この記事は 「趣」アドベントカレンダー の2日目の記事です。
昨日は neguseさんの「UEとUnityがなかよくする方法」でした。
「趣」というワードは前職でよく使ったのですが、意味をちゃんと把握せずに使っていたところがあるので、この際に調べてみました。
調査や執筆はLLMの力を借りており、人間の仕事は指示を出したり、この前書きを書いたりしただけでした。便利ですね。
複数のLLMに通してファクトチェックをしあっていますが、細部が間違っている可能性もあるので話半分で読んでください。
うんうん、それもまた「趣」だね。
「趣」とは?
語源と漢字の成り立ち
「趣」という漢字、実は「走」と「取」を組み合わせた形声文字です。「走」は走るの意味で、「取」は「シュ」という音を表しつつ「速」にも通じます。つまり「すみやかに向かう」というイメージ。ここから「急いで目的地に向かう」「心がある方向へ向かう」という意味が生まれました。
『詩経』大雅・棫樸には「左右趣之」(左右これに趣く)という一節があります。『列子』力命篇にも「農は時に赴き、商は利に趣き、工は術を追い、仕は勢を逐う」とあって、「趣」は当初「すみやかに赴く」という意味で使われていたことがわかります。
それが転じて「心の向く所」、つまり心がある方向へ向かうこと、さらには心を向かわせるような対象を意味するようになった。これが現代日本語の「趣」の概念へと発展していきました。
ちなみに「おもむき」という日本語、元々は「おも」と「むき」の二つから成り立っています。「おも」は面(顔・表面)、「むき」は方向。「面向き」=顔が向いている方向、転じて物事が向かう先を表す言葉として生まれました。漢字の成り立ちと日本語の語構成、どちらからも「人の心をある方向へ赴かせるもの」という意味が見えてきます。
古語や古典文学での使われ方
日本では平安時代頃から「趣」が使われ始めました。和歌や物語文学の中で季節の風情や情感を表現する言葉として定着していきます。
『源氏物語』乙女の巻には「水のおもむき、山の御方々の……」という一節があって、庭園の景観を「おもむき」で表現しています。平安期の歌人・凡河内躬恒も叙景歌に優れていて、自然の風物から感じる味わいを繊細に詠みました。古くから日本人は景色や事物の持つ味わいを「おもむき」という言葉で捉えてきたんですね。
鎌倉時代以降も「趣」は文学表現で重んじられます。江戸時代の国学者・本居宣長は有名な「もののあはれ」の説明の中でこの言葉に触れています。現代語で要約すると「自然の風物に触れてそこに趣を感じ、しみじみとした情感を覚えることこそが、ものを知る心である」という感じ。
「趣を感じる」ことが日本的な情緒(もののあはれ)を知ることである——古典において「趣」は自然や人生に対して深い感慨を呼び起こす重要な概念でした。
現代における意味とニュアンス
現代日本語で「趣」と言えば、多くは「物事が醸し出す独特の風情や情緒、味わい」を指します。もっと分かりやすく言うと、見たり聞いたりしたものから受けるしみじみとした雰囲気や印象のこと。「趣がある庭」といえば、その庭にどことなく心ひかれる雰囲気が感じられるという意味になります。
辞書的には「趣」は幅広い意味を持っています。
- 風情・味わい
- そのものが感じさせるしみじみとした情趣(例:「冬枯れの景色も趣がある」)
- 様子・ありさま
- 全体から受ける印象や雰囲気(例:「異国的な趣のある街並み」)
- 趣旨・要旨
- 言おうとしている肝心の内容や要点(例:「お話の趣は承知しました」)
- 事情
- 聞き及んだ事柄の事情や様子(例:「承りますればご病気の趣……」)
- 方法
- 物事のやり方(例:「合戦の趣はからひ申せ」『保元物語』)
日常会話で頻繁に使われるのは主に最初の二つ。「趣がある」=味わい深い/雰囲気がある、という用法です。「趣旨」はビジネスや公の場で「要旨・目的」の意味としてよく使われます。事情・方法の意味は現在ではかなり古風で、手紙の定型表現や時代小説など特殊な場面に限られます。
「趣」という字は「趣味」「趣向」など多くの熟語にも使われていますが、これらも元の意味を色濃く残しています。「趣味」は本来「心があるものに向かうことによって生じる味わい」を意味し、そこから「興味を持って楽しむ事柄(hobby)」の意味に。「趣向」は「趣を凝らした工夫」、つまり人の関心を引くような工夫というニュアンスで使われます。「趣向を凝らす」という表現はおもしろいアイデアや工夫を施す意味になります。
文学・美術・建築における「趣」
文学や芸術、建築の分野でも「趣」は重要なキーワードです。日本の伝統美において、目に見える美しさだけでなく、それが醸し出す雰囲気や陰影、余情までも含めて評価する感性がある。「趣」という言葉はまさにその感性を体現しています。
文学における趣
古典文学では四季折々の情景や人の情感を繊細に表す言葉として「趣」が用いられてきました。和歌や俳句では直接的な美の称賛よりも、対象がもつ趣を通じて余韻を味わう表現が好まれます。「趣」は単なる客観描写ではなく主観的な感銘を含む点が特徴で、読む人をしみじみとさせる効果があります。
昭和初期の随筆『陰翳礼讃』(1933 年)で谷崎潤一郎は、西洋の明るく均質な光の世界と対比して、日本の伝統的な陰影の中にこそ「趣」があると述べました。強い光で細部まではっきり見せるより、薄明かりの中で朧げに浮かぶ姿へ味わいを感じる。これは日本文学の美意識「余情」とも通じる考え方です。
美術・芸能における趣
絵画や茶道・華道などの伝統芸術にも「趣」の概念は息づいています。
茶の湯では「わび・さび」という質素で静かな美の哲学があって、派手さよりも侘びた道具や庭の苔むした景色の醸し出す趣が尊ばれます。茶人の千利休は「和敬清寂」の精神を重んじ、茶席における「趣向」を単なる技巧ではなく、客人への思いやりの表れとして捉えていたと伝えられています。
生け花や能楽でも、直接的な華やかさより余白や静けさの生む味わい=趣を重視します。日本の伝統芸術では、鑑賞者の心の向かう余地(余韻)を残すことで「趣」を感じさせるような構成をとるんですね。
建築・空間における趣
建築の世界でも「趣のある空間」は日本的美の極致と言えるでしょう。和室のシンプルな造り、畳の匂いや木の質感、障子越しの柔らかな光と影——それらが調和した空間には独特の落ち着きと味わい(趣)が生まれます。
現代の建築家・隈研吾氏は、コンクリートやガラスの近代建築にも木や和紙といった自然素材や伝統要素を取り入れ、「現代的な趣」を感じさせるデザインを提唱しています。彼の建築物では光と影のコントラスト、内と外の曖昧な境界といった手法で、都市空間にも日本庭園のような趣を生み出そうとしています。
日本庭園は「趣」を語る上で欠かせない存在です。石灯籠や飛び石、借景(背景の風景を取り込む技法)などを配置した庭は、単なる景観美だけでなく静寂や移ろいといった情緒を鑑賞者に体験させます。四季の変化とともに庭の趣も変わり、桜散る春の庭、青もみじの夏庭、紅葉の秋庭、雪化粧の冬庭と、それぞれが異なる趣を持ちます。
類義語との違い
「趣」は日本独特のニュアンスを持つ言葉ですが、似たような意味を持つ語も多く存在します。それぞれの違いを整理してみましょう。
風情(ふぜい)
対象そのものが備える情緒や味わいを指します。やや客観的なニュアンスがあって、「そのものに風情がある」と言うときは対象自体の特徴に焦点があります。「この庭は風情がある」は庭そのものが趣深い特徴を持つという言い方。一方「この庭には趣がある」は、その庭から受ける印象について話し手の主観を込めて言う表現になります。風情=対象の情趣、趣=主観を含んだ雰囲気、という違いです。
情緒(じょうちょ)
物事に接して起こる感傷的・ノスタルジックな感情や、その感情を誘い起こす雰囲気を言います。郷愁や哀愁と結びつきやすく、ロマンチックで感傷的なニュアンスが強い。「情緒豊かな町並み」といえば昔ながらの景色が郷愁を誘うような場合に使います。一方「趣」は情緒ほど哀感に偏らず、しみじみとした味わいや面白みを感じる幅広い場面で使えます。
味わい(あじわい)
本来は料理などの「味」ですが、転じて物事の深い味わい・滋味を表します。時間の経過で増す深みや、その物が持つ個性に焦点を当てる言葉。「古い民家には年月を経た味わいがある」のように使います。趣と非常に近い意味合いですが、「味わい」は鑑賞者がそれをじっくり味わうことで感じ取れる良さを指す傾向があり、趣より静的で内面的な印象を与えるかもしれません。
雅(みやび)
「雅やか」「優雅」などの形でも使われるこの語は、宮廷風の上品で洗練された美しさを意味します。平安貴族の文化を背景に持つ言葉で、格調高く優美である様子を指します。雅は形式的・典雅な美に重点があり、「雅な装束」「雅びな遊び」のように用います。「趣」は格式よりも心に染みる味わいへ重点があるため、雅が目に見える優美さを評価する言葉だとすると、趣は目には見えない余情や雰囲気を評価する言葉と言えるでしょう。
このほかにも「風流」「風趣」「佇まい」など関連する言葉は数多く存在します。どれも重なる部分はありますが、微妙に視点や感じ方が異なるため、場面に応じて使い分けられます。
日常生活での使い方
「趣」は日常会話の中でも、とりわけ景色や物に対する感想を述べるときによく使われます。
「趣がある ○○」
何かを褒める定番表現です。古民家カフェに入って友人に「このカフェ、いい趣だね」と言えば、「この店は落ち着いた雰囲気で味があるね」という意味になります。「趣のある庭」「趣のある街並み」「趣のあるインテリア」など、派手さや最新の豪華さとは違い、渋い良さや独特の雰囲気を評価するニュアンスがあります。
「趣深い」
「趣がある」をさらに強調した形容詞です。「趣深い建物ですね」「彼の作品は趣深いです」のように使い、非常に味わい深く興味をそそられる様子を表します。
「趣を変える」
雰囲気や様子がガラリと変化することを表現します。「話の趣を変える」(話題・雰囲気を切り替える)、「同じ景色でも夕暮れ時には趣を変える」(時間帯によって印象が異なる)といった具合です。
「趣を添える」
あるものに一層の風情や味わいを加えることを意味します。「床の間に一輪挿しの花を飾って趣を添える」「石畳に落ち葉が散って秋の趣を添えている」など。
ただしビジネスシーンでは注意が必要です。「趣がある」をビジネス書類で使うとカジュアルすぎたり意味が通じにくかったりしますので、仕事では「趣旨」の意味以外ではあまり使わない方が無難。会議でプレゼン資料を評して「この提案書には趣がありますね」などと言うのは不適切で、「本提案の趣旨は〜」のような使い方が一般的です。
関連する表現・慣用句
「趣」に関係する四字熟語や慣用句もいくつかあります。
六趣(ろくしゅ)
仏教用語で、衆生が輪廻転生する 6 つの世界を指します。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道のこと。「趣」にはここでは生きる世界・境遇という意味が込められています。日常会話には出てきませんが、仏教の経典や古典文学には登場する専門的な用例です。
趣向を凝らす
工夫を凝らして面白い趣を出すという慣用句。特に茶道・華道など伝統文化の文脈で「季節感あふれる設えに趣向を凝らす」といった表現が使われます。
意趣返し(いしゅがえし)
「意趣」はもともと「心の向かうところ・考え」を意味し、「趣」と近い語源を持ちます。そこから「恨みを含む理由 → 遺恨」へと意味が転じ、意趣返し=恨みを晴らす仕返し、つまり報復を指す言葉になりました。やや古めかしい表現で、時代劇や時代小説などで見かけます。
低徊趣味(ていかいしゅみ)
「低徊」はゆったり歩くこと、「趣味」は本来「趣のある味わい」という意味で、ブラブラ散歩しながら風情を味わうことを指します。夏目漱石など明治の文豪が使った表現で、「趣味」が本来「趣を味わうこと」だった名残を伝える言葉です。
外国語への翻訳の難しさ
日本語の「趣」にピッタリ対応する単語は、実は他の言語にはほとんど存在しません。含意が広く微妙なニュアンスを持つため、文脈に応じて複数の語に訳し分ける必要があります。
英語で表現するなら、たとえば以下のような訳語が候補になります。
- charm
- 対象の魅力・趣きを漠然と指す言葉。「a garden with charm」
- tasteful
- センスの良さ、雰囲気の上品さ。「a tasteful interior」
- atmosphere / ambiance
- 雰囲気。「a shop with a nice atmosphere」
- quaint
- 古風だが味わいのある様。「a quaint street scene」
- elegance
一言で「趣」を適切に言い表すのは難しく、その都度「どの側面を強調したいか」で訳語を選ぶ必要があります。日本独自の美意識を説明する場合、無理に訳さず"omomuki"というローマ字表記で紹介しつつ解説する方法もあります。
「わび・さびの趣を感じる」といった表現は、一度では訳しきれない深みがあります。説明的に伝えるなら、たとえばこんな感じでしょうか。
It has a wabi-sabi omomuki, a profound subtle charm unique to Japanese aesthetics
(日本独特の侘び寂びの趣があります)
翻訳の難しさは、文化や感性の違いによって「趣」に相当する概念が相手の言語にストレートには存在しない点にあります。日本人が「趣がある」と感じるものを、他文化の人は単に「美しい」「面白い」としか感じないかもしれない。逆に日本語では「趣がない(味気ない)」と思う無機質なものでも機能美として評価される場合もあります。
でも、これこそが言語と文化の豊かさとも言えます。直訳の難しい「趣」という言葉をきっかけに、日本語の奥ゆかしい感性や美意識を他言語話者へ紹介してみるのも面白いでしょう。
おわりに
「趣」という言葉について、語源から古典・現代の使われ方、類義語との違い、そして外国語への翻訳まで幅広く見てきました。「趣」は単なる美しさや面白さではなく、心が静かに惹きつけられるような深い味わいを表す日本語ならではの表現です。その漢字が示すように、人の心をある方向へと"赴かせる"力を持った言葉と言えるでしょう。
普段何気なく使っている「趣がある」「趣深い」といった表現も、掘り下げてみると背景には日本人の伝統的な美意識が息づいています。季節の移ろいの中に趣を見出し、古びたものに趣を感じる。言葉にしがたい雰囲気へ心を動かされる——そんな感性を大切にしながら、身の回りの「趣」を探してみてください。何気ない風景にも新たな味わいを発見できるかもしれません。
明日はnoir_neoさんの「趣くままに」です。趣がありそうですね。