明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 今年初の投稿です。 納得できない、諺や格言がある。 「時は金なり」は、もっとも嫌いな言葉だ。 この頃、「終わり良ければすべて良し」という言葉に疑問を持つようになった。 シェイクスピアの戯曲「All's Well That Ends Well」のタイトルに由来する諺らしく、物事の最初や途中はどうであれ、最後(結末)さえ良ければ、全体として良…
1990年、42歳で「寝床を探す旅」に出た。落ち着いたところがインドネシアはバリ島ウブド。
明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 今年初の投稿です。 納得できない、諺や格言がある。 「時は金なり」は、もっとも嫌いな言葉だ。 この頃、「終わり良ければすべて良し」という言葉に疑問を持つようになった。 シェイクスピアの戯曲「All's Well That Ends Well」のタイトルに由来する諺らしく、物事の最初や途中はどうであれ、最後(結末)さえ良ければ、全体として良…
ジワジワと寒さが増してくるのを感じる、日々。 日本各地に雪が降り始め、積もっている地域もあるようだ。 あなたの住む街は、いかがですか。 我が土岐市は、気温が低くなり、雪が降る日も近いかなと感じさせるこの頃です。 35年ぶりに迎えた先の冬は、寒さの対処方法がわからず、身体に負担をかけた。 今冬は、自分なりの寒さの避け方を学び、不安は少なくなっている。 暖房機器の効率的な使い方も、外出時の…
ウブド・リピーターの貴方に質問です。 トイレの後始末は、紙派ですか、それとも指派ですか? 質問の意味がわかりませんよね。 私は、日本を離れるまでの42年間は、トイレットペーパーを使っていた。 そんな私が、指派に変わった瞬間の話をします。 それは、ウブド初のカルチャーショックでもありました。 ホームステイのトイレでのことです。 拭くだけの段階になって、紙が見当たらないのに気がついた。 …
インドネシア語で「お休みなさい」は、「Minpi Manis」でいいかな!(60)
Selamat pagi・お早ようございます。 Selamat siang・(午前の)こんにちは。 Selamat sore・(午後の)こんにちは。 Selamat malam・今晩は&お休みなさい。 これ以外に、ウブド人が挨拶に使っている言葉があるんですよ。 道端でおじさんやおばさんに「どこへ行くの?=ke mana?」と声をかけられる。 初めは、「市場に行きます」「ご飯を食べに」とか、丁寧に行き先を答えていた。 帰りには、「どこに行…
待望の電動アシスト自転車が届いた。 大きなダンボール箱を開けて、組み立てです。 組み立ての苦労話は、省きます。 さあ、残すはバッテリーの取り付けだ。 バッテリーが充電…
私が訪れた90年代のウブドの街灯は5Wで暗く、足元も悪いので、懐中電灯が必需品だった。 停電の夜にも役立った。 そうそう、定期公演の停電では、観客が懐中電灯を当ててやり過ごしたこともあった。 履物は、ゴムゾーリがベスト。 ビーチサンダルなんて贅沢なものじゃない。 パサール(ウブド公設市場)の雑貨屋で売っている、スワロー印のゴム草履だ。 歩道のなかった時代、スコールで泥んことなった側溝に足…
友人の会社が、久屋大通公園で「花とみどりを楽しむ・まちフェスタ」に出店しているのをインスタで知った。 名古屋にいたころからの友人で、私がウブドに滞在始めてからは、何度も訪ねてきてくれていた。 稼業が忙しくなったようで、20年ほど前から会っていない。 色々と世話になったので、是非会って、感謝を伝えたかった。 JR中央線に乗って土岐市駅から千種駅へ(680円)。 千種から栄までは、地下鉄を利用…
この日は、猿の森のあるサンゲ寺院より、さらに北東の位置にある寺院で奉納舞踊があると聞いていた。 友人がバロン舞踊を奉納するので鑑賞したいと思っている。 サンゲ寺院は、ウブドから直線で10キロ地点だが、実際は一度南方に下ってからとなり20キロほどになる。 なぜそうなるかというと。 バリ山間部の幹線道路は、あみだくじの縦線状に走っている。 横線は渓谷に橋を架ける必要がある。 あみだくじのよう…
今回でテーマは、コピ・バリ(kopi Bali)です。 バリ・コピではありません。 英語のMy nameは、インドネシア語ではNama sayaとなります。 (My=saya・name=Nama) バリ・コピは英語式ですね。 デワ・ワルンは、インドネシア式に呼ぶとすれはワルン・デワが正しい。 小学校入学前レベルの私の見解なので、半信半疑で聞いてください。
昨年10月28日にウブドを離れ、29日に土岐市に降り立った。 去年の今頃は、これからどう生きていくんだろうと不安と期待だったはず。 ウブドを離れるのも勇気がいったが、34年前の日本を離れる時に比べたら気楽なもんだった。 あの時は、生きて日本に帰ることは考えていないかったからね。 ウブド訪問の第一印象は、ゆっくりとした時が流れていたこと。 人々の歩みも、のんびりしていた。 私ものんびり歩いて…
この頃、私の思考は二分している。 ”過去と今”です。 過去は大きく分けて、二つ。 一つは、生まれてから42歳まで(1947〜1990)の日本での生活。 もう一つは、34年間のウブド滞在(1990〜2024)。 今は、帰国(2024〜)してからの土岐市の生活となる。 SNSでは ”過去と今” を投稿しているのですが、過去についてはウブドが中心になっている。 ウブドの記憶は、年々、色あせてしまうから、鮮明なうち…
職業軍人だった親父の教育方針が「男子厨房に近寄るべからず」だったのと、六人兄弟の末っ子の私に二人の姉は料理作りをさせなかった。 お袋は料理が得意だったのか、どれも美味しかったのを思い出す。 言い訳になりますが、そんなことから、この歳になるまで料理はできないでいた。 ウブドでは「和食・影武者」の女将の好意で、栄養管理の行き届いた美味しい食事を賄っていただいていた。 土岐市に移り住んでから…
フェイスブックのUbud-ianで募集した『初渡バリの思い出に残る写真一枚!』。 あなたの感動・思い出を共有したいと言う思いでの募集です。 16名の友人から、コメントとともに56枚の写真が届いた。 3分40秒のスライドショーを作ることができたので、アップします。 永久保存版です。 画面の切り替えごとに、1名となっています。
今更だけど、電子レンジの普及で、家庭料理が画期的に変わったようですね。 進歩したのかどうかはわからないが、便利になったことは確かだろう。 仕事柄、喫茶・レストランの厨房にガスレンジやオーブンレンジ導入することはあった。 その当時(1970〜1980)電子レンジは高価だったのか、扱っていない。 職業軍人だった親父の教育方針が「男子厨房に近寄るべからず」だったのと、六人兄弟の末っ子の私に二人の姉は…
私の替わりに、スマホが熱中症になってしまった。 新たに入手するために、イオンモールのソフトバンクを再訪することにした。 今日の天気予報は、雨の降らない曇り。 気温も、32度を下回っている。 昨日まで雨は降るし、35度以上の気温が続いた。 これはチャンスだ。 イオンモールは、朝10時開店。 9時出発で、チャリを走らす。 45分で到着。 思ったより早く着いたので、コメダ珈琲でモーニング(\54…
曇り空ながら、降り続いていた雨が止んだようなので、久しぶりにチャリで遠出。 茶室・暮雪庵(ぼせつあん)の写真を撮りたくて、九月(13日・24日)の茶会を覗くことにした。 土岐市北部にある織部の里公園の「洗心苑・暮雪庵」へ、ひとっ飛び。 由緒正しき暮雪庵の説明は、以下、土岐市公式ウェブサイトを引用させてもらいました 平成16年に松坂屋の創業家である伊藤家の別荘「揚輝荘」にあった茶室「暮雪庵」を織…
エアコンさんが「外の温度40度です」とメッセージする。 今日も1日外出せずに、部屋でゴロゴロ。 ユーチューブで、 TVニュースを見て思った。 なんで、ニュースで株価を流すのかと。 毎日流していては、ニュースとは言わないゾ。 株は景気の動向がわかるというが、株価以外の情報からでも予想はできる。 興味がある人は、アプリで調べればいい。 高視聴率が取れるほど、株に興味がある人がいるとは思え…
ウブドでは、クーラーも扇風機もない生活をしていた。 下宿によっては、蒸し暑い部屋もあったが、あまり気にならなかった。 一年中過ごしやすい気温だが、乾季は肌寒くて、雨季が暑かったのを覚えている。 雨季は、25度から30度。 乾季は、18度から26度で、薄手のジャンパーを羽織ることもある。 「今日は暑いね!」とか「今日は寒いね!」とか言いながら、あまり気温のことは気にしていなかった。 24度以下に…
長期滞在は、得るものも多いが無くなるものもある、という話をしよう。 私のウブド訪問は、カルチャーショックの連続だった。 これは、理解することで慣れるし、ショックも薄れた。 残念なのは、ウキウキ感も薄れていくことだ。
東濃地方の郷土料理『ヘボ飯』 岐阜県南東部の土岐市、多治見市、瑞浪市、恵那市、中津川市の五つの市が、美濃地方と呼ばれます。 気になる「ヘボあります」の看板。 行ってきまし…
映画は、残留日本兵の苦闘も含まれている。 役つくりのため、、残留日本兵に関する書物を数冊読み、彼らの苦痛を学んだ。 ウブド在住の塩田さんは、太平洋戦争に出征している。 私は高齢の塩田さんの健康を心配して、たびたびアジ・ホームステイを訪ねている。 戦時下の話になると、貴重な体験談を熱く語ってくれる。 大学生の頃にグライダーを乗っていた話や、19歳で学徒出陣した時の話。 空軍の飛行士として…
インドネシア独立50周年を記念して制作された映画に出演(42)
本日8月17日は、インドネシア独立80周年です。 1995年に、インドネシア独立50年を記念して映画が製作された。 残念なことに、ボツとなってしまいましたが。 当時ウブドに滞在中の多くの日本人が撮影に協力した。 コテツちゃん、カズさん、深谷さんも出演した。 ピザバグースのオーナー・ロベルトさんもいたな。 以前ブログに投稿したと思うが、どこにあるか探せなかったので、再度の投稿としました。 194…
念願の加湿器を購入。 図書館の帰りに、リサイクルショップ「サンタの創庫」を覗いた。 リサイクルショップは、ホームセンター同様に購入目的がなくても、時々立ち寄る。 なんと、980円という低価格(だと思う)の卓上加湿器を見つけた。
8月6日、広島への原子爆弾投下から80年 犠牲となられた御霊に対し、心から哀悼の誠を捧げます 8月15日、日本の無条件降伏のよって戦争が終結して80年 1947年生まれの私は、戦争を知らない子供たちのひとりです。 戦中戦後の悲惨な出来事を、リアルのには知らない。 しかし、戦後の混乱期の残像は、少なからず感じている。 映像以外にも、言葉として記憶しているものがある。 辛うじて私たちの年代は覚え…
「ウブドに滞在していて、何が良かったか?」と問われれば、「衣服に気を使うことがなかったこと」と答えるだろう。 ズボラな私は、一年中、Tシャツで過ごせるのが嬉しかった。 周りのウブド人は、質素な衣服だった。 私の対象は、男性です。 黄ばんだヨレヨレのTシャツには、穴が空いてることもある。 穴を補修するということは、考えはないのか。 洗濯機やランドリーのなかった時代だが、洗濯はこまめにして…
日本の夏は、近年、半端ない暑さと聞いている。 35年前とは段違いで、熱中症でなくなる人もいるそうだ。 私は日射病という言葉しか知らなかった。 最近も数人が亡くなっている。 多治見市で37度を越した日があった。 土岐市は、隣町なので同じように暑い日だった。 実はこの日、自転車で炎天下を走っていた。 帰宅したら身体がだるかったので、軽い日射病だったのだろう。 「極寒〓️」と叫んだ、寒い…
私がウブドに沈没している35年の間(1990〜2024)に、名古屋の百貨店分布図が変わっていてビックリ。 名古屋の老舗百貨店・松坂屋の屋上から松坂屋の文字看板が下ろされる写真を、グーグルで見た。 気になって、他の百貨店を調べてみると、すでに撤退した店と来年に営業終了する店とがあった。 私の記憶には、名古屋には4つの百貨店がある。 栄地域に、松坂屋百貨店、丸栄百貨店、オリエンタル中村百貨店の3店舗。 …
身体のあちこちに、不都合が現れてきている。 老眼の度は順調に進み、この頃、寝不足かスマホの見過ぎか瞼の下に違和感。 虫歯は、2ヶ月前に治療してもらい、現在は月一の定期チェック。 鼻の嫌な匂いはするが、花の香りを嗅ぐことができなくなった。 ひと月ほど前、耳鼻咽喉科に行くと、ドライノーズ(鼻の粘膜の乾燥)と診断された。 一度きりの診察で、あとは自分で対処とのこと。 不安ながらも、自己治療…
つい先日、地方創生・町おこし・村おこし的な会報誌で、”関係人口”と言う言葉を知った。 「観光以上」で「移住未満」の第三の人口のことを言うらしい。 『移住はできないが地域に興味があり、自分の暮らしている場所以外にも拠点を持つ人が増えている』と書かれていた。 なるほど、こういう言葉があるんだと認識した。 昔々から、こういった暮らしをしている人はいる。 1990年初頭までのウブドは、バックパカー…
前日が雨模様だったので、昨日はルーチンのチャリ・アンギン(cari angin=風を探しに)。 目的地は、何度訪問しても入店できていない珈琲店。 五度目のリベンジ。 今回は、叶いそうな予感がしている。 午後に出発して30分経過、登り坂手前の木陰で小休止。 登り坂は、自転車を引いていく。 あれっ、今日も臨時休日! なかなか、リベンジできないな。 私の予感もアテにできない。 帰路は下り坂なの…
2025年05月19日:闇に棲息する輩と共存するバリ人(33)
一日は、太陽のある陽の半日と、太陽が隠れる闇の半日とがある。 陽と闇の間には、夜明け(かはたれどき)と夕暮れ(たそがれどき)と言われる、曖昧な時間帯がある。 夜明けは、山々の頂、木々草花の先から明るくなり、正に地球が目覚めていく感だ。 夕暮れは、森の奥、深い谷間から、そして地面の底から暗くなっていく。 夜明けの清々しい気分に比べ、夕暮れは物悲しく感じる。 陽の中間地点は、昼12時。 闇…
クニンガンのあと15日後に、トゥブサヨ村にあるダラム・プリ寺院でチャロナラン舞踊劇が奉納される。 今年は、2025年5月18日。 いつから、どんな理由で毎年奉納されるのか知らないが、毎年、多勢の人々が鑑賞に来る。 地元以外の村からも来ている。 私が最初にダラム・プリ寺院のチャロナラン劇を見たのは、1990年のこと。 寺院は、鬱蒼とした木々に囲まれた小高い丘の奥にあった。 舞踊劇は、土煙が上が…
今日は、人生2度目の耳鼻咽喉科に行った。 1度目は小学校の低学年の頃に、鼻の穴にピーナッツを入れて取れなくなった時。 入れた理由は覚えていない。 鍵っ子で一人遊びをしていて、実験したんだと思う。 何の実験か知らないが。 ピーナッツを取り出そうとするのだが、どんどん奥へ入ってしまう。 縁側でうずくまり焦っていたことは、おぼろげに記憶している。 母が帰って来るのを待って、病院に行ってピン…
ウブドを訪れ、道を歩いていて、犬に吠えられた経験をした人がいるだろう。 一匹が吠えると、次から次へと犬は門前に現れて吠える。 犬は、テリトリーがあるかのように飼い家の前で吠えて、道行く人を威嚇する。 何匹かで吠えたてて向かってきたり、自転車やバイクで通る人を追いかけたりすることもある。 通り過ぎれば、吠えるのを止める。 バリの犬は、吠えるだけで決して噛みつかないと言われているが、そんな…
日本に帰った今、ダドンとの日々が懐かしく思い出される。 ダドンと最後の晩餐・2007年04月22日 夕方、*ブンブン・カフェに顔を出すと*ダドンがいた。 「ウー、ウー」と、いつものように、しかめっ面をして、理解できない言葉を発している。 どうやら、来るのが遅いと言っているようだ。 私は、いつものように、とぼける。 ダドンは黒いビニール袋を手にして、これは良い匂いがすると袋を鼻に持っていく。…
ウブドでは、リュックに全財産を入れて出かけていた。 現金・銀行通帳などは、無くなった時に、下宿のスタッフを疑うのが嫌なので、持ち歩くようにしていた。 外国人だから、身分証明のためにパスポートとKITAS(暫定居住許可証)を必ず持ち歩く。 下宿にネット設備がなかった時は、ノートパソコンを持ち歩いていた。 ファイルケース(オダラン情報のコピー用紙・パスフィンダーの地図etc) 筆箱(鉛筆・ボールペ…
ウブドにランドリーがオープンしたのは、1991年頃。 家庭用の洗濯機と乾燥機を揃えたランドリー。 それまでは私も、自分で洗濯をしていた。 電気も満足に普及していなかった時代のこと、ホーム・ステイに洗濯機はない。 これといってすることのない毎日を送っていたので、洗濯は1日のルーチンのひとつであった。 洗濯は、水浴びとトイレを併設したマンディ場で、手もみ洗い。 Tシャツなどは手洗いでよいのだが、ジョーパ…
土岐市図書館で、11日に借りた本は、4冊。 外出時に読みたいので、今回はハードカバーを止めて単行本にした。 初見の作家の本です。 『珈琲屋』の三文字に惹かれて、借りた。 実はこの日…
COVID19が終息して、2年近くが経とうとしている(25)
新型コロナウイルスが終息して2年近くが経とうとしている。 (2023年5月5日:WHO緊急自体宣言終了・25日日本の緊急事態宣言解除) 中国湖北省武漢市で2019年12月に発生した新型コロナウィルス肺炎(COVID19)は、想像を絶する速さで世界中に蔓延していった。 2020年1月30日:WHO・緊急事態宣言 2020年2月に入って「在デンパサール日本総領事館」からのメールが頻繁になった。 そのほとんどがCOVID19に関するニュ…
四季のある日本人から見れば、いつも夏の島だが、バリ人には夏という季節はない。 あるのは乾期(musim kemarau=乾燥した時期)と雨期(musim hujan=雨の降る時期)だ。 季節じゃなくて期間と解釈して、季の字を使わず乾期、雨期と表記した。 乾期は5月から10月まで、雨期は11月から4月までと認識していた。 サコ暦(saka)の第11番目の月(西暦の4月頃)Sasih Jiyestha(ジェスタ)で雨期が終わり、第12番目の月(…
ヨーグルトを食べていて、硬い物を噛んだ。 異物混入商品か?と疑った。 取り出した物は、米の形をした3mm×2mmほどの塊が2つ。 熟視して、虫歯が欠けたのだと理解した。 舌で探ると、親知らずの手前の歯に異変。 痛くはないが、放置していて神経に触れることになれば、泣きを見る。 歯痛に悩む日々を想像しただけで、痛みを感じる。 そんなことは、勘弁してほしい。 苦痛嫌いな私は、歯医者嫌いでもあ…
2006年09月28日のミクシイの投稿原稿が出てきた。 19年経過しても、私の思いは変わっていなかった。 携帯電話もスマートフォンも普及していなかった頃のウブド。 深夜1時30分頃になると、ウブド上空を通り過ぎるの飛行機の爆音が聞こえる。 東京か、大阪か、それとも名古屋へ向かっている旅客機の爆音だ。 知人の少なかったウブド滞在当初、仲良くなった友人が、ひとり、ふたりとバリを離れて行く時は寂しかっ…
日本に帰国してからの日々、楽しく過ごさせていただいております。 これも、周囲の友人・知人のおかげです。 といっても、ウブドのことを懐かしく思い出す日々でもあります。 これからは、刺激的だったウブドの記憶を胸に、移住した土岐市の魅力探索を趣味として生活していきます。 ウブドの記憶を薄れさせないために、皆様の協力を得たいと考えました。 それが今回開催される「バリ島ウブド情報をネタに語り合い…
ウブドでは、下宿を一歩出ると、大勢の人が歩いているのを目にする。 朝から夜遅くまで、観光客で溢れていた。 土岐市に来てからは、人通りを見ることが稀だ。 地域差があるとは思うが、私の下宿のある下石町は、またっく人が歩いていない。 スーパーやコンビニに、若者の姿はない。 当初は、いきなりの環境の変化に戸惑ったが、今は、そんな環境にも慣れて心地良く散策できている。 町を自転車で駆っていて、…
土岐市では、今期これまでにない雪景色。 この冬景色を見て、ウブドにリピーターさんが帰って来る気持ちが少し理解できた気がした。 ウブド在住の時には、大雨で外出を控えた。 毎日が日曜日…
バリから日本に戻って、顔の肌に脂っ気が抜けてカサカサになった。 これは老化による肌の劣化だ、とは思いたくない。 友人に「空港についたら顔の肌がパリパリとヒビ割れてくるよ!」と言われていた。 そこまでではないが、確かに突っ張った覚えはある。 ウブドの湿度は、お肌に優しい。 きっとこれだ。 向こう脛から下もカピカピで、フケのような細かい粉が舞い落ちる。 表皮に異変が起きている。 やっ…
自炊するようになってから、スーパーでまとめ買いをするようになった。 買い物の時は、エコバックを持参する。 これはウブド滞在の時に身についた。 Pepitoのエコバックは、大きくて重宝している。
いやはやアタフタしましたよ。 スマホがストライキ起こしたように、思うように反応してくれない。 挙げ句の果ては、私の今の生きがいである写真が撮れなくなった。 行ってきましたよ、イオンモール内にあるソフトバンクへ。 遠いよ〜。 購入したのが、ここなのでしかたがない。 アパートからだと、丘越えの上り坂。 行く前に心はおおいに拒否したが、スマホが使えないと困っちゃうな〜なので、頑張りまし…
ベビーブームの落とし子を「団塊の世代」と呼びようになったのはいつ頃だろう。 1947(昭和22年)から1949年(昭和24年)にかけて生まれた世代の人間をさす言葉で、作家・堺屋太一の命名が定着したと言われている。 1947年生まれの私は、誉ある初代団塊の世代となった。 私が通った名古屋の中学校は、ひとクラス50人以上でP組(16クラス)まであった。 なんと800人以上はいたことになる。 私が3年生時の全校生…
日本での滞在が始まれば、公共交通機関が無料で利用できる高齢者優遇パスがもらえるものと考えていた。 ウブドではスクターに乗っていたが、自動車渋滞が激しくなり、老齢ということもあり走行に危険が伴うのを感じるようになった。 日本の自動車免許は、日本帰国を考えていなかったので、早い時期に更新をしなくなっている。 持っていたとしても、高齢者になって返納しただろう。 今回の日本帰国では、バイクも自…
ウブドを離れ、日本に帰国して3ヶ月が経ちました。 各地から救援物資が届き、おかげさまで暖かな正月を過ごすことができました。 エアコン設備のある部屋に、電気カーペット、電気ストーブ、電気あんか、湯たんぽなどが揃い、それぞれを使い分けながら、快適に過ごしています。 厚手のジャンパー、クラシックチェック柄のシャツ、ジーパン、長袖下着、ロングスパッツ下着、厚手の手袋、雪国仕様のブーツ、スカーフ、…
日本滞在も2ヶ月が好き、自動化・無人化・たいていの近代設備にも慣れてきた。 空港での無人化は、帰国時に体験した。 システムの簡素化は想像できる範囲内ではあったが、現場ではアタフタしましたよ。 日本国内の無人化は、想像を超えたもので戸惑うことが多かった。 ガソリンスタンドは、スタッフが飛び出して来て、窓を拭いたり灰皿を変えてくれるのが、私の常識だった。 今回の帰国では、給油がセルフだっ…
ウブドを離れて、なにが辛いと言っても、本が読めなくなることだった。 と、心配していたが、なんと日本には公立図書館がある。 公立図書館は、地方公共団体が運営している。 もちろん、私の滞在する土岐市にもある。 無料で借りられるんですよ。 ウブドに滞在始めた1990年、これまでまったく読書に興味がなかった私が活字に飢えた。 目的もなく滞在しているので、日々、これといってやることはない。 ス…
2025年01月20日:ヒロシです! CookDoってソースのことですか?(10)
料理ができない私でも、レトルト食品を温めることはできる。 おかげさまで電子レンジが手に入ったので、チンするだけの弁当やレトスト食品は購入できる。 ボンカレー…
窓側にパソコンを構えて、一昨日(12月27日)届いた「宍道湖しじみジンジャーエール」を、Tik TokとXに投稿中のこと。 サエちゃんから電話がかかった。 「めちゃ、声近いね!」の第一声。 「そうだね、こちらも大きく聞こえますよ」と答えた。 窓から外を見るとさえちゃんが、スマホを手に歩いている。 まさか、ウチに向かっているということはないよね。 突然の訪問、驚きながら玄関ドアーを開ける。 「サ…
帰国してこの2ヶ月、歩いたり自転車に乗って徘徊した。 距離的には、そんなに遠くへは行っていない。 歩いても自転車でも、片道1時間ほどの範囲内。 この頃、風景になぜか物足りなさを感じるようになった。 ウブドで毎日見ていた、田んぼの景色が見当たらないと気づいた。 ウブドは、ライスフィールド・ヴュー、ライステラス・ヴューで人気の観光地。 田んぼヴューの人気の秘密は、心に残る風景が見られると…
土岐市で生活しだしてから、ウブドが便利だったというのを痛感したのは、ネット環境だ。 レストランはもちろん、地元のワルンに行ってもWiFiが使えた。 プンゴセカン村のコス(私の安下宿)ではWiFiがあり、月5万ルピア(およそ500円)で使い放題だった。 ウブドが特別かも知れないね。 土岐市ばかりじゃない、日本全国どこもFree WiFiがないと聞く。 インターネットも理解できないし、プロバイダーとか通信キャ…
日本帰国にあたっては、暖房以外にも不安材料はいっぱいある。 スマホの初期ローミングもそうだったが、いざ生活するとなってからの不安。 洗濯に関しても心配だった。 コインランドリーの所在を検索してみた。 数は多くない。 幸いにして、世話になる家の近く一軒ある。 ウブドではワルンの食事代も安いが、もう一つ私にとって助かったのはクリーニング代が安かったこと。 1キログラムあたり1万ルピア、ア…
なぜ寒くなる時期に帰るの? 夏に帰って、秋から冬へと慣らしていくのがベストでしょう。 そうなんですよね。 残念なことに、リタイヤメントビザの延長期限が12月初旬だったんです。 そして、延長料金が用意できなくて、ウブドを離れることを決意しました。 ビザが切れるギリギリまで滞在するよりは、冬になる前に帰って、少しでも慣らしたいとも考えた。 11月初旬に、コテツちゃんの娘さんの結婚式がウブドで…
現在、土岐市で世話になっている友人は現役のイラストレーター。 みんなからは親しみを込めて「画伯」と呼ばれている。 今は亡きお父さんは、陶器の絵付師。 特殊が技術が求められる匠の職人です。 私の寝床確保のために、お父さんの仕事場を整理してくれた。 まだまだ使える道具や、使われなく長年眠っていた物が片付けられていく。 処分するゴミが集められたところで、市の処分場に持っていく。 同居人の…
土岐市の駅前に降り立った時、呆然とした。 大都市でもあるまいに、何を期待していたのかな。 たいてい地方都市の駅前は、こんなもんだということを思い出した。 人口10万人も満たない、54,286人の小都市。 年々人口は減少しているようだ。 乗用車の普及が、拍車をかけているのだろう。 土岐氏は陶器の街として古くからある町、私を魅了するものは残っているはず。 歴史はおいおい勉強していくとして、ま…
窓外の夜景を見下ろしながら、ウブドを離れることに未練はないか?と自問した。 まったくないと言えば、嘘になる。 しかし、感傷的になることはない。 誰一人として知り合いのいないウブドに滞在を始めたのは、1990年の5月。 運が良いことに、この村の若者たちは日本語が覚えたがっていた。 日本人旅行者が増え、会話ができることで収入を得られることを知った。 そんな彼らは私を利用し、私は彼らとのコミュ…
早いもので日本に来てから一ヶ月が経過した。 移住の手続き、アパート探しと入居の準備に時間が取られ、ブログを書く時間が見つけられなかった。 WiFi環境が整っていないのもあるが、環境の変化で自分のペースに戻れていないのも原因だと思う。 11月22日に、アパートの入居。 快適な空間が確保できました。 アパート紹介は、おいおいということで。 ブログはライフワークとして続けたいので、今後ともお付き合…
私のウブド生活は、1990年5月7日から始まった。 その時の話は「ウブドに沈没https://informationcenter-apa.com/ubud-chinbotu.html」が詳しい。 滞在は長期となり「ウブドの重鎮」とか「ウブドのレジェンド」と呼ばれるようになった。 ただ長く滞在しているだけの称号です。 ウブド長期滞在34年間を振り返る今日この頃。 初体験づくしのウブドの生活は、刺激的だった。 毎日が楽しかった。 ウブド好き日…
終活は、日本で生活保護を受けようと考えている。 まともな人生を送ってこなかった男の末路。
チャロナラン舞踊劇の見納めは、リノさんの魔女ランダで!(548)
リノさんからメッセージが届いた。 ケチャの踊り手として有名なテガス・カンギナン村のリノさんだ。 9月5日から17日まで続く、オダラン(寺院祭礼)の奉納舞踊スケジュールだった。
ウブドに行ったら、ムルカット( Melukat)儀礼に参加するといいよ!(547)
バリ島では、伝統衣装(Pakean Adat)に身を包んだバリ人たちが海岸(スガラ=Segara)や川の合流点(チャンプアン=Campuhan)、滝やパンチョラン= Pancoran( パイプから流れ落ちる湧き水)、ベジ= Beji (聖なる泉源)などに供物を持ってやって来て、沐浴する姿を見かける。 この沐浴は、ムルカット(Melukat)と呼ばれるバリ人の信仰するヒンドゥー・ダルマの儀礼であり、慣習の一つでもある。 ムルカット儀礼は、正…
1990年、ウブドで最初に泊まった宿は、カジェン通りの1番地「ロジャーズ・ホームステイ」だった。 ロジャーさんの民宿という意味だ。 ウブドの民家の多くが、ホームステイを営んでいる。 門や塀に、宿を商っているとわかる小さな看板が掛かっている。
2023年5月、WHOは新型コロナウイルス緊急事態宣言の終了を発表した。 シャッター街と化した閑古鳥の鳴くウブドに、観光客が戻り、通りに活気が出てきた。 散策する人々の姿が見え、バイク、自動車も増えてくる。 日に日に賑やかくなるウブドを見て、嬉しかった。 渋滞さえも嬉しくて、ウルウルした。 あれから、4年と7ヶ月が経過した。 2024年8月現在、ウブドの自動車渋滞は日増しに激しくなっている。 今…
クラウドファンディング終了(8月1日23時59分59秒)のお知らせ!
「スアール・アグン応援クラウドファンディング」への皆様のご支援に大変感謝しています! おかげさまで、目標の80%を超えました。 少し不足分はあるものの、予定していた計画は全て行なうこととなります。 リターンの件ですが、 2500円コースの方へは、お礼のメッセージと、撮り下ろしウブドの写真を8月中にお送りします。 5000円以上の方へは、MP3やハイレゾ版のダウンロードリンクを8月中にお送りして、コンテ…
ウブドに滞在して34年。 ご存知のように、バリ人はインドを起源とするヒンドウー・ダルモを信仰している。 霊峰アグン山の中腹にある、ブサキ寺院を総本山として参拝する。 ブサキ寺院の創立祭…
バリ旅行の楽しみ方のひとつに、習い事をするというのがある(543)
ウブドに滞在して、習い事をする観光客は多い。 ガイドブックには「伝統文化に触れる」と小さく取り上げている。 観光客が訪れ始めた1990年頃は、舞踊・ガムラン・バリ絵画・彫刻・バティックなどが主だった。 その後、バリ料理・供物(チャナン)作りなどのバリの日常的なものが加わっていく。 私が主宰していた「アパ?情報センター」では、上記以外にバナナ紙作り・ヤシ砂糖作り・ジャムー作りも開催していた。 …
衝撃的なタイトルでしょう! モンキーフォレスト通りに、ワルンは皆無。 ローカルの町・プリアタン大通り、ワルン街道・トウブサヨ村スクマ通りには多数ある。 また、ウブド周辺の村にはワルンが残っているが、ウブド内で見つけることが難しくなっている。 ワルンはローカル専用、レストランは観光客にと色分けされたかのようだ。 ワルン派の私は、日々困っている。 ビスマ通りも皆無だと思っていたら、先日…
バリ人の結婚儀礼の意識が変わりつつある・結婚式場のオープン!(541)
バリ島では、結婚儀礼や火葬儀礼など人の一生に関わる儀礼は、村人のゴトンロヨンhttps://informationcenter-apa.com/kb_gotongroyong.html(相互扶助)で、それぞれの屋敷で執り行わている。 屋敷は、儀礼が執り行なわれるように設計されている。 日本もかつてはそうでしたね。 運がよければ観光客も、そんな伝統的な慣習を見ることができる。
一年ぶりに銀行に行った。 ガラスドアーを引いて中に入る。 居るはずのガードマンの青年がいない。 いつもは青年が要件を聞いて、待ち順カードを渡してくれる。 カードが出てくると思われる機械の前に、誰もいない。 さて困った。 困ってばかりいても先に進まない。 しかたなく自分ですることにする。
バリの伝統芸能・ガムラン&舞踊についての私心!(539)<br />
1990年5月:ウブドに滞在を始めて、最初に興味を持ったのは、伝統芸能だった。 バリのことにまったく知識のなかった私に、強烈な印象を与えたのは、ガムランと呼ばれる青銅鍵盤打楽器オーケストラとガムランの音に合わせて繰り広げられる舞踊だ。 (ガムランには各種あるが、ここでは説明をはぶきます。各々、検索してください) 最初は、耳をつんざく激しい金属音に戸惑ったが、何度も聴いているうちに、BGMで眠れるほ…
暗闇では、目の前の景色は白黒となり、物には色彩がなくなる。 色を見分けることができないのが、色覚異常(色盲、色弱etc)。 虹の七色は、みんな同じように見えているわけではない。 この頃、不埒なことを考えている。 料理には、本当は味がないのではないか。 記憶やイメージが、味覚を想像してだけかもしれない。 まさか、そんなずはないと思うが。 そう思わせるほど、私は味覚異常だ。 味覚に…
先日、下宿近くにあるコンビニエンス・ストアー(以後コンビニ)に行った時のこと。 鼻風邪が長引いているので、トイレット・ペーパーを買い足しに来た。 なんで鼻水でトイレット・パーパーなの、と不思議に思った方がいますよね。 常識ならティッシュ・ペーパーなんでしょうが、私がウブドに滞在始めた1990年にコンビニは皆無で、テイッシュ・ペーパーも普及していなかった。 ウブドにコンビニが開店したのは2003年…
お待たせしました。 皆様、お待ちかねの企画です! シェア&拡散のご協力、よろしくお願いいたします! 関 将さんからのメッセージ! 昨年9月…
ウブドにラーメン店が増えている! ラーメン専門屋「you & mie」
ウブドのラーメン屋1号店は、アンドン十字路西南角のオープンした「イダバグース・ラーメン」。 現在、不動産屋「Ubud Property」になっている。 開店年を正確に覚えていないが、「居酒屋・影武者」1991 年に開店したあと、1992〜3 年にオープンした 日本食「漁師」と同時期だと覚えている。 正確な開店年をご在知の方がいらっしゃったら、情報を待ってます。 イダバグース・ラーメンは数年後に閉店してしまった…
プダンダ(高僧)・プマンク(僧侶)の奏でるグンタ(鈴)を求めて!(535)
ウブドを徘徊していると、どこからともなく清んだ音が聴こえてくることがある。 清んだ音の正体は「GUNTA=グンタ」と呼ばれる鈴。 グンタは、聖職者であるプダンダとプマンクがマントラとともに、バリ人の信仰するヒンドゥー・ダルマの儀礼で使用する。 リ〜ン リ〜ン! 澄んだ音色が聞こえると、今、お祈りをしているところだろうと想像できる。 寺院祭礼のお祈りの場に立ち会うと、瞑想的なグンタの音に心が洗われ…
二度と帰るつもりのない決心で、日本を脱出した。 日本を離れ、終の住まいを探す旅だ。 最初に訪れたのがバリ島。 2日目には、ウブドに居た。 …
ウズベキスタンのナシゴレン「Plove」を食べてみた!(533)
バリ島にロシア人が増えつつあるという噂は、コロナの流行以前からあった。 ウブドには、ロシア村と揶揄されて呼ばれる村がある。 ことの発端は「コワーキングスペースPARQ」ができたからだ。 …
この頃、 X(=ツイッター)に「共同親権」という言葉が頻繁…
内緒にしておきたい情報「インディゴ染めの店2軒」!(531)
インドネシアの国土は東西に広く、アメリカ合衆国の幅と同等の長さに17,000を超える島々を抱える群島国家。 その横長の国を東西に二分して、バティック&イカットの布の文化が分布する。 バリ島を含む西の島々にはイカットが、ジャワ島を含む東の島々にはバティックの伝統が残っている。 イカットに興味を持ちロンボク島、スンバワ島、スンバ島、フローレス島と巡ったことがある。 それぞれの土地に特徴があって、興…
あの坂本龍一氏も訪れたマンディ場 @グヌン・カウィ寺院 スバトゥ村(530)
友人からのメッセンジャーに、家族の近況報告とユーチューブ動画が送られてきた。 動画は「1985年 音楽の旅はるか 坂本龍一YAS-KAZU バリ島」だった。 神々と電子音楽の饗宴 https://www.youtube.com/embed/13b-SGkpL7o?si=5HGexDfS8iJpPngm 友人は、坂本龍一の超々崇拝者。 坂本龍一33歳の姿とバリの風景に感動する。 動画の中でマ…
ウブド東端の十字路を北に向かうアンドン通り。 銀行の支店が10軒ほど出店している地域。 ガソリンスタンドにスーパー・マーケットが2軒とレストランが並んでいる。 私が滞在始めた1990年5月頃には、何もない通りだった。
「ALAS HARUM」のナイスビューが Rp50,000-で鑑賞できるって、ホント!(528)
ウブド近郊に、ルアック・コーヒーの店が出店し始めたのは、いつ頃のことだろう。 どの店も、渓谷沿いの広い土地を所有している。 ルアック・コーヒーの説明、選別、焙煎などのプロセスを見学できる。 インドネシアのコーヒー各種をデミタスカップで無料で提供し、ルアック・コーヒーも試飲できた。 帰路は、土産コーナーの前を通らなければならない導線になっていて、買い物を誘導する。 スゥイング(ぶらんこ…
あなたは、何歳の頃から将来の職業を考えていましたか? 今回は、私の話を聞いてください。 私は中学生の頃、百貨店の宣伝部に在籍していた長兄の蔵書の影…
ニュークニン村に移店した「和食・影武者」を紹介していなかった!(526)
影武者は、2014年5月24日に現在のニュークニン村に移店して、すでに10年を経っているのにブログで紹介していなかった。 動画で紹介。
バリ伝統絵画から脱却し、ユニーク画風で有名になった天才画家・Mokoh!(525)
グスティ•サナ・ギャラリー蔵 天才デワ・プトィ・モコ(Dewa Putu Mokoh)は、 1936年プンゴセカン村で生まれ、2010年にこの世を去った。 プンゴセカン村…
老舗ジャムウ屋『Jamu Ubud Sehat』@アンドン通り・ウブド(524)
体調が100%でないので、アンドン通りにある老舗ジャムウ屋『Jamu Ubud Sehat』に立ち寄った。 ウブドにジャムウ・カフェはここしかないのかな。 他にもあれば教えてください。 2022年3月30日以来だから、約2年ぶりの訪問。 その時は、ジンジャーのジャムウを飲んでいた。 ジャムウ・カフェは2013年に開店。 奥にはアトリエと瞑想場がある。 オーナーのマディ・クルトネゴロ氏は、画家&ヒーラーです。 …
クムヌ村の蝶々(Kupu kupu)博物館 @ Kumenuh Batterfly Park(523)
蝶というのか、蝶々というのが正しいのか? 一頭(蝶の数え方)が蝶で、二頭以上が蝶々と言うわけではないようだ。 どちらも正しいので、雰囲気に合わせて使い分けよ、ということらしい…
ウブドを訪れる海外からの観光客は、どこで、どんな食事をしているのだろう?(522)
旅の楽しみの一つに、地元の料理を食べることがある。 料理は、その土地の文化を知るには、大切なアイティム。 旅先では旅先の料理を食べる、というのが私のコンセプト。 インドネシア全域は中華料理が主流だが、各地方にはそれぞれの食文化がある。 バリには、バリ料理がある。 祭礼時のバビグリンとラワール料理は有名だ。 ワルンと呼ばれるローカル食堂に、東ジャワ料理、スンダ料理、パダン料理、マドゥー…
近頃、バリ島にロシア人&インド人&韓国人の滞在者が増加しているとの噂を聞く。 2023年バリ国際空港の出入国総数と上位10ヶ国を発表(12/29)では、下記となっていた。 ◆入国上位10ヶ国 01位:オーストラリア 1340,190名 02位:インド 441,683名 03位:中国 284,729名 04位:イギリス 256,883名 05位:アメリカ 249,902名 06位:シンガポール 237,883名 …
落描き新作(artito25〜artito32)を、販売いたします。 旧作は上描きするので、現状で希望の方はお急ぎください。 現地(ウブド)渡し、5,000円になります。 日本までの送料は、4,000円ほどになります。 ■購入希望の落描きを連絡ください。 連絡先は、下記のいずれかでお願いします。 Email:[email protected] フェイスブック:https://www.facebook.com/hiroshi.ito.524/ Twitter伊藤博史:@AB…
いい湯だね!バトゥール湖畔の温泉@Bali Volcano Natural Hot Spring(519)
バリに滞在していて、温泉に浸かりたいと思うことがしばしばある。 常夏のバリ島で、なぜ温泉? 疑問に思う方も多いと思う。 私は、広い湯槽が好きなんです。 でも、温水プールじゃ駄目。 温泉の効能には興味ありませんが、香りがするのは好きです。 バスタブのある生活をしていた時に、日本の名湯の入浴剤を使ったこともあるが、ちょっと虚しかった。 現在、ホットシャワーのない下宿に滞在しているので…
ウブドに長期滞在を始めるようになって、バリの宗教・文化・慣習など様々な事柄に興味を持った。 1990年5月のこと。 その一つに「バリ・アガ」という言葉があった。 ガイドブックには、先住民と説明されている。 同じ意味で「バリ・ムロ」がある。 山間部伝統村をバリ・ムロ、海岸部の伝統村をバリ・アガと言う説があるが、定かではない。 バリ・アガについては、こちらをお読みください。http://informationc…
バリ島LOVERの皆さまへ/ジェゴグツアーへのお誘い/拡散希望(517)
友人から熱いメッセージが届いたので、原文を以下に投稿させてもらいます。 2024年3月頭あたり、バリ島にいるよ!というかた、世界的にも知られているジェゴグの楽団『スアール・アグン』の演奏を聴きに行くツアー、ご一緒しませんか? バリの伝統音楽として青銅でできたガムランがとても有名ですが、実は竹でできたガムランもあり、そのうちの巨大な竹でできた楽器がジェゴグになります。 ジェゴグにはさまざまな大…
この頃、マス村のチュンパカ通りを利用するが多い。 私の下宿から、プンゴセカン村とテガス村の自動車渋滞エリアをショートカットして、マス村のメイン道路に抜けることができるからだ。 ホテルやレストランが増え、近頃繁華になりつつあるチュンパカ通りに、お世話になったバリ人・ブリオカ氏の長女がレストラン「Mai Ubud」をオープンしたのも利用する理由でもある。 南下するとT字路に突き当たる。 マス村に向け…
明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 今年初の投稿です。 納得できない、諺や格言がある。 「時は金なり」は、もっとも嫌いな言葉だ。 この頃、「終わり良ければすべて良し」という言葉に疑問を持つようになった。 シェイクスピアの戯曲「All's Well That Ends Well」のタイトルに由来する諺らしく、物事の最初や途中はどうであれ、最後(結末)さえ良ければ、全体として良…
ジワジワと寒さが増してくるのを感じる、日々。 日本各地に雪が降り始め、積もっている地域もあるようだ。 あなたの住む街は、いかがですか。 我が土岐市は、気温が低くなり、雪が降る日も近いかなと感じさせるこの頃です。 35年ぶりに迎えた先の冬は、寒さの対処方法がわからず、身体に負担をかけた。 今冬は、自分なりの寒さの避け方を学び、不安は少なくなっている。 暖房機器の効率的な使い方も、外出時の…
ウブド・リピーターの貴方に質問です。 トイレの後始末は、紙派ですか、それとも指派ですか? 質問の意味がわかりませんよね。 私は、日本を離れるまでの42年間は、トイレットペーパーを使っていた。 そんな私が、指派に変わった瞬間の話をします。 それは、ウブド初のカルチャーショックでもありました。 ホームステイのトイレでのことです。 拭くだけの段階になって、紙が見当たらないのに気がついた。 …
Selamat pagi・お早ようございます。 Selamat siang・(午前の)こんにちは。 Selamat sore・(午後の)こんにちは。 Selamat malam・今晩は&お休みなさい。 これ以外に、ウブド人が挨拶に使っている言葉があるんですよ。 道端でおじさんやおばさんに「どこへ行くの?=ke mana?」と声をかけられる。 初めは、「市場に行きます」「ご飯を食べに」とか、丁寧に行き先を答えていた。 帰りには、「どこに行…
待望の電動アシスト自転車が届いた。 大きなダンボール箱を開けて、組み立てです。 組み立ての苦労話は、省きます。 さあ、残すはバッテリーの取り付けだ。 バッテリーが充電…
私が訪れた90年代のウブドの街灯は5Wで暗く、足元も悪いので、懐中電灯が必需品だった。 停電の夜にも役立った。 そうそう、定期公演の停電では、観客が懐中電灯を当ててやり過ごしたこともあった。 履物は、ゴムゾーリがベスト。 ビーチサンダルなんて贅沢なものじゃない。 パサール(ウブド公設市場)の雑貨屋で売っている、スワロー印のゴム草履だ。 歩道のなかった時代、スコールで泥んことなった側溝に足…
友人の会社が、久屋大通公園で「花とみどりを楽しむ・まちフェスタ」に出店しているのをインスタで知った。 名古屋にいたころからの友人で、私がウブドに滞在始めてからは、何度も訪ねてきてくれていた。 稼業が忙しくなったようで、20年ほど前から会っていない。 色々と世話になったので、是非会って、感謝を伝えたかった。 JR中央線に乗って土岐市駅から千種駅へ(680円)。 千種から栄までは、地下鉄を利用…
この日は、猿の森のあるサンゲ寺院より、さらに北東の位置にある寺院で奉納舞踊があると聞いていた。 友人がバロン舞踊を奉納するので鑑賞したいと思っている。 サンゲ寺院は、ウブドから直線で10キロ地点だが、実際は一度南方に下ってからとなり20キロほどになる。 なぜそうなるかというと。 バリ山間部の幹線道路は、あみだくじの縦線状に走っている。 横線は渓谷に橋を架ける必要がある。 あみだくじのよう…
今回でテーマは、コピ・バリ(kopi Bali)です。 バリ・コピではありません。 英語のMy nameは、インドネシア語ではNama sayaとなります。 (My=saya・name=Nama) バリ・コピは英語式ですね。 デワ・ワルンは、インドネシア式に呼ぶとすれはワルン・デワが正しい。 小学校入学前レベルの私の見解なので、半信半疑で聞いてください。
昨年10月28日にウブドを離れ、29日に土岐市に降り立った。 去年の今頃は、これからどう生きていくんだろうと不安と期待だったはず。 ウブドを離れるのも勇気がいったが、34年前の日本を離れる時に比べたら気楽なもんだった。 あの時は、生きて日本に帰ることは考えていないかったからね。 ウブド訪問の第一印象は、ゆっくりとした時が流れていたこと。 人々の歩みも、のんびりしていた。 私ものんびり歩いて…
この頃、私の思考は二分している。 ”過去と今”です。 過去は大きく分けて、二つ。 一つは、生まれてから42歳まで(1947〜1990)の日本での生活。 もう一つは、34年間のウブド滞在(1990〜2024)。 今は、帰国(2024〜)してからの土岐市の生活となる。 SNSでは ”過去と今” を投稿しているのですが、過去についてはウブドが中心になっている。 ウブドの記憶は、年々、色あせてしまうから、鮮明なうち…
職業軍人だった親父の教育方針が「男子厨房に近寄るべからず」だったのと、六人兄弟の末っ子の私に二人の姉は料理作りをさせなかった。 お袋は料理が得意だったのか、どれも美味しかったのを思い出す。 言い訳になりますが、そんなことから、この歳になるまで料理はできないでいた。 ウブドでは「和食・影武者」の女将の好意で、栄養管理の行き届いた美味しい食事を賄っていただいていた。 土岐市に移り住んでから…
フェイスブックのUbud-ianで募集した『初渡バリの思い出に残る写真一枚!』。 あなたの感動・思い出を共有したいと言う思いでの募集です。 16名の友人から、コメントとともに56枚の写真が届いた。 3分40秒のスライドショーを作ることができたので、アップします。 永久保存版です。 画面の切り替えごとに、1名となっています。
今更だけど、電子レンジの普及で、家庭料理が画期的に変わったようですね。 進歩したのかどうかはわからないが、便利になったことは確かだろう。 仕事柄、喫茶・レストランの厨房にガスレンジやオーブンレンジ導入することはあった。 その当時(1970〜1980)電子レンジは高価だったのか、扱っていない。 職業軍人だった親父の教育方針が「男子厨房に近寄るべからず」だったのと、六人兄弟の末っ子の私に二人の姉は…
私の替わりに、スマホが熱中症になってしまった。 新たに入手するために、イオンモールのソフトバンクを再訪することにした。 今日の天気予報は、雨の降らない曇り。 気温も、32度を下回っている。 昨日まで雨は降るし、35度以上の気温が続いた。 これはチャンスだ。 イオンモールは、朝10時開店。 9時出発で、チャリを走らす。 45分で到着。 思ったより早く着いたので、コメダ珈琲でモーニング(\54…
曇り空ながら、降り続いていた雨が止んだようなので、久しぶりにチャリで遠出。 茶室・暮雪庵(ぼせつあん)の写真を撮りたくて、九月(13日・24日)の茶会を覗くことにした。 土岐市北部にある織部の里公園の「洗心苑・暮雪庵」へ、ひとっ飛び。 由緒正しき暮雪庵の説明は、以下、土岐市公式ウェブサイトを引用させてもらいました 平成16年に松坂屋の創業家である伊藤家の別荘「揚輝荘」にあった茶室「暮雪庵」を織…
エアコンさんが「外の温度40度です」とメッセージする。 今日も1日外出せずに、部屋でゴロゴロ。 ユーチューブで、 TVニュースを見て思った。 なんで、ニュースで株価を流すのかと。 毎日流していては、ニュースとは言わないゾ。 株は景気の動向がわかるというが、株価以外の情報からでも予想はできる。 興味がある人は、アプリで調べればいい。 高視聴率が取れるほど、株に興味がある人がいるとは思え…
ウブドでは、クーラーも扇風機もない生活をしていた。 下宿によっては、蒸し暑い部屋もあったが、あまり気にならなかった。 一年中過ごしやすい気温だが、乾季は肌寒くて、雨季が暑かったのを覚えている。 雨季は、25度から30度。 乾季は、18度から26度で、薄手のジャンパーを羽織ることもある。 「今日は暑いね!」とか「今日は寒いね!」とか言いながら、あまり気温のことは気にしていなかった。 24度以下に…
長期滞在は、得るものも多いが無くなるものもある、という話をしよう。 私のウブド訪問は、カルチャーショックの連続だった。 これは、理解することで慣れるし、ショックも薄れた。 残念なのは、ウキウキ感も薄れていくことだ。
東濃地方の郷土料理『ヘボ飯』 岐阜県南東部の土岐市、多治見市、瑞浪市、恵那市、中津川市の五つの市が、美濃地方と呼ばれます。 気になる「ヘボあります」の看板。 行ってきまし…
日本帰国にあたっては、暖房以外にも不安材料はいっぱいある。 スマホの初期ローミングもそうだったが、いざ生活するとなってからの不安。 洗濯に関しても心配だった。 コインランドリーの所在を検索してみた。 数は多くない。 幸いにして、世話になる家の近く一軒ある。 ウブドではワルンの食事代も安いが、もう一つ私にとって助かったのはクリーニング代が安かったこと。 1キログラムあたり1万ルピア、ア…
なぜ寒くなる時期に帰るの? 夏に帰って、秋から冬へと慣らしていくのがベストでしょう。 そうなんですよね。 残念なことに、リタイヤメントビザの延長期限が12月初旬だったんです。 そして、延長料金が用意できなくて、ウブドを離れることを決意しました。 ビザが切れるギリギリまで滞在するよりは、冬になる前に帰って、少しでも慣らしたいとも考えた。 11月初旬に、コテツちゃんの娘さんの結婚式がウブドで…
現在、土岐市で世話になっている友人は現役のイラストレーター。 みんなからは親しみを込めて「画伯」と呼ばれている。 今は亡きお父さんは、陶器の絵付師。 特殊が技術が求められる匠の職人です。 私の寝床確保のために、お父さんの仕事場を整理してくれた。 まだまだ使える道具や、使われなく長年眠っていた物が片付けられていく。 処分するゴミが集められたところで、市の処分場に持っていく。 同居人の…
土岐市の駅前に降り立った時、呆然とした。 大都市でもあるまいに、何を期待していたのかな。 たいてい地方都市の駅前は、こんなもんだということを思い出した。 人口10万人も満たない、54,286人の小都市。 年々人口は減少しているようだ。 乗用車の普及が、拍車をかけているのだろう。 土岐氏は陶器の街として古くからある町、私を魅了するものは残っているはず。 歴史はおいおい勉強していくとして、ま…
窓外の夜景を見下ろしながら、ウブドを離れることに未練はないか?と自問した。 まったくないと言えば、嘘になる。 しかし、感傷的になることはない。 誰一人として知り合いのいないウブドに滞在を始めたのは、1990年の5月。 運が良いことに、この村の若者たちは日本語が覚えたがっていた。 日本人旅行者が増え、会話ができることで収入を得られることを知った。 そんな彼らは私を利用し、私は彼らとのコミュ…
早いもので日本に来てから一ヶ月が経過した。 移住の手続き、アパート探しと入居の準備に時間が取られ、ブログを書く時間が見つけられなかった。 WiFi環境が整っていないのもあるが、環境の変化で自分のペースに戻れていないのも原因だと思う。 11月22日に、アパートの入居。 快適な空間が確保できました。 アパート紹介は、おいおいということで。 ブログはライフワークとして続けたいので、今後ともお付き合…
私のウブド生活は、1990年5月7日から始まった。 その時の話は「ウブドに沈没https://informationcenter-apa.com/ubud-chinbotu.html」が詳しい。 滞在は長期となり「ウブドの重鎮」とか「ウブドのレジェンド」と呼ばれるようになった。 ただ長く滞在しているだけの称号です。 ウブド長期滞在34年間を振り返る今日この頃。 初体験づくしのウブドの生活は、刺激的だった。 毎日が楽しかった。 ウブド好き日…
終活は、日本で生活保護を受けようと考えている。 まともな人生を送ってこなかった男の末路。
リノさんからメッセージが届いた。 ケチャの踊り手として有名なテガス・カンギナン村のリノさんだ。 9月5日から17日まで続く、オダラン(寺院祭礼)の奉納舞踊スケジュールだった。
バリ島では、伝統衣装(Pakean Adat)に身を包んだバリ人たちが海岸(スガラ=Segara)や川の合流点(チャンプアン=Campuhan)、滝やパンチョラン= Pancoran( パイプから流れ落ちる湧き水)、ベジ= Beji (聖なる泉源)などに供物を持ってやって来て、沐浴する姿を見かける。 この沐浴は、ムルカット(Melukat)と呼ばれるバリ人の信仰するヒンドゥー・ダルマの儀礼であり、慣習の一つでもある。 ムルカット儀礼は、正…
1990年、ウブドで最初に泊まった宿は、カジェン通りの1番地「ロジャーズ・ホームステイ」だった。 ロジャーさんの民宿という意味だ。 ウブドの民家の多くが、ホームステイを営んでいる。 門や塀に、宿を商っているとわかる小さな看板が掛かっている。
2023年5月、WHOは新型コロナウイルス緊急事態宣言の終了を発表した。 シャッター街と化した閑古鳥の鳴くウブドに、観光客が戻り、通りに活気が出てきた。 散策する人々の姿が見え、バイク、自動車も増えてくる。 日に日に賑やかくなるウブドを見て、嬉しかった。 渋滞さえも嬉しくて、ウルウルした。 あれから、4年と7ヶ月が経過した。 2024年8月現在、ウブドの自動車渋滞は日増しに激しくなっている。 今…
「スアール・アグン応援クラウドファンディング」への皆様のご支援に大変感謝しています! おかげさまで、目標の80%を超えました。 少し不足分はあるものの、予定していた計画は全て行なうこととなります。 リターンの件ですが、 2500円コースの方へは、お礼のメッセージと、撮り下ろしウブドの写真を8月中にお送りします。 5000円以上の方へは、MP3やハイレゾ版のダウンロードリンクを8月中にお送りして、コンテ…
ウブドに滞在して34年。 ご存知のように、バリ人はインドを起源とするヒンドウー・ダルモを信仰している。 霊峰アグン山の中腹にある、ブサキ寺院を総本山として参拝する。 ブサキ寺院の創立祭…
ウブドに滞在して、習い事をする観光客は多い。 ガイドブックには「伝統文化に触れる」と小さく取り上げている。 観光客が訪れ始めた1990年頃は、舞踊・ガムラン・バリ絵画・彫刻・バティックなどが主だった。 その後、バリ料理・供物(チャナン)作りなどのバリの日常的なものが加わっていく。 私が主宰していた「アパ?情報センター」では、上記以外にバナナ紙作り・ヤシ砂糖作り・ジャムー作りも開催していた。 …