静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉(しもこすぎ)の津島神社(つしまじんじゃ)は、江戸時代の天明元年(1781年)に下小杉村字中川田で創建。明治8年(1875年)、現在地へ遷座しました。祭神は、農業の神・疫病祓いの神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)。明治20年(1887年)3月、越
静岡県の観光おでかけ情報(イベント、花の名所、写真撮影ポイント、遺跡、古墳、公園、お宝さがし)
富士山静岡空港の情報や、静岡県のおみやげ、静岡県の知られていない遺跡、古墳巡り情報など、静岡県民が地図付きで紹介しますよ。
戦国大名 朝倉義景の子孫が祀った天満宮を合祀 津島神社 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉789)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉(しもこすぎ)の津島神社(つしまじんじゃ)は、江戸時代の天明元年(1781年)に下小杉村字中川田で創建。明治8年(1875年)、現在地へ遷座しました。祭神は、農業の神・疫病祓いの神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)。明治20年(1887年)3月、越
安土桃山時代 徳川家康が建立した県指定重要文化財 観音堂 真言宗 音羽山 清水寺 (静岡県静岡市葵区音羽町27-8)
静岡県静岡市葵区音羽町(おとわちょう)の真言宗 音羽山 清水寺(おとわさん きよみずでら)は、室町時代後期(戦国時代)の永禄2年(1559年)に8代目駿河今川氏の今川氏輝(いまがわ うじてる)の遺命で、家臣の朝比奈丹波守元長(あさひな たんばのかみ もとなが)が谷津山(やつやま
例年7月中旬の夏季例大祭 大名行列 奴道中「川尻の出奴」 八幡津島神社 (静岡県榛原郡吉田町川尻1603)
静岡県榛原郡吉田町川尻(はいばらぐん よしだちょう かわしり)の八幡津島神社(はちまんつしまじんじゃ)は、約800年前に川尻村の土郷 万年氏が京都・岩清水八幡宮より祭神 誉田別尊(ほんだわけのみこと)の分霊を勧請(かんじょう)して八幡神社を創建したのがはじまりです。江
江戸幕府第2代将軍 徳川秀忠の生母 西郷局の産土神 五社神社 (静岡県掛川市上西郷2661)
静岡県掛川市上西郷(かみさいごう)の五社神社(ごしゃじんじゃ)は、江戸幕府第2代将軍 徳川秀忠(とくがわ ひでただ)の生母 西郷局(さいごうのつぼね)の産土神(うぶすながみ)です。産土神とは、生まれた土地あるいは先祖発祥の地に祀られている守護神のこと。この五社神社か
鏡池の竜退治伝説 東海道の六地蔵堂(鏡池堂) (静岡県藤枝市瀬戸新屋)
静岡県藤枝市瀬戸新屋(せとあらや)の六地蔵堂(ろくじぞうどう)は、旧東海道(江戸時代の東海道)沿いに建てられています。西側の水神社近くに鏡ヶ池と呼ばれる丸い池があった(埋め立てられて消滅)ので、別名は鏡池堂(きょうちどう)です。鏡ヶ池に住む悪竜が人々を苦しめたた
明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲ゆかりの浪除八雲地蔵尊 (静岡県焼津市城之腰)
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の浪除八雲地蔵尊(なみよけやくもじぞうそん)は、明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲(こいずみ やくも)ゆかりの地蔵です。元は六地蔵として建立されたものだったと考えられています。八雲が焼津を訪れた明治30年代には、首や手の欠けた地
東海道唯一の多宝塔 人気の巡礼&ウォーキングコース「山辺の道」 日蓮宗 見珠山 正應院(正応院) (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)内谷264‐2)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)内谷(うつたに)の日蓮宗 見珠山 正應院(けんじゅさん しょうおういん)には、東海道唯一の見事な多宝塔(たほうとう)があります。正應院は、5ヵ所の神社・寺のスタンプ集める人気の巡礼&ウォーキングコース「山辺の道」(やまのべのみち)
人気のジャンボ干支 巨大な馬の前で記念写真 2026年 午(うま) (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)大代1898-1 県道81号沿い)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)大代(おおじろ)には、12月上旬頃から翌年2月末頃にかけて藁(ワラ)製のジャンボ干支(えと)が出現します。年賀状に使うため、記念写真を撮る人が多い人気撮影ポイントです。年末年始・正月休みに、家族でお出かけしてみませんか?ジャンボ干支 2
県内最大の市指定文化財 閻魔大王像 臨済宗妙心寺派 龍池山 連福寺 (静岡県磐田市二之宮1262)
静岡県磐田市二之宮(にのみや)の臨済宗妙心寺派 龍池山 連福寺(れんぷくじ)は、平安時代末期に平清盛(たいら の きよもり)の息子で遠江国守の平重盛(たいら の しげもり)が創建したと伝えられています。連城寺(磐田市新貝)、蓮覚寺(磐田市(旧磐田郡竜洋町)掛塚)とともに、
殿様が落馬した伝説 いぼ地蔵 曹洞宗 神龍山 長福寺 (静岡県焼津市関方412)
静岡県焼津市関方(せきがた)の曹洞宗 神龍山 長福寺(しんりゅうざん ちょうふくじ)は、江戸時代前期の慶安年間(1648~1652年)に駿河国益津郡関方村の氏神 関野明神の台所で見つかった大日如来(だいにちにょらい)を祀るため建立した小堂が始まりです。寛文12年(1672年)、林
疫病退散などを祈願した善光寺百萬遍供養塔 曹洞宗 竹下山 常安寺 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)竹下63-1)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)竹下(たけした)の曹洞宗 竹下山 常安寺(ちっかざん じょうあんじ)は、江戸時代前期の慶安3年(1650年)に全鈯(ぜんとつ)が曹洞宗 飯盛山 観勝寺(島田市(旧榛原郡金谷町)横岡)の末寺として開創しました。常安寺墓地の西側には、江戸時代後期の
アスレチック遊具が人気 小藤路公園 (静岡県榛原郡吉田町住吉1598-1)
静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の小藤路公園(ことうじこうえん)は、アスレチック遊具が人気です。遊具、水場、盛土、グラウンド、グラウンドゴルフ場、トイレ、無料駐車場が整備されています。小藤路公園 アスレチック遊具(ネット遊具と複合
健康長寿,恋愛成就の人気パワースポット 県指定文化財 木造薬師如来座像,本尊 木造阿弥陀如来座像,本堂 真言宗智山派 安養山 西楽寺 (静岡県袋井市春岡384)
静岡県袋井市春岡(はるおか)の真言宗智山派 安養山 西楽寺(あんようざん さいらくじ)は、奈良時代の神亀元年(724年)に聖武天皇の命により行基(ぎょうき)が開いたとされています。平安時代の寛治年間(1087~1093年)、六条右大臣 源顕房(みなもと の あきふさ)と掘河天皇(ほ
富士山の眺望スポット 牧之原公園 (静岡県島田市金谷富士見町(旧榛原郡金谷町富士見町)1701-1「ふじのくに茶の都ミュージアム」の近く)
静岡県島田市金谷富士見町(旧榛原郡金谷町富士見町)の牧之原公園(まきのはらこうえん)は、「ふじのくに茶の都ミュージアム」の近くに所在。牧之原台地の一番高い場所にあるので、快晴の日には島田市内・南アルプス・富士山を一望できます。夜景、初日の出スポットとしても
江戸時代の雨乞い伝説 かみなりさまのおへそ 安養寺運動公園 おへそ山 (静岡県掛川市淡陽116)
静岡県掛川市淡陽(たんよう)の安養寺運動公園には、江戸時代の雨乞い伝説にちなんだ「かみなりさまのおへそ」(御影石のモニュメント)があります。<おへそ山の伝説>江戸時代(約300年前)、遠江国佐野郡薗ヶ谷村(とおとうみのくに さやぐん そのがやむら)にあった印徳寺(安
スパイダーネット,スパイラルスライダー 加茂公園 (静岡県焼津市八楠1-4-41)
静岡県焼津市八楠(やぐす)の加茂公園(かもこうえん)は、加茂神社のとなりにある街区公園です。遊具・砂場・ベンチ・水飲み場・トイレが整備されています。加茂公園
複合遊具,スプリング遊具,健康遊具 北川瀬公園 (静岡県磐田市二之宮東8 今之浦川沿い)
静岡県磐田市二之宮東(にのみやひがし)の北川瀬公園は、今之浦川(いまのうらがわ)沿いに整備されています。遊具、トイレ、公園東側の今之浦川沿いに無料駐車場あり。北川瀬公園
遠江三十三観音霊場 第28番札所 曹洞宗 拈華山 正法寺 (静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方1329)
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方(にしかた)の曹洞宗 拈華山 正法寺(ねんげざん しょうぼうじ)は、遠江三十三観音霊場 第28番札所です。安土桃山時代(戦国時代)の天正2年(1574年)、掘田城城主 堀田正法が龍雲院三世 実伝宗貞和尚を招いて開かれました。正法寺の裏山は、曲
戦国時代の今川義元判物 古義真言宗 高野山 普門院末寺の吉永八幡宮別当寺院 市指定史跡 円永坊跡 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門320)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門(りえもん)の市指定史跡 円永坊跡(えんえいぼうあと)は、古義真言宗 高野山 普門院末寺の吉永八幡宮別当寺院(べっとうじいん、神社を管理するため置かれた寺)の醫王山(医王山) 円永坊 真福寺跡(いおうざん えんえいぼう しんぷくじ
鎌倉時代 後嵯峨天皇の第一皇子 宗尊親王が休息 真言宗智山派 成田山 新護寺 (静岡県藤枝市本町4-5-24)
静岡県藤枝市本町(ほんまち)の真言宗智山派 成田山 新護寺(なりたさん しんごじ)は、静岡県内唯一の成田山です。大本山成田山新勝寺(千葉県成田市)の直末寺院で、交通安全・家内安全・商売繁盛・安産祈願・開運厄除・学業成就・合格祈願・ボケ除け(防止)など、さまざまな御
戦国時代に武田信玄,勝頼が発給 市指定文化財 武田家朱印状 白羽神社 (静岡県御前崎市白羽3511)
静岡県御前崎市白羽(おまえざきし しろわ)の白羽神社(しろわじんじゃ)は、平安時代の承和元年(834年)2月に現在の駒形神社の場所に創建されたと伝えられています。承和4年(837年)、現在地へ遷座。律令期(奈良・平安時代)、御前崎台地(増船寺の北側)にあった白羽官牧(国有の
漁師の信仰した弁財天が本尊 浄土宗 海光山 護信寺・弁天宮 (静岡県焼津市北浜通95-2)
静岡県焼津市北浜通(きたはまどおり)の浄土宗 海光山 護信寺(かいこうざん ごしんじ)・弁天宮は、昭和10年(1935年)に移転した浄土宗 常照山 光心寺(じょうしょうざん こうしんじ)の跡地に開創。本尊は、浄土宗寺院で一般的な阿弥陀如来(あみだにょらい)ではなく、光心寺境
渡辺崋山の弟子 南画家 平井顕斎の記念碑 曹洞宗 日照山 円成寺 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江4620-1)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江(ほそえ)の曹洞宗 日照山 円成寺(えんじょうじ)は、室町時代中期(戦国時代前期)の文明10年3月8日(1478年4月10日)に曹洞宗 龍門山 石雲院(牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口)を開いた崇芝性岱(すうし しょうたい)禅師の第4法子(ほっし、ほう
奈良時代の延暦元年(782年)創建 国常立命と菅原道真を奉斎 志太天満宮 (静岡県藤枝市志太3-19-4)
静岡県藤枝市志太(しだ)の志太天満宮(しだてんまんぐう)は、金比羅山緑地公園(こんぴらさんりょくちこうえん)として整備された、瀬戸川(せとがわ)右岸の金比羅山(標高67m)中腹に鎮座しています。奈良時代後半の延暦元年(782年)、国常立命(くにとこたちのみこと)を奉斎する
ビキニ水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」無線長 久保山愛吉氏の菩提寺 曹洞宗 恵日山 弘徳院 (静岡県焼津市浜当目3-14-7)
静岡県焼津市浜当目(はまとうめ)の虚空蔵山(当目山)麓の曹洞宗 恵日山 弘徳院(えにちさん こうとくいん)は、例年2月23日に「虚空蔵尊ダルマ市」が開催(変更・中止になる場合あり)されることで有名な寺です。弘徳院の墓地には、昭和29年(1954年)3月1日にアメリカがマーシャ
川で見つけた人の足を弔ったパワースポット 日本唯一の足地蔵 曹洞宗 満家山 三光寺 (静岡県島田市川根町(旧榛原郡川根町)家山823)
静岡県島田市川根町(旧榛原郡川根町)家山(いえやま)の曹洞宗 満家山 三光寺(まんかざん さんこうじ)には、日本唯一の足地蔵が祀られています。明治時代、村人が大井川の支流の家山川で人の片足を拾いました。三光寺の住職は、その足をねんごろに弔い足地蔵を建立。足腰のあ
海上安全,豊漁満足を祈願 青峰山教会(真言宗 青峰山 勝景院) (静岡県焼津市鰯ケ島251-1)
静岡県焼津市鰯ケ島(いわしがしま)の青峰山教会(あおみねさんきょうかい)は、三重県鳥羽市松尾の真言宗 青峰山 正福寺(あおみねさん しょうふくじ)の末寺の真言宗 青峰山 勝景院(あおみねさん しょうけいいん)です。明治41年(1908年)、焼津漁業組合長 山口平右衛門・鰯ケ島
気賀領主 旗本近藤家の位牌を祀る 千日堂 (静岡県浜松市浜名区細江町(旧引佐郡細江町)気賀2227-3 旧姫街道沿い)
静岡県浜松市浜名区細江町(旧引佐郡細江町)気賀(きが)の千日堂(せんにちどう)には、気賀の領主である旗本近藤家2代目 近藤用治(こんどう もちはる)・3代目 近藤用由(こんどう もちよし)の位牌(いはい)が祀(まつ)られています。幕末の慶応4年(1868年)に記された古文書によれ
例年8月開催 夏季大祭(住吉神社祭典)で奴道中「入奴」を披露 片岡神社(通称 住吉神社) (静岡県榛原郡吉田町住吉2212-1)
静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の片岡神社(通称 住吉神社)は、創建時期が不詳ですが(一説によれば奈良時代の和銅6年(713年)創建)大和国(奈良県)・片岡神社より分霊を勧請。仁徳天皇(にんとくてんのう)の御代(4世紀末~5世紀前半)に、摂津国(
法隆寺から贈られた百萬塔 曹洞宗 久遠山 成道寺 (静岡県焼津市一色460)
静岡県焼津市一色(いっしき)の曹洞宗 久遠山 成道寺(くおんざん じょうどうじ)は、鎌倉時代後期の文保年間(1317~1319年)に勉之肯旃(べんしこうせん)和尚が臨済宗の寺院として創建。室町時代末期(戦国時代後期)の永禄10年(1567年)、月州周隣(げっしゅうしゅうりん)大和尚に
推定樹齢500年の巨木 市指定天然記念物の大クス 須賀神社 (静岡県磐田市西島字北浦411)
静岡県磐田市西島(にしじま)の須賀神社(すがじんじゃ)は、鎌倉時代の嘉禄元年(1225年)に創建されました。明治7年(1874年)6月26日、元字南海道から六所神社の社地に遷座。明治22年(1889年)2月9日、六所神社を本殿に合祀。御神木の巨木は、推定樹齢500年の市指定天然記念物の
江戸時代 嶺田用水建設を幕府に直訴して死刑 中条右近太夫の供養塔 井の宮神社 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)嶺田1-1)
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)嶺田(みねだ)の井の宮神社(井之宮神社、井宮神社)には、江戸時代前期に嶺田用水建設を幕府に直訴(じきそ)した、中条右近太夫(ちゅうじょう うこんだゆう)の供養塔があります。徳川家康ゆかりの用水建設計画であったため許可されましたが、寛永
鈴木養邦師の石橋,文殊堂,弁天堂 臨済宗妙心寺派 寶雲山 龍光寺(宝雲山 竜光寺) (静岡県榛原郡吉田町片岡字坂上3035)
静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の臨済宗妙心寺派 寶雲山 龍光寺(宝雲山 竜光寺(りょうこうじ))は、能満寺9世 雲仲慶運が竜光寺河原に庵を建て、大宝山 玉林寺を開創したのがはじまりです。境内には、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)を安置する文殊堂、弁財尊天(べんざいそんて
江戸時代 慶長10年(1605年)創建 瀬戸川の洪水を避けて遷座 西宮神社 (静岡県焼津市岡当目村中56-3)
静岡県焼津市岡当目(おかとうめ)の西宮神社(にしのみやじんじゃ)は、江戸時代初期の慶長10年(1605年)に瀬戸川河畔の鷺宮(さぎのみや)で創建されました。祭神は、漁業・商業・農業の神の蛭子命(ひるこのみこと)です。境内には、寛永年間(1624~1645年)に建立された庚申供養
室町時代 飢饉の餓死者を供養 曹洞宗 広沢山 長泉寺 (静岡県焼津市大島1071)
静岡県焼津市大島(おおじま)の曹洞宗 広沢山 長泉寺(こうたくざん ちょうせんじ)は、室町時代の文明3年(1471年)の飢饉(ききん)による多数の餓死者を供養するため、藤原惟保が文明4年(1472年)に建立したお堂が始まりです。境内には、庚申塔(こうしんとう)、子安地蔵(こやす
戦国時代 今川氏真家臣の花沢城主 小原(大原)肥前守資良が武運長久を祈願 神明宮 (静岡県焼津市吉津168)
静岡県焼津市吉津(よしづ)の神明宮(しんめいぐう)は、室町時代末期(戦国時代)の永禄3年(1560年)4月に今川氏真(いまがわ うじざね)家臣の花沢城主 小原(大原)肥前守資良(おおはら ひぜんのかみ すけよし)が武運長久を祈願して創建したと伝えられています。祭神の天照皇大御
室町時代に創建 市指定文化財の総門,山門,彫刻 曹洞宗 龍門山 石雲院 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口1251)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口(さかぐち)の曹洞宗 高尾山 石雲院(せきうんいん)は、室町時代の康正元年(1455年)10月17日に崇芝性岱(そうし しょうたい)禅師が創建しました。勝間田城主が寺領を寄進し、その後は今川・武田・徳川氏の庇護を受けて御朱印地153石を拝領
熊谷次郎直実ゆかりの地 駿河田中藩主 本多氏の墓所 浄土真宗大谷派 熊谷山 蓮生寺 (静岡県藤枝市本町1-3-31)
静岡県藤枝市本町(ほんまち)の浄土真宗大谷派 熊谷山 蓮生寺(くまがいざん れんしょうじ)は、『平家物語』の敦盛最期(あつもりのさいご)で有名な熊谷次郎直実(くまがい じろう なおざね)ゆかりの地です。境内には、田中藩主 本多氏の墓・童謡「月の沙漠」の作詞者 加藤まさ
戦国時代 花沢城主 小原(大原)肥前守資良配下の武将 岩崎主馬右衛門直重が建立 諏訪八幡神社 (静岡県焼津市高崎359)
静岡県焼津市高崎(たかさき)の諏訪八幡神社(すわはちまんじんじゃ)は、室町時代末期(戦国時代)の永禄元年(1558年)12月に創立。今川氏真(いまがわ うじざね)家臣の岩崎主馬右衛門(しゅめえもん)直重が、武運長久のため建立したと伝えられています。祭神は、軍神・農耕神の建
豊漁祈願,海上安全祈願,海難事故の死者供養 青峰山のお堂,慰霊碑,延命地蔵尊 (静岡県榛原郡吉田町住吉 吉田漁港西側)
静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の吉田漁港西側には、青峰山(あおみねさん)のお堂、海難事故犠牲者の慰霊碑、延命地蔵尊があります。明治時代初期、三重県鳥羽市の真言宗 青峰山 正福寺(あおみねざん しょうふくじ)の観世音菩薩(かんぜおんぼ
童謡「背くらべ」「おもちゃのマーチ」「ひなまつり」の作詞者 海野厚の墓所 曹洞宗 佛田山 法蔵寺 (静岡県静岡市駿河区曲金2-7-33)
静岡県静岡市駿河区曲金(まがりかね)の曹洞宗 佛田山 法蔵寺(ほうぞうじ)は、室町時代中期の永享3年(1431年)に快翁俊良阿闍梨が真言宗 狐先山 普蔵院として開きました。安土桃山時代の文禄元年(1592年)、観州泰察大和尚が曹洞宗に改宗。境内には、童謡「背くらべ」「おもち
願い事がかなうといわれるパワースポット 機織地蔵尊 曹洞宗 谷汲山 勢岩寺 (静岡県焼津市石脇下680)
静岡県焼津市石脇下(いしわきしも)の曹洞宗 谷汲山(谷口山) 勢岩寺(せいがんじ)は、法華寺(焼津市花沢)十六坊の一院として創建されたのがはじまりです。江戸時代前期の寛永2年(1625年)、谷山白現和尚が村人と協力して荒廃していた寺を曹洞宗 恵日山 弘徳院(焼津市浜当目)の
明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲ゆかりの八雲地蔵と竜舌蘭 浄土宗 常照山 光心寺 (静岡県焼津市東小川1-6-1)
静岡県焼津市東小川(ひがしこがわ)の浄土宗 常照山 光心寺(じょうしょうざん こうしんじ)は、江戸時代初期の慶長11年(1606年)に明誉月光上人(みょうよがっこうしょうにん)が開創。境内には、明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲(こいずみ やくも)ゆかりの八雲地蔵(波除け地
南北朝時代(室町時代前期)の守護大名 駿河今川氏第2代当主 今川範氏,第3代当主? 今川氏家の墓所 曹洞宗 華蔵山 偏照寺 (静岡県藤枝市花倉397-1)
静岡県藤枝市花倉(はなぐら)の曹洞宗 華蔵山 偏照寺(けぞうさん へんしょうじ)には、南北朝時代(室町時代前期)の守護大名である駿河今川氏第2代当主 今川範氏(いまがわ のりうじ)と第3代当主? 今川氏家(いまがわ うじいえ)の墓があります。南北朝時代(室町時代前期)の文和
鉄棒,滑り台,ブランコ,砂場 若王子第一公園 (静岡県藤枝市若王子2丁目3)
静岡県藤枝市若王子(にゃくおうじ)の若王子第一公園(にゃくおうじだいいちこうえん)は、アスレチック遊具やジャンボ滑り台があり藤の名所としても有名な蓮華寺池公園の北側に所在。遊具・砂場・広場(グラウンドゴルフ場?)・ベンチ・水飲み場・トイレが整備された公園です
幕末 小島藩主 松平信進が寄進した石鳥居 酒瓶神社 (静岡県静岡市清水区(旧清水市)小島町1272)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)小島町(おじまちょう)の酒瓶神社(さかべじんじゃ)は、『日本惣国風土記』によれば彦押別天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと、景行天皇(けいこうてんのう))13年(83年)6月に高根山の頂上付近へ創建。祭神は、大酒解神(おおさかとけの
市指定文化財 掛川城主山内一豊書状 曹洞宗 正受山 盤石寺 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)中島421)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)中島(なかじま)の曹洞宗 正受山 盤石寺(しょうじゅざん ばんせきじ)は、臨済宗 能満寺の末寺として創建。創建時期は、南北朝時代(1336~1392年)頃ではないかと推測。室町時代の文明12年(1480年)、則心寺(焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉)2世
木製アスレチック遊具が人気 谷田宮の後公園 (静岡県静岡市駿河区谷田26)
静岡県静岡市駿河区谷田(やだ)の谷田宮の後公園(やだみやのうしろこうえん)は、静岡県立美術館の北西に所在。遊具・グラウンド(広場?)などがあり、木製アスレチック遊具が人気の公園です。谷田宮の後公園
複合遊具,健康遊具,多目的グラウンド 西の宮公園 (静岡県榛原郡吉田町川尻1363-3)
静岡県榛原郡吉田町川尻(はいばらぐん よしだちょう かわしり)の「西の宮公園(にしのみやこうえん)」は、複合遊具・健康遊具・水遊び場・小川・多目的グラウンド・トイレ・無料駐車場が整備された公園です。富士山静岡空港を離着陸する旅客機が、公園の上空を飛んでいきま
滑り台,鉄棒,シーソー,ブランコ 有永公園 (静岡県静岡市葵区有永6-1)
静岡県静岡市葵区有永(ありなが)の有永公園(ありながこうえん)は、昭和58年(1983年)4月に完成しました。遊具・砂場・ベンチ・あずまや・広場(グラウンドゴルフ場?)・水飲み場・トイレが整備されています。有永公園
遊具,多目的広場,メロディー橋,風車モニュメント わんぱく水辺ランド 湯日川親水公園 (静岡県榛原郡吉田町住吉地先)
静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)地先のわんぱく水辺ランド 湯日川親水公園(ゆいがわしんすいこうえん)は、湯日川河口付近に所在。遊具、多目的広場、メロディー橋、風車モニュメント、トイレ、無料駐車場などが整備されています。湯日川親水
取り壊された田沼意次の相良城 大書院の杉戸,陣太鼓 曹洞宗 円覚山 般若寺 (静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)大沢695-1)
静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)大沢(おおさわ)の曹洞宗 円覚山 般若寺(はんにゃじ)は、室町時代中期(戦国時代初期)の文明元年(1469年)に創建。市指定文化財 相良城の杉戸、市指定文化財 陣太鼓、県内最古(平安時代の治暦2年(1066年))の写経である県指定文化財 紙本墨書大
江戸,明治時代の浄瑠璃で使用 町指定文化財「三番神社所蔵の人形の首」 三番神社 (静岡県榛原郡吉田町片岡三軒屋上川原989-1)
静岡県榛原郡吉田町片岡(はいばらぐん よしだちょう かたおか)の三番神社(さんばんじんじゃ)には、江戸時代中期以降の浄瑠璃(じょうるり)で使用された、町指定文化財「三番神社所蔵の人形の首」(さんばんじんじゃしょぞうのにんぎょうのかしら)が奉納されています。九左衛
平安時代の武将 駿河三郎義成が金刀比羅堂を創建 金刀比羅神社 (静岡県藤枝市志太3-19-5 金比羅山緑地公園)
静岡県藤枝市志太(しだ)の金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)は、金比羅山緑地公園(こんぴらさんりょくちこうえん)として整備された、瀬戸川(せとがわ)右岸の金比羅山(標高67m)山頂に鎮座。平安時代末期の治承年間(1177~1181年)、武将 駿河三郎義成がこの地に金刀比羅大権現
安土桃山時代に創建 眼病平癒に御利益があるとされる薬師堂 曹洞宗 新舟山 善能寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)新舟271)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)新舟(にゅうふね)の曹洞宗 新舟山 善能寺(にゅうぶねざん ぜんのうじ)は、安土桃山時代の天正18年(1590年)に総善寺三世 積翁長善(せきおうちょうぜん)大和尚が総善寺の末寺として開きました。本尊は、庚申菩薩(こうしんぼさつ)・梵天(ぼ
薩埵山の戦いで討死した戦国武将の墓 日蓮宗 霊瑞山 本光寺 (静岡県静岡市清水区(旧庵原郡由比町)由比617)
静岡県静岡市清水区(旧庵原郡由比町)由比(ゆい)の日蓮宗 霊瑞山 本光寺は、鎌倉時代の元弘元年(1331年)に宗祖 日蓮大聖人の直弟子 白蓮阿闍梨日興(びゃくれんあじゃりにっこう)聖人が蒲原に開いた、硯水山 慶徳寺(けんすいざん けいとくじ)がはじまりです。戦国時代の永
横岡城の鬼門除け 市指定文化財「八幡神社の神楽」 横岡八幡神社 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)横岡332)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)横岡(よこおか)の横岡八幡神社(よこおかはちまんじんじゃ)は、大井川右岸の河岸段丘「宮の段」に鎮座(ちんざ)。鎌倉時代末期から南北朝時代前期(14世紀)、守護大名 今川範氏(いまがわ のりうじ)の家臣が出城を築いて鬼門除け(きもんよけ)とし
ニ大軍神の武甕槌神、経津主神が祭神 姥神神社 (静岡県榛原郡吉田町神戸万東坂上)
静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の姥神神社(うばがみじんじゃ)は、ニ大軍神として知られる鹿島神社の主神 武甕槌神(たけみかづちのかみ)と香取神社の主神 経津主神(ふつぬしのかみ)、漁業と製塩法を人々に教えたという塩土老翁(しおつちのおじ)が祭神です。創立時期は不詳
彦根藩第2代藩主 井伊直孝が再建 若宮八幡宮 (静岡県焼津市中里1000)
静岡県焼津市中里(なかざと)の若宮八幡宮は、安土桃山時代(戦国時代末期)の天正6年(1578年)に創建。祭神は品陀和気命(ほんだわけのみこと)です。神社の近く(約200m東側)には、市指定史跡 井伊直孝産湯の井(いい なおたか うぶゆのい)があります。井伊直虎(いい なおとら
菅原道真が祭神 村良天満宮 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)村良978)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)村良(むらら)の天満宮(てんまんぐう)は、創立時期は不詳ですが江戸時代の天明8年(1788年)に再建されました。他の天満宮と区別するため、村良天満宮と呼ばれます。祭神は学問の神である菅原道真(すがわら の みちざね)で、例祭日は10月25
山田長政の菩提寺 市指定文化財『別符家文書』 真宗大谷派 上宮院入江山 西敬寺 (静岡県静岡市駿河区大谷5105)
静岡県静岡市駿河区大谷(おおや)の真宗大谷派 上宮院入江山 西敬寺(さいきょうじ)は、山田仁左衛門長政(やまだ にざえもん ながまさ)の菩提寺(ぼだいじ)です。江戸時時代前期の慶長17年(1612年)頃、長政はシャム(タイ)へ渡って日本人町の頭領となり、六昆(リゴール)王(シャ
海神の底津綿津見神を祀る 天雨(あまう)神社 (静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)大江727)
静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)大江(おおえ)の天雨神社(あまうじんじゃ)は、不動山(標高約71.7m)の山頂に鎮座。海神の底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)を祭神として祀(まつ)り、漁業関係者の信仰を集めている神社です。創建時期は不祥ですが、江戸時代前期 正保元年(16
加藤清正公の木像が本尊の清正公堂 日蓮宗 實修山 法光寺 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江916)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江(ほそえ)の日蓮宗 實修山(実修山) 法光寺(ほうこうじ)は、日蓮宗の総本山である身延山 久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町身延)の末寺です。江戸時代前期の元和3年2月10日(1617年3月17日)、顕是院日要が当地へ法華堂を建立し後に法光寺と称し
戦国時代 大井川の大洪水の死者を供養 大島山 千日堂 (静岡県焼津市大島1311)
静岡県焼津市大島(おおじま)の大島山 千日堂(せんにちどう)は、室町時代後期(戦国時代) 天文9年(1540年)8月の大井川の大洪水で犠牲となった多くの溺死者を供養するため、駿河国志太郡小川(こがわ)村(焼津市小川)の浄土宗 三宝山 正行院 教念寺3世 雲宿(うんしゅく)和尚の
19歳で自害 徳川家康の甥 松平遠江守定吉の霊廟 曹洞宗 日輪山 真如寺 (静岡県掛川市仁藤87)
静岡県掛川市仁藤(にとう)の曹洞宗 日輪山 真如寺(しんにょじ)には、徳川家康(とくがわ いえやす)の甥 松平遠江守定吉(まつだいら とおとうみのかみ さだよし)の霊廟(れいびょう)があります。江戸時代初期の慶長8年11月11日(1603年12月13日)、徳川家康の異父弟である掛川
古墳時代終末期(飛鳥時代) 白鳳2年(651年)に創建 鎌田神明宮 (静岡県磐田市鎌田2262)
静岡県磐田市鎌田(かまだ)の鎌田神明宮(かまだしんめいぐう)は、古墳時代終末期(飛鳥時代)の白鳳2年(651年)に嶋名神社として創建されたと伝えられています。主祭神は、豊穣の神である豊受姫之神(とようけびめのかみ)です。稲穂の神である瓊々杵之尊(ににぎのみこと)、中臣
安土桃山時代創建 県指定天然記念物 樹齢千数百年の大楠 伊勢神明社 (静岡県静岡市駿河区小鹿886)
静岡県静岡市駿河区小鹿(おしか)の伊勢神明社(いせしんめいしゃ)は、安土桃山時代の天正18年(1590年)に朝廷にお願いして、文禄元年(1592年)に神祇官 大中臣(じんぎかん おおなかとみ)の家より神事を賜(たまわ)って創建されました。主祭神は、天照皇大御神(あまてらすすめお
漂着した観音様を祀った 寄木神社 (静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)中新田)
静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)中新田(なかしんでん)の寄木神社(よりきじんじゃ)は、中新田・大野・同笠(どうり)村の氏神(うじかみ)として信仰されてきました。神社の名前となっている「寄木」は、海の彼方に存在すると考えられていた常世(とこよ、天国・浄土)から、霊木が
戦国時代 六角行高(高頼)の宣奉により誉田別尊を勧請 大井神社 (静岡県榛原郡吉田町神戸3693-1)
静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の大井神社(おおいじんじゃ)は、創立時期は不明ですが初倉之庄青柳中原の氏神として、祭神 罔象女命(みずはのめのみこと)を祀ったのがはじまりです。室町時代(戦国時代)の文明7年(1475年)2月、社家白髭家の祖先である近江国(滋賀県)領主 六
江戸時代 市指定文化財 木喰仏2体 曹洞宗 宝珠山 十輪寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)三輪925)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)三輪(みわ)の曹洞宗 宝珠山 十輪寺(じゅうりんじ)は、創建時期は不詳ですが安土桃山時代・江戸時代初期の慶長年間(1596~1615年)までは挌の低い平僧地と呼ばれる小寺でした。江戸時代前期の寛永元年(1624年)、嘯山虎公(しょうざん ここ
奈良時代に行基が開山 臨済宗向嶽寺派 雲梯山 瑞應寺 (静岡県静岡市駿河区小坂1076)
静岡県静岡市駿河区小坂(おさか)の臨済宗向嶽寺派 雲梯山 瑞應寺(うんていさん ずいおうじ)は、奈良時代の天平2年(730年)に聖武天皇(しょうむてんのう)の命により、行基(ぎょうき)が雲梯山 金龍寺を開山したのが始まりとされています。後に瑞應寺(瑞応寺)として再興され、
平安時代末期の武将 安達盛長ゆかりの聖観世音菩薩 駿河三十三観音霊場 第9番札所 曹洞宗 普門山 観音寺 (静岡県藤枝市下当間1099)
静岡県藤枝市下当間(しもどうま)の曹洞宗 普門山 観音寺(ふもんざん かんのんじ)は、安土桃山時代の文禄2年5月17日(1593年6月16日)に開創。「当間(とうま)の観音様」と呼ばれる本尊は、平安時代末期の武将 安達盛長(あだち もりなが)ゆかりの聖観世音菩薩(しょうかんぜおん
銀閣寺を模した国指定名勝史跡の庭園 吐月峰 柴屋寺(とげっぽう さいおくじ) (静岡県静岡市駿河区丸子3316)
静岡県静岡市駿河区丸子(まりこ)の臨済宗妙心寺派 天柱山 柴屋寺(てんちゅうざん さいおくじ)は、雅号(がごう)と合わせた吐月峰 柴屋寺(とげっぽう さいおくじ)として知られています。室町時代の永正元年(1504年)、守護大名の駿河今川氏6代目当主 今川義忠(いまがわ よし
飛鳥時代 大化2年(646年)創建 境内にあった8本のクス 加茂神社 (静岡県焼津市八楠360)
静岡県焼津市八楠(やぐす)の加茂神社(八楠加茂神社)は、飛鳥時代(古墳時代終末期)の大化2年(646年)2月に山城国上賀茂神社(京都市)より、祭神 賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)を勧請し創建。『総国風土記』に「箭葛柳田神社所祭雙栗神也」とあり、『駿河国諸郡神階帳
徳川家康が鷹狩りで訪れ囲碁をした寺院 曹洞宗 宝樹山 盤脚院 (静岡県藤枝市西方16)
静岡県藤枝市西方(にしがた)の曹洞宗 宝樹山 盤脚院(ほうじゅさん ばんきゃくいん)は、室町時代(戦国時代前期)の文明17年(1485年)には曹洞宗寺院として存在していました。古くは、真言宗あるいは臨済宗の寺院だったとも言われています。江戸時代初期、曹洞宗 長松山 恵雲院
戦国時代に創建 初代瀬名氏 今川陸奥守一秀の菩提寺 曹洞宗 清涼山 光鏡院 (静岡県静岡市葵区瀬名1-38-36)
静岡県静岡市葵区瀬名(せな)の曹洞宗 清涼山 光鏡院(こうきょういん)は、室町時代後期(戦国時代)の長享2年(1488年)に恵雲によって開かれました。開基は初代瀬名氏 今川陸奥守一秀(いまがわ むつのかみ かずひで)で、境内に供養塔が建てられています。曹洞宗 清涼山 光鏡
国指定重要無形民俗文化財 山名神社天王祭舞楽が有名 山名神社(飯田の祇園さま) (静岡県周智郡森町飯田太田2590)
静岡県周智郡森町飯田(しゅうちぐん もりまち いいだ)の山名神社(やまなじんじゃ)は、飛鳥時代の慶雲3年(706年)に創建されたと伝えられています。近世には飯田牛頭天王社(いいだごずてんのうしゃ)と称し、徳川家より社領21石を賜(たまわ)りました。主祭神は、京都の祇園社(
奈良時代の養老元年(717年) 遠江国片岡庄に鎮座 神明宮 (静岡県榛原郡吉田町片岡2529)
静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の神明宮(しんめいぐう)は、創立時期は不明ですが奈良時代の養老元年(717年)には遠江国片岡庄に鎮座していました。平安時代の延長5年(927年)に全国の神社一覧をまとめた『延喜式神名帳』(えんぎしきじんみょうちょう)で、片岡神社とあるの
修験道の開祖 役行者がまつられた穴地蔵 曹洞宗 瑠璃山 光泰寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)内谷424)
静岡県藤枝市(旧志太郡岡部町)内谷(うつたに)の曹洞宗 瑠璃山 光泰寺(るりさん こうたいじ)は、安土桃山時代の文禄年間(1592~1596年)に圓州舜光(えんしゅうしゅんこう)大和尚が開山しました。本尊は地蔵菩薩(じぞうぼさつ)で、旧本尊は弘法大師(こうぼうだいし)作と伝え
戦国時代に創建 武田家家臣が祖先を奉斎 七社神社 (静岡県焼津市大村3-7-1)
静岡県焼津市大村(旧地名 焼津市大村新田)の七社神社(しちしゃじんじゃ)は、室町時代後期(戦国時代)の享禄元年(1528年)8月に創建されました。永禄11年(1568年)12月、甲斐国(山梨県)の戦国大名 武田信玄が駿河国(静岡県中部)侵攻を開始。瀬戸川下流右岸のこの地に入植した7
江戸時代 切妻茅葺屋根の市指定文化財 山門 曹洞宗 福田山 永豊寺 (静岡県焼津市西小川3-6-5)
静岡県焼津市西小川(にしこがわ)の曹洞宗 福田山 永豊寺(ふくでんざん えいほうじ)は、室町時代前期の明徳5年(1394年)以前に天台宗の寺院として創建。室町時代後期(戦国時代)の天文年間(1532~1555年)頃は、臨済宗妙心寺派 大龍山 臨済寺(静岡市葵区大岩町)の末寺でした
松島の歩き観音 遠江三十三観音霊場巡り 第25番札所 曹洞宗 松島山 岩松寺 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)菊川1447)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)菊川(きくがわ)の曹洞宗 松島山 岩松寺は、遠江三十三観音霊場巡り 第25番札所です。境内には、「松島の歩き観音」が祀られています。曹洞宗 松島山 岩松寺
江戸時代のトイレ 市指定文化財 東司(とうす) 曹洞宗 履宮山 雲谷寺(うんこくじ) (静岡県袋井市大谷1050)
静岡県袋井市大谷(おおや)の曹洞宗 履宮山 雲谷寺(うんこくじ)には、江戸時代の寛政8年(1796年)に建てられた市指定文化財 東司(とうす)があります。東司とは、禅宗寺院のトイレの事です。寄棟茅葺(よせむねかやぶき)の古建築で、間口3.62m、奥行4.53mの規模。曹洞宗 履宮山
町指定文化財「林泉寺の十王像」を安置する十王堂 臨済宗妙心寺派 清涼山 林泉寺 (静岡県榛原郡吉田町片岡山の根2599)
静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の臨済宗妙心寺派 清涼山 林泉寺(りんせんじ)は、南北朝時代の正平2年(1347年)8月に臨済宗 吉祥山 能満寺(吉田町片岡)2世 松厳禅師大和尚が臨川寺として開創。大井川の洪水で流失したため、現在地に移転し林泉寺と改められました。本尊は
例大祭の大名行列 奴道中「道中奴」 吉永八幡宮 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門836)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門(りえもん)の吉永八幡宮(よしながはちまんぐう)は、平安時代初期の大同元年(806年)に大石六郎五郎なる者が創建したと、江戸時代中期の宝永年間(1704~1711年)の文献に記されています。祭神は、武運・農耕守護・疫病除けの神である誉
伝説の七つの塚は古墳?支配者 久努国造を祀る 七ツ森神社 (静岡県袋井市国本2586)
静岡県袋井市国本(くにもと)の七ツ森神社(ななつもりじんじゃ)は、旧東海道(静岡県道253号 掛川袋井線)沿いに鎮座しています。神社の祭神は、飛鳥時代(古墳時代終末期)の大化元年(645年)から翌年にかけて行われた「大化の改新」(たいかのかいしん)以前に、朝廷から任命され
江戸時代 宝永4年頃に創建 武田翁頌徳碑 愛宕神社 (静岡県榛原郡吉田町片岡字上川原1993)
静岡県榛原郡吉田町片岡(はいばらぐん よしだちょう かたおか)の愛宕神社(あたごじんじゃ)は、江戸時代中期の宝永4年(1707年)頃に江戸芝 愛宕神社より勧請。祭神は、国生みの神の伊弉冊命(いざなみのみこと)です。祭日は10月24日(変更・中止になる場合あり)。愛宕神社
戦国時代 武田信玄の花沢城攻略戦で焼失 天台宗 高草山 法華寺 (静岡県焼津市花沢3)
静岡県焼津市花沢(はなざわ)の天台宗 高草山 法華寺(こうそうざん ほっけじ)は、奈良時代に行基(ぎょうき)が駿河国国分尼寺(するがのくに こくぶんにじ、天平13年(741年)の聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願(ちょくがん)で諸国に創建された尼寺(あまでら))として創建したと
毎月26日が縁日の日限地蔵尊 臨済宗妙心寺派 月江山 大圓寺(大円寺) (静岡県榛原郡吉田町住吉511)
静岡県榛原郡吉田町住吉(すみよし)の臨済宗妙心寺派 月江山 大圓寺(大円寺)は、南北朝時代(室町時代前期)の永和2年5月10日(1376年5月28日)に天徳和尚が能満寺(吉田町片岡)の末寺として開創しました。江戸時代初期の慶長9年(1604年)、徳川家康が寺領高3石を寄進。本尊は薬師
飛行機遊具のある砂場 上小杉児童公園 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)上小杉111-4 航空自衛隊 静浜基地の西)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)上小杉(かみこすぎ)の上小杉児童公園(かみこすぎじどうこうえん)は、航空自衛隊 静浜(しずはま)基地の西側に所在。遊具・砂場・グラウンドゴルフ場・ベンチ・東屋・水飲み場・トイレ・駐車場が整備されています。上小杉児童公園
日本武尊が東征の戦勝祈願をした伝説の地 軍神社 (静岡県静岡市駿河区曲金2-7-15)
静岡県静岡市駿河区曲金(まがりかね)の軍神社(ぐんじんじゃ)は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際、この地で戦勝祈願した伝説があります。祭神は武甕槌命(たけみかずちのみこと)と経津主命(ふつぬしのみこと)で、どちらも軍神であることから軍神社と呼ばれるよう
鎌倉時代の弘安3年(1280年)に勧請 安産祈願 八坂神社 (静岡県焼津市大覚寺1-9-1)
静岡県焼津市大覚寺(だいかくじ)1丁目の八坂神社(やさかじんじゃ)は、鎌倉時代の弘安3年(1280年)に祇園信仰神社の総本社 八坂神社(京都府東山区祇園町)より勧請。祭神は、海原の神・豊穣の神・厄払いの神である須佐之男命(すさのおのみこと)です。境内社の山王神社は、安産
樹齢約900年 クスノキの巨木 山の神である大山咋神を祀る 日枝神社 (静岡県静岡市駿河区小坂1433-2)
静岡県静岡市駿河区小坂(おさか)の日枝神社(ひえじんじゃ)は、 明治5年(1872年)に山王社から改められました。祭神は、山の神である大山咋神(おおやまくいのかみ)です。境内には樹齢約900年ともいわれる大楠があり、周辺にはタヌキなどの野生動物が生息。日枝神社
カンガルー形複合遊具,タコ形滑り台 清水月見公園 (静岡県静岡市清水区(旧清水市)月見町155)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)月見町(つきみちょう)の清水月見公園(しみずつきみこうえん)は、コンクリート製のタコ形滑り台(タコの山遊具)があり、タコ公園とも呼ばれている昭和レトロな近隣公園です。昭和45年(1970年)1月、静岡県が新都市計画法にもとづいた清水市の「市
複合遊具,スプリング遊具,砂場 田沼南公園 (静岡県藤枝市田沼4丁目)
静岡県藤枝市田沼(たぬま)4丁目の田沼南公園(たぬまみなみこうえん)は、藤枝駅南地区にある公園です。遊具・砂場・グラウンド(広場)・ベンチ・水飲み場・トイレが整備されています。田沼南公園
らせん式滑り台,ブランコ,可動遊具 松葉町公園 (静岡県島田市松葉町9724-1)
静岡県島田市松葉町(まつばちょう)の松葉町公園(まつばちょうこうえん)は、らせん式滑り台(スパイラルスライダー)がある公園です。遊具・砂場・トイレが整備されています。松葉町公園
戦国時代末期に開創 海から引き上げられた魚藍観音 浄土宗 光明山 常照寺 (静岡県焼津市城之腰138)
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の浄土宗 光明山 常照寺(こうみょうざん じょうしょうじ)は、戦国時代末期(安土桃山時代)の天正10年(1582年)に大蓮社照誉上人常元和尚(だいれんしゃしょうよしょうにんじょうげんかしょう)が開創。本尊は、一光九品阿弥陀如来(いっこうく
スイング遊具,滑り台,ブランコ,鉄棒 青木北公園 (静岡県藤枝市青木2丁目21)
静岡県藤枝市青木(あおき)の青木北公園(あおききたこうえん)は、国土交通省のまちづくり交付金で整備されました。「わんぱく広場」の遊具、「くつろぎ広場」の藤棚やベンチ、「多目的広場」、水のみ場、トイレなどがあります。青木北公園
遠州七福神 弁財尊天霊場 曹洞宗 龍冨山 松秀寺 (静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)富里453)
静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)富里(とみさと)の曹洞宗 龍冨山 松秀寺(しょうしゅうじ)は、室町時代の文亀元年(1501年)に「大きな松が生えている南西の場所に寺を開くと良い」という占いによって、大易正甫(たいえきしょうほ)がこの地に創建しました。遠州七福神 弁財尊天
田沼街道起点に鎮座 大己貴命を祀る 大和神社 (静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良)
静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良(さがら)の大和神社(おおわじんじゃ)は、萩間川(はぎまがわ)下流に架かる湊橋の袂(たもと)の田沼街道(たぬまかいどう)起点付近に鎮座。創建時期は不詳ですが、主祭神(しゅさいじん)は大国主命(おおくにぬしのみこと)とも呼ばれる大己貴
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)下小杉(しもこすぎ)の津島神社(つしまじんじゃ)は、江戸時代の天明元年(1781年)に下小杉村字中川田で創建。明治8年(1875年)、現在地へ遷座しました。祭神は、農業の神・疫病祓いの神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)。明治20年(1887年)3月、越
静岡県静岡市葵区音羽町(おとわちょう)の真言宗 音羽山 清水寺(おとわさん きよみずでら)は、室町時代後期(戦国時代)の永禄2年(1559年)に8代目駿河今川氏の今川氏輝(いまがわ うじてる)の遺命で、家臣の朝比奈丹波守元長(あさひな たんばのかみ もとなが)が谷津山(やつやま
静岡県榛原郡吉田町川尻(はいばらぐん よしだちょう かわしり)の八幡津島神社(はちまんつしまじんじゃ)は、約800年前に川尻村の土郷 万年氏が京都・岩清水八幡宮より祭神 誉田別尊(ほんだわけのみこと)の分霊を勧請(かんじょう)して八幡神社を創建したのがはじまりです。江
静岡県掛川市上西郷(かみさいごう)の五社神社(ごしゃじんじゃ)は、江戸幕府第2代将軍 徳川秀忠(とくがわ ひでただ)の生母 西郷局(さいごうのつぼね)の産土神(うぶすながみ)です。産土神とは、生まれた土地あるいは先祖発祥の地に祀られている守護神のこと。この五社神社か
静岡県藤枝市瀬戸新屋(せとあらや)の六地蔵堂(ろくじぞうどう)は、旧東海道(江戸時代の東海道)沿いに建てられています。西側の水神社近くに鏡ヶ池と呼ばれる丸い池があった(埋め立てられて消滅)ので、別名は鏡池堂(きょうちどう)です。鏡ヶ池に住む悪竜が人々を苦しめたた
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の浪除八雲地蔵尊(なみよけやくもじぞうそん)は、明治時代の小説家・随筆家 小泉八雲(こいずみ やくも)ゆかりの地蔵です。元は六地蔵として建立されたものだったと考えられています。八雲が焼津を訪れた明治30年代には、首や手の欠けた地
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)内谷(うつたに)の日蓮宗 見珠山 正應院(けんじゅさん しょうおういん)には、東海道唯一の見事な多宝塔(たほうとう)があります。正應院は、5ヵ所の神社・寺のスタンプ集める人気の巡礼&ウォーキングコース「山辺の道」(やまのべのみち)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)大代(おおじろ)には、12月上旬頃から翌年2月末頃にかけて藁(ワラ)製のジャンボ干支(えと)が出現します。年賀状に使うため、記念写真を撮る人が多い人気撮影ポイントです。年末年始・正月休みに、家族でお出かけしてみませんか?ジャンボ干支 2
静岡県磐田市二之宮(にのみや)の臨済宗妙心寺派 龍池山 連福寺(れんぷくじ)は、平安時代末期に平清盛(たいら の きよもり)の息子で遠江国守の平重盛(たいら の しげもり)が創建したと伝えられています。連城寺(磐田市新貝)、蓮覚寺(磐田市(旧磐田郡竜洋町)掛塚)とともに、
静岡県焼津市関方(せきがた)の曹洞宗 神龍山 長福寺(しんりゅうざん ちょうふくじ)は、江戸時代前期の慶安年間(1648~1652年)に駿河国益津郡関方村の氏神 関野明神の台所で見つかった大日如来(だいにちにょらい)を祀るため建立した小堂が始まりです。寛文12年(1672年)、林
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)竹下(たけした)の曹洞宗 竹下山 常安寺(ちっかざん じょうあんじ)は、江戸時代前期の慶安3年(1650年)に全鈯(ぜんとつ)が曹洞宗 飯盛山 観勝寺(島田市(旧榛原郡金谷町)横岡)の末寺として開創しました。常安寺墓地の西側には、江戸時代後期の
静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の小藤路公園(ことうじこうえん)は、アスレチック遊具が人気です。遊具、水場、盛土、グラウンド、グラウンドゴルフ場、トイレ、無料駐車場が整備されています。小藤路公園 アスレチック遊具(ネット遊具と複合
静岡県袋井市春岡(はるおか)の真言宗智山派 安養山 西楽寺(あんようざん さいらくじ)は、奈良時代の神亀元年(724年)に聖武天皇の命により行基(ぎょうき)が開いたとされています。平安時代の寛治年間(1087~1093年)、六条右大臣 源顕房(みなもと の あきふさ)と掘河天皇(ほ
静岡県島田市金谷富士見町(旧榛原郡金谷町富士見町)の牧之原公園(まきのはらこうえん)は、「ふじのくに茶の都ミュージアム」の近くに所在。牧之原台地の一番高い場所にあるので、快晴の日には島田市内・南アルプス・富士山を一望できます。夜景、初日の出スポットとしても
静岡県掛川市淡陽(たんよう)の安養寺運動公園には、江戸時代の雨乞い伝説にちなんだ「かみなりさまのおへそ」(御影石のモニュメント)があります。<おへそ山の伝説>江戸時代(約300年前)、遠江国佐野郡薗ヶ谷村(とおとうみのくに さやぐん そのがやむら)にあった印徳寺(安
静岡県焼津市八楠(やぐす)の加茂公園(かもこうえん)は、加茂神社のとなりにある街区公園です。遊具・砂場・ベンチ・水飲み場・トイレが整備されています。加茂公園
静岡県磐田市二之宮東(にのみやひがし)の北川瀬公園は、今之浦川(いまのうらがわ)沿いに整備されています。遊具、トイレ、公園東側の今之浦川沿いに無料駐車場あり。北川瀬公園
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方(にしかた)の曹洞宗 拈華山 正法寺(ねんげざん しょうぼうじ)は、遠江三十三観音霊場 第28番札所です。安土桃山時代(戦国時代)の天正2年(1574年)、掘田城城主 堀田正法が龍雲院三世 実伝宗貞和尚を招いて開かれました。正法寺の裏山は、曲
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)利右衛門(りえもん)の市指定史跡 円永坊跡(えんえいぼうあと)は、古義真言宗 高野山 普門院末寺の吉永八幡宮別当寺院(べっとうじいん、神社を管理するため置かれた寺)の醫王山(医王山) 円永坊 真福寺跡(いおうざん えんえいぼう しんぷくじ
静岡県藤枝市本町(ほんまち)の真言宗智山派 成田山 新護寺(なりたさん しんごじ)は、静岡県内唯一の成田山です。大本山成田山新勝寺(千葉県成田市)の直末寺院で、交通安全・家内安全・商売繁盛・安産祈願・開運厄除・学業成就・合格祈願・ボケ除け(防止)など、さまざまな御
静岡県掛川市下西郷(しもさいごう)の龍尾神社(たつおじんじゃ)は、掛川城北東の鬼門にあたる龍尾山に鎮座。創立時期は不詳ですが、平安時代の延長5年(927年)に編纂された格式「延喜式」(全国の神社一覧がまとめられた巻九・十は、「延喜式神名帳」(えんぎしきじんみょうち
静岡県藤枝市前島(まえじま)1丁目の前島神社(まえじまじんじゃ)は、戦国・安土桃山時代の天正年間(1573~1592年)に浅間神社として創建。明治11年(1878年)2月、横内大井神社(よこうちおおいじんじゃ)・芝田稲荷神社(しばたいなりじんじゃ)を合祀(ごうし)して、前島神社に改
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)道場(どうじょう)の時宗遊行派 雲海山 清浄寺(しょうじょうじ)には、市指定史跡 勝間田(かつまた)氏の墓があります。勝間田氏は、南北朝期の応永年間(1394~1427年)に勝間田城(牧之原市(旧榛原郡榛原町)勝田)を築いた勝間田定長の一族だと伝
静岡県藤枝市若王子(にゃくおうじ)の藤枝市郷土博物館・文学館で、特別展『戦国武将・岡部氏と朝比奈氏』を開催。藤枝・岡部を発祥の地とする岡部氏と朝比奈氏は、室町時代に駿河(静岡県中部)守護 今川氏に仕えた中世豪族(武士団)です。岡部正綱(おかべ まさつな)は、戦国
静岡県磐田市中泉(なかいずみ)の御殿遺跡公園(ごてんいせきこうえん)周辺は、安土桃山時代の天正18年(1590年)に遠江国(とおとうみのくに、静岡県西部)の徳川家康(とくがわ いえやす)の領地を支配する中泉代官(なかいずみだいかん)の代官所として建設された中泉陣屋跡(なか
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)大代(おおじろ)には、12月上旬頃から翌年2月末頃にかけて藁(ワラ)製のジャンボ干支(えと)が出現します。年賀状に使うため、記念写真を撮る人が多い人気撮影ポイントです。年末年始・正月休みに、家族でお出かけしてみませんか?ジャンボ干支 2
静岡県焼津市焼津(やいづ)の時宗 高草山 宝池院 普門寺(ふもんじ)は、平安時代の承安4年(1174年)頃に天台宗の寺院として創建。鎌倉時代の弘安6年(1283年)、時宗の真教上人が焼津近辺を訪れて時宗に改宗しました。境内には、源義経(みなもと の よしつね)ゆかりの庭園があり
静岡県藤枝市青葉町(あおばちょう)の岩城山緑地(いわきやまりょくち)には、北東の斜面から麓にかけて木製アスレチック遊具・ブランコ・スプリング遊具・砂場などが整備された公園があります。岩城山に鎮座する岩城神社(いわきじんじゃ)は、奈良時代の和銅4年(711年)に創建
静岡県磐田市中泉(なかいずみ)の中泉御殿(なかいずみごてん)は、安土桃山時代の天正14年(1586年)に造営を開始・翌年完成した、徳川家康(とくがわ いえやす)の宿泊休憩(きゅうけい)施設・別荘です。徳川家康は、鷹狩り(たかがり)や「関ヶ原の戦い」「大坂の陣」の作戦会議な
静岡県磐田市御殿(ごてん)・二之宮(にのみや)の御殿・二之宮遺跡(ごてん・にのみやいせき)は、磐田駅南側の南北約500m、東西約1100mの範囲の平野部(標高約2m)に広がる市内最大規模の遺跡です。北側は磐田原台地(いわたはらだいち)の南端で平坦面を形成する市街地化が進んだ
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部(おかべ)の五知如来(ごちにょらい)公園には、市指定文化財 五知如来像があります。もともとは、誓願寺(せいがんじ)の境内に安置されていた石仏ですが、寺が移転したため現在地に移されました。2組の五知如来像のうち、手前の大きい
静岡県静岡市葵区沓谷(くつのや)の日蓮宗 貞松山 蓮永寺(みまつさん れんえいじ)には、市指定文化財 お万の方供養塔があります。お万の方は徳川家康の側室で、水戸黄門(水戸光圀)の祖母です。市指定文化財 お万の方供養塔
静岡県藤枝市原(はら)の真言宗 音羽山 清水寺(おとわさん きよみずでら)は、奈良時代の神亀3年(726年)に行基(ぎょうき)が千手千眼観音菩薩(せんじゅせんげんかんのんぼさつ)を彫って、本尊として祀ったのがはじまりと伝えられています。平安時代の弘仁8年(817年)、弘法大師
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)細江(ほそえ)の牧之原市立細江小学校は、「浪花節だよ人生は」「麦と兵隊」「岸壁の母」などのヒット曲を手掛けた作詞家 藤田まさと(本名 藤田正人)の母校です。正門付近には、藤田まさとの銅像(高さ約2.8m)と、彼が作詞した校歌の歌碑があ
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の「北の御旅所」(きたのおたびしょ)は、平成12年(2000年)に明治時代の石造り防潮堤(ぼうちょうてい)を撤去して建設された臨港道路(オーシャンロード)沿いに所在。「北のオヤスミサン」とも呼ばれています。第12代 景行天皇(けいこうてん
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷新町(かなやしんまち)の巌室神社(いわむろじんじゃ)は、東海道金谷宿の氏神(うじかみ)です。鎌倉時代前期の正治元年(1199年)には、金山彦命(かなやまひこのみこと)・瓊々杵尊(ににぎのみこと)・木花之開耶姫命(このはなのさくやひめのみこ
静岡県磐田市見付(みつけ)の磐田市埋蔵文化財センターで、磐田市岩井(いわい)の甑塚古墳(こしきづかこふん)から出土した「盾持ち人埴輪(たてもちびとはにわ)」を公開。甑塚古墳は、桶ケ谷沼(おけがやぬま)南側の丘陵上に分布する甑塚古墳群の4号墳です。古墳時代後期(6世紀
静岡県周智郡森町飯田(しゅうちぐん もりまち いいだ)には、甘柿の王様と呼ばれる次郎柿(治郎柿)の原木があります。江戸時代後期の弘化年間(1844~1847年)、森町村五軒丁(現在の森町栄町)の松本治郎が太田川で柿の幼木を発見。庭に植えた柿の木が成長して四角い形の甘い柿
静岡県藤枝市北方(きたがた)の天台宗 妙台山 自性院 安楽寺(みょうだいざん じしょういん あんらくじ)は、奈良時代の神亀5年(728年)に行基(ぎょうき)が薬師如来(やくしにょらい)を彫り妙台山 自性院として開創したと伝えられています。平安時代、天台宗総本山 比叡山 延暦
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)切山(きりやま)の亀甲山 最明寺(さいみょうじ)は、鎌倉時代(13世紀中頃)に北条時頼(ほうじょう ときより)が創建したと伝えられています。有力な寺院でしたが、戦国時代に伽藍(がらん)を兵火で焼失しました。最明寺には、3つの市指定文化財(