私が好きになれない言葉、考え方に「元を取る」というものがあります。
それは私も元を取りたいです。
損はしたくありません。
問題なのは、「本当に元を取ったのか」あるいは「本当に元を取れなかったのか」ということです。
ひとつ例を挙げて考えてみましょう。
レストランで食事をしたとき。
元を取る、取った、と言えるのは、料理がおいしかった、くつろいで食事ができた、というような場合でしょう。
せっかくの外食です。
おいしい方がいいに決まっているし、ちょっと冒険してしゃれたメニューを頼み、結果おいしくないのだったら、普段よくいくおなじみの定食屋で定番のメニューを頼んだ方がよかった、そんな気持ちにもなります。
ですが。
それは結果論です。
さらに言えば、今後の選択肢に対する審美眼は向上します。
このくらい考えて、それでもなお対価に釣り合わない、そう思えたときは初めて元が取れなかったと言いたいです。
身もふたもないことを言うようですが、生きていくうえで損をすることは織り込み済みです。おいしくない料理に出会うことも織り込み済みです。
おいしくない料理との出会いは元を取れなかったわけではなく、次に出会うおいしい料理に対する前菜でしかないのです。長期的な視野が必要なのです。
その長期的な視野の欠如は、なんだかあさましく見える、それが私が「元を取る」という言葉が好きになれない理由です。