THE RUNNING 走ること 経営すること

Running is the activity of moving and managing.

今年の書初めは「日々是創造」

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今朝はレースペースで10kを走ってきた。

仕事始め前なので、レース前の調整と同じように疲労を残さない程度の刺激にした。大人になったものだ。笑

もう一つ、年始ならではの準備がある。書初めだ。二日の事始めで書いておいたが、どうも出来が気に入らない。もう数枚書いてみた。ん~、なにか自意識が出ている。格好良く書きたいという気持ちが字に表れ始めている。作品としては面白くなっているのだが、今年の初心を残すという意味では、すでに違うものになっているようにみえた。

お題は「日々是創造」である。

さあ、今日は明日のために何をしよう。そんな毎日を過ごしていこう、というものだ。良質な行動への集中力スイッチを押す言葉である。

それだけに、すでに二日よりも進化(進歩ではない)してしまった書では弱くなる。出来が不満であろうが、初心をそのまま写したものこそ、この言葉にあっている。そんなところである。

と、ひとり納得して、落款を押した。

雅号は「青臭」、どこまでも、青臭く生きよう。

MAKE TOMORROW!

年の瀬にあたり2025

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今年のラスト・ラン、17k×2本、34kを走ってきた。先週の32k走でハンガーノックを起こしたので、走りたい距離を二分割にして、しっかりと栄養補給して走ってみた。

17kを終えて、コンビニのイートインで小休止。ほかほかのアンマンと温かい飲み物でしっぽりとエネルギー補給したことで、後半も崩れることなく余裕をもって走れた。先週の問題解決はシンプルだった。まだまだ身体の使い方がわかっていない。

そんなわけで、これまでは無理しても走り切ることを優先していたが、無理なく距離を踏む方法を試すことにした。果たしてどのような結果になるのか、本番が楽しみである。

 

さて、なんだかんだと今年も暮れようとしている。今年はどんな心境の変化があったかと、このブログをざっくり見返してみると「MAKE TOMORROW」の一言に尽きていた。

大事小事にかかわらず、自分が設定した目標のプレッシャーに押しつぶされそうになることは少なくない。これは一種の自傷行為なんじゃないかと、目標というもののとらえ方を変えてみた。ゴールとしての目標ではなく、その先にある「なにか」への道しるべとしてである。道しるべとはマラソンで言えば、各所にある距離を示すような表示である。

道しるべであれば押しつぶされることはない。もっと先まで続く旅路で、遭難を防ぐありがたいガイドである。そして、それぞれの道しるべまでの道程にある一歩一歩が輝きを増す。実際に、今日を明日のための一日であると意識するだけで、無駄な思考のループを減らし、行動の質を高められるようになった。そう感じている。

人間にとってのゴールとは人生の終わりである。よって、その過程にある目標はすべて、単なる道しるべに過ぎない。そんな捉え方だ。人生の終わりを、リアリティをもって意識できる年齢になったからこそ、しっくりくるようになったのかもしれない。

大事は毎日の小事宿る。そんなところだろう。来年もそんな一日を積み重ねていきたい。

MAKE TOMORROW!

 

走ったら、休む

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皇居周回をメインに32kを走ってきた。先週の練習ハーフマラソンを経て、今回は距離を伸ばして姿勢維持のチェックである。

思いのほかきつかった。先週とは打って変わって、姿勢維持だけではなくペースも不安定。ペーサーやランナー集団、水分補給基地の存在は想像以上に助けになる。

とりあえず距離は踏んだのだが、練習を終え一休みしたあとのなんとも言えぬ「だるさ」に、ん?なにかに似てるな、と思い出したのが、ワクチン接種後の副反応だ。

私は、コロナであろうが、帯状疱疹であろうが、必ずワクチンの副反応を発症する。体質なのか体力なのか、いずれにしても弱い。健康にもかかわらず、わざわざ病気になるためのワクチン接種はできることなら遠慮したい。その副反応と似ている。

元気にもかかわらず、こんなだるい思いをするために、長い時間を走る。なぜか、それはワクチン同様、目的とするなにかに対応できる心身を維持するためである。であれば、その状態を得るまでは回復に専念することが一番だ。

ゆえに、ワクチンの副反応が出たときには、病気同様素直に休む。しかし、ランニングの練習は、走って治すと言って無理することも少なくない。せっかくのトレーニング効果を台無しにする。走ったら休む。これがなかなか難しい。

さて、今回の状況を踏まえ、次回は単に距離を延ばすのではなく、15km × 2の分割ランをやってみよう。いったんしっかり休憩と補給を入れ、前半・後半ともに崩れなく走れるようにしてみたい。

MAKE TOMORROW!

還暦ランに向けて豊洲で試験ラン

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昨日、豊洲ぐるり公園マラソンのハーフ(21km)を走ってきた。お目当てはレースペースごとに走ってくれるペースメーカーだ。(写真は会場の豊洲ぐるり公園から見た、東京のご神体?)

還暦ランとなる来年の東京マラソンまで80日を切っているが、月間走行距離をだいぶ減らしている上に、半年ほどロードレースに出ていなかったので現在の走力が皆目見当つかない。とりあえず、今後の練習を組み立てるために参考となるデータが欲しかった。

調子がよいとついついペースを上げて追い込んでしまい、自己満足だけで、今後の練習計画のためのデータとしては意味をなさなくなる。今回はペースメーカーのおかげで、意味あるデータを取ることができた。

メインのデータはピッチ数と歩幅、心拍数である。もはや、年齢的に心肺機能の強化は難しい。よって、できるだけ心肺機能に負担をかけない効率的な走り方を探っている。同じスピードを出すにも、ピッチ数と歩幅と心拍数の最適な組み合わせは人によってそれぞれだろう。

自分が今回取り組んでいるのは、ピッチ数を減らして、歩幅を伸ばすものだ。というのも、東京マラソンの36キロ地点、御成門あたりになりきつくなってくると、歩幅を広げてピッチを下げる走りと通常の走りを交互に入れて対応している記憶があるからだ。

そもそも、ピッチを下げたほうが楽なのであれば、初めからそれで走れないものだろうか。というわけだ。もちろん、そのためには相応の筋力や身体の使い方も変えなければならないので簡単ではないが、ひと月程そんな走りを練習したので、試験運転だ。

概ね、試験運転は成功だった。さすがに、フルマラソンを最後まで走り切れるイメージはつかなかったが、35キロまではなんとかなる。そんな心象である。足底のモートン病やら靭帯のゆるみなど、対処すべき課題もままあるが、大きな方向感は確認できたというところだ。

一般論からはNGの対策らしいが、いつもと同じ走法もつまらない。さて、ここからは4時間近く同じ姿勢を維持できるようにするための、最低限の練習プランをこなすだけ。そんな工夫というか、一種研究開発のような工程もマラソンの楽しみ方の一つである。

MAKE TOMORROW!

絵の中と外を見る

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久しぶりにトウキンビ(東京国立近代美術館)に行ってきた。メインは小松館長とのランチだったが、その後、学芸員の方に絵の見方を教えていただきながら数点を楽しんだ。

今回のテーマは、「絵の中と外」。絵の中から見る側に訴えかけている意味を感じるという見方と、絵の外側にある景色を想像するという見方である。

普段は、展示されている絵をそのまま”カワイイ”、とか”ウツクシイ”とか、そんな見方をしている。しかし、言われてみれば、描かれている人物の視線の先に何があるのか、そんなことを想像したことはなかった。

例えば、現在展示されている「星をみる女性」。望遠鏡の接眼鏡に眼を落す女性が観ているだろう天体のイメージが脳裏に勝手に湧いてきた。もしやと思って、人物の眼をじっくり見たが、さすがに瞳には宇宙が描かれてはいなかった。笑。最近のアニメや映画の見過ぎだ。

 

commons.wikimedia.org

 

創造物には、作者の意図が込められている。その意図をどのように表現するか、それが創作者にとっての楽しさであり、苦しさでもあろう。

先ほどのアニメの見過ぎ話ではないが、昨今の創作物はわかりやすいものが多い。本にしても、要約を読んでわかった気になっていることが増えた。その分、製作者の心を想像することは大いに減っている。その結果、作る側も、見る側も、本当の想像・創造力を失ってはいないだろうか。

健康のためにスポーツクラブに通うように、創造力を磨くために、面倒な本を読み、難解な映画を見、様々な作品に触れる美術館を訪れる。わかりやすいアウトプットが大量生成されるAI時代こそ、意識して取り組むとよいかもしれない。ただし、身体のトレーニング同様、優れたトレーナーがその効果を何倍にもすることを知っておいて損はない。

 

人間とは創造する動物である。(ホモ・サピエンス・クリエイトス)

 

MAKE TOMORROW!

 

PS:今回で、このブログもまる10年になった。はじめは、誰かに見てほしいという欲があり、わかり易い内容や表現に悩んだ。いまでは、ただ好きなことを徒然に書くだけで満足している。よい気分転換である。

加波山登山競走、今年のトレイル走り納め

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昨日、加波山登山競走(往路 8.6km/974D+、復路 8.6km/317D+ : Garmin)を走ってきた。今年最後のトレイルレースだ。

筑波連峰に連なる加波山ということもあり、今回のレースはどこかと尋ねられれば、知名度の高い筑波山と答えていた。写真は、その主峰筑波山である。ところどころに足を止めたくなる紅葉が残っていた。

今シーズンのトレイルはおそらく走り納めだ。今年はエントリーしたレースの半分程度をDNS(欠場)した。体調不良ではなく、体調管理のための欠場がほとんどである。これまでと同じペースを続けるよりも、今後も続けていくためのトレイルとの向き合い方を模索した。

パフォーマンスや走量はだいぶ調整されたが、日常のコンディションは改善されている。来シーズンも怪我無く、日々の元気をつくるようなトレイルランを続けたい。

MAKE TOMORROW!

 

 

美は現物に宿るのか?

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写真は、近代美術館所蔵の加山又造~ 

ではない。今朝、目黒川沿いを走っていた時に撮った川べりの写真である。漆の上に金箔をちりばめたような川面を色とりどりの落ち葉が流れていた。

柳宗悦の「茶と美」を読みかけていたためか、朝日が当たる色づいた枯れ葉が妙に気になった。ついには、ランをやめて桜並木に残る色取り取りの葉をまじまじと眺める始末。

樹によってずいぶんと個性があるものだ。桜と言えば春先の開花にしか関心がなかったが、こうやって意識してみると紅葉もなかなかである。

桜の花も、人が意識するからこそなにかメデタイモノになっているだけなのだろう。花見の風習が無ければ単なる春の景色の一つに過ぎない。

なんでもない落ち葉でさえ、少し向き合ってみるだけで、不思議と幸せを感じる。ホントウの豊かさは随所にあるようだ。問題はそれに気づけるか、ということだろうか。

そのためには、モノに直に触れ、観ることが大切であると柳宗悦は言っている。ネットを通して見ているだけでは、触れることはできなんいだよなぁ。美は現物に宿るということだろうか。

MAKE TOMORROW!