「辺境」という概念についてGeminiとしばらく対話してみた結果、次のような論が生成された。
序論:システムの自己矛盾と「辺境」の定義
あらゆる社会システム(中央)は、内部の秩序を維持するために、システム外の混沌や脅威(外部環境)と接触し、それに対処するインターフェースを必要とする。本稿では、このインターフェースの役割を担う領域を 「辺境」 と呼ぶ。
ここで用いる「辺境」とは地理的な周縁ではなく、本論に固有の暗喩的用語である。それは、中央の慣習や価値観(共感、議論、非暴力など)が通用しない「外部」の論理に直接晒され、それに対抗するために中央とは異なる、時には中央の倫理と相反する慣習を内面化せざるを得ない機能的領域を指す。システムが健全に存続するためには、この「辺境」が不可欠であるが、同時に辺境の論理が中央を侵食し、システムの根幹を破壊しかねないという本質的な緊張関係を抱えている。
本論I:辺境の理論的構造――複雑性の縮減と潜在的例外
辺境の構造と機能は、以下の三つの理論的視点から整理できる。
第一に、ニクラス・ルーマンの社会システム理論における「複雑性の縮減」である。システムは、外部環境の無限の複雑さをそのまま受け入れることはできない。辺境は、外部の予測不能な事態を、システムが処理可能な形式(厳格なルール、コード、あるいは法的執行力)へと翻訳・縮減するフィルターとして機能する。
第二に、メアリ・ダグラスが提示した「汚穢(場所をわきまえない物質)」の視点である。辺境で実践される慣習(暴力の行使、非人間的な厳格さ)は、中央の純粋な価値観から見れば排除すべき「汚れたもの」として忌避される対象である。しかし、この「汚穢」こそが、中央の「清浄」な秩序を維持するための実力行使を担うという聖性を帯びた矛盾を内包している。
第三に、カール・シュミットが論じた「例外状態」の現代的解釈である。辺境は、法が一時的に停止する緊急事態にのみ立ち現れるのではない。有形力の行使や生命を左右する判断といった、中央の日常主義とは相容れない論理を、平時においても「潜在的かつ継続的」に訓練・維持する点に、辺境の真の機能がある。この「異なる論理の潜在能力」こそが、外部の危機に対する最後の防衛線となる。
本論II:同化の不可能性――中央による価値観強制の帰結
中央はその権力をもって、辺境に対して中央の価値観(寛容、曖昧さ、倫理的純粋性)を強制し、同化を試みることがある。しかし、この同化はシステムにとって致命的な帰結を招く。
辺境の論理が中央に同化され、その特殊な専門性や厳格さが失われたとき、中央は外部の脅威や複雑性に対して無防備な状態で直接晒されることになる。例えば、軍事組織に「暴力の否定」という中央の価値観を完全に強制すれば治安維持能力は崩壊し、ソフトウェア開発から「非情な厳格さ」を排除すれば信頼性は失われる。つまり、中央による辺境の同化は、システムが外部に対抗するための「牙」を自ら抜く行為であり、短期的には倫理的な充足をもたらしたとしても、長期的にはシステムの自死を意味する。中央は辺境を支配下に置くことはできても、その論理を中央の価値観で塗りつぶすことは、システムの存続という目的からして許容されない。
本論III:具体例に見る辺境の慣習と摩擦
辺境の論理が中央の価値観と生み出す摩擦は、実社会の多岐にわたる。
軍事・警察という暴力装置は、その典型である。これらは「非暴力を維持するための暴力」という二律背反を抱え、端的な指示や絶対的な服従といった、中央の「対等な対話」とは相容れない非日常的な慣習を平時から維持する。
看護や医療の現場における「確認の論理」もまた、鮮明な辺境の事例である(参考事例:https://togetter.com/li/1664897 )。人体に致命的な影響を及ぼしうる処置を行う看護師の世界では、ミスを徹底的に排除するための厳格な確認作業が絶対視される。中央の論理では「相手を信じる」「立場を尊重する」ことが徳とされるが、医療という辺境では「人は間違える」という前提に立ち、相手の作業を執拗に再確認する。この慣習は中央の価値観からは「相手を疑う不作法」や「自尊心の侵害」と映り、強い摩擦を生む。しかし、この辺境の論理を中央の「思いやり」で同化し、確認の手を緩めることは、医療事故という最悪の形での外部の流入を招くことになる。
ソフトウェア開発における「厳格さ」も同様である。コンピューターという曖昧さを許さない外部の論理に即して構築されるコードや、エラーに対する端的な指摘は、情報処理の信頼性と検証可能性を支える。しかし、この厳密さが中央の人間的な配慮や共感という価値観を一方的に排斥し自己目的化するならば、そのソフトウェアは良質なユーザー体験を損なうのみならず、今日の社会におけるソフトウェア企業の影響力を通じて社会そのものを揺らがせるだろう。
結論:動的均衡とシステム存続の条件
社会システムが外部の脅威に対処しつつ、その倫理的アイデンティティを保ちながら進化を遂げるためには、中央と辺境の「継続的な摩擦」を維持し続ける動的均衡が必要である。辺境を一掃すればシステムは外圧に屈し、辺境が中央を呑み込めばシステムは本質を失う。
この均衡を維持するための条件は、以下の二点に集約される。
中央による継続的な包摂:中央は、辺境の専門性を認め、同化や排除をせず、その特殊な慣習を機能的な必要性に基づいて許容し続けなければならない。中央は自らの価値観を強制することの危険性を認識し、あえて「異なる論理」を内包し続ける度量が求められる。
辺境のメタレベル内省:辺境の構成員は、自らの方法論(暴力や厳格さ)を自己目的化せず、それが奉仕すべき究極的な目的(生命の保護、普遍的な権利、公共の福祉)を常に参照し、自らの行動を客観的に検証するメタレベルの視座を持たねばならない。
システムはこの摩擦と内省のプロセスを通じて、崩壊のリスクを抱えながらも、より強固な、あるいはより柔軟な構造へと更新され続けるのである。

