ダダダダ

あれ、ダダダダぁーと、それであれがこれでな!でこうよ。

「なんか高騰しとるでっ」で世間を騒がせているPCをこのタイミングで買う愚行な僕と空(マウスコンピューター Gtune)

PC買っちゃった。てへ。

「てへ」じゃない。昨今は高い高いとニュースで騒いでおりますやろガイ!

なんで今のタイミングなんじゃと

 

それはですね

これです↓

bkuro.hatenablog.com

画面をグオングオん前後に動かすとなんとか見られるようになったので騙しだまし使用していたのですが、我慢ならずに買い換えました。

 

実はわたくし、なにを隠そうDELL以外のPCを生まれてこの方、買ったことがないという超希少種なのです。

DELL原理主義の理由は、安いから!&期間限定値下げとPCの作りが適当で開閉自由だったり魔改造しやすかったりするからなのですが、そんなにDELL愛好家なワタシが今回PCのBTOメーカーを変えました。

 

マウスコンピュータのG-TUNE P5の赤

真っ赤!3倍速そう。

お値段22マン!

ひえぇぇぇ。

 

とりあえず使ってみての感想なのですが「バラシづらい」

 

・・・とりあえずPC買ったらバラして中身を見るでしょ?

・・・え、なにか?

 

DELLの場合は裏蓋のねじを外すとアホみたいに簡単にパッカーって開くんですが、さすが日本メーカーです。ねじを外したぐらいじゃ裏蓋が取れません。

前後に裏蓋を止めるラッチがあって、そこにやわらかい治具を突っ込んで引きはがす必要があります。

開けてみてびっくりなのですが、綺麗です。

DELLなんて、DELLなんて「なんか・・・散らかってる」って感想しか出てこないんですが、マウスさんのPCは小綺麗にまとまっていて、なんとも日本っぽい作りです。

 

写真撮っておくんだった・・・

 

DELLはとりあえずスペースに突っ込んだみたいな作りなのですが、

マウスコンピュータは左右対称にして理路整然としている。

文章で伝えるとそんな感じです。

さすが、島国メーカでございます。

 

人もPCも外見ではなく、中身が大事!

「あれ?あの方、内臓綺麗そう」

そう思われる人に私はなりたい。

 

・・・と「あ!赤いPCかっこいい!」とい理由だけで買っちゃった私が言ってみる。

デジタル大掃除

ち、地球さんYO!誰にことわってこんなに寒くなっとんじゃぁぁぁ!

 

 

「主語が大きい」
この頃ね、良く聞きますね。
そんな言葉は過去に存在していましたっけ?
ワタシの中では2025年新語大賞ノミネート単語なのです。
なんとなくです、整合しているかわかりませんがワタシが解釈した意味としては主語が多数のものを捉えすぎて多いので当てはまらないという否定の意味で使う言葉との認識です。
そんな感じの意味に自己解釈でとらえていますがあってるのかしら?

(絶対ググったりAIに聞いたりして調べないというポリシーで動いております)

例えば「大阪のヒトは面白い」は大阪という主語が広すぎて暗い大阪人や冗談の一つも言わない大阪人もいることを否定しているので「主語が大きい」と言える。
そんな感じだろうなぁ。

まてまて、それなら「主語」「主題」が広いってことだから「主語が広い」ってのが正解なのでは?
いやいや「大きいや広いは場所や見た目の大きさを表す」のだから対象が多いことを表す言葉を作っちゃえばいいんじゃね?「主語がタッキー(多岐)」とか。


絶対数は無いが%が変動する言葉に変更すれば・・・

 

あぁ・・・書いていたらどうでもよくなってきた。


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 こういうことを言いたかった訳ではなく、年末なので「大掃除」をしよう!と思った時に感じたのです。

大掃除=部屋の掃除
大掃除=物理的な掃除

あってます?現代にあってます?
主語が大きくはないですか?

主語がワタシの脳メモリより大きくないですか?


結論として言いたかったのは「大掃除は部屋の掃除だけではない」てことなんです。
車を持っているヒトは車も掃除するだろうし、別荘や納屋を持っているヒトはそれも掃除するだろう。

ま、ワタシは車も納屋もましてや別荘なぞ持っていないので置いておいて、

昔々ローングローングタイムアゴーは本を買い、音楽や映像メディアを買い、突発的に買ってしまったゲーム・オモチャや洋服が大量にあったのですが

昨今は音楽・映像・本・ゲームはデジタルであり、オンオフライン問わず、ストレージにごちゃごちゃ大量になっている。

アウチ!こりゃぁデジタル大掃除が必要だぜってことを言いたかったのです。

 

 ダラダラ書いてきましたが「年末のデジタル大掃除」をしなければと思うのです。

Googleさんが「今、ストレージの使用容量が80%を超えています」とか言い出すから・・・

まず「捨てる」

これ大事、捨ててから始めよう。

ストレージを圧迫しているのは写真が大多数なのでまず写真の整理をする。

 

屋久島の猿

かわいかったなぁ

これは消せない

 

あ、犬の動画とか猫の動画はあるから

猿の動画もあるんじゃね?

YouTubeさぁぁぁん

 

~ 1時間経過 ~

 

何故か「オーシャンズ」を見始める(海のドキュメンタリー映画)。

 

~ 2時間経過 ~

 

orz

 

そして今、「ライフ 命をつなぐものがたり」を見終わったところです。

永遠に生き続けられる楽園という名の地獄「アップロード」

Amazonプライムビデオ限定のドラマ「アップロード デジタルなあの世にようこそ」

 

 

突如この忙しい師走にAmazonプライムの会員になった。

怒涛の無銭プライム会員常習者のワタシですがお金が無いわけではありません。


この「アップロード」というアマゾン限定ドラマを見たくての無銭プライム会員よ。

・・・てなわけではない。

ちょっとした買い物をAmazonでしようと思ったが「今なら一ヶ月無料体験」と誘導に従ってアマゾンに強制的にプライム会員にされたのだ。

強制的にプライム会員にされただと?

違うな。
自ら選択するように仕向けられたのだ。
・一ヶ月タダ
・今選択すべし(期間限定)
・選ばなければ損ですよ的な威圧感
そんな選択を購入手続き途中の「無」の状態にブチ込まれる。
もちろんこの場合は断ることも出来るのであるが、人間は選択を熟考せずに選ぶときがある。
その結果がAmazonプライムの会員になっている今の私である。
買ったのはパナソニックジェットウォッシャーのノズル2本(980円)である。

しかし選択してしまった手前、せっかくなのでプライム特典であるプライム・ビデオを覗く。

アップロードというドラマを選択するように誘導される。

「あなたにオススメはこの動画です」


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 生きている上で大なり小なりいろいろな選択が日々月々年々ある。


そんな人生の中で選択をしながら生き残ってきた道中での最後の場面、死ぬ間際の切迫した場面で「このまま死んでしまうか、記憶と生前の姿を元にアバターを作成して、仮想世界で生き続けるか」の二択を迫られます。

仮想世界でデータとして生きるという物凄く重い選択をサイン一つで選択してしまった主人公のドラマが「アップロード」です。
仮想世界と言っても、現実にいる恋人や親族等にも電話で連絡がとれるし、仮想世界へ現実(リアル)から遊びにもいける(専用ツールが必要)。
ただそこは資本主義なのでお金が必要だったりします。
ある意味でいうと仮想世界の「死」とはお金を払えなくなった時とも言える。
お金を払えてさえいれば年も取らない状態で永遠に生き続けられる。

「そんな世界で生きてヒトはどうなるのか?」

たぶん設定だけ聞くとそういったヘビーなドラマのような、ゴリゴリのSFドラマのように聞こえるでしょう。

 

違います。

 

ドタバタ恋愛コメディーです。

ものすごくポップな感じ?ライトな感じのお話です。

ただ深く見るとバックボーンはとても重い「デジタルな『あの世』という牢獄」だったりします。

 

ワタシは毎週放送のようなドラマは大体継続出来ずに挫折しますが、このアップロードは最終回まで見られました。

ある意味奇跡的です。

どんなに続きが気になる終わり方をしてもあまり継続しません。

「結果はこのあとで」とCMになった瞬間にテレビをOFFするワタシです。

 

なぜこんなワタシが最後まで見られたのだろうか?

それだけ面白い作品だったのでしょうが、

「継続視聴する」をワタシが選択をした理由。

それは「ハードルの低い方を選ぶ」なのかも知れない。

テレビのように放送時間に縛られない。

一気に見ようが一話だけ見ようが構わない。

重くない内容、コミカルな内容で嫌な気分にならない。

 

あれ?これって継続出来ない日々に応用出来るのでは?

選択すべき行動のハードルは低く、とても低く設定する。

 

などと、ドラマの内容には関係ないことを考察出来るほどの余白もある「アップロード」

オススメです。

死を意識する年頃の方には是非見ていただきたい。

そして死ぬまでに何を選択していこう、を真剣に考えるぞワタシ。

一回ぐらいアップロードを体験したい気もする・・・。

 

※ガチSF大好きっ子や脳科学フェチの人には「脳だけじゃ生きられるわけ無い」等のツッコミどころが満載な気がする設定なので、エンターテイメントとして見ること!

自分を愛するためには?

羽田、美しい夕焼けの日を浴びて考えました(また難しいことでございます)。

 

自分を愛するためには?

 

年齢を重ねるとに嫌味っぽくなったり、小さいことで怒り憎み恨むことが多くなった気がする。

 

自分も周囲の人々も。

なぜなんだろうか考えた。

自分を愛するチカラ「自愛力」が欠如しはじめたからでは?と思った。

これには結構根拠が無い。

単純に「嫌われる勇気」を読んだときに思った違和感である「自分を極めていく過程で相手に対してどう変わっていくか?」を突き詰めていった脳内出力である。

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20年来の付き合いがあるワタシの同僚(40代後半)も年齢を重ねるごとに変わっていった。

口を開くと他人への恨み妬み僻みであり、ワタシが褒めたとしても「それは嫌味ですか」と嫌味で返してくる。そして「昨日こんなことを言った」「昔、こんなことを言われた」などと嫌味→恨みに変えて会話してくる。

昨日の晩御飯も忘れるようなヒトがである。

 

とても勉強になる。

 

ものすごい逸材!

絵に書いたようなワタシの探していた理想像(被検体)である。

 

ー嫌味恨み妬みの権化である同僚を観察していてわかったことー

163cm100kgほどの巨漢で、服装や見た目にこだわりが無い。

(100kgと言うと「98kgです!」とキレる」)

何故か財布だけにはこだわりを見せる(白の蛇革長財布)。

 

自己の外観を愛せていないと見て取れる。

 

幼少期に両親が離婚、それも血縁内の揉め事での離散だったらしい。

家族からの愛も欠如していた可能性がある。確実に言えるのは父の愛は受け取れていない。

 

周りの目、音、雰囲気を察知する能力が異常に高い。

思春期イジメにあった方に多い傾向の動作であり、実際に会話してみるとやはり高校時代に年単位でハブられていたらしい。

 

学業は順調だったが就職先が中小企業だったために学友と待遇・賃金の差がある。

友人を比較対象にしての価値観で年齢を重ねてきた。

 

あとは彼女も結婚もしておらず子供も居ない。

あらまっ、でもこれは現代では普通か。

趣味はパチンコ・釣り・アニメである。

あぁぁぁ・・・

 

書いて再度思った。「これは仕方がなくないか?」って「この状況で自愛しろとは無理です」とシミジミ思った。

 

ただ、こんな絶望的な状況の同僚ですが、唯一の救いは「愛嬌がある」のです。

誰にでも愛されるキャラであり、見た目も醜悪な生き物ではなくマスコットキャラ的な親しみやすいフォルム。

周りに調整されてきた知性があるので会話のボケツッコミがキチンとできる。

思春期のコロコロした子供を見ているような可愛さ、愛嬌と言えば伝わるだろうか。

 

この自愛出来ない権化からなにを学ぶか?

 

自愛が出来ない人間は相手の感情に行動が左右されやすい傾向

 

自愛出来ない人間は他人に対しても不満が多い傾向

 

自愛出来ない人間は自分に対して自信が無いので行動が制限される傾向

(自己の意思で自由に動けない)

 

ここまで読んで皆思いませんでしたか?

「痩せて、体を鍛えるだけで、性格が少しかわるのでは?」

それが「自愛力UP」なんじゃないかと思った。

 

他人に振り回されず、外乱に心を乱されず、比較を捨て去り、自己の形が正しいのだと認識し、相手に何も求めず、存在だけで周りになにかを与えられる人間。

それが「自愛出来る人間」

自分の存在を受け入れ、受け止め、変え、適応し、何に対しても前向きに笑顔でいられる自己中心的な考えの人間になれたら、たぶんですが嫌味や妬み、怨みを考えなくなるのでは。

 

2026年の流行語は「自愛」(たぶん)

 

ワタシの考えではあの世界宗教での「汝、隣人を愛せ」と真逆な考えに見えるが違う、「汝、隣人を愛す前に自愛せよ」となるのだ。

自己の身体、自己の思想、自己の生病老死、自己の欲求、自己の行き方をすべて認め、愛せることこそ隣人を愛せる、影響されない一番の近道なのでは?

 

「それだと意見の対立が出てくるのでは」

意見(思想)とは「真理」であり、真理とはどんな考え方にもあてはまり、答えを出すための自分が正しいと認識するための方程式であり、反対意見に屈服しない間違いのない理(ことわり)であり、それを確かめるために、正しいと判断するためには他人の意見を聴いて、噛み砕き、内省し、消化しなければならない。

恐ろしく崇高で難易度が高く、一生かけないと到達できない「頂」が自愛なのかもしれない。

それは時間とともにドンドン自分を愛せなくなってきているワタシの体験から急ぐ必要があるのと「老化しても自愛可能な普遍的な行動規範」を作成すべきと考え、ここに記す。



「自分のことが好きですか?」

 

「はい!」

 

そう答えられる未来には愚痴や嫌味、妬みや怨みも心の中には無く、自己以外に対しての比較や欲望も欲求も制限もしなくなる。。。。んじゃないかな?(仮説)

 

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自分を愛するってなによ?

 

自愛とは具体的に端的に言うと「自分に自信があるか?」になるのではないか。

・・・これは難しい。そして果てしなく広い。

大項目だけでも上げてみると

ー自分の外観、自分の内面、自分の心、自分の健康、自分の精神ー

 

理想の自分になれるのであれば「自分を愛している」と言える。

・・・それって一生無理じゃないか。

言葉では簡単だ。

理屈をこねるのも簡単、考えを言うだけなら簡単さね。

「自愛力」をUPする為の、実行する行動規範はどうしたら良いのだろうか?

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どうやったら自愛出来るのか?

※自分とは心技体の中心であり、関連性が出て同義の定義がなされるが、かぶるのは仕方がない。

 

ー外観ー

清潔感

自己表現

身体的特徴への解釈

所作(心にも繋がる)

 対話での所作

 行動時の所作

 

ー内面ー

 

ー関わりー

 

・・・あぁワタシには無理。

これを結論つけて書き出せるのであれば自己啓発本が書ける。

これは個々で考えるべきだ!(なげっぱなし!)

 

とりあえずは朝ごはんを食べられて、排便出来て、何事もなく過ごせて、一回笑顔、一回感謝、一回一回自分を褒めてみることから始めようか。

山の読み方2

大川の滝

屋久島の国道脇にある滝で、ワタシが本州で見たどんな滝より勢いが凄かった。

国道脇の駐車場から徒歩1分でこの滝って屋久島半端ねぇなと思う今日このごろです。

暖かくなったらまた行きたいなぁ。

 

 寒くなってどこにも行きたくないのです。

やる気パラメータが赤くなってギリギリ思考出来ている状況です。

メモアプリ「Google keep」で馬鹿な思考をメモっていた駄文を見ていたら「あれ?なんか良いこと書いてる」みたいなのがあったので貼ってみる。

なんか難しいこと書いていますが、結論とか答えとかはまだ無い。

「思考メモ 作者は自分で読者も自分 自作同人公開自慰かな」

 

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 山は山だ、木々や動物・火口等

色々なもので構成されいているが山は山だ。

 

山はある、否定出来ない。

ただ見方は千差万別、色々ある。

頂上から見たヒト、空から見たヒト、朝日と見たヒト、夕日と見たヒト、日中に見たヒト

木々からの目線、動物からの目線、地中からの目線、川からの目線

色々な見方がある。

どうゆうふうに見るか、どの見方が一番なのか?どの見方がキレイなのか?は個々の自由だと思う。

違いがあって当たり前であり、答えが一つではないことはわかる。

その見方を認める、理解しようとする、答えなんて無いのを認める、一つによることなく思考の真ん中にいることが大切だなとこの山頂で思う。

 

人間も同じでヒトはヒトだ。

腕だけをワタシとは言わないし、頭だけでも脳だけでもワタシでは無い。

体を構成するもの、考え方、感情、能力、そして歩んできた歴史等の

すべてがワタシであり、その一部では「ワタシ」を判断出来ないのではと思う。

 

歴史なども同じで

起こった出来事はある。事実としてはある。

どういう見方をするのか?なぜそう見えるのか?色々と考え方がある。

ただ見方は一つではない。どの目線で見るのかで見え方が変化する。

そして原因もひとつではない。

内的要因、外的要因、人為的要因、気候的要因、文化的要因、情報要因 

1要因でおこったことなどこの世には無い。

1つによることなく真ん中にいて、ベストな選択をしてきたんだと信じたい。

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だからなんだ!?

って話なのですが・・・。

 

あとこれもメモってた

 

セブンイレブンで「中本の北極」を買ってお会計した時に、店員さんに「お大事に〜」て言われた。

 

辛いラーメン買ったので肛門を心配されたのかと思ったみたい。

だからなんだ?なんですが・・。