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穢銀杏
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2019/02/02

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  • 十和田湖畔の文士たち

    東北地方に降る雪をライブカメラの映像越しに漫然と鑑賞中のこと、インターネットの恩恵をしみじみ感じていた最中。 ふと思い出した歌がある。 季節はちょうど今ぐらい。時間はざっと、遡ること百年以上。十和田の秘湯・蔦温泉を背景に、杉浦重剛門下の文士、猪狩史山が即興で吟じあげたる、ある歌を──。 (Wikipediaより、蔦温泉) 蔦温泉には先んじて大町桂月が逗留し、疲労を湯舟に溶かしつつ、雪見酒と洒落込む日々を送っていたそうである。 それを訪ねていったのだ。 猪狩と大町の付き合いは長い。互いに同じ杉浦重剛門下生、性格的な相性もまた良好で、親友と認める間柄。「朋あり遠方より来たる」をやりに行った格好であ…

  • 賢人たちの見惚れたる

    神社仏閣参詣で大感動を発したと。──日本旅行の印象を誰かに訊ねられた際、間髪入れずそう(・・)返す外国人は数多い。 (日野市にて撮影) その感激の淵源は、なにも建築の妙趣に因らず、坊主や禰宜を動員しての大がかりな儀式に因らず。ただ日常の習慣として神域に出たり入ったりする日本庶民階級の、ごくさりげない仕草や態度、礼法等をとってこそ、 ──これこれ、これよ、こうでなくてはならんのよ。 期待通りのモノを見たとの満足を、胸の底から湧かすのだ。 実例を引こう。 イタリアが歴史に誇る発明家、「無線電信の父」の名をほしいままにする男、グリエルモ・マルコーニが明治神宮を訪ねた際の情景だ。 「明治聖帝の御威徳を…

  • 西洋中毒

    多くの日本人にとり、「海外」という言葉の持つイメージは「欧米先進諸国」と同義。日本を除いた世界の全てにあらずして、治安、人文、双方共に高水準が保証済み、限局された一地域のみを指している。 国を開いた当初からずっと変わらぬ悪癖だ。 それがゆえ、時代々々でこの点指摘する者も、必ず何処かに見出せる。いわゆる「憂国の志士」の類だ。山下亀三郎なぞも、内の一人に数え入れていいだろう。 (Wikipediaより、山下亀三郎) 大正末年、彼が鳴らした警鐘は、 「多くの日本人は、暇があり、金さへあれば常に欧米々々と言って、欧米漫遊や、視察を企てゝ、インド洋を通って、ヨーロッパに往復するが、彼等のうち殆ど全部がイ…

  • 謙譲と卑屈の境界

    わけのわからぬことにばっかり気を配る。 「およそ商店の店員はなるたけなるたけ粗服で通すべし、あまり身綺麗に装いすぎて客を凌いでしまった場合、はからずしも先方に、無用な恥辱を与えるやも知れぬから」──。 斯くの如きシキタリが、大正・昭和の日本には、どうも蔓延っていたようだ。 その傾向が行き過ぎて、半裸で接客する者も、さして珍しくなかったと。 大大阪(だいおおさか)は南区の心斎橋の某所にて帽子を売って生きていた、大西善太郎という商人の曾て語りしところであった。 (Wikipediaより、1930年代の心斎橋筋) 昭和三年、ふとした縁から海外旅行の好機を掴んだことにより、大西はこの陋習を、正しく陋習…

  • 時の砂

    「七里ヶ浜の砂の数は尽きても、科学の研究の種は尽きる時はあるまい。日常見慣れ聞きなれてゐて、何等の驚異、何等の感興など惹起さぬやうな事柄でも、少し立入って研究すれば、その中には驚くべき事実や、多趣味な現象の潜んでゐることは数限りもないのである」 「方今世界開明の時代と云ふと雖も、天の力は無量にして其秘密に際限あるべからず、後五百年も五千年もいよいよ其力を制して跋扈を防ぎ、其秘密を摘発して之を人事に利用するは、即ち是れ人間の役目なり」 前者が寺田寅彦の、後者が福澤諭吉の言だ。 両名共に時代の白眉、際立った知性の持ち主である。 (Wikipediaより、七里ヶ浜) 専門分野は違えども、学術の蘊奥を…

  • 多々益々弁ず

    益田孝の宗教観が面白い。 以前(まえ)にも幾度か触れてきた、三井の大番頭サンだ。 彼は大胆な男であった、エネルギッシュな漢であった。進取的、発展的な色彩を、その性格に多分に含む者だった。 従って神饌という儀式行為に関しても、単なる神へのもてなし(・・・・)と、敬意と感謝の表現のみと留めておくには飽き足らず、更に「宣誓」の意味合いを、未来に対する抱負の意図を追加させんと気を吐いた。 彼は言う、 「我が神道の儀式に於て山の物、海の物、田の物、畑の物其他さまざまの食品を神に捧げるのは、これ畢竟斯くの如く働きて食糧は潤沢で御座ります、食糧潤沢なれば我々子孫益々蕃殖して益々国土を開拓致しますと云ふことを…

  • 牽強附会か正論か

    「大航海時代はジンギスカンが生み出した」。 文学博士・中山久四郎の説である。 ──何を言い出すんだこの男。 頭の調子を疑いたくなる、突飛な話に聴こえるが、相手は仮にも東洋史の専門家。 その肩書きに敬意を表し、よくよく耳を澄ましてみると、まんざら道理がなくもない。 大航海時代の火付け役は? ──言わずと知れたコロンブス。 そのコロンブスを冒険へと駆り立てた、彼の巨大な欲望・憧憬・好奇心の源は? ──もちろん『東方見聞録』、マルコ・ポーロ一世一代の旅行記だ。 マルコ・ポーロがその書を認(したた)められたのは? ──ジンギスカンが基礎固めして、子孫が仕上げた大帝国を訪れて、刺戟に満ちた体験をたっぷり…

  • 「ロイド・ジョージは英国王」 ─誤珍回答私的撰集─

    そのむかし、とある巡査が昇任試験の面接で、 「日本の三府はなんだったかな」 と訊ねられ、咄嗟に口を衝いて出たのが、 ──別府、大宰府、甲府。 であったことがある。 むろん誤答だ、誤答だが、誤答にしても、こいつの質はけっこう高い。 たぶん、おそらく地頭は、相当以上に優秀(よ)いのであろう。人並み以上の地理的知識を脳に詰め込んでいなければ、この三つは出てこない。 なお、正解は東京、大阪、京都の三つ。まだ東京に府庁があった、戦前の珍回答だった。 (Wikipediaより、東京府庁) およそ笑話の種として、この種の錯誤は定番中の定番だ。文明開化以前より、落語の筋にも多々見受け得ることである。興味のまま…

  • 修羅の巷の星条旗

    1926年夏である。合衆国はシカゴにて、国際警察署長会議といったものが開催(ひら)かれた。 そう、シカゴ。 場所の選定の段階で、ひどい皮肉を聞かされている気がしてしまって仕方ない。 何と言っても、ほら、アレだ。シカゴ・タイプライターと、蓋し高名な携行火器(トンプソン・サブマシンガン)の異名の語源になった街。 稀代のギャング・スターたる、アル・カポネのお膝元。 治安の悪さと屠殺場、どっちにしろ血腥い案件で四方に知れ渡っていた、つまりはそういう場所である。 そんな「悪の巣窟」に、先進諸国の警察のお偉いさんがゾロゾロと集結したわけだから、奇観と云えばなかなか奇観であったろう。 会議の席上、提出された…

  • 善はせず 悪を重ねて 死ぬる身は

    「スリの金太」がまた捕まった。 その一報が伝わるや、 「あの業ざらしのくそじじい、いい加減大人しくならんのか」 警官、法曹関係者、監獄吏員に至るまで、俗にいわゆる犯罪処理を生業(なりわい)とする人々は、一様にゲンナリさせられた。 さもあろう。 昭和四年の収監時点で、金太の年齢、八十七歳! 米寿到達あと一年を残すばかりの、驚くべき高齢である。 犯罪に次ぐ犯罪、娑婆と牢屋の反復動作で一生涯を塗り固め、死後はもちろん地獄行き、閻魔様がヤットコ磨いて今か今かと待っていること疑いなしの「伝説の悪(ワル)」。それが「スリの金太」こと、本名・菊池金太郎の包み隠さぬ素性であった。 (スリの金太) 齢十八歳の折…

  • 職業に貴賎なし ─市井に紛れる「えらいひと」─

    木村儀作は新帰朝者だ。 知見を広げるためならば、言語の壁もなんのその。海の向こうに刺戟を求め、遥か異郷へ船出して、求める「何か」を彼の地で得ると、やがて再び帰り来た。 後には医学の分野に於いて博士号まで取得する、そういう木村の洋行みやげ噺の中に、 「欧洲殊に英国では、相当の前官者が退官後、極めて低い職席に就いてをる。軍人出身者は門衛に、会社官庁に努めてゐたか、船長だった様な人は博物館の監視人をするとか、警視だった人が、百貨店の見張番になったりしてをる」 こんな一節が見出せる。 (英国、リヴァプールの埠頭) 本当ならば──あくまで真実とすれば、だが──まこと愉快で有益な気風といっていいだろう。 …

  • 今年の干支にかこつけて ─名伯楽を生んだもの─

    北海道は名馬の産地。 わけても日高は指折りである。 新冠御料牧場開設以来、重ねた努力と実績が、「日高駒」の名声をとどのつまりは全国レベルに押し上げた。 ──あのあたりの住民は、誰も彼もが馬と多少の関係性を持ちながら日々の暮らしを営んでいる。 かつて、しみじみと説いたのは、騎手(ジョッキー) あがりの調教師、小川佐助なる男。 明治三十八年に浦河町西舎村にて産湯をつかった、言うところの道産子である。 御多分に漏れず、小川の家にも厩舎があって、佐助が物心ついたときには四頭からを飼育している状態だった。「まったく馬のなかで育ったようなもので、小学校高学年には、村のお祭り競馬の騎手になっていた」ほど、こ…

  • 伊予より流れ着きしもの

    神田で、早稲田で、あるいは各地の古本まつりを訪ね歩いてみたりして。 多年に亙り、古書を掻き蒐める趣味に余念なかりし筆者(わたし)だが、 これほどまでにびっしりと書き込み済みの逸品はお目にかかったことがない。 東光治著、『生物暦』。 昭和十六年の刊。 どうやらかつての所有者は、この書を正真、暦代わりに用いていたようである。 ご丁寧にも年月日付きで己が周囲の環境の観察記録をつけている。 「職員室」とか「生徒」とか「校庭」とかいうフレーズがチラホラ飛び交ってるあたり、何処ぞの学校教諭だろうか? 「昭和二〇年の十月は梅雨の如く雨つゞく、殊に七、八、九、十月の豪雨により稲大いに流れ、腐り大不作となる。 …

  • 一見さんに御用心

    一見の客が唐突に高価な品を台に置いても、質屋はまず相手にしない。 盗品の疑いがあるからだ。 (『プレイグ テイル -レクイエム-』より) 以下の話は大正八年、「白浪庵」のペンネームにて『実業之日本』に掲載されたとある記事、「当世質屋物語」を基にしている。 曰く、なんでも、質草にとった品物が盗品であるとわかった場合、ブツは警察に取り上げられて、店には一銭の補償だに為されずじまいな仕組みとか。 つまり完全な泣き寝入り。自己責任論の、まさに標本。やってられない話の極致。 それでも現代社会なら、質屋向けの保険というのも各種取り揃えられていて、セーフティーを掛けられなくもないのだが。──どっこい大正の御…

  • 凍土と象牙と密猟者

    今日びシベリアで象牙が出ると、その九割は中国人が買ってゆく。 中国人の技術者どもの指先で装飾品に加工され、更に高値で売りさばかれる。 しかし昔はイワン(ロシア人)ら自身の手によって美々しく細工が施され、販売されていたそうだ。 ここで云う「昔」とはつまり、ロシアに帝政ありしころ、ロマノフ朝の崩壊以前、二月革命勃発よりも前のことを指している。 (『Rise of the Tomb Raider』より) 大正七年、シベリア出兵が始まりを告げ、彼の地に対する日本蒼生諸君らの興味・関心が否が応にも高まると、それに応えるようにしてサッと筆を執ったのが、山崎直方なる学者。 機を見るに敏、需要と供給のいと麗し…

  • そして桂園へ…

    ポーツマス条約の内容に怒り狂った国民が、その憤懣を日比谷にて火遊びすることにより発散したあの(・・)当時。 政友会は方針として、これに便乗せんとした。 (Wikipediaより、政友会) 群集心理を煽り立て、火の手をもっと拡大し、政府に失態の上塗りをさせ、以って他日の自分たちの天下取り──政権奪取に役立てようとしたわけだ。 政党の本能に忠実な、いかさまらしい(・・・)策だろう。良心の疼きを感じる必要は更に無い。すべては超然内閣の魔の手から国の操舵をもぎ取って、本来あるべき処へと、国民へと還すため。きらびやかな大義の下に、一切の謀略は正当化される。政党政治家たる者の、基本も基本な思考法といってい…

  • 消えない怨み ─ベルギー、メーテルリンク篇─

    何のための講和条約だ、馬鹿々々しい。 「戦後」五年目、一九二三年のヨーロッパ。十二月のとある日に、ドイツの有力新聞紙、『ベルリナー・ターゲブラット』から依頼が飛んだ。宛先は、隣国ベルギー、文豪モーリス・メーテルリンク。 (Wikipediaより、メーテルリンク) もちろん仕事の要請である。 文章を寄稿(よ)せて欲しいのである。 来たる聖誕祭の日に目を通すに相応しい、格調高い内容を、と──ルール占領、ハイパーインフレ、治安の悪化、生活苦、テロルの不安に脅かされて夜も満足に眠れない、青色吐息にすっかり落ち込みきっているドイツ知識人層に、せめて魂の活力なりとも供給し得る何がしかの明るい記事を、ぜひと…

  • 大和魂俯瞰論

    日本人の宿痾とされる、「過度な精神主義」への批判。 俗にいわゆる「大和魂」、「心の力」をめっぽう重視するあまり、ちょっと難局にぶっつかるともうすぐにあきめくら(・・・・・)のようになり、天佑神助を頼みとし、思う念力岩をも通す、断じて行えば鬼神もこれを避くのだと根性論に偏しきる、この持病に関しては、しかし存外、早くから、問題視する者も居た。 少なくとも日露戦争直後には確認可能な傾向である。 志賀重昂が、それをした。 (Wikipediaより、志賀重昂) 旅順の地獄を筆頭に、従軍記者の肩書きで第一線に身を置いて、戦地のリアルをまざまざと見た重昂は、二十世紀の戦争が如何におそるべきシロモノか、骨の髄…

  • 敵意の海を漕ぎ渡る

    一九一八年十二月、和暦に直せは大正七年度の師走。 ウッドロウ・ウィルソン大統領の名の下に提出された教書には、連邦議会のみならず、太平洋を隔てた先の日本の朝野の心さえ、大いにざわめき立てられた。 「一年前に於て吾人は海外に僅に十四万五千九百八十人の将卒を派遣したりしに過ぎざりき。然るに爾後吾人は百九十五万五百十三人即ち一ヶ月平均十六万二千五百四十二人を送れり」 とりわけ、特に、この部分。この内容に関してだ。 (米国下院) なるほど確かに、話題になるのも当然か。なんだかんだで曖昧だった──「張子の虎」説すらあった──アメリカの戦争能力が、これ以上は望むべくもないほどに明瞭に示されたのだから。 「短…

  • 火の用心の声久し

    頻繁な火事なかりせば、お江戸の街はああまで永く繁栄を保ち得たろうか? 「すべからく、破壊からの復興は経済成長の土壌」とは、『ACfA』で耳に馴染んだ言葉であった。同様の理屈に基いて、定期的に烏有に帰していればこそ、都市経済は比較的円満に回転し続けて、江戸の長寿は叶ったのではあるまいか──。 そのような趣旨の観測が、相当以上に古くから論客の間で行われている。 (『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より) 有名どころを挙げるなら、たとえば新渡戸稲造の如きさえ、全肯定とはいかずとも、この種の説に一定の理解を示した形跡が残されているほどである。 それに曰く、 「火事は江戸の花だと云ふ…

  • 話せばわかる ─ヤマサ醤油の外岡氏─

    ヤマサ醤油の営業部長は犬養毅を買っていた。 何故ってくだんの老政治家が、話術の達者であったから。 老害(・)にあらず老獪(・)なりと、余計な濁点、ちゃんと省いた名匠(たくみ)であると認め仰いでいたからだ。 (Wikipediaより、ヤマサ有機しょうゆ) 外岡松五郎と名乗るこの醤油屋の顔役は、人の原始の根源的な欲求として食欲・性欲・睡眠欲に加えるに、「話」欲──声を用いて互いの意思を通わせ合いたい欲求が厳然として存在すると、そのように信じていたらしい。 それゆえ曰く「どんな野蛮人でも文字はなくとも話だけは有ってをる」と、「無言の業といふものは社会生活をしてをる人間には一つのつらひ刑罰」なのだと、…

  • 赤い大帝、スターリン

    一九三〇年代末ごろだ。布施勝治は、都合何度目かの洋行をした。 リガで、プラハで、あるいはパリで。めぐる諸都市の劇場で彼を待ち構えていたモノは、封を切られて早々の、『ピョートル一世』のフィルムであった。 (Wikipediaより、ピョートル一世) アレクセイ・ニコラエヴィチ・トルストイの同名小説を原作とした、ソ連製の映画のことだ。この作品が、布施はよっぽど気に入ったのか、河岸を変えつつ十回以上、繰り返し視聴(み)た。 そうしてレビュー記事を書く。 発表の伝手には困らない。 大阪毎日新聞系の記者なのだから当然だ。 それも単なるヒラでない。 一九四〇年、すなわち昭和十五年には取締役の座にまで昇る。そ…

  • 謳う丘

    三井王国の柱石が一、小野友次郎という人は、老境に入るに伴って新たな趣味を追加した。 長唄を習いだしたのだ。 もともと芸達者な人であったが、還暦間際に臨んでも新規開拓に余念がない点、また相当に気も若い。 (『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より) それで稽古に励みはじめて暫くのこと、ちょっとした異変が彼の身に。──演奏に使う部分とは何の関係もなさそうな頭部(あたま)の皮膚にふしぎにも、その効果は現出(あらわ)れた。年季の入った不毛地帯に、何故か再び薄毛が生えて、嘗ての日々の豊穣を微かに予感させたのだ。 端的に言えば、禿頭(はげあたま)に回復の兆候(きざし)が仄見えた。 評判に…

  • みかんの皮と長州と

    もはやすっかり、冬である。 ちょっと前まで長引く夏に辟易していた筈なのに。──ふと気がつけばコタツに脚を突っ込んで、みかんを頬張る時季である。 光陰矢の如し、時の流れは無常迅速。承知していた心算(つもり)だったが、流転する世界のスピードに、今更ながら目眩を起こしそうになる。 ところでだ。みかんといえば井上馨は、あのくだものの食い方にちょっと一癖あったとか。 内皮を剥かない。 アルベドという、無駄に格好いい名前をした白い筋の部分まで、みんな余さず食っちまう。 なんだ、たかだかそれしきのこと、癖と呼ぶには大袈裟すぎる──と、一瞬思いたくなるが、どっこいこいつは明治の話。改良に改良を重ねる以前の、未…

  • あられ酒奇話

    奈良に酒造家あり。 讃岐屋と号す。 蒼古たる中院町の一隅にて暖簾を掲ぐ。 当主は代々、「兵助」を名乗るシキタリである。 あられ酒の発明は、この讃岐屋の五世兵助によると云う。 (Wikipediaより、奈良盆地) 春日大社へ信心厚い兵助は、ある日、参拝を終えた帰路、急なあられに遭ったとか。 足止めを喰った彼の眼前、氷の小粒が次々と猿沢池に落下する。水面を割って波紋を拡げ、飛沫と共に沈みゆく。微細な白い塊を漠然と眺めているうちに、何か、ほとんど電撃的な、天啓としか呼びようのない発想が、兵助の脳内に生じたらしい。 ──ああ、これだ。 と、頓悟するところがあったのだ。 爾来、研究に研究を重ね、百方工夫…

  • 十字砲火の重信よ

    カリフォルニアを筆頭に、合衆国にむらがり湧いた排日移民のムードほど、大正日本の人心を激昂させたモノはない。 三国干渉の屈辱に匹敵、あるいは凌駕し得るほどその勢いは猛烈で、朝野を挙げて怒り狂ったといっていい。 (Wikipediaより、排日移民法に抗議するデモ) 拳も固く、顔を真っ赤に染めたのは、血の気の多い若者の特権ばかりにとどまらず。 もはや静かに老い朽ちてゆくのみの宿命(さだめ)の筈であった高齢者、──既に半分、伝奇的な昔語りと化しつつあった幕末・維新の生き残りらも、また加担。 「こんなことなら攘夷の志を捨てるのではなかった」 と、渋沢栄一が歯噛みして口惜しがったのは、蓋し有名な巷説だろう…

  • 度し難きもの

    政治事情がすべてに優先されるのが、アカい国家の特徴だ。 政府の、党の、下手すりゃいっそ一個人の面子を守るためだけに、ソロバンだって平気の平左で投げ捨てる。経済的意義ですら、政治的意義を追い越すことは許容されていないのだ。強引な突破を図れば最期、待っているのは血の粛清のみである。 「ソ連との政治関係がよくなった場合、或はソ連がことさら他を牽制するために利用せんと目した国々との貿易は増加する。そしてかゝる際にはソ連はかなりの無理をしても──たとへば近くの国で買へるものをわざわざ遠方の国まで運賃などお構ひなしで買ふ──買ったり、或は必要とあらば国内の生産需要を無視しても外国に持ち出すといふ便宜さへ示…

  • 国共合作裏事情

    「赤匪」こと支那共産党の戦略は、実のところ読めていた。 国共合作の美名に隠れ、彼らが如何に陰険かつ悪辣なる謀略を張り巡らせていたものか。「他日の雄飛」を目論んで、己が天下取りのため、あらゆる準備工作におさおさ怠りなかったか。日本側にも、掴んでいた者はいた。 「共産党の第一目的とするところは、戦争の長期継続であり、遊撃戦展開による自己の勢力の実質的拡大であり、将来のイデオロギー的活躍の地盤を獲得することである」 これは昭和十四年度の三月に、大阪毎日新聞社に籍を置く田中香苗がやってのけた分析だ。 日中戦争の真っ只中に在りながら、途轍もなく正確に相手方の内情をとらえたものといっていい。 (千人針を縫…

  • 大隈侯と雪ダルマ

    まず、原案を自分一手で創り出す。 その次に、主題に据えた分野に於ける専門家らを呼び寄せて、用意の「案」を説き聞かせ、それに対する批評を願う。 「腹蔵なく意見を吐け」と言ってあるから、当然談(はなし)は熱を帯び、火花を散らし時として口角泡を飛ばしながらの激論に及ぶも珍しくない。 (viprpg『ライチと聖剣ちゃん』より) 納得がいくまで、とことん話す。 恰も日本刀の製錬過程の、「折り返し」にも似たような──。いっそ病的といっていいほど執拗に検討を繰り返させることにより、意見の精度を上げてゆく。 甲斐あって、圭角だらけの原案は、やがて珠玉の相を帯び。いざ講演台に立つ刹那、発表の段に至っては、聴くも…

  • 「時代」は決して止まらない

    昭和五年のことである。 電送写真実用化のいとめざましき進捗ぶりを前にして、 「今にラジオは声だけでなく、動画も一緒に送れるようになるだろう」 熱っぽい口調で、興奮もあらわに。──大胆な予測を、下村海南は口にした。 「電送写真の実用化されんとする世の中になっては、近くラジオを聞くものは声を耳にすると同時に、その発声する人の活動写真をラヂオ・セットの前のスクリーンに見る事ができるだらう。同時に放送する者も特別の設備をした場所に於て聴いてくれる人々の光景を、マイクロフォンの前のスクリーンに見る事ができるだらう。まあさうなればラヂオで見かつ聞くのだから興味も一段と深くなる。発声する方でもいさゝかしゃべ…

  • 相模湖遊歩

    だいたい本屋か水辺かだ。 このごろしばらく筆者(わたし)が遊行する土地は、その二種類に分けられる。 つい先日は、後者であった。 ふと、発作的に相模湖を訪ねたくなって、電車を乗り継ぎ、行って来たという次第。 陽を翳らせる雲はなく、しかし冷たい風が吹き、ほんの屏風の一枚裏手に冬が控えているような、そんなある日のことだった。 道中にて、山梨信用金庫と遭遇。 県境が近い故であろうか。 思いもかけず、故郷を偲ぶきっかけに。 更に坂をいくつか下りて、 湖面が視界に映りだす。 相模湖公園入口だ。 駅から歩いて五分強。 交通の便は、まず良好といっていい。 人気のないのをいいことに、園内をとっくり練り歩く。 や…

  • 貧の底

    一次大戦後のドイツ、──ワイマール政体下に於ける超インフレは有名だ。 有名すぎて、敢えていまさら詳説するのも野暮ったい。 現代日本人ならば、ほとんど九分九厘までが義務教育の過程にて、マルク紙幣のブロックみたいな札束を積み木代わりにして遊ぶ、当時のドイツの子供らの写真を目にしたことだろう。 (Wikipediaより、壁紙がわりに貼られるマルク) だがしかし、その大量の紙幣を刷った側の苦労は、どうだろう。あまり知られていないのではあるまいか。 子供が玩具に出来るほど夥しい札束を社会に氾濫させるには、当然ながら印刷機という印刷機はフル稼働、毎日毎日物凄い紙とインクを呑み込ませねばならなくて。 ついに…

  • 水に流してさようなら

    生産過剰になってしまったキャベツをトラクターで引き潰すのと、原理はおそらく一般だろう。 昭和六年、豚の価格が暴落した際、群馬のとある農家では、小豚を生きた状態のまま利根川まで曳いてゆき、淵をめがけてぶち込んで、あとは知らぬ存ぜぬと、始末をつけたそうである。 つまりは溺死させたのだ。 (Wikipediaより、利根川源流) 当事者の立場からすれば、不良債権の手軽な処理を図ったまでと、それなりに理のある行為だろうが。 しかし、さりとて、こんな景色を見せつけられると、水質汚染だぞ阿呆めが、せっかくの清らかなる流れ、もっと大事に扱えや──と抗議したくもなってくる。 いったい川を処刑装置に擬するのは、ひ…

  • 子供心と囚人と

    赤い衣(ころも)に、腰の鎖をじゃらじゃらと──。 下村海南、幼少期の思い出に、囚徒の姿は欠かせない。切っても切れない縁にある。年端もいかない少年時代、彼はまったく罪人どもの姿を見ながら大きくなった。 (『Stray』より) これは別段、彼の生家が刑務官のお役目で、父の職場に頻繁に出入りしていたからだとか、そういう特殊事情には、綺麗さっぱりこれっぽっちも因ってない。ただ単純に、彼の生まれて間もない時分、明治前半のあの頃は、懲役刑のありかた(・・・・)が後とはずいぶん違ったまでということだ。 塀の内(・)にあらずして、塀の外(・)へと繰り出してやる労働こそ主だった。都合のいい労力として、一般社会の…

  • War Dogs

    「植民地の搾取と並んで、戦時軍隊への商品供給といふことが既に古くから資本主義の栄養根の一つとなってゐた。これと同時に戦争への資本供給を土台にして大金融業が発生し、生長し、このものが『戦争か平和か』といふ決定に対して支配的な影響力を獲得するに至ったのである」 武器(死の)商人を題材とした映画なら、およそ二本ばかり観た。 『ウォー・ドッグス』と『ロード・オブ・ウォー』。どちらも抜群に面白かった。鑑賞中はまったく時間を忘れ去り、ほとんどモニタに齧りつかんばかりの態で、一心不乱に見入りっぱなしになったもの。「名作」と評価を下すのに、寸毫の迷いも要さない。 TSUTAYAに未だ活気があった、繁盛していた…

  • 昭和のNIMBY

    これは下村海南が伝えてくれた情報だ。 戦前昭和のある時分、沖縄、名護の片隅に、天刑病──癩病患者の療養所を建てる計画が浮上した。そのあたりには以前より、顔の崩れた浮浪者どもが群れをなして存在し、これをいつまでも放置するのはあらゆる面から好ましくないと判断されたが故だった。 (Wikipediaより、昭和二十年四月の名護町) が、この計画。 ごく健全な地元民からしてみれば、絶対に呑めない論外の沙汰。冗談ではないふざけるな──と、激昂に値したらしい。 ひとたび公表されるや否や、ものすごい反撥を惹起した。 当局の如何なる懐柔策も功を奏さず、宥めること能わずに。──ヒートアップの一途をたどる市民らは、…

  • せめて美しく

    肺を病みての死は辛い。 もとより死への道程は凄惨な苦痛を伴いがちな、──ある日ぽっくり、眠ったままで穏やかに死ねる例こそむしろ少数派だろうが。それにしたって肺病は、とりわけ苛酷な責めである。 文豪・武者小路実篤の父、武者小路実世もやはり、肺結核で死亡した。 三十七歳の若さであった。 その折、息子実篤は、ものの三つの幼児に過ぎない。 (Wikipediaより、武者小路実世) いとけない身をひっさげて、確かに屡々、枕頭に侍りはしたのだが。──しかし生憎、子供の脳みそ、柔い神経回路には、せっかくのそれら体験もうまく記憶化されなんだ。 だから以下のことどもは、後日母を筆頭に、家人・親族・知己等々から聞…

  • 人生設計、穴だらけ

    日下義雄は生前よりも、死後に周囲をやきもきさせた。 なにしろ彼が死んだのは大正十二年なのに、その遺言状が作成された日付ときたら明治四十三年なのだ。 (Wikipediaより、日下義雄) おそらく彼の見立てでは、自分はもっと早めにくたばる算段だったに違いない。 それがどうした数理の狂いか、十四年もズレてしまった。おまけにその間、遺言状の存在をまるきり忘却したかの如く、日下はそれに手を触れようとはしなかった。一言一句の訂正も、ついに行わなんだのだ。十四年を経るうちに、資産も家庭環境も大きく変化していたにも拘らず──。 これがゆえ、日下と生前親しくしていた人々は、遺言状の内容を現実に適応させるため、…

  • 妙なる調べが世に満ちる

    ちょうどナチスが台頭しだした頃だろう。 その当時、ドイツ医学界にては、手術(オペ)の最中に音楽を演奏する試みが積極的に執り行われていたらしい。 執刀医のパフォーマンス向上を主眼に据えての措置である。 (viprpg『ライチがピアノ弾くだけ』より) 音楽は魂の活力の源(もと)、疲労を癒やし、軽減し、集中力を倍加して、能率を高い水準に安定して留めてくれる。そんな発想が背後にあった。 とどのつまりは作業用BGMというワケだ。 ゲルマン民族の先進性には、驚嘆せずにはいられない。 この光景を前にして、 ──今に食堂へ入るとメニュウと一緒に、レコードのカタログを持って来たり、入院すると「好きな音楽は?」と…

  • ヒュプノスへの反抗

    ショートスリーパーに憧れる。 人生は短いのだ。読める本の冊数も、聴ける音楽の曲数も、自ずと限定されてくる。であるが以上、有意に過ごせる時間というのは多いに越したことはない。日々のあらゆる雑務同様、睡眠にも効率化を図るのは、人間性の赴く必然、ごく普遍的な欲求だろう。 沢田正二郎という人がいた。 (Wikipediaより、沢田正二郎) 大正時代の人気役者だ。が、この文脈で持ち出す以上、単にそれだけでは有り得ない。 「沢正」の愛称で親しまれたこの彼は、彼自身の立ち上げた劇団「新国劇」の結成十周年を記念する祝賀会の席上で、 「私の此の十年間何一つ諸君の前に自慢らしく申上げる土産を持ってゐない。然し只一…

  • 躍る言ノ葉

    皇国の言論界は華やかだ。 雑誌ひとつをめぐっても、蓋し百花繚乱である。 ジャーナリズムに宗教性すら見出して、新たな時代の偶像に雑誌を祀り上げんとたくらむ情熱家が居る一方で、 ──高級雑誌は大新聞のかつて犯した過ちを順調に踏襲しつつある。 由々しき事態だ、増上慢など思いもよらぬと、警鐘を鳴らす者も居た。 前者が石川武美であって、後者が上司小剣だ。 (『プレイグ テイル -イノセンス-』より) 順番に行こう。 まずは石川武美から。『主婦之友社』創業者たる彼の気宇から披露する。 「最早、現代に於いては宗教は雑誌に移って来なければなりません。印刷の発明は宗教や政治や実業の上に大革命を与へました。若し今…

  • タイを釣らんが為のエビ

    明治三十七年である。 日本原産の愛玩犬たる狆(ちん)のオスメス番(つがい)が二組、インド洋を経由して、欧州世界へ送られた。 高橋是清の要請である。 時の英国王妃たるアレクサンドラ・オブ・デンマークへ献上するため、言葉通りの「おくりもの」であったのだ。 (Wikipediaより、狆) そのようにして彼女、ひいては王室の機嫌を取り結び、目下の重要任務たる対露戦争の資金調達をやりやすくする。 それが主たる狙いであった。 言うなれば、タイを釣るためのエビである。 もっともエビはエビであってもこの場合、ちょっとスーパーに脚を運べば一山いくらで気安く購い得るような、そんじょそこらの安物ではない。 愛犬家と…

  • 地下水摂氏13℃

    ふとしたことから安曇野を歩く機会に恵まれた。 「日本のパミール高原」とも称される、長野県の特殊な地形。そこの中部に相当する彼の街で、特に観光(み)るべき名所といえば何を措いてもいのいち(・・・・)に、大王わさび農園に指を屈さねばならぬであろう。 極めて豊富(ゆたか)な湧水は、北アルプスの降雪という最上級の逸品を供給源に仰ぐモノ。その利を遺憾なく活用し、栽培されるわさびの量は年間およそ九十トンにも及ぶとか。 西湖いやしの里根場にもわさび田の施設は存在したが、とても比較になり得ない。規模に於いて遥か比較を絶していると、入園早々、痛烈に思い知らされた。 一日平均十二万トンの湧き水は、一年を通して十三…

  • 丹波栗とボタン鍋

    丹波は栗の美味い土地。 その美味い栗をたらふく喰って育つから、必然としてイノシシもまた美味くなる。 雪がちらちら丹波の宿に、 シシがとびこむぼたんなべ と、地元の謡──デカンショ節──にある通り、旬に突っつくボタン肉は絶品で、その名声はひとり国人の間ばかりにとどまらず、遅くとも昭和の中期(なかば)ごろには確実に、遠く県境の向こうまで轟き渡っていたそうな。 (Wikipediaより、ボタン鍋) だから然るべき季節になると、丹波各地の駅舎という駅舎には「出荷待ち」のイノシシどもがゴロゴロし、一種奇観というべきか、兎にも角にも容易ならざる光景を呈していたということだ。 ちょっと想像しただけで、獣臭が…

  • 腐肉生肉ノベリスト

    ある童話作家が言っていた。 文学者としての自分なんざァ、しょせん市場の腐肉売りも同然よ、と。 (『プレイグ テイル -レクイエム-』より) 最初(ハナ)からそんなヤクザな仕事をしたかったのでは、むろんない。 清冽な希望に燃えていた若々しい時期とても、確かに彼にはあったのだ。 が、その若さは、結局何にもならなんだ。いっとき血に火を点けただけ、口から煙を吐いたばかりであたら無為に費消した、棒に振ってしまったと、少なくともご本人にはそうとしか思えなかったようである。 「文学とは(換言すれば)畢竟私にとっては腐肉の市場のやうなものである。生(ナマ)で新鮮な肉をも嘗ては私も持ってゐた。が、私は遂にそれを…

  • Ghost of Tokachi

    猛獣は日本国にも棲んでいる。 熊である。あの毛むくじゃら且つ筋肉質な食肉類との付き合いは、屡々悩みの種である。奴らときたら人がせっかく手塩にかけた家畜を襲うし畑も荒らす、なんなら財産のみならず、いとも容易く我々の生命さえも脅かす。まったく以って厄介な、忌々しい生物だ。 (Wikipediaより、エゾヒグマ) 奴らがあまりに勢いづいて目に余る害を齎すと、必然として人間側も相応の措置に訴えざるを得なくなる。 昭和三十六年の北海道中川郡本別町のケースなぞ、まさに出色のそれ(・・)だろう。 年号を見て、あるいは直感したやも知れぬが、一応明言しておこう。毎度おなじみ『日本の鉄道』から引っ張って来た情報で…

  • 食肉はいやだ ─高度経済成長期篇─

    トラクターを先鋒に農村にまで機械力が浸透すれば、割を食うのは動物力だ。 何百年、否、ことによると千年以上の昔から「生きた耕耘機」として田に畑に労働した馬たちは、もはや「用済み」の烙印を押され、食肉用に文字通り解体される憂き目に遭った。 (『プレイグ テイル -イノセンス-』より) その結果として馬肉使用のソーセージだのハムだのが盛んに製造されはじめ、どっと市場に流れ込み、日本庶民の食卓に一色彩を添えもした、と。毎日新聞編集の『日本の鉄道』を読みとくと、そんな景色が眼前に髣髴としてもくるわけだ。 北海道の大楽毛に至っては、一歳未満の仔馬までもがソーセージの原料用に取り引きされていただとか。 容赦…

  • 一日四度の入浴を

    宇垣一成の好きなもの。 乗馬に読書、そして風呂。 特に三つ目、風呂に対する耽溺ぶりは、源さん家の静香ちゃんも顔負けである。なんといってもこの男、一日四度の入浴を習慣化してのけている。 (Wikipediaより、宇垣一成) 長岡温泉の別荘に静養中の事情(ハナシ)だが、それにしたって尋常ではない。如何な霊泉であろうとも、こうも浸かりっぱなしでは薬も毒に転ずるのではあるまいか。 しかもこれをやったとき、宇垣は既に七十一の老体だ。もはや緩慢な自殺かと邪推されてもやむを得ない仕儀だろう。 実際問題、そういうことをやらかしかねないタイミングでもあったのだ。 そも、遡って論ずれば、宇垣が「伊豆の玄関口」たる…

  • 偶然の詩

    「君去って我が外交を如何せん」 明治三十年八月二十四日、陸奥宗光、永眠す。 その報せを得るや否、黒田清隆の肺腑より絞り出された慟哭である。 「我が」とはむろん、日本帝国そのものを指していたに違いない。 (Wikipediaより、陸奥宗光) 川柳になっている。 きみさって わががいこうを いかんせん 促音、即ち小さな「っ」の字は一音にカウント可能であるゆえに──やっぱりそうだ、五・七・五の美の形式(カタチ) 。口ずさんで快い、洗練された言葉の流れ。芸術化された日本語の、いと麗しき調べであった。 「亡き友よ、この句を君に捧ぐ」とか、黒田にそんな意図ありきとはとてものこと思えない。 十中八九、偶然の…

  • 益軒流読書術

    どうも貝原益軒は、書見に臨む態度に於いて筆者(わたし)と同種、僭越ながら仲間意識を持っていい、「先達者」であるらしい。 彼もまた、実に多くを抜き書いた。 読書中、視線を紙上にさまよわせるうち、特に秀逸なアイディアや、論旨の要点、あるいはいっそ極めて啓蒙的である知識の発露に出くわすと、すかさず筆を取り上げて、別紙に己の文字として写す作業をやったのだ。 (Wikipediaより、貝原益軒像) その夥しい努力の跡を「抄録集」と呼んだのは、大衆作家の生方敏郎。「かりにも本を無駄に読まぬといふ点で、古今に有名なのは貝原益軒である、現在博多に住む遺族の所蔵する益軒遺集の中に益軒が読んだ本の抄録集二部数十冊…

  • ミネラルウォーター無尽蔵

    秦野、日野と同様に、昭島(あきしま)もまた豊富(ゆたか)なる地下水有す街である。 どれだけ豊富かというと、そのあたりの適当な蛇口のどれを捻っても、ミネラルウォーターが出てくると評判される程度には──。 耳を疑う話だが、まんざら訛伝とも呼べぬ。 「水道水源を百パーセント、深層地下水のみに俟つ、東京都で唯一の街」を換言すれば、確かにそう(・・)ともなるだろう。 コレはもう、興味を持たずにいられまい。 そういう次第でやって来た。昭島市拝島駅である。 南口から転げ出て、目指すはおよそ2㎞先、曹洞宗の龍津寺(りゅうしんじ)。 そこに湧いているという清水を見たい一心である。 えっちらおっちら歩いていると、…

  • 変態建築リスペクト

    「文明レベルを測る指標は、機械化の進捗なんかじゃあなく、自然に対する崇敬心の多寡ですよ──」 熱っぽく語る異邦人。 遠くアメリカ、シカゴから、遥々日本の山峡(やまあい)の田舎町まで行脚してくるだけあって、酔狂というか、物好きというか、一風変わった哲学を備えているようだった。 (viprpg『桜の根本に埋まるわてり』より。「大地」を敬え) 聞き手は野口米次郎。 場所は下野(しもつけ)、日光である。 日本史上もっとも偉大な英雄の御霊が眠る、あの土地だ。 野口も、この米人も。──御多分に漏れず、東照宮がお目当ての観光客の身であった。 両者の間に面識はない。 ただ、同じホテルに投宿していた。 そこのロ…

  • 秋への扉

    文士・上司小剣は、少年時代のいずこかで、松尾芭蕉に強烈に焦がれた時期があるそうな。 ──おれも、大人になったなら。 芭蕉の如き旅から旅の、放浪者の境涯に我と我が身を放り込んでみたいもの、と。漠然とした夢模様を秘めながら、妙な「遊び」に盛んに耽っていたらしい。一面に散った銀杏の葉を、紅葉みたいな手で集め、こんもり積もったその山に己の小さな身体を横たえ、静かに埋(うず)まるなどいった──。 それでなにやらいっぱしの「風流心」を味わっている気であった。 母親は、さぞや洗濯に難儀したろう。 自己を一騎当千の、無双の英雄豪傑に擬し、新聞紙とかチラシなんかを丸めて作った刀槍をぶん回しては悦に入る。およそ日…

  • 偶像破壊本格派

    宗教はアヘンなり。 アヘンは宜しく焼き棄てられよ。あんな毒物、ほんの一片たりとても、地上に留めてはならぬ。 まさかそこまで乱雑な動因からではなかろうが。──とまれかくまれ成立したてのソ連にて、宗教弾圧の凶風がカテゴリー5もかくやとばかりに荒れ狂ったのは確かであった。 (『Atomic Heart』より) 民衆を迷妄から解放すべく、唯物論者が如何に大胆な手段に出たか。例の吉村忠三の、『ロシアを打診する』に於けるそのあたりの記述を読むと、総毛が粟粒を噴きながらそそり立ってくるような、おぞましいものを味わえる。 曰く、 「一九一八年に全ロシアの尊敬をあつめてゐたキエフ市の府主教(大僧正)ウラヂミル老…

  • グレート・マザー

    死ぬるより殺さるゝより嘆かるは都の母の今朝の悲しみ こんな一首を残して死んだ日本人がかつて居た。 彼の名前は柄本富一。 殺人罪で死刑判決を受けた男だ。 (viprpg『やみっちホーム』より) 極悪人の辞世の句といっていい。 公判中、被害者遺族に謝罪もせねば反省の色もまるでなく、坊主の説教に対しても馬耳東風と聞き流す。どうしようもなく荒廃しきった人間性の持ち主が、柄本富一の正体だった。この男の魂を救済してやる方法は、地上にないと思われた。 誰からも憎まれ、ために判決は妥当であると、──一刻も早い執行こそを、満場一致で社会から望まれていたやつだった。 (『Bloodstained: Ritual …

  • 「胎児の夢」 feat.小酒井不木

    気象と相撲は取れやせぬ。 台風(かぜ)も旱天(ひでり)も、人力ではどうにもならない。 天候に恵まれない限り、作物の健全な成長なぞ金輪際不可能だ。にも拘らず、好天を引き寄せるために有効な努力は何も無い。百姓はただひたすらに、自然の前に頭を垂れて慈悲を乞うほか、成す術を一切持たぬのだ。 縋るしかない、縋るしか。 だから彼らは往々にして、運命論者の気質を帯びる。信心深くなってゆくのだ、要するに。 小酒井不木の父親もまた、農家であった。 御多分に漏れず、熱心な仏教徒であった。 田の実りを僅かでも良好ならしめんがために、平素言行を慎んで、善行を積み以って神仏に愛されて、彼らの冥助を賜らんことを心掛けつつ…

  • ミキモト、怒りの蛸退治

    復讐の師が起こされた。 百三十隻以上の漁船に三十余名の海女らをも駆り催して編成された、堂々たる陣容である。 総大将は御木本幸吉。 言わずと知れたミキモトパールの創業者。 この軍勢を以ってして、真珠養殖場内に侵入(はい)り込んだタコどもを一匹残らず駆逐する。 目的の所在は、偏にそこに尽きている。 時あたかも大正四年の夏だった。 (Wikipediaより、御木本幸吉) どうした潮目の関係か、あるいは海水温にでも原因するものであろうか? とまれかくまれこの年は、およそ三重県沿岸にタコが湧くこと無数であって、連中による食害も尋常ならざる領域へ、しぜん発展したわけだ。 タコは貝を捕食する。 それはそれは…

  • ちくわを生んだ街

    焼きちくわの発祥は気仙沼であると云う。 天然の良港で名の高い、東北地方のあの街だ。 明治十五年前後、当地に於いて水産物の加工業を営(や)っていた菅野留之助なる仁が創意工夫を働かせ、アブラザメの身をすりつぶし、ジャガイモと混ぜ、形を整え熱を加えて始まった。 最初は本当に文字通り、篠竹の串にすり身を通していたらしい。 それが年を経るごとに、ちくわの声価が高まって、売り上げが伸び、資本(もとで)が殖えるに従って、改良を利かせる余裕も生まれ、現在のような鉄串による製造機械の発明も行われて来たそうな。 (Wikipediaより、一般的な焼きちくわ) ──そういうことが、昭和三十六年刊行、毎日新聞編集の、…

  • 「きりとやえれんぞ」

    北極圏の先住民も新大陸の先住民も、白色人種を扱うに「神の出来損ない」視した。 それは現実の力では、──ごく物理的な殺戮技能、単純な戦争の強さではどうやったって白人どもに敵わぬと、吐き気がするまで徹底的に思い知らされたが故の、逃避あるいは代償行為、せめて心霊界にては優越性を持ちたいという、儚い抵抗だったのか。 (viprpg『もぐれケゴール洞窟』より) とまれ一切の連絡が無かったにも拘らず、この点に於いて両民族の認識は、奇妙な相似形を描いた。 少なくとも民族学者の解説ではそうなっている。 「エスキモー人の神話によると、ケラクといふ神が土をこねて人類を造る事にしたが、さうした為事は始めてなので、甚…

  • 結節点としての史家

    明治四十年前後、徳冨蘆花がこんな風に吼えていた。 「先に古人あり後に来者あり、古人と後人は我に於いて結び付けらる」 やがて来たる者たちのため、かつて来たりし者たちの千姿万態とりどりを、俺が明示し置いてやる、と。 現在を生きる我が筆で、未来の奴らは過去の事情を存分に知るがよかろうさ、と。 敢えて砕けた物言いに変換を試みるならば、そんな調子ではないか。 あっぱれである。実に見事な心意気。祝福すべき気宇の壮大さであった。時の大河を鳥瞰しての物言いは、史に携わる者として模範的ですらあろう。 (Wikipediaより、徳冨蘆花) 蘆花の誕生は明治元年、だからこれを言ったとき、彼は四十路の入り口を彷徨して…

  • 若々しい国、老いた国

    「大震災で閣僚全部がくたばった? 財界人にも被害大? それじゃあつまり俺らの時代が、想定よりもずっと早くに来るってか?!」 「こんな異国でグズグズしてはいられない。早急に帰朝しなくては。祖国の混沌を収拾し、その功績を将来の跳躍台に活かすのだ」 大正十二年九月、外遊中の一部人士の間にて、取り交わされた会話であった。 (ポツダム広場) とんでもない発想だった。 目のつけどころがあまりに違う。 これが成長途上の国ならではの特権か。若々しい国家には、その雰囲気に相応しく野心みなぎる人材が雲の如くに湧くものだ。 にしても、関東大震災の被害を聞いて──それも過度に誇張された、初期の報道を耳にして、 「なん…

  • 麦穂一本、命とり

    人命がひとすくいの麦粉より軽く扱われる国家。 そんな国には住みたくもなし、生れたくもないものだ。 ソヴィエト時代のロシアについて言っている。 「政府は一九三二年八月二十二日附にて穀物盗難防止案を発布して、農民が耕地に於いて、又は穀物保管庫に於いて、穀物を盗んだ場合、国有財産を窃取したものと同罪と見做し、又は革命運動を妨害する反革命行為とも見、極刑たる死刑に処することゝした。…(中略)…此の法案は裏面から観察すれば、ロシアには穀物の盗難が実際にあることを證明することゝもなる。麦穂一つが国有財産で、麦穂一つ盗んでも死刑になり、穀物を盗むことは文字通り生命がけの仕事となった。盗まなければ餓死し、盗ん…

  • 鶴見祐輔・随筆讃歌

    鶴見祐輔は弁達者である。 少なくとも世間の値踏みはそうだった。彼の登壇がプログラムにある演説会は、客の入りが輪をかけて素ん晴らしいと評判だった。 (viprpg『アゼクラvsクロノッポイⅢ』より) とにかく人気があったのだ。永井柳太郎と相並び、言論界の花形役者、代表格といっていい。 『雄弁学講座』の如きを筆頭に、斯道の手引きを行うことも多かった。何事であれ、権威ある者からでなくしては、人は敬虔に学び取ろうとなどすまい。 彼の講演だけを蒐めた書籍も刊行されている。こもごも合わせて、当時に於ける声望を窺い知れるものだろう。 (Wikipediaより、鶴見祐輔) が、この鶴見が、実に意外なことを言う…

  • 三共株式会社の挑戦 ─製薬事業のあけぼのに─

    戦争勃発と物価騰貴は合わせ物。 何故かだなどと、理由をいちいち詮索するのも億劫だ。 人間世界の、もはや公理にさえも似る。 近くはロシアのウクライナ侵攻関連(がらみ)によって散々実見させられた──否、勝手に過去形にするのはよくない、バッチリ現在進行形で味わわされているだろう。 ロシア・ウクライナの二ヶ国間の沙汰事で、既に斯くの如きザマ。 いわんや欧洲全体を焼き払わんばかりであった、一九一〇年代に於いてをや。 文字通り世界が一変するほどの大衝撃かつ大波紋に違いない。 三共株式会社の重鎮、湯浅武孫はその波を、あらん限りの智慧と努力で乗り切らんとした一人。実業界の志士と呼ぶに相応しい、彼の言葉に少々耳…

  • 「スズメバチの巣」

    戦場は異常環境である。 そこでは人は、あまりに脆い。すぐに崩壊してしまう。ひとり肉体のみならず、精神面でも事情は同じ。直接弾雨を浴びずとも、悪臭、不潔、騒音に、破片と化した敵味方、五官を通じて流入し来たる四囲の情報ことごとく、心を削らぬ要素(もの)はない。 英国の、とある陸軍士官は一次大戦を経て以来、蜂の羽音がまったくダメになってしまった。 ぶーんというあの独特の飛行音が近づくと、敵航空機に脅かされた惨憺たる体験が脳の隅から自動的に這い出して、またたく間に真ン中を占め、ために全身、彫像にでも化したが如くカチンコチンに硬直し、脈が早まり、冷や汗がじっとり背筋を濡らす、そういう反射反応が生理機能に…

  • ユートピアンが夢のあと

    「未来世界の人間が、どんな姿をしているか? そりゃあ勿論みんながみんな、揃って容姿端麗で、スラリとしていて背が高く、温和で上品で愛想がよくて健康で、高い知性のきらめきを宿しているに決まってるさね。 低能児に廃疾者、遺伝病者に不細工なんぞは綺麗さっぱり絶滅し、お伽噺の材料として字引の上に辛うじて影を留めているのみよ。 寿命は倍加し、たとえ元気を損なおうとも、ちょっとした注射や外科手術による腺の刺戟でたちまち活力よみがえり、いざ墓穴に横たわる、ほんの寸前、間際まで、ずっと『生』を享楽(わたし)しめる。 原子エネルギーの解放が無限の動力を齎して、およそ都市から昼夜の区別は消失し、こまごまとした家事の…

  • 夢路紀行抄 ─不法侵入─

    夢を見た。 返り討ちにする夢である。 自宅に不法侵入してきた盗人を、逸早くそれと察知して扉の陰で待ち構え、ひょいと出てきた無防備な頭部めがけて鉄パイプを振り下ろし、撃退に成功したところまでは上出来だった。 (viprpg『雷魔法が悲惨な目に遭うksg』より) 目から火花を舞い散らせ、ほうほうの態で逃げゆく賊の無様さは、愉快痛快最高に晴れやかな気分になれたのだ。 ところがほどなくその盗人が、復讐に燃え武装して、しかも仲間を引き連れて、三人がかりで戻って来たからかなわない。まったく閉口の至りであった。 むろん、今度も地の利を活かしてさんざんに抵抗したものの、しょせん多勢に無勢の哀しさ、最終的には敗…

  • 捕虜と酒 ─香水に酔う露兵ども─

    ロシア人というものが切羽詰まればオーデコロンを飲みはじめる民族と、酒精ならでは夜の明けぬ、ジャンキーとして格の違う生命体であるのだと日本人が知ったのは、やはりこれまた日露戦争期間中のことである。 「ペトログラードでもモスコーでも、到る処の薬局が非常に繁盛してゐる、そんならロシア全国流行病でも発生したのかと云ふとさうでない。戦争以来国民の飲酒を厳禁したので、酒好きのロシア人は我慢が仕切れず、アルコールに香料を交ぜたオーデコロンを飲んで、酒に飢ゑてゐる腹を満足さす為めなのだ、往年日露戦争の時、日本に来た露兵の捕虜は、酒保で酒の販売を厳禁してあるので止むを得ず、安物の質の悪い香水を飲んで、酔興を満足…

  • 瀬戸内綺譚 ─これぞ日本の地中海─

    かつて、ロシア人の眼に、瀬戸内海は「河」と映った。 明治三十七、八年役、日露戦争のさなかに生まれた、割と有名な巷説である。 投降し、捕虜となったロシア兵らを御用船にて移送中、この内海へと舳先が入りかけたとき。 彼らの一人がさも感じ入った面持ちで、 「これはなかなか、大きな河だ」 と、声を放ったそうである。 「島国たる日本にも、この規模の河があったとは。もうし、よければこの河の名を、我らに教えてくれまいか」 皮肉でないのは口ぶりからも、目の色からも明白だった。 微かな毒気も含んでいない。 滔々たるヴォルガの流れやエニセイ川を領土に抱える大陸国家の基準では、かかる錯誤も已むを得まいと納得するほか無…

  • 烈日怨嗟

    あつすぎ もうだめ ばたんきゅー。 (viprpg『それでも果てるまで』より) 実際問題、真面目な話、いつまで経っても衰えぬ暑気に禍されすぎて、すべての日課に不協和音が挟まりつつある状態だ。 文章の書き方がわからなくなり、タイピングが停止して、キーボードの上、虚しく宙を彷徨う手指。本を開けど内容うまく噛み砕けずに、明確な像は何一つ頭の中に結ばれぬ。胃腸と律儀に気息を合わせ、脳みその消化・吸収力まで衰弱したか。アウトプットもインプットも捗らぬ、機能不全にどうやら堕ちつつあるらしい。 「随筆といふものは、閑余の筆のすさびになるが、忙裏の読み物にふさはしい。肩の凝らぬところ、変化の多いところ、零細の…

  • 一寸先は常に闇

    初期も初期の報道(しらせ)では、甲府もついでに壊滅したとされていた。 江ノ島が沈んじまっただの、富士が崩れ落ちただの。 大正十二年九月一日の大震災は、地震というより天地創造の再開として海外諸国に伝えられた感がある。 (Wikipediaより、関東大震災) 「九月二日夕刊に九月一日東京、横浜大地震大海嘯で全滅死者百万と云ふ簡単なニューヨーク電報が掲げられてあったのでどきっと驚く、まさか全滅と云ふ事はあるまいと思って後報を待って居ると、三日の朝刊には東京殆ど全滅、横浜全滅、鎌倉、小田原、国府津、静岡、甲府其他六都市全滅、江の島大島は海底に沈み、富士山は半壊し、鎌倉、小田原、伊東は全くの砂原となった…

  • 治にあって乱を忘れず

    特別な意志は介在しない。 そこに雑誌があったから、ただなんとなく手を伸ばし、開いただけのことである。 場所はドイツのミュンヘンである。たまたま入ったカフェである。前の客が置いていったか、それとも店がサービスとして提供していた代物か。とまれ小泉英一は、コーヒーブレイクの供として、そいつを捲ることにした。 (ベルリン、フリードリヒ通り) 内容は、主に運動を──現代風に謂うならば、スポーツあるいはフィットネス系の沙汰事を取り扱った誌であった。 小泉が (おや) と片眉をあげ、指を止めて反応したのは、祖国日本の伝統的な格闘技、「柔術」につき特集した頁である。 よほど興味を惹かれたらしい。 いそいそと、…

  • 魔都よりの帰還

    「支那全体に、恋愛は三組以上あるだらうかと思ったのは果して僕だけの感想であらうか。文化が四千年も連続すると、その種族の肉体の細胞は、恋愛を要求する必要がなくなって来るのに相違ない。しかし、肉体が、何故に肉体であるかを證明するためには、飽くまで性欲が必要であるらしい」 横光利一、昭和三年の評論である。 約一ト月の上海滞在を終えて帰朝(かえ)ってほどもなく、世間に表した文だった。 (Wikipediaより、横光利一) いったい彼は大陸で何を見たというのであろう。どんな人情、風俗に触れ、接待された挙句の果てに斯かる所感を持ったのか。 大いなる謎と言わねばなるまい。 ただ、本能満足の技巧に関して、アチ…

  • 極東にロマンを託して

    ハワイ在住、デヴォン氏はとんだ奇士だった。 東洋趣味が骨髄にまで徹しきった人物なのだ。 殊に極東、日本の文化に対する憧憬、凄まじく。ホノルル市の郊外に、私費を投じて純和風の公園を開設せしめたほどである。 (Wikipediaより、ホノルル) 「…入口には鳥居を建て、蓬莱園といふ額をかけてある、四阿屋、五重塔、茶室、普通家屋其他種々日本式の設備をしてをる、材料は皆巨額の私費を投じて、総て京都辺から取寄せたとのこと」云々と、以上は大正前期に於いて現に彼の地を旅行した、平山皓月なる人物の紀行文。 たいへんな熱のあげようが、これだけでも察せよう。 かかる設備を為すための、「巨額の費用」は何処から来たか…

  • 生き血をすすってそそり立つ

    世の中は、何かにつけて計画通りに行かぬもの。 「どんな完璧な計画も、実行に移した瞬間から崩れ始める」。これは戦場の霧の中から紡ぎ出された文句だが、平時の社会生活上にもある程度、応用できぬこともない。 浅草名物「十二階」こと凌雲閣も、その成立を探ってみればほとんど目も当てられないような、不如意不都合想定外の連続だったということが、気の毒ながら見えてくる。 (Wikipediaより、凌雲閣) 明治ニッポン最高の──純粋に、物理的な高さの意味で──建築物たる彼の塔は、完成までに出資者を相次ぎ破産させた上、聳え立った「事故物件」ならしいのだ。 「初め総費用一万六千円で、三万円位までなら出してもいいとい…

  • 都市伝説と時代相

    冥界に放送局でも建ったのか。 ある時刻、ある周波数に合わせると、ラジオはにわかにスピーカーから幽霊の声を垂れ流す、呪詛の媒介機と化する──。 戦前の都市伝説だった。 霊の棲み処も時代に合わせて徐々にハイカラになるものだ。平成の御代、「呪いのビデオ」が大流行したように──VHSを足掛かりとして、山村貞子がブラウン管テレビからヌルっと這い出て来たように。 あるいはまた、インターネット黎明期、ポップアップ広告を題材にしたフラッシュホラー、「赤い部屋」が好評を博していたように。 怪談とは往々にして、時代相を色濃く反映(うつ)すモノらしい。 日進月歩で進化するテクノロジーを乗りこなすべく、悪霊もまた懸命…

  • 吉野博士が推す男女

    「男ならば三宅雪嶺、女ならば羽仁もと子」。 並居る先達諸士の中、時勢の指導者格として相応なのを選ぶなら、まずこの二人になるだろう──。 吉野作造の、かつて語ったところであった。 (Wikipediaより、吉野作造) 彼の言葉はここから更に、「当節は刺戟の多い派手な議論をよろこぶといふ時代と見え若い人達は余り三宅先生などに接近しなくなってゐる様です」と連鎖する。 にわかには信じがたいことだ。 三宅雪嶺の評論は筆者(わたし)としてもだいぶ好みで、色々蒐めて読んではいるが、そのいずれもが基本的、十分以上の強い刺激を含んでいるかと思われる。 世間に媚びず、阿らず。ただ信念の命ずるままに走らせた、実に鋭…

  • ゲルマン魂涵養所

    帝政時代のドイツに於いて、大学生とは一種特権階級だった。 「学問の自由」の金看板をいいことに、彼らはときに国家の法の支配からさえ逸脱せんと試みた。 無法者を気取ろうというのではない。 社会的動物の一員として、むろん秩序は尊重している。尊重するが、だがしかし。その安定は、あくまで「自治」を前提として齎されるべきとする。 自分たちの問題は、これことごとく自分たちの手によってカタを付けるが本願だった。 「ドイツに於て大学生の幅の利く事は市に依っては陸軍士官以上で大学市(まち)と呼ばるゝイエナ市の如き大学生の勢力治下に在ると云ってもよい位である、従って各大学には大学裁判所と云ふ物があって学生中に違警罪…

  • War Never Changes

    ずっと危惧され続けたことだ。 「太平洋の両岸に根を蔓延らせる二大国。旭日旗と星条旗、日本国とアメリカは、結局のところいつか一戦交えぬ限りとてもおさまりっこない、激突を宿命づけられた関係なのではあるまいか?」 昭和どころか大正以前、明治四十年前後には早や既に、現実的な可能性であり危機として検討されていたことだ、日米間の開戦リスクと云うモノは──。 「有り得る」と、且つまた「有っては大変」と、どちら側の人士にもさんざ認識されながら、結果は誰もが知る通り、何人たりともこれを防ぐを得なかった。 類似の構図が「世界大戦」の上にさえ、実は濃厚に見出せる。 列強と呼ばれる国々の、ほとんどすべてを巻き込み拡大…

  • 坊主も詩人も誰も彼も

    まさに総力戦である。 僧侶も、文士も戦場へ征き、敵陣めがけて弾丸(タマ)を撃ち、盛んに殺し・殺されをした。 一次大戦下に於けるフランスの事情を述べている。開戦のベルが打ち鳴らされてものの一年を経ぬうちに、聖職者の身で銃を執り、法服を戎衣に改めて、教会から塹壕へ身の置き所を転ぜしめ、死闘を演じた者の数、なんとなんとの二万人! 四人の司教(ビショップ)様までも、それには含んであったとか。 彼らの働き、めざましく、死を恐れない勇猛果敢な闘いぶりが評価され、レジオンドヌール勲章の授与に至った者とても、それなり以上に居たそうな。 別におかしな話ではない。 わが日本史に徴してみても、平安朝から戦国の世に至…

  • 男らしさと瘦せ我慢

    人は一生、見栄を張る。 特に男は痩せ我慢の度合いを以って「男らしさ」のバロメーターにすらアテる。 予防接種で、あるいは虫歯治療の場に臨み、迫る注射の針先や、近付くドリルにしかし怯えをあらわさず、悲鳴を上げることもなく、涙なんぞに至っては一滴たりともこぼさなかったということを、秘かな誇りと胸奥に置く少年は決して少なくないはずだ。 結局男は、この少年の性情を死に至るまで手放せぬ。 梶井基次郎がその早すぎる晩年に病の床に就いた際、ことさら無神経そうに、のんきな患者を周囲に演じてみせたのも、同じ心理に基づいてのことだろう。 少なくとも正宗白鳥の心眼は、そのように彼を見通した。 「梶井氏は、重患に悩まさ…

  • 水晶の国

    水晶は、甲州人が他国に誇れる稀少なる名産品の一である。 江戸天保の昔時には、なんと全長一尺三寸にも及ぶ極めて大きな結晶を幕府方に献じたと、そういう逸話がなおも根強く伝えられているほどだ。 一尺三寸。 身近な単位に換算すると、およそ49㎝、ほぼほぼ半メートル程度。 とてもにわかに信じられない、眉を唾(つばき)で濡らしたくなる、誇大広告を予想するべき話であるが、だがしかし。──甲斐の御山が時として途方もない「大物」を、その胎内に蔵(かく)しているのは、事実しばしば在ったこと。 例えば明治十二年には、甲州御嶽金櫻神社の神職である相模家所有の山の中から「碁盤を製し得るほどの」水晶塊が発見されて、土地の…

  • 脱線ノスタルジー

    そのころ汽車はよく落ちた。 「外れた」と換言してもいいだろう。 もちろんレールの上からだ。脱線事故を指している。大正・昭和の昔時に於いて、その種の災禍は珍しくない。我が故郷たる山梨にても、大正時代の中期(なかば)ごろ、一発大きいのがあった。 例年にない猛暑によって日射に灼かれた鉄道が、いわゆるひとつの熱膨張を惹き起こし、それが延々「二十哩も三十哩も順押しに膨張した為に、遂に峠の上で軌道が膨らみ上ってそれを線路工夫がうっかりして居った為に汽車がそれへ乗り上って顛覆谷底へ」真っ逆さまに落ちていったと、藤原咲平の講演中に見出せる。 死傷者は、かなりの多きにのぼったそうだ。 一九六〇年代、学生運動たけ…

  • 暑さにやられる

    意識をあまり一点に集約させ過ぎるがゆえに、心ならずも演じてしまう数多の奇行。 パウル・エールリヒにはどうも、アダム・スミスの同類めいた、生活上の失格者とでも称すべき、素っ頓狂な側面が存在していたようだった。 (Wikipediaより、パウル・エールリヒ) 「先生は研究に熱中する結果研究問題以外の事は殆ど皆忘れて仕舞ふ有様で其物忘れは随分甚だしい、食事する事を忘れるなどは毎日の事で側(そば)から注意しなければ家へ帰ることさへ忘れる、晩餐に客を招いて置いて其儘忘れる事などは度々の事で甚だしきは自分の家さへ忘れる事がある、或時などは絹帽(シルクハット)を忘れて一日に幾つか買込んだ事などもあった」 エ…

  • 果てなく共に

    君こひし寝てもさめてもくろ髪を梳きても筆の柄を眺めても 逢見ねば黄泉(よみぢ)と思ふ遠方へ宝のきみをなどやりにけん たゞ一目君見んことをいのちにて日の行くことを急ぐなりけり 思へどもわが思へどもとこしへに帰りこずやと心乱るゝ 以上はすべて与謝野晶子が遠い異国──フランス、パリ──に遊学中の夫(おっと)鐵幹を慕いて詠みし歌である。 明治末、西暦にして一九一二年ごろの作だろう。 愛しい貴方と、常にくっついていなければ不安で堪らないのだと、歌の本意は、そんなあたりに在るらしい。結婚から既に早や十年以上を経ているにも拘らず、これはなんたる熱愛ぶりか。世間知らずな学生が初恋に悶える心境を三十一文字(みそ…

  • 秘匿と水と

    セーヌ川の水ぜんぶ抜く。 いや、厳密には悉くではないけれど、「大半」程度が関の山であるけれど──。とにもかくにも川底を容易に、大規模に、ごっそり浚い盡せるほどには流水量を減らしてしまう。 どうも、フランスの天地では、一世紀ごとに二回ほど、そういうことが試みられているらしい。 一九四二年八月十五日にもやはりこの、いわゆるひとつの「伝統行事」があったとか。 よくもまあ、と感嘆せずにはいられない。 言わずと知れた二次大戦のまっさかり、ハーケンクロイツが光の都にひるがえり、ナチの軍靴が辻々を思うがままに闊歩していた頃である。 紛うことなき非常時下でよくもまあ、一見実利と縁遠い、斯くの如きイベントを実行…

  • 芳名録よ、今いずこ

    アメリカ最大の図書館はワシントンDCに見出せる。 言わずと知れた米国議会図書館だ。 アメリカ最大ということは、とりもなおさず世界最大ということだ。 (Wikipediaより、ワシントンDC) 昭和の黎明、帝国図書館館長である松本喜一がここを訪問した当時、日本語関連の書籍を扱う「日本課」主任は若い黒人男性で、彼の来訪を非常に喜び、芳名録を差し出して 「ぜひとも一筆、ご署名を」 と、興奮も露わに依頼している。 松本は、気前よくこれを引き受けた。 署名に必要な道具類──すなわち墨も毛筆も、向こうで提供してくれた。特に墨など、主任みずから手を動かしてせっせと磨ってくれている、ひたむきな丁重さであった。…

  • 銀輪回顧

    ちょっと人力車めいている。 自転車タクシーとかいった風変わりな代物が第二次世界大戦下、ヴィシー政府のフランスの地に現出(あらわ)れた。 まあ、八割方、名から察しはつくであろうが、自転車に少々手を加え、後から荷車を連結せしめ、一人か二人、客を運べるようにした、ただそれだけのモノである。 (Wikipediaより、輪タク、一九四九年頃) ガソリン不足で自動車が「置き物」へと凋落すれば、勢い代替品として、こんな工夫も凝らさなければならなかったと、貧しさゆえの産物と、左様に看做して可であろう。 なんといっても、一九四一年、リヨンに於ける一般庶民の生活事情たるやどうだ、 「もう一ヶ月以上一塊の石炭も貰へ…

  • 田山花袋・名の由来

    「ふと手にした俳書の或ページに『花袋』といふ結句があったのを苗字とうつりがいゝのでそのまゝ使って居る、『都の花』国民新聞の発刊当時のことだった、後になってわかったことだが、花袋といふのは女の匂ひ袋のことださうだ、二十歳前に漢詩に凝った頃には汲古と號した、この頃ではもう『女の匂ひ袋』でもないからまた汲古の號を用ひようかなどゝ思ふことがある」 大正末年、田山花袋の告白である。 蒲団に残った女の香りを嗅ぐ小説を著して、当時の世間にセンセーショナルな波紋を広げた人物だ。 (Wikipediaより、田山花袋) 如何に本人が老残を自称し、不釣り合いだと恥じ入って、艶やかな名から離れたいと欲しても、既にそち…

  • 和紙を讃えよ

    もしも汚穢史、便所の歴史、トイレット・ヒストリーなんてモノがあるならば、以下の如きはその点景の一として収録されるべきだろう。 「一昨年府下の或る商人が、我日本の駿河半紙を二ツ切にして五百枚を一包に拵へ、十二包入を一ダースと為し、雪隠紙なりとて試にロンドンへ少々輸出せし処、大に洋人の気に入り、昨年は五千ダース程の註文あり、本年に至りて余程捌け、已に横浜居留の西洋人は、二三日前二万ダースを右商人に註文し来りしと云ふ」 明治十八年四月五日の『東京横浜毎日新聞』紙上に掲載(の)った記事である。 記念すべき、国産トイレットペーパー輸出事業の嚆矢と呼べるのではないか。 木と紙で出来た家に住む日本人がやるこ…

  • 狂気と夏と

    重度の不眠に憑かれた者は、だんだん妙な心理状態に移行する。 己が起きて、眼を覚ましていること自体に、言い知れぬ不安を持つのだそうな。 「漠然とした」と述べておくより他にない、それは一種、異様な心地。筆にも口にも表し難い、ペン先だろうと舌先だろうと捕捉しきれぬ不定形。経験者にあらざる限りはついに理解の及ばない、極めて特殊な感覚という。 この段階で手を打たず、下手に放置しようものなら、彼のココロはますます重度に病んでゆく。目覚めに対する居心地の悪さ、焦燥は、やがて自分が生きていること自体に対する不安へと、ぬるりと変質されてゆく。 安堵を求めて、──睡眠欲と綯い交ぜられた希死念慮が発生するのはこの時…

  • されど学者に祖国あり

    普仏戦争の敗北は、フランス人の精神に重大なる影を落とした。 首都を囲まれ、干しあげられて、動物園の獣を喰って、なお足らず、犬猫ネズミをソテーにしてまで継続した抵抗は、結局何も実を結ばずに、彼らはプロシャの軍靴の前に膝を屈する恥辱に遭った。 (Wikipediaより、普仏戦争のフランス兵) この体験をケロリと過去に押し込んで、 ──済んだことは済んだこと、いまさら何を言おうとも詮なきことよ。 と物分かりよく諦めて、真っ直ぐ「前」を見れるなら、もはやそいつは人間ではない。 少なくとも血の通っている感じはしない。そう簡単に思慮(アタマ)を切り替えられなどするか。凄愴酸鼻な体験は、容易に過去にはなり得…

  • 鳩一楽土

    優生学の心酔者にして熱烈な産児制限論者。 「ハトイチ」こと鳩山一郎なる人物を把握するに際しては、見逃し得ないファクターである。 「貧乏人の子だくさん」は不幸の元ゆえ、抑止せよ。結核病やらい(・・)病患者の人権は、ある程度無視して構うまい。健康人の社会から、なるたけ隔離し遠ざけて、もう物理的に子を作らせないようにする。 (東京市、貧民窟の子供たち) 不良・不幸な遺伝子を、これから先の世代へと、みすみす残すべきでない。だから上記以外にも、ある種悪辣な犯罪者に対しては去勢手術を強制的に執行するべきだろう。 堕胎罪の軽減も、もちろん狙って行かねばならぬ。かてて加えて避妊法の知識の普及、こちらもやはり欠…

  • 水兵の個人武勇について

    航行中の軍艦で、甲板はまま(・・)運動場の用を成す。 帝国の海の防人たちは、あの場を使って相撲も取れば、 弓も射ったし、 剣道もした、 サメを用いた日本刀の「生き試し」なぞも偶にした。 そのようにして日々の無聊を慰めて、且つ筋骨を錬磨した。 従って当時の水兵どもは、個人の武勇もなかなか以上であったのだ。 当たり前だが、どいつもこいつも「強い」のである。 それゆえに、こんな景色が具現する。 以下に示すは、日本海海戦決着直後、艦を藻屑に変えられて、アワレ波間を漂うばかりの小枝の運命に陥ったロシア兵らを救助中、竹内重利──当時少佐──が目撃した光景だ。 「救助された露兵の大部分は裸体で、いづれも十字…

  • 恐怖消化法

    夕立の季節が近づいている。 否、既に、とっくに突入済みであろうか。 夏の風物詩のひとつ、天に轟き地を震わせる、あの雷鳴と云うやつを、恐れる者は数多い。 著名な文士、画家、詩人──俗にいわゆる「文化人」の範囲内にもそうした手合いは割と居る。 宇野浩二なぞは雷が鳴ると必ずや消化機能を失調させて、ほどなく厠に閉じ籠り、腹の中身がすっからかんになるほどの、滝のような下痢をしたということだ。 過度のストレスが齎すものに相違ない。 部屋の隅にて縮こまり、雷除けのお守りを頼みの綱と握り締め、くわばらくわばら延々唱え続けていたのは画家の山村耕花であった。 (Wikipediaより、山村耕花) 正視に堪えぬ、見…

  • 幸福と不幸 ─分水嶺を見極めよ─

    タウンゼント・ハリスの名前は果たして歴史教科書に掲載されていたろうか? 筆者の記憶は、この点ひどく曖昧である。個人的には記載されるに値する名前であると信ずるが、さて。 (Wikipediaより、タウンゼント・ハリス) ぜんたいハリスとは何者か。 試験でこう問われたら、「和親条約締結後、最初の米国総領事として来日した人物である」と答えておけば大過ない。 ハリスは日記をつけていた。 この極東の島国に赴任してくる以前も以後も、その習慣は変わらない。 実に尊き筆まめぶりであったろう。 なにしろ時期が時期である。大和島根に人が生え、国を成してからこっち、前例のない大変動期の只中だ。お蔭でその生活記録は第…

  • 大空魔術

    空中戦艦。 なんとロマンに満ちた響きか。 一九〇三年、ライト兄弟が初めて空を飛んだとき、その発動機のスペックはものの十二馬力を出なかった。 ところがそれからたった十年、欧州大戦の初頭には、はや百馬力が出現し、更に十年を俟ってみたならどうだろう、一千馬力の大台を人類は突破したではないか。 (飛行機の無線操縦実験) ほとんどまるで指数関数的である、あまりの進化の素早さに、冷静で居ろという方が却って無理な相談だ。更に十年後を想像(おも)い、人々は大いに期待した。その期待が昂じるあまり、壮大華麗な白昼夢を集団で目撃したとして、なんの不思議があるだろう。 大日本帝国海軍、航空参謀、松永寿雄なる仁も、大正…

  • 恢弘會と柴五郎

    ちょっと意外な感覚だ。 柴五郎におよそこの種の政治色は存在しないと勝手に思い込んでいた。 (Wikipediaより、柴五郎) 会津藩士の生き残り、『ある明治人の記録』にて世上に名高いこの人は、実に大正十三年春、とある右傾団体の発足に手を貸している。 手を貸していたどころではない、中核メンバー、旗頭の一角として積極的に活動していたらしいのだ。 団体の名は恢弘會。 「明治天皇の御遺徳を顕揚し今上陛下の聖旨を奉體して国民精神を作興し時弊を矯正し以て国体の清華を発揮せんこと」を目的に、同年四月三日を期して、九段偕行社に会場を借り、爆誕した団体である。 (Wikipediaより、九段坂) 場所が場所であ…

  • 予言売ります

    怪文書が出廻った。 標的は、日本全土の富豪たち。 「今なら二百円ポッキリで貴方に未来の情報をこっそりお伝え致します」と、──つまり予言の押し売りを試みた馬鹿があったのだ。 以下が即ち、問題の文書、その中身。 「十二月十一日までに金二百円以上送金せば人生の大福音たるべき神示に基く大予言録を送附す、右は将来発生する軍事、経済、政治、天変地異に関する予報をなすべし…(中略)…書面を受けた者は至高の幸運者なれば必ず期日までに送金せよ」 実に大正十三年十一月の沙汰だった。 (viprpg『ジャマイカじゃまいか』より) 帝都が瓦礫の山と化し、十万人が死亡した大震災の惨禍から、やっと一年を経たばかり。 人心…

  • 本の聖地の古狸

    そのころ神田の一角に、『エロス堂』なる本屋があった。 あまりに直截な屋号を前に、なにごとかを期待した若い男性客どもがちょくちょく迷い込んだとか。 そして彼らの九分九厘までが、ほどなく苦い失望に渋面を作らされている。 陳列済みの書籍はどれも至って真面目なモノばかり。奥に常連客のみが見(まみ)えることを許された「真の目録」があるかと思えば、別段そんなこともない。なんだこれは、どういうことだ、肩透かしもいいところ、話が違うではないか──。 (viprpg『やみいち!』より) ピンク色の情動に脳細胞を毒されきった馬鹿どもは、怒気を発して、ともすれば、店主に掴みかからんばかりの勢を示してにじり寄る。そう…

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