chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
arrow_drop_down
  • やさしい聖書入門『箴言13:20-20』

    やさしい聖書入門『箴言13:20-20』111. これまでこのコーナーでは、私たちじしんのこころの中の声(こえ)について話してきました。それはつぎのような話でした。 私たちじしんのこころの中には私たちをよいほうへみちびいてくれる知恵(ちえ)の声があります。それはどん

  • やさしい聖書入門『箴言13:18-19』

    やさしい聖書入門『箴言13:18-19』110. ほかの人から、じぶんについて、思ってもいなかったことをいわれることがあります。そんなときその「いわれたこと」をすんなりきけることもあれば、きけないこともあります。 私たちは、じぶんがおもっているとおりのことを人にいわ

  • やさしい聖書入門『箴言13:15-17』

    やさしい聖書入門『箴言13:15-17』109. 私たちは、ほかの人たちといっしょに、この世界(せかい)にすんでいます。 だから私たちがなにをして、なにをしないかについて、「まわりの人たちにどうおもわれるか」ということが、とてもだいじです。 なにかするときや、ものを

  • やさしい聖書入門『箴言13:12-14』

    やさしい聖書入門『箴言13:12-14』108. 私たちは「期待(きたい)」というものをこころの中にもちます。期待には、「クリスマスプレゼントに自分(じぶん)がほしかったものをもらえるかな?」というみじかい期間(きかん)に結果(けっか)がわかるものをありますし、ずう

  • やさしい聖書入門『箴言13:9-11』

    やさしい聖書入門『箴言13:9-11』107. 人やものごとにたいして、正しくおこなう人と正しくおこなわない人がいます。 この2人の大きなちがいは、あとのことをかんがえているかどうかというちがいです。 「じぶんは今、こういうことをやりたい」、「こういうことをいいたい

  • やさしい聖書入門『箴言13:7-8』

    やさしい聖書入門『箴言13:7-8』106. 今回のかしょには、富(と)んでいるふり―つまりお金持ちのふりをしている人のことや、お金でいのちが助かることがあるのだという意味(いみ)のことがかかれています。またそのはんたいに、お金がないみたいなふりをして、ほんとうは

  • やさしい聖書入門『箴言13:5-6』

    やさしい聖書入門『箴言13:5-6』105. 世(よ)の中にはだいじで、ねうちがあることがあります。「正しい人であること」もそうです。 かんがえてみれば、「わるい人であること」も、人間の生き方の1つです。だからじっさい、わるい生き方をする人もいます。 よの中には、

  • やさしい聖書入門『箴言13:4』

    やさしい聖書入門『箴言13:4』104. 今回のかしょには、なにかをほしいと思ったり、こうなってほしいと思いながら、何も手にすることができなかったり、思ったとおりにならない人のことがかかれています。 なにかをのぞむことじたいがわるいわけではありません。でもこころ

  • やさしい聖書入門『箴言13:2-3』

    やさしい聖書入門『箴言13:2-3』103. 人には「気持ち」というものがあり、それをことばにして出すかどうかという問題(もんだい)があります。また「ことば」というかたちで出さなくても、態度(たいど)で出すかどうかということもあります。 ことばや態度でおもてに出す

  • やさしい聖書入門『箴言13:1』

    やさしい聖書入門『箴言13:1』102. 今回のかしょには、お父さんが「こうするのがいい」とか「いけない」といったらそれをききなさいとかかれています。これは「お父さんがいうことはいつも正しい。だからいうことをききなさい」といっているのでではありません。 私たちが

  • やさしい聖書入門『箴言12:27-28』

    やさしい聖書入門『箴言12:27-28』101. 今回のかしょのことばは、ちょっとふしぎなかんじがするかもしれません。「なまけものはとれた獲物(えもの)を火であぶらない」という意味(いみ)のことばが、「コツコツとがんばることが人間のだいじな財産(ざいさん)だ」という

  • やさしい聖書入門『箴言12:25-26』

    やさしい聖書入門『箴言12:25-26』100. 今回のかしょのさいしょのことばは、「不安(ふあん)な時はこころがおちこむ」という意味のことばです。「自分がそんなふうになる」とかんがえるとあたりまえと思えますが、これは「自分が不安だったら」という話ではなく、「人を不

  • やさしい聖書入門『箴言12:24』

    やさしい聖書入門『箴言12:24』99. 今回のかしょには、まじめにがんばれば支配(しはい)するがわの人になれるけれど、さぼっていれば支配されるがわの人になってしまうという意味(いみ)のことばが書かれています。 聖書のほかのかしょにかかれている教えをかんがえると

  • やさしい聖書入門『箴言12:23』

    やさしい聖書入門『箴言12:23』98. 今回のかしょには、かしこい人は自分(じぶん)が知っていることだからといってむやみにものをいわないが、おろかな人はむやみに話すことで自分が「おろかな人だ」ということを自分でいいひろめてしまうのだということがかかれています。

  • やさしい聖書入門『箴言12:22』

    やさしい聖書入門『箴言12:22』97. 今回のかしょには、うそをつくことは神さまにいやがられ、ただしくおこなうことは神さまによろこばれるということが書かれています。 これはあたりまえのことです。あたりまえすぎて、「わざわざいう必要(ひつよう)はあるのか」と思え

  • やさしい聖書入門『箴言12:20-21』

    やさしい聖書入門『箴言12:20-21』96. 今回のかしょには、わるいことをたくらむ人のこころの中にはウソがあると書かれています。なるほど、わるい人だからほかの人にウソをつくかもしれません。 でもそれだけではありません。わるいことをたくらむ人は自分じしんにたいして

  • やさしい聖書入門『箴言12:18-19』

    やさしい聖書入門『箴言12:18-19』95. だれかにものをいうときに、よく考えないでいって、そのせいで人をきずつけてしまう人がいる、と今回のかしょに書かれています。「人をきずつけてしまうことがある」ではありません。「きずつける人がいる」と書かれているのです。 そ

  • やさしい聖書入門『箴言12:17』

    やさしい聖書入門『箴言12:17』94. 今回のかしょには、本当(ほんとう)のことを言っている人は正しいことを言っていて、うそをいう人はうそを言っているのだという意味(いみ)のことがかかれています。これをよむと「そんなことあたりまえじゃないか」とあなたはおもうか

  • やさしい聖書入門『箴言12:16』

    やさしい聖書入門『箴言12:16』93. 「こころの余裕(よゆう)」ということばがあります。こころの大きさや小ささをあらわしているこのことばは、私たちにとってたいせつなことをよく言いあらわしています。 レジ袋(ぶくろ)のようなものをちょっと想像(そうぞう)してみ

  • やさしい聖書入門『箴言12:15』

    やさしい聖書入門『箴言12:15』92. 私たちがなにか見たとき、その目はまっすぐにそれを見ています。そのことは、私たち人間の特徴(とくちょう)です。 でも鹿(しか)など、ほかの動物(どうぶつ)は、かおをまっすぐ前にむけていても前だけでなく後ろ(うしろ)のほうも

  • やさしい聖書入門『箴言12:13-14』

    やさしい聖書入門『箴言12:13-14』91. 「こころの正しさが大事(だいじ)だ」とかんがえる人たちがいます。 でも、こころが正しいというのはどういうことをいうのでしょうか。 こころは目に見えません。私たちはあたまの中で「こころ」というものを考えているにすぎません

  • やさしい聖書入門『12:11-12』

    やさしい聖書入門『12:11-12』90. 「おいしいごはんをたべたい」とか「お金がほしい」といったおもいをもつことは、わるいことではありません。それに私たちは、いまよりももっといいものを手に入れるために工夫(くふう)をしたり、がんばったりしますが、それは「よりよい

  • やさしい聖書入門『箴言12:10』

    やさしい聖書入門『箴言12:10』89. 今回のかしょには、だれかをかわいそうに思って助(たす)けようとするときでさえ相手(あいて)を傷(きず)つけてしまう人がいて、そういう人のことを悪い人だとかかれています。 じっさい、だれかを助けようとしたことで人を傷つけ、

  • やさしい聖書入門『箴言12:9』

    やさしい聖書入門『箴言12:9』88. 人というものについて、「この人はどんな人だろう?」と考えるとき、私たちはその人たちがもっている特徴(とくちょう)を見て考えていることがよくあります。その一つは、いきおいがあるかどうかです。 いきおいがある人はとにかく目立つ

  • やさしい聖書入門『箴言12:7-12:8』

    やさしい聖書入門『箴言12:7-12:8』87. 聖書は、いつまでものこるものがだいじだと、いろんなかしょでおしえています。しんだらおわりでないから、永遠(えいえん)のいのちをえるようにということもおしえていますし、私たちのことをずっと見ておられる神さまが私たちにつ

  • やさしい聖書入門『箴言12:5-6』

    やさしい聖書入門『箴言12:5-6』86. 人とかかわるときに、どういうふうだと正しいのか、それとも正しくないのか。あなたはどう思いますか。よくきくこたえは「なにもまちがっていなければ」です。 自分のかんがえや、自分がすることが「まちがっていなければ」それは正しい

  • やさしい聖書入門『箴言12:4』

    やさしい聖書入門『箴言12:4』85. 私たちは、ほかの人のちかくでいるというだけで、ほかの人に影響(えいきょう)をあたえています。自分(じぶん)はきづかなくてもです。そして、いい影響をあたえていることもあれば、よくない影響―たとえばこまらせたり傷(きず)つけた

  • やさしい聖書入門『箴言12:2-3』

    やさしい聖書入門『箴言12:2-3』84. このところ箴言(しんげん)というところから聖書をまなんでいるわけですが、この箴言では多くのかしょで、あることばとその反対のことばをならべていうということがおこなわれています。 今回のかしょでも、2せつでは「善人(ぜんにん

  • やさしい聖書入門『箴言12:1』

    やさしい聖書入門『箴言12:1』83. 多くの人にとって、自分がやりたいとおもうことや、何かをするときに自分なりの「やり方」というものがあります。それにたいして他(ほか)の人から「そうじゃなくてこっちをやりなさい」とか、「こういうふうにやりなさい」と言われること

  • やさしい聖書入門『箴言11:30-31』

    やさしい聖書入門『箴言11:30-31』82. 今回のかしょには、「正しい人はよい結果(けっか)にめぐまれ、わるい人にはわるい結果がやってくる」という意味(いみ)のことがかかれています。 「そのとおりだ」とおもいたいところですが、そうもいえません。というのは、正しい人

  • やさしい聖書入門『箴言11:29』

    やさしい聖書入門『箴言11:29』81. やってはいけないようなことをしても、その人じしんはとくになにもこまらない、ということは世(よ)の中によくあります。すると人はその「やってはいけないようなこと」をつづけるようになります。 でもそれはけっきょく、いまのことし

  • やさしい聖書入門『箴言11:24-28』

    やさしい聖書入門『箴言11:24-28』80. 世の中のことは算数のたしざん・ひきざんににています。たとえば、がんばりすぎると元気(げんき)がなくなってしまいにゼロになってしまいますし、からといってがんばらなければ結果(けっか)のほうはゼロのままです。結果というのは

  • やさしい聖書入門『箴言11:23』

    やさしい聖書入門『箴言11:23』79. 今回のかしょのことばは、「正しい人のねがいは、ただよいこと」ということばではじまります。正しい人のねがうことは、「よいこと」の範囲(はんい)の中だけだという意味(いみ)です。 人間ですからいろいろなことを考えます。でもど

  • やさしい聖書入門『箴言11:22』

    やさしい聖書入門『箴言11:22』78. 聖書は神さまのことば、もしくは、神さまのことを知る一番いい手がかりです。 「一番いい」というのは、だれが読んでも同じかしょに書かれていることは同じだからです。「あの人はこう言ってる」とか、「この人はこんなことを『聖霊にし

  • やさしい聖書入門『箴言11:20-21』

    やさしい聖書入門『箴言11:20-21』77. 私たちは、良いことをしようと思えばできるし、わるいことをしようと思えばそれもできるというばあいに、良いことのほうをえらぶということが、なかなかむずかしいことがあります。 それがなぜむずかしいかの原因(げんいん)の1つは

  • やさしい聖書入門『箴言11:16-19』

    やさしい聖書入門『箴言11:16-19』76. 今回のかしょは、対比(たいひ)というものがおこなわれています。たとえば、やさしい人はほかの人との関係(かんけい)でうまくいくようになり、乱暴(らんぼう)な人は一時的(いちじてき)にうまくいくと。 その一時的な成功(せい

  • やさしい聖書入門『箴言11:15』

    やさしい聖書入門『箴言11:15』75. こんかいのかしょに、「保証人(ほしょうにん)」ということばがでてきます。このことばは、関西(かんさい)に住んでいる人は、吉本新喜劇でおなじみかもしれません。 劇(げき)の中でならず者がやってきて、「かしたお金をかえせ」と

  • やさしい聖書入門『箴言11:14』

    やさしい聖書入門『箴言11:14』74. 今回のさいしょのことばは、「指導(しどう)されるということがなければ、人々はたおれてしまう」ということばです。「こうしたほうがいいよ」とか、「それはやめたほうがいいよ」ということを言ってもらえることと、そのように言われる

  • やさしい聖書入門『箴言11:9-11』

    やさしい聖書入門『箴言11:9-11』72. これまでこのコーナーで、知恵(ちえ)によって生きることのたいせつさについて勉強(べんきょう)してきました。でもそれは、知恵によって生きることが「その人自身(じしん)にとってよいことなのだ」ということを勉強してきたのでし

  • やさしい聖書入門『箴言11:2-8』

    やさしい聖書入門『箴言11:2-8』71. これまでこのコーナーで、知恵(ちえ)というものはだれに対してもかたりかけ、ただしい道をおしえてくれるのだということをなんどもまなびました。 そして今回のかしょにも、知恵が教えてくれることに私たちが従(したが)った結果(け

  • やさしい聖書入門『箴言11:1』

    やさしい聖書入門『箴言11:1』70. 聖書には、たびたび出てくることがあります。その1つが、今回出てきた、「はかりをごまかすな」ということです。 たとえば何か食べ物を売る時に、むかしは「はかり売り」ということをよくやっていました。今のようにパッケージに入って食

  • やさしい聖書入門『箴言10:31-32』

    やさしい聖書入門『箴言10:31-32』69. 今回のかしょも知恵(ちえ)のお話、それも知恵とただしい人との関係(かんけい)についてのお話ですが、これまでのお話とはガラリと変わっています。これまでは「正しい人は知恵のことばを聞く」というお話でしたが、今回のお話はぎゃ

  • やさしい聖書入門『箴言10:27-30』

    やさしい聖書入門『箴言10:27-30』68. 何かの文章(ぶんしょう)をよんだり、人のことばを聞いたりするときに、どうしても考えないといけないことがあります。それは、その文章をかいた人やそのことばをはなした人が、「なにについてかたっているのか」をかんがえることです

  • やさしい聖書入門『箴言10:26』

    やさしい聖書入門『箴言10:26』67. 今回のことばは、「なまけ者」は、つかわす人にとって、やっかいな人だといういみのことばです。なまけ者は、歯(は)にとってお酢(す)が、目にとってけむりがしみて痛(いた)むように、やくにもたたず、やっかいだと言っています。

  • やさしい聖書入門『箴言10:23-25』

    やさしい聖書入門『箴言10:23-25』66. このところ学んでいる聖書の箴言は「知恵(ちえ)のことば」です。知恵はなにかを人にすすめます。時にはほかの人からの教えや注意として、また時には自分自身(じぶんじしん)からのメッセージとして。 そして私たちはそれらの知恵の

  • やさしい聖書入門『箴言10:23-25』

    やさしい聖書入門『箴言10:23-25』66. 今回のかしょのまんなかのところには、「悪い人がおそれていることはその人にふりかかり、正しい人がねがうことはかなえられる」、と書かれています。これはちょっと見ただけだと、「悪い人にはかならずバチがあたってしあわせにはなれ

  • やさしい聖書入門『箴言10:22』

    やさしい聖書入門『箴言10:22』65. 今回のかしょには、私たちをゆたかにするのは神さまからの祝福(しゅくふく)であって、人間の努力(どりょく)は関係(かんけい)ないって書かれています。ほんとうでしょうか?もしほんとうなら、努力なんてしても、しなくてもおなじだ

  • やさしい聖書入門『箴言10:21』

    やさしい聖書入門『箴言10:21』64. 私たちには、「ものを言う自由(じゆう)」というものがあります。もちろん、自由にものを言えないことはあります。こわい人やえらい人の前では自由にものを言えないなどです。 でも考えてみればそんなときだって、「ものを言わないでお

  • やさしい聖書入門『箴言10:18-20』

    やさしい聖書入門『箴言10:18-20』63. 私たちはおおぜいのいろんな人たちとくらしていて、その中にはいろんな人がいます。だから、ときには相手のことで、いやな気持ちをもつこともあります。 そんなとき私たちは、相手の人ににくしみを感じることもあるでしょうし、つい相

  • やさしい聖書入門『箴言10:16-17』

    やさしい聖書入門『箴言10:16-17』62. 私たちは今回のかしょからも、だいじなことを知ることができます。今回のかしょも、これまで見た箴言の多くのかしょとおなじように、一つのことと、そしてそれとは逆のもう一つのことの二つがならべられています。 今回ならべられてい

  • やさしい聖書入門『箴言10:14-15』

    やさしい聖書入門『箴言10:14-15』61. 大昔(おおむかし)の時代は、今とくらべると、しあわせかどうかをくらしぶりではかっていました。わかりやすくいうと、「お金持ちかそうでないか」で考えて、お金持ちだったらしあわせだろうと考えていたのです。 このような考え方は、

  • やさしい聖書入門『箴言10:13』

    やさしい聖書入門『箴言10:13』60. このところ、このコーナーで聖書の箴言をべんきょうしています。よんでくださった人の中には気づいている人がいるかもしれませんが、箴言は「もし私たちがこうすればこうなるけれど、そうでなければこうなる」という書き方をされているか

  • やさしい聖書入門『箴言10:12』

    やさしい聖書入門『箴言10:12』 私たちがかんちがいしているようなことは、よのなかにたくさんあります。 そのうちの1つが、にくしみとあらそいの順番(じゅんばん)です。 多くの人はたぶん、人と人とがあらそうから、そこににくしみがうまれるとかんがえているでしょう

  • やさしい聖書入門『箴言10:9-11』

    やさしい聖書入門『箴言10:9-11』58. これまでこのコーナーで、私たちじしんのこころの中にある「知恵(ちえ)の声」を無視(むし)してはならない、ちゃんときかなければならないというお話をずっとしてきました。 それでは、そのように私たちが「知恵の声をきく」ことは

  • やさしい聖書入門『箴言10:8』

    やさしい聖書入門『箴言10:8』57. 今回のかしょの前半(ぜんはん)は、「こころに知恵(ちえ)のある人は命令(めいれい)をうけいれる」ということばです。「命令」と書くと、だれかの指示(しじ)のように思えるでしょうし、そう思うと、このことばについては「人の命令を

  • やさしい聖書入門『箴言10:6-7』

    やさしい聖書入門『箴言10:6-7』56. よのなかには、はっきりしないものがあります。あることについて、良いとか悪いという人がいますが、ものごとの多くはそんなにかんたんではなく、よくしらべてみるとだれかがそうきめつけているだけのことが、あんがいあります。 「この

  • やさしい聖書入門『箴言10: 5』

    やさしい聖書入門『箴言10: 5』55. ものごとがうまくいかない時があります。そして時には、かなしいできごとがその原因(げんいん)ということもあります。かなしみがなければできたはずのことが、かなしみのせいでできなくなってしまうのです。 するとその人は、ほかの人

  • やさしい聖書入門『箴言10:4-5』

    やさしい聖書入門『箴言10:4-5』54. 今回のかしょはもしかしたら、多くの人がイメージしていることとちがうかもしれません。なまけることだけが貧乏(びんぼう)のりゆうではありませんし、いまお金持ちな人は、その人がいっしょうけんめいに働いたからとはかぎらないからで

  • やさしい聖書入門『箴言10:2-3』

    やさしい聖書入門『箴言10:2-3』53. 今回のかしょには、ずるいことをしてお金持ちになっても、そんなお金はやくにたたないと書かれています。でも、ふつうの見かたをすると、このかしょはまちがっているように見えます。 というのは、世の中にはズルいことをしてお金をもう

  • やさしい聖書入門『箴言10:1』

    やさしい聖書入門『箴言10:1』52. 今回のかしょには、「知恵(ちえ)のある子は父をよろこばせ、おろかな子は母のかなしみとなる」と書かれています。子どもが知恵をもって生きることをよろこび、そうでないときはかなしむのですから、ここに書かれている父母は正しく子ども

  • やさしい聖書入門『箴言9:14-18』

    やさしい聖書入門『箴言9:14-18』51. これまでこのコーナーでは、私たちのこころの中に「知恵(ちえ)」というものがあり、その知恵が私たちにむかってときどき「そんなことをしてはいけない」とか、「本当はこうしたほうがいい」とささやいているということを学びました。

  • やさしい聖書入門『箴言9:13』

    やさしい聖書入門『箴言9:13』50. 今回の聖書のかしょをみて、あなたはどう思いますか?今回のかしょにはこうあります。「おろかな女はさわがしく、わきまえがなく、何も知らない」と。 でも、さわがしくてわきまえもなく、なんにもわかっていない人は男の人のなかにもいま

  • キリストには代えられません

    キリストには代えられません(メロディに合わせていないので歌うことはできません)1.キリストにはかえられません世のたからや富はこのお方が私のためにそなえてくださったゆえです世の楽しみをありがとうございます世の誉れも感謝しますキリストにはかえられません世はすべ

  • やさしい聖書入門『箴言9:12』

    やさしい聖書入門『箴言9:12』49. ものごとを、「自分にとって得(とく)になるか、ならないか」で判断(はんだん)するという考え方があります。この考え方は、悪(わる)い考え方だと思われがちです。 でも、聖書はこのような考え方を悪い考え方だとは教えていません。と

  • やさしい聖書入門『箴言9:10-11』

    やさしい聖書入門『箴言9:10-11』48. 今回のかしょも知恵(ちえ)についての教えですが、これまでとはちがうところがあります。これまでのかしょでは知恵そのものの大切(たいせつ)さを教えていましたが、今回のかしょは私たちについて書かれているのです。 こんなことを

  • やさしい聖書入門『箴言9:9』

    やさしい聖書入門『箴言9:9』47. ものごとには積(つ)みかさねというものがあります。たとえば、レストランや食堂(しょくどう)へ行けばたくさんのメニューがありますが、これらのメニューはきのう、今日(きょう)に生まれたものではありません。 お料理(りょうり)は

  • やさしい聖書入門『箴言9:7-8』

    やさしい聖書入門『箴言9:7-8』46. ものごとには、いくつかの見方(みかた)というものがあります。そして「いくつかの見方がある」のだから、どちらの見方もただしいのです。 それにたいして「よいか、わるいか」という見方には、ただしいことが1つしかありません。そし

  • やさしい聖書入門『箴言9:1-6』

    やさしい聖書入門『箴言9:1-6』45. 今回のかしょでは、知恵(ちえ)を大ぜいの人たちをお客さんとして自分の家にまねく人にたとえています。わかりやすいばしょを用意(ようい)して、とおりをいく人たちにわかりやすくよびかけている人にです。 知恵はたしかにそんな感じ

  • 実りのある聖書の学びと実りのない聖書の学び

    実りのある聖書の学びと実りのない聖書の学び どうか御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを怒って押しのけないでください。あなたは私の助けです。見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神よ。 私の父私の母が私を見捨てるときは主が私を取り

  • やさしい聖書入門『箴言8:31-36』

    やさしい聖書入門『箴言8:31-36』44. このところ、このコーナーでは知恵(ちえ)についてまなんでいます。知恵は、言ってみれば私たちひとりひとりのこころの中にある声(こえ)のようなもので、この声に私たちはしたがうこともできますし、したがわないこともできる、とい

  • 経験主義とごうまん

    経験主義とごうまん1. 突然ですが人間というのは経験主義者です。経験主義というのはつまり、何かを考えたり行動したりする時に「自分の経験ではどうだったか」ということで決めているということです。 私はよくこの「人間っていうのは経験主義者なんだ」っていう話をい

  • やさしい聖書入門『箴言8:22-30』

    やさしい聖書入門『箴言8:22-30』43. このコーナーではこのところ、知恵(ちえ)についてまなんできましたね。たとえば、知恵は私たちにかたりかけてくると。知恵は私たちに「そんなことしていいの?」とか、「今はこうしないといけない」というふうに、かたりかけて教えて

  • 回転木馬のように

    回転木馬のように回転木馬ってあるでしょうただくるくる回っていると思うたしかにそれは単調で同じことのくり返しでも同じじゃないどんなに似ていても本当はねそしてそれに気づいた時はもうみんな終わっているんだまるで回転木馬が回るように明日も同じと思うけれど次の日も

  • やさしい聖書入門『箴言8:17-21』

    やさしい聖書入門『箴言8:17-21』42. このところこのコーナーでまなんでいる箴言(しんげん)は、知恵(ちえ)について書(か)かれています。とくに今回のかしょなどは、その知恵が私たちにとってどういうものなのかが書かれています。 たとえば私たちが知恵をあいするな

  • やさしい聖書入門『箴言8:12-16』

    やさしい聖書入門『箴言8:12-16』41. このところ、このコーナーで「知恵(ちえ)」ということについて学んでいます。でもそもそも「知恵」っていうのはなんでしょうか?今回のかしょには、知恵があるところには知識(ちしき)と思慮(しりょ)があると書かれています。 こ

  • やさしい聖書入門『箴言8:1-11』

    やさしい聖書入門『箴言8:1-11』40. 聖書には神さまのおつげのことがたくさん書かれており、そのためかクリスチャンの人は「神のみちびき」というと、聖霊のみちびきもふくめておつげのようなことを思いうかべやすいと思います。 でも「みちびき」はそれだけではありません

  • やさしい聖書入門『箴言7章』

    やさしい聖書入門『箴言7章』39. あなたは「いつ」を生きていますか?今ですか。過去ですか。それとも未来ですか。 カウンセリングの仕事をしていると、過去を生きている人をよく見かけます。過去にとらわれて、体は「いま」にあるのですが、こころは過去に生きているので

  • ゆるされる罪と残る罪-原因と結果

    ゆるされる罪と残る罪-原因と結果 あるところにとても意地の悪い女性がいた。 この女性がまたこともあろうに「牧師夫人」という、おおぜいの人たちにかかわる立場だったから、この人のいじわるをこうむった人は何人もいたという。 どういう意地悪だったかを言ってしまう

  • やさしい聖書入門『箴言6:20-35』

    やさしい聖書入門『箴言6:20-35』38. 聖書には、みじかいことばでだいじなことが書かれています。みじかいことばで書かれているということは、言いかたをかえると、他の本にだったら書かれているようなことばが省(はぶ)かれているということです。 たとえば今回のかしょ

  • やさしい聖書入門『箴言6:16-19』

    やさしい聖書入門『箴言6:16-19』37. 今回のかしょは、このところまなんでいる、「神さまがいやでいやでしょうがないと思っていらっしゃる人」のさいごのところです。それは「兄弟のあいだにあらそいを引き起こす人」です。 聖書のほかのところには「あらそいずきな人」と

  • おじいさんとゆでたまご-形のあるものと何もないもの

    おじいさんとゆでたまご-形のあるものと何もないもの もうずいぶんと前、私が以前いたやや大きい教会で、教会学校の先生をしていた時の話である。 教会学校に時々、ゆでたまごを差し入れしてくれる人がいた。教会からさほど遠からぬ古い住宅地に住んでいる独り暮らしのお

  • やさしい聖書入門『箴言6:16-19』

    やさしい聖書入門『箴言6:16-19』36. 今回も前回につづいて、神さまが「イヤでイヤでしかたない」と思っていらっしゃることのつづきです。今回は「ほんとうのことじゃないことを、ほんとうのことであるかのように言う人」です。 前回までは神さまが「イヤでイヤでしかたな

  • やさしい聖書入門『箴言6:16-18』

    やさしい聖書入門『箴言6:16-18』35. このところ、このコーナーで、神さまが「いやでいやでしょうがない」って思っていらっしゃるものを1つ1つ見てきました。今回もそのつづきですが、今回は2つつづけてみてみたいと思います。というのは今回の2つはよく似ているからで

  • 知らないのは自分だけ

    知らないのは自分だけ もうずいぶんむかしの話です。そのころ私はビジネスマンをやっていました。 ある日の夕方、私が外回りから会社へ戻ると、一人の女子社員からこう言われました。「A社の担当さんから電話があって、会社に戻ったらすぐに電話してと言ってた」と。 まだ

  • やさしい聖書入門『箴言6:16-17』

    やさしい聖書入門『箴言6:16-17』34. このところ、このコーナーでは神さまが「いやでいやでしかたない」と思っていらっしゃることについてまなんでいます。今回はその3つめです。 それは、罪(つみ)もない人をきずつけることです。 「罪もない人をきずつける」というこ

  • やさしい聖書入門『箴言6:16-17』

    やさしい聖書入門『箴言6:16-17』33. 今回のかしょは前回からのつづきです。前回は、神さまがきらうものが6つあって、そのうちの1つは「たかぶる」ことだと言いました。 そして今回は、そのもう1つのものとして、うそをつくことだとかかれています。 するとまじめな人

  • 安堵ーすべての終わり

    安堵ーすべての終わりもう片付けが始まったんだねすべてがまるでうたかたの夢だったようだよあんなにも青い空の下で胸おどらせてたそんなひと時もおひらきなんだねでも僕は楽しかったよたとえあのひと時のためだけに生きたとしてもさあ片付けようか日がこんなにもかげってき

  • やさしい聖書入門『箴言6:16-19』

    やさしい聖書入門『箴言6:16-19』32. 今回のかしょは、おもしろいことばで始まります。神さまごじしんが「いみきらう」ものがあるというのです。「いみきらう」というのは、「まじムリ」という感じのことばです。 そして神さまが「ムリ」とおもわれることが、体の部分(ぶぶ

  • やさしい聖書入門『箴言6:12-15』

    やさしい聖書入門『箴言6:12-15』31. 今回のかしょのさいしょのところには、「よこしまな者(もの)」や「不法(ふほう)の者」ということばが出てきます。わかりやすくいうとこれは、悪者(わるもの)と言いかえてもいいでしょう。 でも、どんな人でも、ひとりひとりと人

  • やさしい聖書入門『箴言6:1-11』

    やさしい聖書入門『箴言6:1-11』30. 聖書のことばは、時には神さまを信じていない人にむけてかたられ、また時にはすでに神さまを信(しん)じている人にむけてかたられています。そして今回のかしょは、神さまを信じている人にむけてかたられていることばです。 ここではほ

  • やさしい聖書入門『箴言5:3-23』

    やさしい聖書入門『箴言5:3-23』29. 今回のかしょには「よその女」とよばれている人が出てきます。この人とかかわると、さいしょのうちは私たちをうれしい気持ちにさせてくれまずが、その人は私たちを死(し)の世界(せかい)へとひっぱってゆき、そのうえせっかくこれまで

  • やさしい聖書入門『箴言5:1-2』

    やさしい聖書入門『箴言5:1-2』28. 今回のかしょに、知恵(ちえ)のある言葉(ことば)を聞いたり、読(よ)んだりするときに、なにがひつようだとかかれていますか?そうです。「注意(ちゅうい)して」聞いたり、読んだりすることがひつようなのです。 そうすればあなた

  • やさしい聖書入門『箴言4:25-27』

    やさしい聖書入門『箴言4:25-27』27. 今回のかしょのはじめのことばは、「前方(ぜんぽう)を見つめなさい」、「まっすぐ前を見て生きなさい」という意味(いみ)のことばですが、これは「前むきに生きなさい」という意味ではありません。そのすぐあとのことばからこれは、

  • 無垢な動物のように生き、諦めたように死んでいく

    無垢な動物のように生き、諦めたように死んでいくねえ気づいてるかい?夜のしじまの中であんたが見ている夢がたとえ千の色を持っていようと今のことや未来を装っていようとあんたが見ているのはいつだって過去のことどこまで夢を旅しても過去から逃れられないとそれでも必死

  • やさしい聖書入門『箴言4:24』

    やさしい聖書入門『箴言4:24』26. 私たちが人になにかを言うときに、もしも言おうとしていることがだいじなことなら、同じことをくりかえし言うばあいがあります。今回のかしょもそうです。「まがったことを言う口をあなたから取りのぞき、ゆがんだことを言うくちびるをあな

  • やさしい聖書入門『箴言4:23』

    やさしい聖書入門『箴言4:23』25. ものごとには、ていねいに説明(せつめい)する必要(ひつよう)があるばあいと、説明をしないほうがよいばあいとがあります。ていねいに説明することで、かえって、「そんなのいらない」と思われてしまうこともあるでしょうから。 それに

  • 本物とにせ物

    本物とにせ物世の中の物事にはおおよそ二種類あるおおよそ二種類あって1つは「本当」のこと本当に正しいとか本当に必要なこととか本当にいけないとか本当は不必要とかそしてもう1つはただ「もっともらしく聞こえること」「この仕事をするのならこの本は必読だ」とか「クリ

  • やさしい聖書入門『箴言4:18-22』

    やさしい聖書入門『箴言4:18-22』24. 個人的(こじんてき)なことですが、今回のかしょのさいしょの言葉―「正しい人の進む道は、あけぼのの光のようだ。いよいよかがやきを増(ま)して真昼となる」という言葉には悲しい思い出があります。 この言葉は、むかし一人の青年

  • やさしい聖書入門『箴言4:14-17』

    やさしい聖書入門『箴言4:14-17』23. 私たち人間は、一人の例外(れいがい)なく、自分の経験(けいけん)をもとに生きています。たとえば大声でおびやかされてきた人は、大きな声を聞くと「こわい」と感じるでしょうし、春や夏に楽しい思い出をたくさん持っている人は、そ

arrow_drop_down

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用