炙りなタウン「パピコ」
敵国が日本にミサイルを落としてきたらどうしようと日々不安に思っている愛国者様は少なくないようです。
3人組ガールズバンドの炙りなタウンも、いきなり、
もしも、もしも明日この街に、ミサイルが落ちてきたとして
と歌いかけます。
しかし、炙りなタウンが凡百の愛国者様と異なるのは、このような仮定について出した結論が、
私最後の彼女になるなんて贅沢いわないから、せめて、あなたとパピコ半分こできたら死んでもいい。
という、ささやかなものだと言うことです。
外国から自分たちに向けてミサイルが発射され明日には死んでしまうかもしれないという緊迫した場面と、自分が好きな男性とパピコを半分こしたいというささやかな希望とをくっつけるという発想がいかにも非凡です。
それにしても、YouTube動画では、
付けたテレビのニュースでキャスターが言ってた。(ピー)から日本にミサイルが発射されました。
としてミサイルを撃ち込む国の名前、ピー音が入っているのですが、どこのことを言っているのでしょうね。
katagiri「きみはうつくし」
この歌は、HAKUBIのギターボーカルである片桐さんが、コロナ自粛期間中に、ソロ名義で公表した楽曲です。
当時、人と交流できないことに多くの人が苦しんでいました。特に、HAKUBIの主たるファン層である若い世代は、孤立感を深めていました。この楽曲は、そういうファンからのメッセージがきっかけでできた楽曲です。
Aメロは、ひとりでいることのつらさを切々と歌い上げます。
未来がないと君はいう
誰もいない
声も届かない
1人だけおいていかれていくようで
どこにも行けない毎日で
等々。
これに対して、片桐さんは、さびで次のように謳い上げ、彼らを全肯定します。
君は一人たった一人の
どこにもいない唯一無二だ
あまり易々と消えてくれるな
儚く燃えるきみはうつくし
そして、次のように歌い上げて、生きる意味を見失った彼らを元気づけようとします。
生きていく意味が一つもないなら
死ねない理由を探してみてよ
ほらきっと君にはあるよ
それを掲げて歩いていけよ
あの、コロナ期間中に、こんなに若者たちに寄り添った歌を、未だ他に見いだすことができていません。そして、この歌は、コロナ自粛期間が終わっても、なお生きづらさを感じている人々に聴いて欲しい楽曲です。
小林右京「顔が良いやつは音楽をやるな」
ここまで人間の本音があからさまにあらわれている歌も珍しいです。
「顔が良いやつは音楽をやるな」というメッセージが繰り返されます。
そして、その理由として、
「それはずるすぎるから」
「チヤホヤされるのは音楽しかない。でも顔が良いやつ 別に音楽じゃなくていいじゃん」
「いつでも集客に悩まされる事ない。顔が良ければ女ワラワラ増える」
「顔の良いやつ すぐゲストの力借りる」
「ファンの女はお前の音楽を聴いちゃいない」
「音楽にすがるしかないやつの聖域を守れ」
と歌い込みます。
昨今、Mrs. Green Appleをやたら目の敵にしている人たちも、結構こういう認識多いんじゃないですかね。
でも、顔が悪くても商業的に成り立つの、演歌とロックとヒップホップくらいですよね。これらのジャンルでも、顔が良いと有利ですが。音楽の演奏という、いわば趣味にあたることをやって大衆からお金を出してもらおうという以上、ルッキズムを無視することは難しいですね。ルッキズムを超えて大衆から支持を得るのは、大変です。バンド系もヒップホップ系も、自分たちで作詞したり作曲したりするので、その作品のできが良ければ、ルッキズムを超えることができますが、専業作家に作詞作曲してもらったものを歌うだけのポップ歌手だと、ルッキズムヲ超えるのは難しいです。
そういう意味では、同様に専業作家が作詞作曲した楽曲を歌っているだけなのにルッキズムを超える演歌歌手って凄いですね。
171「俺の見たピストルズはスマホの中」
あるアーティストのファンになったけど、そのアイティストは気付いたときにはもういなくなっていたという経験を持っている人も少なくないでしょう。この気持ちを歌った曲の代表としては、真心ブラザーズの「拝啓、ジョン・レノン」をあげることができます。
171の「僕の見たピストルズはスマホの中」も、そのような歌のひとつです。
夜も更けて惰性で流してるYouTube
流れ着いて
何の気なしに見たあの動画
という歌詞は、現代人が、昔のアーティストの楽曲に出会ってしまうきっかけを表現してものとして秀逸です。
歌の主人公は、
昨日までは、
興味すらなかったような曲が
わざとらしくてウソだらけの
あの衝動はまるごと視界にもう
焼き付いてしまった!
とまで感銘を受けています。
とはいえ、現代の日本に生きる主人公にとっては、それは、異国の、過去の世界を歌った歌であり、自分のリアルからはかけ離れた世界の歌です。
遠い国の遠い昔の幻想
なのです。
主人公からしたら。
ヘロインなんてもん
俺は見たこともないし、
俺のリアルを
ジョニー・ロットンは歌わない
のです。
そういう二重の意味で、
なのです。
今の若いロックファンが、いにしえのロックに触れたときのアンビバレントな感情を美味く表現した歌だと思います。
天国注射「資本主義─繰り返す日常─」
天国注射の「資本主義─繰り返す日常─」は、いきなり、メインボーカルが「資本主義最高っ100回叫んでみろよ」と繰り返すところから始まります。
しかし、歌の中で描かれる主人公は、資本主義社会の恩恵を受けるような勝ち組ではありません。
満員電車の中で汚い空気を吸って吐いてを繰り返したり、でっかい石ころをもってこいって独り言を繰り返すとか、ショーウィンドーをたたき割りに行くとか、公園に生えているでっかい木を抱きしめて口づけをしたり、自動販売機にごめんなさいと謝り続けるとか。そして、何度も「けりをつけに行こうか:と叫ぶのです。
本人は、実生活ではかなり不遇なのに、対外的には資本主義を、競走社会を強烈に礼賛してみせる。なんかネット社会では見慣れた光景です。まあ、天国注射のメンバーがどこまでインターネット社会、とりわけ愛国者様を意識して歌詞を作ったのかは知りませんが。
ここまでだと単なる色物っぽいのですが、楽曲も、演奏も、最高に格好良いんです
結束バンド「今、僕、アンダーグランドから」
一昔前、アニメの主題歌というと、番組名や主たる登場人物の名前を連呼するのが普通でした(ex.機動戦士ガンダム、サザエさん)。その後、アニメ自体との関連性の薄い楽曲を時のヒットメーカーに歌わせるものが出てくるようになりました(ex.るろうに剣心。オープニングではタイトル等連呼型、エンディングでは無関係型というのもおおいですね。ex.ど根性ガエル、はじめ人間ギャートルズ)。今は、番組名や主たる登場人物の名前を連呼をさせず、独立した歌として普遍的な価値を確立しつつ、アニメの世界観を色濃く反映させた主題歌が多いですね。
そういう現代型の主題歌を作らせたら、The Peggiesのギターボーカルである北澤ゆうほさんは天才的です。
結束バンドの「今、僕、アンダーグラウンドから」は、映画版の「ぼっち・ざ・ろっく」のエンディングテーマのために北澤さんが書き下ろした一曲です。
「ぼっち・ざ。ろっく」は、重度の人見知りでコミュ障の後藤ひとりが、「結束バンド」に半ば強制的に参加させられたことをきっかけに成長していく物語です。
「ギターヒーロー」として演奏動画をアップロードして承認欲求を満たしつつも、後藤ひとりとしては、重度の人見知りのため、友だちが作れなかった状況を、Aメロの出だし「溢れる感情 託したように 掻き鳴らすレスポール/言えない、言えない、言えないんだ/だって美味くしゃべれない」という言葉でさらっと表現しています。このときは、「僕だけの願い事があるんだ」と考えていたわけです。「『みんなみたいに』そう思えば思うほど上手くいかない」と考えていたわけです。
それが、結束バンドに参加したことで「星をひとつ見つけ」、「僕たち、と思える今日」、つまり、自分には仲間がいると思える現在が生まれたわけで、そんなことはそれまで「考えもしなかった」ことだったわけです。
この、「ぼっち・ざ・ろっく」の基本コンセプトを、説明的にならず、一人称で語り上げられるって、天才と言うしかありません。
もちろん、「ぼっち・ざ・ろっく」は、「けいおん」とは異なり、ライブハウスを主な舞台とするストーリーなので、主人公は、「アンダーグラウンド」=「狭くてくらい箱の中」=ライブハウスで主に活動します。彼女は、そこで「ボリュームもゲインも目一杯」あげて演奏することで、「歪な僕を愛してよ」と「心が叫」び、「誰か僕の声を聞いてよ」と願うのです(「ギターヒーロー」という匿名のキャラでは、がんがんギター動画流して承認欲求を満足させているのに、後藤ひとりとしては、初対面の人と目を合わせることすらできないわけで、まあ、歪ではあります。)。
「ぼっち・ざ・ろっく」の主人公である後藤ひとり、そしてバンドで、メインボーカル以外を担当しているバンドマンの心情を描いた楽曲として、これ以上のものというのは、想定できないですね。
Atomic Skipper 「最愛なる自分へ」
大人になり、いろんなことについて知識や経験が増えていくと、若かったときのような感動を覚えられなくなることがあります。Atomic Skipperというバンドの頭脳である神門弘也は、そのことに気付き、愕然とする心を、
いつからだろう
美しい音楽に
1人で涙できなくなったのは
いつからだろう
素晴らしい景色さえ
どこかで見たような気がするのは
との詩を紡ぎます。
その上で、
賢くなるたびに
縮こまるこの心に
気づいたのは最近こと
とメインボーカルのなきゃのさんに歌い上げさせます。
これ、いろんなことを勉強して、いろんな知識を持つに至ってしまったインテリには、理解できすぎるお話です。
神門さんは、さらに世のインテリどもに追い打ちをかけます。
いつからだろう
周りと見比べては
不甲斐なさに泣く夜が増えたのは
そう。世のインテリ、エリートたちは、他人との比較で自分を評価してしまい、勝手に自信を失っていきます。
これに対し、神門さんは、こう言って「君」を励まします。
言葉にはできない感性と富が
僕にも君にもあるんだ
君は君の全てで
脈打ちのは君自身
確かに僕らは生きてて
間違いなくただ1つだ
そして、感性を取り戻し、他者との比較で自分を貶めることを止めたあとの感情を、このようになきゃのさんに歌わせます。
いつぶりだろう
こんなに心踊るのは
これからの事が輝いて見えるんだ
前半が絶望的で後ろ向きだったのが、最後で見事に希望にあふれた、前向きの歌になります。
この歌は、インテリどもが率先して聴くべきだと思います。