やお盆休みというのに、どこにも出かける予定はなく、旅鞄はしまったままである。外はどんよりとした秋曇で、気が滅入ってしまう。秋陰や武蔵野にある屋敷森秋曇
畑隅の青無花果の日を受けぬクワ科の落葉小高木。西南アジア原産。日本には江戸時代初期に渡来した。食用とされるのは実のように見える花嚢といわれる部分で、小さな花が集まったものである。七~八月頃は青無花果で、緑色をしている。十月頃、暗紫色に熟すと、摘み取って食べられる。畑隅に青無花果が生っていた。無花果は秋の日を受けていた。青無花果畑道に香を漂はせ青無花果
新涼や用水泳ぐ亀のゐて立秋を過ぎて、実際に感じる涼しさのことをいう。夏の「涼し」は暑さのなかで感じるかりそめの「涼し」であるが、「新涼」は、秋になっての本当の涼しさである。涼しくなると、心地よくはなるが、やがて一抹の寂しさを伴うようになる。雨が降ってようやく涼しくなった、いわゆる新涼である。そんな中、用水に亀が泳いでいた。地蔵には多き供花あり涼新た新涼
川風に香をのせにけり花臭木クマツヅラ科クサギ属の落葉小高木。山野の日当りのよいところに自生する。葉は対生し悪臭があるので、この名がある。八月頃、枝先に分枝した花序を出し、芳香のある白い花を多数つける。雄蕊は四本で花弁より長い。川風が甘い香りを運んできた。見ると、臭木の花が沢山咲いていた。鼻寄せぬ橋のたもとの花常山木臭木の花
木洩れ日の狐の剃刀朱を増しぬヒガンバナ科の多年草。山野に自生する有毒植物。葉は春に出て、夏のうちに枯れる。線形、鈍頭で帯白色のため、剃刀に見立てられてこの名がある。八月頃、葉の枯れた後に鱗茎から葯四〇センチの花茎が伸び、黄赤色の百合に似た六弁花を横向きにつける。森の木洩れ日に狐の剃刀が咲いていた。花の朱色がより増していた。狐の剃刀なぞへの道を下りきて狐の剃刀
立秋や山鳩二羽の歩きゐて二十四節季の一つで、太陽の黄経が一三五度の時をいう。陽暦八月七日頃に当たる。暦の上ではこの日から秋に入るが、実際にはまだ暑さが厳しい。しかし、朝夕などはどことなく秋の気配が感じられる。立秋の今日、川堤の道を歩いた。そると、そこにはつがいの山鳩が歩いていた。秋立つや母子眺むるアーチ橋立秋
一雨のありし道なり夏の果夏の終わりをいう。厳しい暑さの続く立秋前後ではまだ実感が乏しい。暦の上では夏もいよいよ終わるという思いのこもった季語である。ただ、一般に夏休みといわれる社会通念上の夏と、実際的には隔たりがあるため、やや使いにくい季語といえる。今日は暦の上では夏の最後の日。雷が鳴り一雨降った。その雨の上がった道を歩いた。ゆく夏や子供広場に子のをらず夏の果
誰(た)もをらぬ墓苑を歩く極暑かな七月末から八月上旬にかけての最も厳しい暑さをいう。人は厳しい暑さに体力を奪われ、動植物もぐったりとして力を失い、うち萎れる。今日は群馬県伊勢崎市で41.8度という日本最高気温を記録した。益々危険な暑さとなり、日本は確実に熱帯化しているのがわかる。用があって誰もいない墓苑を歩いた。太陽が容赦なく照り付ける極暑であった。野に来り少しふらつく酷暑かな極暑
車避け寄りたる藪や灸花アカネ科の蔓性多年草。ときに茎は木質化し山野の藪や樹林に自生する。七月頃から、鐘状で外側が灰白色、内側が紅紫色の小さな花をつける。花が灸の色や形に似ていることから灸花という。全体に悪臭があるので、屁糞葛と呼ばれるが、これが正式な植物名である。道を歩いていて、車を避けて寄った藪に灸花が咲いていた。思わず見入ってしまった。子供らの影なくへくそかづらかな灸花
自販機をやうやく見つけ雲の峰夏、峰のように高く立つ雲をいう。俗に入道雲といわれる積乱雲のことで、そのせりあがるさまを山に譬えていう。各地には積乱雲の発生しやすい地形のところがあり、愛称をつけて、「坂東太郎」「丹波太郎」「山城次郎」「比叡三郎」などと呼ばれる。散歩をしていて喉が渇いてきた。自動販売機をようやく見つけて冷たい飲み物を買い、喉を潤した。そのとき、空には雲の峰が立ち上がっていた。雲の峰瀬音にこころ癒されて雲の峰
おはぐろの人待つ如く止まりをりカワトンボ科のトンボ。腹部は細く、雄は金属光沢のある緑色、雌は黒色。翅は静止の際に直立させる。小川のそばなどに多く生息する。別名、かねつけ蜻蛉。鉄漿蜻蛉が多数飛んでいた。歩く先々で止まり、まるで人を待っているかのようであった。おはぐろをたたせてしまふこみちかな鉄漿蜻蛉(おはぐろとんぼ)
川風に吹かるるばかり夏柳夏の葉の茂った柳をいう。柳はヤナギ科ヤナギ属の落葉高木。「柳」のみでは春の季語。春に芽吹いた葉が夏には緑を濃くして生い茂り、細長い枝を垂らす。街路樹や川辺の並木として広く植えられる。川縁に夏柳が茂っていた。その柳は強い川風にずっと吹かれ通しであった。葉柳の川面に垂るる魚影かな夏柳
雨欲しき日の続きたる青柚かな結実して間のない、小粒で濃緑色の柚子の実をいう。五月頃、五弁の淡い紫がかった小さな花をつけたのち、七月頃、濃い緑色の実が育つ。青柚は皮を擦ったり細かく刻んだりして、煮物や吸い物の香りづけに使う。このところ晴れた日が続き、ダムも干上がっているところがある。歩いていて、一雨欲しいと思っているところに、青柚が生っていた。青柚子を蕎麦の薬味としてみたり青柚
烏瓜の花ジョギングの二人過ぎウリ科の蔓性多年草。林の縁などに自生する。雌雄異株。花期は七月下旬~九月。白色の花は夕方から開き五裂し、その先が糸状に裂けて、レース糸を広げたように見える。花は朝にはしぼむが、夕闇の垣などに絡んで咲く様子は、幻想的である。川堤の道端の藪に烏瓜が咲いていた。花を見ていると、その前を夫婦らしき二人がジョギングをしながら過ぎて行った。月に雲かかりて烏瓜の花烏瓜の花
帚木やときには丸くならねばとアカザ科の一年草。ホウキグサの古名。別名ハハキグサ。中国原産。荒地に育つ。多く分枝し、高さは一メートルほどになる。こんもりと丸みを帯び、茎・枝は硬く直立し、緑色から赤色に変わる。実が生る前に刈り取って乾燥させ、箒の材料にする。東北地方では、実を「とんぶり」と呼び、酢の物や佃煮にする。帚木が列をなして沢山植わっていた。その丸い姿を見て、ときには自分も丸くならねばと思った。暫くは雨の降らずよ箒草帚木
昔せしことの一つに水遊び海や川の水辺、または庭先などで水を使って遊ぶことをいう。庭先ではビニールプールや水鉄砲などの玩具で遊ぶ。川などでは、最近の少子化の影響か、親が付き添うことが多くなった。川で子供たちが水遊びをしていた。昔子供の頃はしていたことの一つであるが、今となってはできないので、子供たちを羨ましく思った。水遊び空の青さの川にゐて水遊び
サラダ索麺冷索麺カラフルに具をのせてみぬ麺の一種で、最も細い。そうめんは索麺の音便。小麦粉を食塩水で捏ね、ごま油や菜種油をつけて細く引き延ばし、天日で乾かした麺である。普通は、冷して薬味を添えて濃い目のだし汁で食べる。竹樋に流す索麺流しは涼味満点である。最近は、索麺だけを季語として詠む例が多くなったと聞く。冷索麺は大葉などをのせて食べることが多いが、レシピを見るとサラダ索麺が多かった。真似をしてカラフルに具をのせてみた。日を惜しみ冷索麵を啜りけり冷索麺
木下闇入る決心をしたりけり夏の木立が鬱蒼と茂って、昼でも暗いさまをいう。樹下は昼とは思えぬ暗さであり、明るい場所から急に入る時など、特に暗く感じる。もともとは木下闇(このしたやみ)と読み、古歌では木暮る、木暗しと動詞・形容詞としても用いた。木下闇の道があった。少し立ち止まったが、入る決心をした。鳴き交はす鴉のゐたり木下闇木下闇
草道の川堤行く日傘かな夏の強い日差しを避けるために用いる傘をいう。綿レースを用いた高級なもの、晴雨兼用の折り畳みのもの、紫外線防止加工を施したものなど様々な日傘がある。日傘は主に女性が用いてきたが、最近では男性用も各種売られ、用いられている。両側が草に覆われた川堤を、日傘をさした人が通って行った。顔隠す日傘のひとやすれ違ひ日傘
炎天の野の道黙すほかはなし夏の灼けつくような暑い空をいう。鳥さえ暑さゆえ飛ばず、炎天下の地上は人通りまで減ってしまう。本来は炎天下と表現すべきところを炎天と詠む例は、古来より少なくはない。炎天下の野の道を歩いていた。だが、暑さで黙って歩くしかなかった。炎天下ひとり歩かむ川堤炎天
顕らかに鯉の影あり夏の川夏の河川のことをいう。梅雨期に水嵩が殖え濁流をなす川、真夏の太陽に河原の石も灼け、水量も乏しい川。あるいは山間の清流で鮎釣りをしたり、キャンプや水遊びをして楽しむ川など、時期や場所によってその趣が変わる。夏の川を見ていると、浅瀬には顕らかに鯉の姿が見られた。水を飲む鴉のゐたり夏の川夏の川
百日草そよと夕風立ちにけりキク科の一年草。メキシコ原産。暑さにも耐え、七~九月と開花期が長いことからこの名がある。茎の頂に華やかな菊に似た花をつける。花の色は、赤、桃、黄、橙と多彩で、一重咲、八重咲がある。道路沿いに百日草が何種類も咲いていた。そこへ、涼しい夕風がそよそよと吹いてきた。百日草着信音のまだ鳴らず百日草
風心地よし夏草の川堤夏に青々と生い茂る草の総称である。強い日差しのもとで、山野、土手、路傍、空地など、いたるところで繁茂し、刈ってもすぐに伸びてくる。人間を圧倒するような、自然の生命力があふれるのが感じられる。夏草が生い茂る川堤を歩いていた。すると、そこを渡ってくる風が心地よかった。夏草の日の傾けば輝きぬ夏草
片蔭の坂に足取り軽かりし炎天下、建物や塀にそって道の片側にできるくっきりとした日陰をいう。道行く人は暑さを避けて、片蔭になった涼しい所を通ったり、そこで休んだりする。暑い中、坂を上るのは難儀だが、片蔭があったので、足取りが軽くなった。片蔭を歩く人さへをらざりし片蔭
遠く見るごとき向日葵羨(とも)しともキク科の一年草。北アメリカ中西部原産。七月頃、茎と枝の先端に大きな頭状花を横向きにつける。頭状花の周辺部には鮮黄色の舌状花が並び、中央部には褐色の管状花が密集する。太陽に向かって回るといわれるが、これは蕾の時の性質。種は食用、油料、飼料に使われる。畑隅に向日葵が咲いていた。花は高々として遠くを見ているようで、羨ましく思った。向日葵やひと踏ん張りをしてみむか向日葵
梅雨明の雀の遊ぶ小径かな梅雨が終わることをいう。梅雨あがる、梅雨の後ともいう。七月十八日、気象庁は「関東甲信・北陸・東北南部が梅雨明けしたとみられる」と発表した。関東甲信では平年より一日早く、北陸では五日、東北南部では六日早い梅雨明けとなった。鬱陶しい梅雨が明けた喜びがあるが、今後本格的な夏の空となり、暑い日が続くことが思われる。梅雨明となった。雀も嬉しいのか、小径に降りて遊んでいた。梅雨明や浅瀬を歩く少女ゐて梅雨明
白南風や少し遠出の散歩道梅雨が明けた後、夏空が明るく晴れ渡り、南方向から吹いて来るさわやかな季節風のことをいう。また、梅雨が明けないうちでも、晴れ間に吹く南風をいうこともある。明るく晴れやかな気分を感じさせる。空が晴れて白南風が吹いていた。そこで、いつもより少し足を伸ばした散歩道となった。白南風や寺領の森の外めぐり白南風
期日前投票に晴れ百日紅ミソハギ科の落葉高木。中国南部原産。日本には江戸時代初期に渡来した。鑑賞用として庭に植えられる。七~九月末頃まで、枝先に白、紫、紅色の小さな六弁花を円錐状に次々につける。花期が長いため、「百日紅」と書く。「さるすべり」の和名は、樹皮が剥がれやすく幹がなめらかなので、木登りの上手い猿でも滑るだろうということからつけられた。しばらくぶりに晴れた日、参議院選の期日前投票に向かった。途中、畑の角に百日紅が咲いていたので、佇んで見上げた。影正しをり門前の百日紅百日紅
夾竹桃川音に気の晴れてきてキョウチクトウ科の常緑低木。インド原産。日本には江戸時代に渡来した。庭園、公園、緑地帯などに植えられる。六~七月の頃、枝先に鮮やかな紅色の花を群がりつける。花色は、ほかに白、桃色などがある。芳香があり、八重咲もある。川岸に夾竹桃が咲いていた。その花を見上げ、川音を聴き、滅入っていた気が晴れてきた。夾竹桃白きに故人憶ひけり夾竹桃
青蘆や橋を下校児らの渡り夏に蘆の葉が青々と茂ったものをいう。青蘆は青芒、青蔦などと同じく、「青」をつけて夏とした植物季語。春に芽を出した蘆は、細く鋭い葉をつけ、夏には二メートルほどに伸びて、水辺や水中に群生する。川沿いに青蘆が群生していた。その川の橋を下校の児童たちが渡っていた。青蘆を渡る風音聴きにきし青蘆
杖をつく老いの散歩や夏薊キク科の多年草。薊は種類が多く、春から秋にかけて花が咲くが、夏に咲く薊を夏薊と呼んでいる。野薊はその代表種。葉の先端に鋭い刺があり、紅紫色の頭状花をつける。杖をつきながら老人が散歩をしていた。夏薊の前で立ち止まり、一息ついていた。野の上のドローンの影や夏薊夏薊
畑隅の青柿に手の届きさう黄赤色に熟す前の青い柿をいう。梅雨の頃、目立たない淡い黄色い花をつけ、落花の後、七月頃青い実が育っていく。青い実は硬くて渋味があり、食べられない。畑隅に青柿が沢山生っていた。低い所に生っていたので手が届きそうであった。だが、届いたとしても食べられるわけではなかった。青柿や外(と)に暇さうな男ゐて青柿
鬼百合の灯を点しけり川堤ユリ科の多年草。北海道以外の日本各地に自生し、また観賞用や食用に栽培される。七月頃、径10センチほどの橙赤色の花を数個、下向きにつける。花は六枚の花被があって外側に反転し、まりのような形に咲く。花被片には紫褐色の斑点が散在し、雄蕊の葯(やく)も紫褐色である。鱗茎で増えるほか、茎の上部の葉腋に褐色球形の珠芽(むかご)を生じ、これでも繁殖する。夕方の川堤に鬼百合が咲いていた。それはまるで灯を点しているようであった。鬼百合の被さるほどや森の道鬼百合
黒南風や運動場に三四人暗く陰鬱な梅雨空の時期に吹く南風をいう。南に高気圧、北に低気圧が居座る夏型の気圧配置により、南からの季節風が吹く。この風を「みなみ」や「はえ」と称するが、梅雨の暗い空に吹くものを黒南風と呼ぶ。歩いていると黒南風が吹いていた。そんな中、運動場では三四人の若者だけが走ったりしていた。黒南風に騒ぐ欅を頭上にす黒南風
万緑に向かひて立てる川辺かな木々の緑が深まり、生命力に溢れる様子をいう。王安石の「万緑叢中紅一点」に基づく。中村草田男が〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉と詠んでから、季語として定着した。川沿いの向う岸に万緑が見られた。川辺に立って生命力を感じる万緑を眺めていた。万緑や乾きし畑の広がりて万緑
蒲の穂や鯉のゐる川より伸びてガマ科の大型多年草。七月頃、茎の上部に蒲の穂といわれる蠟燭型の花穂をつけ、緑褐色の雌花穂の上に黄色の雄花穂が続く。花が終わると雌花穂だけが赤褐色となり残る。秋にこの雌花がほぐれて穂絮をとばす。花粉は蒲黄(ほおう)といい、利尿・止血の漢方薬となる。川に大きな鯉が泳いでいた。その川から蒲の穂が長く伸びていた。蒲の穂の夕日集めて無風なり蒲の穂
青蔦の森やしきりにででつぽう普通蔦といえば夏蔦をさす。夏蔦は紅葉して落葉する。冬蔦は常緑で、冬も青い。夏蔦は青蔦ともいい、大木の幹、岩壁、塀や建物の壁などに、巻きひげの先端にある吸盤で張りつく。夏に壁面を覆って茂る光沢のある青蔦は涼しげである。青蔦が巻きついた木が何本も見られる森に、山鳩がしきりに鳴いていた。青蔦や森の深さのしじまあり青蔦
野萱草川音を聴くも癒しや野萱草ワスレグサ科(旧ユリ科)の多年草。中国原産。日当りのよい山野や土手などに自生する。六~七月頃、花茎の頂に百合に似た橙赤(とうせき)色の花をつける。藪萱草重弁のものが藪萱草、単弁が野萱草。「萱」は中国では忘れるという意味で、この草を帯びていると憂いを忘れるといわれ、「忘草」とも呼ばれる。川沿いの道端に野萱草が咲いていた。その前の川音を聴くことも癒しになると思った。萱草や緩やかなれど照り曇り萱草の花
助走つけ川鵜翔ちたる夕べかなペリカン目ウ科の鳥。内陸水辺の松林や杉林にコロニーをつくる。首は細長く、全身が黒色。嘴の先は曲がり、水かきがあり、遊泳、潜水が巧みで、魚を鵜呑みにする。川鵜、海鵜、姫鵜などがある。鵜は鵜飼との関わり、および営巣期が初夏であることなどから、夏季とされる。鵜飼には海鵜が使われている。泳いでいた川鵜が、いきなり羽ばたきながら助走をつけて飛翔していった。そんな夕暮れであった。川鵜飛ぶ明日へ向かつて飛ぶやうに川鵜
風吹けば枝の撓りて青林檎夏のうちに出荷される早生種の林檎をいう。青林檎は七月頃から出回る。固くて、酸味がまさる。林檎畑に青林檎が生っていた。強い風が吹くとその重さで枝が撓った。食卓の大き硝子器青林檎青林檎
つりぼりの旗立つ家や凌霄花ノウゼンカズラ科の蔓性落葉木。中国原産の鑑賞用植物。幹は節々から付着根を生じ、樹木、壁などをよじ上る。七月頃、枝先に鮮やかな橙色の花を多数つける。大形の花弁は五裂して、やや唇状となる。つりぼりと書かれた真っ赤な旗が立っていて、その奥に釣りのできる小さな家があった。旗の近くには凌霄が色鮮やかに咲いていた。凌霄の色に染まらむほど近し凌霄の花
青空へ伸びて撓まず今年竹その年に生え出た竹をいう。今年竹ともいう。竹の子は皮を脱ぎながら、盛夏には青々と丈を伸ばす。親竹をしのぐほどになると、幹も葉もすがすがしい緑で、一目で今年竹とわかる。今年竹がすくすくと青空へ伸びていた。真っすぐに伸びて撓むことがなかった。若竹や自転車駆つて女学生若竹
川沿ひの夕日明りや半夏生ドクダミ科ハンゲショウ属の多年草。低地の水辺や湿地に群生する。七月初旬に葉の付け根に白い小さな花を多数つける。花序に近い数葉は開花時にその下半部が白くなる。別名、片白草。今年の七月一日は時候の半夏生。名の由来は、半夏生の頃茎の上部の葉が白くなるからとも、その白い部分を半分化粧した姿に譬えたともいう。川沿いの道を歩いていると道端に半夏生が咲いていた。丁度夕日明りで、どの半夏生も明るく見えた。遊ぶ子の声や片白草にまで半夏生
すくすくと林の縁(へり)の竹煮草ケシ科の多年草。日本、台湾及び中国の暖地に分布する。山野に自生し、しばしば荒地に群生する。盛夏の頃、小さな白い花を円錐状に密集してつける。竹と一緒に煮ると軟らかくなるという俗説から竹煮草、茎が中空で竹に似ているから竹似草とも書くという。林の縁の日の当たるところに竹煮草が咲いていた。みなすくすくと育ち、丈が高かった。竹煮草吹かれて白き葉裏かな竹煮草
緑蔭に憩ふ人らを羨(とも)しとも夏の日差しのなかでの緑の木立の蔭をいう。木々の枝の隙間からちらちらと零れる日の斑は明るく美しい。木下闇とは違い、緑蔭は語感も明るく、その下のベンチで本を読んだり、会話を楽しんだりする人たちの表情も想像される。緑蔭の下で、くつろいで会話を楽しむ人たちがいた。平和そうで、羨ましく感じられた。緑蔭のベンチに風の心地よし緑蔭
イワツバメ橋潜ることが好きなり夏燕夏に見かける燕をいう。燕じたいは春季。ツバメ四月下旬から七月下旬にかけて、二回産卵を行う。雛を育てるために餌を運ぶ親鳥の高速の飛翔、また、巣立ち鳥のおぼつかない飛翔はこの時期のものである。夏燕が速いスピードで飛んでいた。なぜか橋の下を潜って飛ぶのが好きなように見えた。古民家の軒より翔ぬ夏燕夏燕
青芝を犬と少女の走りけり春に芽吹いた若芝は、夏になると一面に青々としてくるが、これを青芝という。庭園、公園、ゴルフ場などの手入れの行き届いた夏芝は、緑一色の絨毯を敷いたようで快い。始終新しい芽が出て、秋の半ば頃まで緑が絶えない。公園に青芝が広がっていた。その上を犬と少女が走って行った。青芝に寝転ろべば空青きかな青芝
蜜吸ふに翅震はせて揚羽蝶最も大形の蝶で、翅を広げると十センチを超える、アゲハチョウ科に属するものの総称。アゲハには黄色地に黒の模様のキアゲハや黒い地色のクロアゲハ、黒地に緑の光沢をもつカラスアゲハ、やや小形のアオスジアゲハなどがある。夏蝶は夏に見られる蝶のことで、特に大型のものが多い。梅雨に弱々しく飛ぶ蝶を梅雨の蝶という。揚羽蝶が花に止まって蜜を吸っていた。その際、絶えず翅を震わせていた。胸の前過りて草へ梅雨の蝶揚羽蝶・夏の蝶
荒梅雨の水溜りなり滑り台梅雨の後期に、台風や熱帯低気圧の影響で大量の雨が激しく降る状態をさす。時には災害をもたらすほどの集中豪雨となる。梅雨前線が停滞することで発生しやすくなる。全国的に荒梅雨で激しい雨が降った。滑り台の回りはあっという間に水溜りになっていた。荒梅雨を歩く人をり我もまた荒梅雨
南天の花緑道に散りはじむメギ科の常緑低木。東南アジア原産。難を転ずる、火災を避けるといわれる縁起がよい木で、庭に植えられる。六月頃、茎の先に大形の円錐花序をつくり、多数の白色花をつける。緑道に南天が咲いていた。早くも少しずつ散り始めていた。花南天用水ゆるく流れをり南天の花
夕暮の川音聴きぬ青胡桃胡桃はクルミ科クルミ属の落葉高木の総称。またその食用果実。鬼胡桃は山地に自生し、栽培もされる。初夏、穂状の花をつけた後、六月頃その葉陰に青い実を結ぶ。夏はまだ未熟という意をもって生胡桃とも呼ぶ。川堤に青い鬼胡桃が生っていた。青胡桃が夕暮に聴く川音を引き立てていた。一つのみ堤に落ちて青胡桃青胡桃
距離置いて猫と歩きぬ梅雨晴間梅雨の最中に晴れ上がることをいう。梅雨晴間ともいう。五月晴も同じ意味であり、入梅前の陽暦五月の好天として使うのは誤用。梅雨晴は梅雨が明けて晴天が続く場合に用いることもある。梅雨晴の一日であった。公園に行くとその端を猫が歩いていた。その猫と距離を置いて同じ方向へ歩いた。梅雨晴や公園歩く人と犬梅雨晴
自転車を転がす坂や合歓の花マメ科の落葉小高木。山地や川原に自生する。六月頃、紅色の小花を球状に集めて夕暮に開く。花弁は目立たず、雄蕊は糸状で数多く、紅色をしている。小葉が夜合間閉するので眠るように見え、「眠りの木」「ねむの木」と名付けられた。坂の下に合歓が咲いていた。その坂を、自転車を降りて転がしながら上った。校舎よりブラスの音や合歓の花合歓の花
夏萩に雨上がりけり加賀の旅マメ科ハギ属の総称で落葉低木。本州の山地にまれに自生するが、多くは庭園や人家に植栽される。宮城野萩の別称だが、俳句の季語としては宮城野萩のみならず、夏に開花する萩をさす。初夏から秋にかけて、枝先の葉腋から総状花序を出し、紅紫色の花を多数つける。犬萩や猫萩なども七月頃から咲き始める。兼六園の夏萩が花をつけていた。それまで降っていた雨がいつの間にか上がった。この夏萩は、加賀の旅で出合った花であった。夏萩や人影のなき夕間暮れ夏萩
瓢池(ひさごいけ)映る木を泳ぐ鯉をり夏の池霞ヶ池の蓬莱島夏の池は青さを深め、周りの木々や草の緑を映して美しい。霞ヶ池の徽軫灯籠(ことじとうろう)山に立つ白雲が池の水面に映えたりして涼味満点である。霞ヶ池の内橋亭(うちはしてい)夏場は池を眺め、涼を求める人々で賑わう。瓢池兼六園の瓢池を廻った。周りの木々が映る中を泳ぐ鯉がいる夏の池であった。霞ヶ池の唐崎松(からさきのまつ)廻りけり雨の上がし夏の池夏の池
梔子や水音著き鯉の池アカネ科の常緑低木。山地にも自生するが、庭園などに植えられる。六月頃、枝先に杯形で香気のある六弁花をつける。咲き始めは白色だが、のちに淡黄色に変わる。長町武家屋敷跡の野村家を見学した。庭園の池のそばに梔子が咲いていた。池に落ちる水音が高い鯉の泳ぐ池であった。梔子の花に雨つぶ武家屋敷梔子の花
鼓門(金沢駅前)やうやくに仰ぎぬ梅雨の鼓門長町武家屋敷跡暦の上では六月十一日頃の入梅から約一か月間雨の降り続く期間をいう。実際には梅雨前線は六月初旬から七月下旬まで停滞する。ただし、北海道でははっきりとした梅雨は見られない。梅の実が熟す頃なので梅雨、黴の発生しやすい時期なので黴雨という。足軽の家この度、何十年ぶりかで漸く金沢を訪れることができた。駅前の鼓門を見上げた時は梅雨らしい雨であった。青梅雨や武家跡大き石畳梅雨
小学校の土手の苗代苺かなバラ科キイチゴ属の落葉小低木。日当たりのよい原野の川原や道端に自生する。五月頃、淡紅色の五弁花をつけ、六月頃、数十粒集まって小球形になり、紅色に熟すと食べられる。実は酸味があり、食用で、ジャムや果実酒に使用される。実の熟すのが、稲作の苗代を作る頃にあたることによりこの名がある。ある小学校の土手に苗代苺が赤い実をつけていた。歩いている手の高さで、とても見つけやすかった。苗代苺摘まざりし悔い少しあり苗代苺
雲間の日差したる未央柳かなオトギリソウ科の半落葉低木。中国原産。日当りのよい土地に育つ。六月頃、茎頂に深黄色の大形五弁花をつけ、多数の雄蕊が刷毛のように立ち並ぶ。葉の形が柳に似ているので、名に柳がついた。美容柳、美女柳とも呼ぶ。漢名は金糸桃。雲の間から日が差してきた。未央柳はその日を受けて美しさを増していた。自転車道を走る銀輪美女柳未央柳(びようやなぎ)
交番の巡回中や孔雀草キク科の一年草。北アメリカ原産。庭や花壇に植栽される。六月頃、細長い花柄の先に径3センチ内外のコスモスに似た頭花をつける。舌状花は7~8個、鮮黄色で基部に濃赤褐色の蛇の目状の斑紋がある。波斯菊(はるしゃぎく)、蛇の目草(じゃのめそう)とも呼ばれる。交番の前に孔雀草が咲いていた。交番には警官がおらず、巡回中であった。菜園の風に翻弄波斯菊孔雀草
金糸梅夕暮れの風纏ひけりオトギリソウ科の半落葉低木。中国原産。日本には江戸時代中期に渡来したといわれる。庭園に植栽されている。六月頃、枝先に光沢のある黄色い五弁花をつける。似た花に、ヒペリクム・ヒドコート(タイリンキンシバイ)がある。金糸梅の園芸品種で、金糸梅より大輪の黄色い花を六月頃株一面に開花する。道沿いの植え込みに金糸梅が咲いていた。花は夕方吹き始めた風を纏っていた。百均の店に用あり金糸梅金糸梅
足止めて車道の蛍袋かなキキョウ科ホタルブクロ属の多年草。山地、丘陵、路傍などに自生する。五~六月頃、淡紅紫色または白色で内面に紫斑のある花を下向きにつける。鐘形の花は提灯に似ている。この花の中に蛍を入れて遊んだことからこの名がついたといわれている。歩道もないような車道を歩いていると、道端に蛍袋が咲いていた。車が通って危なかったが、足を止めて蛍袋に見入った。蛍袋小犬の多くとほり過ぎ蛍袋
十薬や米軍基地の散策路ドクダミ科の多年草。日陰や湿った場所に群生する。葉は心臓形で悪臭がある。五~六月頃、茎頂に四枚の白色の苞のある棒状の花序に淡黄色の小花を密集してつける。全草を乾かしたものは生薬の十薬で、漢方で消炎・解毒剤などとして用い、葉は腫物に貼る。米軍基地の中を通ることができる散策路がある。そこを歩いていると、森の下に十薬が群生していた。十薬の千や憩ひの森とふに十薬
栗咲く香畑を越えて届きけりブナ科クリ属の落葉高木。低山地の落葉樹林に広く分布する。六月頃花穂を出し、淡黄色の細い花をつける。単性花で雌雄同株。雄花は穂状の部分に密生し、雌花は基部に着く。受粉が終わると雄花は褐色に変色して落ちる。花は青臭い独特の強い匂いを遠くまで漂わせる。畑道を歩いていると栗の花の香りが漂ってきた。匂いは畑の向うの方からであった。用水の音なく流れ栗の花栗の花
下駄の音聞かずなりけり小町草(こまちそう)ナデシコ科の一年草または越年草。南ヨーロッパ原産。日本には江戸時代末に渡来し、観賞用として庭園に栽培される。花の下の茎から粘液を分泌するので、虫取撫子とか蠅取撫子と呼ばれるが、食虫植物ではない。小町草とも呼ばれる。五~六月頃、茎頂に濃紅色の小さな五弁花を散房状につける。淡紅または白色のものもある。虫取撫子、別称小町草が群生していた。その雅な名前から、そういえばこのところとんと下駄の音を聞かなくなったなあと思った。虫取撫子川音増してきたりけり虫取撫子
川風に青梅太りゐたりけり未熟で青緑の梅の果実をいう。梅の実は五~六月頃にふくらみ、やがて黄熟して甘酸っぱい香を放つ実梅となる。青いうちに枝を打って実を落とし、梅干にしたり梅酒にしたりする。川風が吹いていた。川堤の青梅が以前に見た時よりも太っていた。青梅の果実酒瓶に青増しぬ青梅
女学生の帰る自転車飛燕草キンポウゲ科の一年草。南ヨーロッパ原産。日本には明治初期に渡来し、観賞用の草花として植えられている。五~六月頃、茎頂に総状花序を直立して径三センチほどの小花を多数つける。花弁状の萼に距(きょ)があり、その形から飛燕が連想され、この名がある。花色は通常青紫色であるが、淡紫色、淡紅色、白色のものもあり、また八重咲きもある。別名、千鳥草。道端に飛燕草が咲いていた。その前を中学生らしき女学生が、自転車を駆って帰って行った。風に色散らすや畑の飛燕草飛燕草
温泉の旗ぱたぱたと青嵐青葉の茂る頃に吹き渡るやや強い南風をいう。一般に五~七月にかけて吹くやや強い風をいう。昔は「青嵐(せいらん)」と音読していたが、「晴嵐(せいらん)」と紛らわしいため、「あおあらし」と訓(よ)むようになった。青嵐が吹き渡っていた。天然温泉の入口の旗がぱたぱたと激しくはためいていた。散策の途次の自販機青嵐青嵐
雲一つなき芒種なり歩かむか二十四節季の一つで、陽暦六月六日頃に当たる。今年は六月五日。芒(のぎ)のある穀物、すなわち稲を植えることをいう。この頃から田植が始まり、天候は梅雨めいてくる。芒種の日、雲一つなく晴れ渡った。この時期、めったにない晴間なので、外へ出て歩こうかと思った。長椅子に風を受くるも芒種かな芒種
桑の実を此度も摘み川堤クワ科クワ属の落葉高木。果実は五月頃結実し、緑から黄、赤と変化し、熟すと黒紫色を呈する。味は多汁で甘い。生食のほか、ジャムや果実酒などの材料として利用される。桑の実が黒く熟すといつも摘んで食べてみる。今回も川堤に生っている桑の実を摘んで食べてみた。甘くて、結構美味しかった。桑の実や親子自転車連ねきて桑の実
ポストへと長靴履いて走り梅雨五月下旬から六月上旬頃、梅雨入りする前の、梅雨を思わせる天候をいう。正式な梅雨入り前に、すでに雨が多くなり、曇りや雨の日が続くような時期をいう。梅雨前線が早めに北上、または気圧配置が梅雨に近くなることによる。そのまま梅雨になることもあるが、晴天が戻ってくる場合が多い。走り梅雨と思われる雨が降っていた。郵便物を出しに、ポストへ長靴を履いて出かけた。走り梅雨畑の景を好みけり走り梅雨
馬鈴薯の花や農夫は軽トラにナス科の一年生作物。南米のアンデス原産。インドネシアからジャガタラ経由で慶長年間に渡来したことから、ジャガタライモの名がついた。五~六月、上部の葉腋に花枝を出し、数個の白色または淡紫色の花をつける。畑に馬鈴薯の花が咲いていた。農夫は畑道を軽トラに乗ってやってきた。ぽつぽつと雨きぬじやがいもの花に馬鈴薯(じゃがいも)の花
枇杷の実に触るることなく仰ぐのみバラ科の常緑高木。中国の中・南部地方に原生する。日本では大分、山口、福井県などで野生が見られる。果樹として栽培される。十一月頃、帯黄白色の佳香ある小花をつけ、翌年五月頃、頃倒卵形の果実を結ぶ。果実は黄橙色に熟す。半透明の内果皮を食するが、少し酸味があり、甘未も強い。散策していると道端に枇杷が生っていた。美味しそうだが、枇杷には触れることなく、見上げるだけであった。枇杷熟れて甦りけり母の声枇杷
風煽る雨上がりたる卯の花をユキノシタ科の落葉低木。「ウツギの花」の略。枝が中空なので空木(うつぎ)といわれている。山野に自生し、生垣などに植えられる。五~六月頃、白色五弁の小花を密に垂れ下がってつける。陰暦四月を「卯月」と呼ぶのは、この花からきたという。風が強く吹いていた。雨が上がったばかりの卯の花を煽っていた。畑にきて人恋しさよ花卯木(はなうつぎ)卯の花
夏茱萸をふふめば酸い気昭和めきグミ科グミ属の落葉低木ないし小高木。本州の太平洋側と四国の山野に自生する。晩春の花の後、五~六月頃、果実が実る。この実は広楕円形、柄が長く垂れ下がり、赤色に熟すと食べられる。夏に熟す茱萸という意味でこの名がつけられた。川堤に夏茱萸が生っていた。赤く熟れた実を一つ採って食べてみた。酸っぱさが口に広がったが美味しくもあった。この酸い気に昭和がよみがえった。夏茱萸や川音近き夕間暮れ夏茱萸
山法師肩の力のふつと抜けミズキ科の落葉高木。山地に自生するが、庭木・並木として植栽もされる。五~六月頃、細花を球状に密生し、その周囲の四枚の苞は白色卵形で大きく、花弁のように見えて美しい。果実は球場で紅色。食用となる。歩いていると山法師が咲いていた。その白の美しさに、ふっと肩の力が抜けた。ランドセルの子ら話しつつ山法師山法師の花
ご無沙汰しております。アメーバへ引っ越しました「俳句の風景」をまだ、ご覧になっていない方は、簡単ですので、下記をGoogleやYahoo!で入力し、検索していただきますと、すぐに出てまいります。アメーバ俳句の風景アメーバで続けておりますので、ぜひご覧ください。よろしくお願い申し上げます。引っ越し先へのお誘い
この度、gooblogが11月18日に終了するため、Amebaに引っ越しをいたしました。本日から下記URLとなりますので、コピーして引き続きお楽しみくださいますようお願い申し上げます。Amebaの「俳句の風景」URLhttps://ameblo.jp/peacemer/引っ越しのお知らせ
年輪の朽ちし切株猿茸担子菌類、サルノコシカケ目サルノコシカケ科・マンネンタケ科・キコブタケ科の菌類のうち、特に木質で多年生となるキノコを総称した一般名。立木または枯木に生え、棚形か馬蹄形に発達し、年々成長を続けて厚さと幅を増す。「霊芝」はマンネンタケの異名。公園の端の方に切株があった。切株は年輪がわからないほど朽ちていた。その切株に猿茸が生っていた。去年よりも厚み増しけり猿茸猿の腰掛
青空の珊瑚樹に夢ありにけりレンプクソウ科(旧スイカズラ科)の常緑高木。暖地の海岸に自生する。また、庭木・生垣として広く栽培される。六月頃に白い花をつけ、九月頃楕円形の小さな実が鮮やかに赤く熟し、後に黒く変わる。果実が赤く熟し、サンゴのように見えるところからこの名がある。青空のもと赤い珊瑚樹が生っていた。これを見ていると、何か夢があるように思われた。珊瑚樹を啄む鳥を見たきかな珊瑚樹
森の道抜けて夕日の葛の花マメ科の大形蔓性多年草。山野に自生する。秋の七草の一つ。八月末~九月、葉腋に花穂を出して、紫紅色の蝶形花を総状にびっしりつけ、花後、平たい莢を生じる。根の澱粉は葛粉になり、茎の繊維で葛布を織る。森の中の道を通って抜け出た。すると、樹木を覆って垂れている蔓に咲く葛の花が、夕日に照らされていた。葛の花歩き疲るることもあり葛の花
ちよつとした空地尊し力草イネ科の一年草。野原や路傍、土手、空地など、いたるところに自生する。茎の先に放射状に緑色の穂状花序を出す。標準名はオヒシバ。草質が強く簡単には切れないので、子供たちが茎と茎を絡ませて引き合う草相撲をして遊んだ。そのことから相撲草、相撲取草の名がある。歩いていると、ちょっとした空地があり、そこに力草が群生していた。こうした空地は尊いと思った。畑隅に夕影となり相撲草雄日芝
畑の上(へ)に集まつてきし蜻蛉かなトンボ目に属する昆虫の総称。腹部は細長く、円筒形。細長い透明な二対の翅は非常に強く、よく飛ぶ。複眼が大きく、触角は短い。幼虫は「やご」といい、水中に生活する。成虫・幼虫ともに肉食で他の昆虫を捕食する。収穫が終わって今は土だけになっている畑があった。その上に多くの蜻蛉が集まってきて飛んでいた。野に出れば白雲過る蜻蛉かな蜻蛉
実柘榴の日ごと赤みを深めけりザクロ科の落葉小高木。ペルシア地方原産。日本には平安時代に薬として渡来した。六月頃鮮紅色の五弁花をつけ、八~九月頃、大きな球形の果実を実らせる。果皮は黄赤色で黒斑があり、熟すると裂けて多数の種子を一部露出する。種皮は生食し、また果実酒を作る。実のなる実ザクロに対し、八重咲種は結実せず、花ザクロと呼ぶ。歩いていると実柘榴が生っていた。見るたびに赤みが深まってきた。乳飲み子のこゑのしてゐる柘榴かな柘榴
風少しあり畑隅の女郎花スイカズラ科(旧オミナエシ科)の多年草。日当りのよい山野に自生する。秋の七草の一つ。八~十月頃、茎の上部で枝分れした先に多数の黄色い小花を散房状につける。漢方では根を乾して利尿剤とする。畑隅に黄色い女郎花が咲いていた。少し風があると、女郎花はすぐに揺れた。機織のありしむかしやをみなめし女郎花
校庭に生徒らをらず秋の蟬夏から引き続き鳴く蟬の総称で、特定の蟬を指すものではない。夏に盛んに鳴いていた蟬も秋になると徐々に少なくなっていく。とはいえ、今年のように厳しい残暑が続くうちは、秋の蟬もよく鳴いている。羽化した蟬の寿命は一週間前後なので、一つの蟬が秋まで鳴き続けているわけではない。高等学校の校庭には生徒の姿は一人も見られなかった。ただ、秋の蟬が盛んに鳴いていた。ひとすじの声や夕日の秋の蟬秋の蟬
川音に癒されてをり大毛蓼タデ科の大形一年草。南アジア原産。日本には江戸時代に到来し、観賞用に栽培されたが、現在は空地や野原などにも自生する。七~八月頃、大きな花穂を半ば下垂し、淡紅色の小花を密につける。犬蓼よりも花の赤紫色が濃く鮮やかで、草丈高く葉も卵形をしていて目立つ。白花もある。川沿いの道端に大毛蓼が咲いていた。そこに佇んで、川音に癒されていた。川面にも夕映え兆し大毛蓼大毛蓼
曇り日の紫紺深めぬ秋茄子秋になって実を採る茄子をいう。秋闌けると実はやや小粒になり、色も紫紺を深める。美味で、「秋茄子は嫁に食わすな」などということわざもある。畑に秋茄子が生っていた。曇り日であったが、紫紺色が更に深まったように感じられた。秋茄子に畑の暮色のつのりけり秋茄子(あきなすび)
散策の目の楽しみや青蜜柑蜜柑は冬の季語。秋の日差しのなか青々と生っているのを青蜜柑といい、秋の季語である。また、八~九月頃に店頭に出る表皮のまだ青いものも青蜜柑という。今日ではどちらも「青蜜柑」として通用している。十月になると、わずかに色づいた路地栽培早生種が出回る。散策をしていると青蜜柑が生っていた。これを見ると目の保養になり、なぜか楽しくなった。未熟さは詮無きことこよ青蜜柑青蜜柑
身の軽くなりたき風船葛かなムクロジ科の多年草。熱帯アメリカ原産。葉腋から長い花序を出し、下部の花柄は巻きひげとなり、他の物に絡みつきながら成長する。七月頃白い小花をつけ、八月頃三稜のある風船状の果実をつける。果実は軽く、風に吹かれて揺れる。川堤の道を歩いていると、フェンスに風船葛が生っていた。これを見て、暑さで重くだるく感じる身が風船葛のように軽くなったらと思った。風船葛夕日を受けて膨らみぬ風船葛
ジョギングコース歩いてゐたる残暑かな立秋を過ぎても、八月中はまだ厳しい暑さが続く。この暑さを残暑という。一度涼しさを感じた後にぶり返す暑さは、疲労感や倦怠感を誘う。「残暑」と「秋暑し」には微妙な違いがあり、後者には涼気がひそんでいる。公園のジョギングコースを歩いた。残暑が厳しかった。秋暑し天使の梯子現るも残暑
三千年先にも葛の残るらむマメ科の大形蔓性多年草。山野に自生する。茎は一〇メートル以上になる。縦横に延び、地を覆い、木や電柱に絡みつくなど繫殖力が旺盛。根からは葛粉を採り、薬用や食用にする。真葛は葛の美称。クズは大和国吉野郡の国栖(くず)からの名といわれる。葛は繁殖力が旺盛で、川沿いの土手や原っぱ、藪、樹林など至る所で見られる。散歩をしていると木々が葛の葉に被われているところがあった。これを見ていると、三千年先の未来にも葛は繁殖しているだろうと思った。川音をのする風なり真葛原葛
鬼灯や耳底にある母の声ナス科ホオズキ属の多年草。庭先などで栽培され、鉢植にもされる。六~七月頃、淡黄白色の花をつけ、花後に萼がしだいに大きくなって球形の漿果を包み、熟するとともに赤く色づく。漿果は珊瑚の玉のように艶やかで、この外皮を口に含んで吹き鳴らして遊ぶ。道端の一角に鬼灯が赤く生っていた。それを見ていると昔を思い出し、耳底に母の声が甦った。鬼灯に暮れかねてゐるみ空かな鬼灯
速足と並足の歩やゑのこ草イネ科の一年草。野原や道端など至る所に自生する。高さは五〇~六〇センチで、花穂は緑色で毛に被われ、子犬の尾を思わせるところからこの名がある。その穂で子猫をじゃらつかせることから「猫じやらし」ともいう。散歩をするときは、なるべく速足と並足を三分ずつ繰り返す。こうすると基礎代謝が上がると言われているからである。そんな道端には狗尾草が群生していた。武蔵野の夕日や金の猫じやらし狗尾草(えのころぐさ)
川沿ひに「静かに」の札木槿垣アオイ科の落葉低木。インド・中国原産。庭木・生垣として広く栽培されている。夏から秋にかけて、紅紫色の五弁花をつける。朝に開き、夜はしぼむため「槿花(きんか)一日の栄」という言葉があり、人の栄華のはかなさにたとえられる。園芸種には白、桃色、菫色など様々あり、八重咲きの種類もある。「底紅」は、花弁の大部分が白や淡い色だが、中央に紅色が差している木槿をいう。川沿いの道を歩いていると、「静かに」という小さな札が木に掛かっていた。その向かい側の垣根に木槿が咲いていた。底紅を濡らして雨の上がりけり木槿
したたかに生くるは苦手藪枯らしブドウ科の蔓性多年草。藪や生垣、フェンスなどに絡みついて繁茂し、これが絡まると、藪でも枯れるというところから、この名がついた。夏、緑色と黄赤色の小さな花を群がってつけ、秋には丸い実が黒く熟す。別名、貧乏葛。地下茎から掘り起こしても根絶するのは困難な害草である。散歩をしていると藪に藪枯らしが咲いていた。これを見て、自分は藪枯らしのようにしたたかに生きるのは苦手だと思った。川に入る子供の声や藪枯らし藪枯らし
寒林の道に夕日の差しゐたり冬枯れの林をいう。昼でも暗い常緑樹の林とは違い、葉のすっかり落ちた落葉樹の林は日が差して明るい。だが、寒さが厳しい林は人の訪れも少なく、しんと静まり返っている。落葉で覆われた林の道は、歩くとかさかさと音を立て、枯葉の匂いがする。寒林の中に道が通っていた。そして、その道にも夕日が差していた。寒林やはや球場の明り点き寒林
人日の散策雨に降られけり一月七日のことをいう。中国前漢時代に、七日は人を占い、人を尊ぶ日と定められた。人勝節などともいう。この日、宮中では邪気を払うという白馬節会(あおうまのせちえ)が行われ、七種粥を食べて祝った。人日の今日、散策に出たが、雨雲がやってきて雨に降られてしまった。人日の雨の上がれば青空に人日
白菜の行列に日の傾きぬアブラナ科の一・二年草。中国原産。品種改良を経て明治末年頃に栽培技術が確立された。冬を代表する野菜で、漬物や鍋物のほか各種の料理に利用される。畑に白菜が行列を作るようにきちんと並んでいた。そこに当たる日が次第に傾いてきた。餡かけにせし白菜や焼きそばに白菜
小寒や日に薄雲の広ごりて寒に入る葉書数枚投函し小寒・寒の入
伸びよくて餡ころ餅と辛味餅獅子舞に子の頭を下げて噛まれけり花びら餅食うべて夢見心地なるレストランに合ふや銀座の松飾餅・獅子舞・花びら餅・松飾
見ていれば声かけられて達磨市福達磨は開運や厄除けを祈念して新年に神棚に飾る達磨をいう。暮れから正月にかけて各地で達磨を売る市が立つ。一月六~七日に群馬県高崎市の達磨寺の境内に立つ達磨市が有名。川越大師の達磨市を訪れた。達磨を見ていると、「いらっしゃい。どうぞ見て行ってください。」と声をかけられた。曇天に威勢の声や達磨市達磨市
野火止の水に沿ひけり恵方道水仙のもう咲きたると女かな二日はや散策に缶ポタージュを年新た天使の梯子現れて恵方・水仙・二日
しろがねの音なき一機初御空仮の世をうつつに照らす初日かな幾たびも見て年重ね初景色初詣斯く長き列初にして焚上げの煙流るる初詣住み古りて心ゆかしき雑煮かな初空・初日・初景色・初詣・雑煮
大年やジョギングコース走る人十二月三十一日のことで、大つごもり、大年ともいう。晦日もつごもりも月の末日の意で、この日は一年の終わりの日であるため、大の字を添えて大晦日という。元日を翌日に控えた一年の最後の日として、様々な習わしがある。今日は大晦日。そんな日でも公園のジョギングコースを走る人がいた。見納めの夕べの富士や大晦日大晦日
行き合ふは散歩の犬や小晦日大晦日に対してその前日のことをいう。新年を迎える準備が次第に整う頃である。あわただしいなかで年も暮れる思いが強くなるが、あと一日を残す余裕が少しある。小晦日の今日は、川堤の道を歩くと、行き会うのは散歩をする犬ばかりであった。小晦日無人売場に菜を買ひて小晦日
冬落暉この一年を振り返り冬に見られる入日をいう。冬の日は夏とは違い南西に沈む。日差しの強さは弱まるが、寒気のなかの夕日は非常に眩しく感じられる。散策の終わりの方になると、冬落暉が見られた。入日を見ながらこの一年、いろいろなことがあったことを振り返った。武蔵野に残る林や冬落暉冬落暉
地を出でし大根ばかり旅したしアブラナ科の二年草。中央アジア原産とみられる。主に地下の長大な根を食べるが、葉も食べられる。根の形と大きさは種類によって多様である。「すずしろ」は古名で、春の七種の一つ。調理は煮たり、下ろしたり、千切りにしたりと多彩。歩いていると、大根畑があった。大根は地表から大きく突き出たものばかりであった。それを見ていると、何だか旅をしたくなってきた。大根(だいこ)煮てをれば下りたる夜の帳(とばり)大根
仙巌園を思い出しけり枇杷の花バラ科の常緑高木。関東以西に自生するが、主に果樹として暖地で栽培される。十一~十二月、枝先に茶色の毛で覆われた円錐花序をなして白色五弁花を多数つけ、芳香を放つ。花は小さく、地味で目立たない。道端に枇杷の花が咲いていた。それを見て、訪れたときに枇杷が生っていた鹿児島の仙巌園のことを思い出した。晴天を歩くは楽し枇杷の花枇杷の花
足軽きことありがたし冬の雲冬に現れる雲をいう。晴れた青空に広がる雲もあり、雪催いのどんよりとした雲もある。晴れた日に見られる美しい雲は主に積雲や層積雲などであり、また、大雪をもたらす雲は主に積乱雲である。足取りが軽く歩けるということはありがたいことである。様々な形の冬の雲を眺めながら歩いた。冬雲の燃ゆるもありて暮れむとす冬の雲
冬の夜や歩いてみたる旅の街寒さの厳しい冬の夜をいう。秋の夜長より冬の夜は更に長い。寒気が厳しく物寂しい思いがする。「夜半の冬」は冬の夜更けのことで、一層寒気が厳しい感じがする。旅をして知らぬ街にやってきた。冬の夜だが、どんな街か歩いてみた。メール読むことも日課や夜半の冬冬の夜
歌い出す若きサンタクロースかなキリストの生まれた十二月二十五日の前夜をクリスマスイブという。キリスト教の教会では礼拝を行う。クリスマスの数日前からクリスマスマーケットが立ち、人々でにぎわう。聖樹はクリスマスツリーと一般に呼ばれ、クリスマスの装飾に立てる常緑樹で、多くは樅の木を使用する。クリスマスイブの空が暗くなり、聖樹の周りに人々が集まると、若いサンタクロースが音楽に合わせて歌い出した。それを見て、若い女性たちが楽しんでいた。クリスマスイブの太白光得ぬクリスマスイブ・聖樹・サンタクロース
人参の採り残されしものばかり人参畑セリ科の二年草。西アジア原産。西洋種と東洋種があり、前者は江戸時代末期に、後者は16世紀頃中国から渡来した。根を食用とするが、西洋系は短く、東洋系は長い。有色野菜で、カロチン、ビタミンAなど各種ビタミンを豊富に含む。漢名は胡蘿蔔(こらふく)。散策していると人参畑があった。そこには人参が散らばっていたが、どれも採り残されたものばかりであった。二股の人参に罪なかりけり人参
枯菊の今はのことば言ふごとし冬になって枯れている菊をいう。霜や寒気などで傷つき、枯れてゆくのは無惨である。また、枯れてゆくなかで花がまだ色を残しているさまは哀れである。畑隅に枯菊があった。まだ花色が残っているさまは、まるで最期の言葉を言っているように感じられた。菊焚いてその焔色見たしとも枯菊
果つるとはかくなるものか枯葎絡みもつれたまま枯れ果てている葎のことをいう。単に枯れた雑草のことではない。葎はカナムグラのことをさすが、その蔓草と限定せず、枯れたまま物に絡みつく蔓草と考えればよい。夏には盛んに繁茂した蔓草が、そのまま枯れ朽ちたさまは哀れである。道端に樹木に絡みついた枯葎があった。物が果てるとはこういうことかと枯葎を見ながら思ったことである。枯葎帽子目深に歩きゐて枯葎
葉牡丹に川の夕日の及びけりアブラナ科の多年草。ヨーロッパ原産。日本には江戸時代に渡来。鑑賞用に改良され、多くの品種がある。葉の色には赤紫系と白色系が多く、矮性のものもある。正月用として玄関などに置かれ、また、花の少ない冬季の庭園を彩る。川沿いに葉牡丹が植えられていた。川の夕日がその葉牡丹に及んでいた。玄関の葉牡丹を愛で散策へ葉牡丹