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書道・アジア

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2007年 09月 13日

7バーツのバスで

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8/13バンコク・クロントイ港にて

知人との待ち合わせまで時間をもてあましてしまった。
今まで行ったことがないところに行ってみよう、と7バーツのノンエアコンバスに乗り、カオサンロード、クロントイ港へ。

カオサンロードは、今まで見たバンコクとは異なる雰囲気で、肌にあわなかった。
外人のためにタイを精一杯演じてやろう、という嘘臭さが充満していた。

がっかりしながら、クロントイ港へいくために再びバスに乗る。
威勢のいい切符もぎりのおばちゃんが「レオレオ(はやくはやく)」と乗客をせかす。
おばちゃんは勝手のわからない僕をしきりに気にかけてくれた。

「あんたどこ行くんだい?クロントイ?その地図見せてみな。日本語でわからないよ・・・」
「おーい、この日本人クロントイ行くんだってさ。急いで急いで!」
(反対方向のバスに乗ってしまったため、終点まで行って折り返した)
「クロントイついたら教えてあげるよ」

もしかしたら、外人だから物珍しかっただけかもしれないし、面倒なことを避けたかっただけかもしれない。
しかし僕にはこの上なく温かな親切心に感じられたのだ。

クロントイ港から夕日がチャオプラヤ川に沈むのを見たかったのだが、あいにくの雨天と時間の早さから、目的は達成できなかった。
待ち合わせ時間も迫っており、早々にクロントイから離れた。

本意はかなわなかったが、不思議と満足だった。
バスの一件は、ほんの些細な出来事かもしれないが、僕は本当にうれしかったのだ。
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# by beize | 2007-09-13 01:04 | アジア
2007年 09月 12日

蘇軾「墨摩人」

蘇軾「墨摩人」_a0094543_1213550.jpg

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中国画仙 洒金箋 22cm×35cm
唐筆 無銘羊毛長鋒(上海周虎臣)
和墨 玉品(墨運堂)
光明印泥
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非人摩墨、墨摩人 (人 墨を摩すにあらざるも 墨 人を摩す

蘇軾が墨の収蔵家に言った言葉。
あなたが墨を持っていても、それを使い切らぬうちに死んでしまう
あなたが墨を使い果たすのではなく、墨に使い果たされてしまうのだ。
それならば、私が使ったほうが良いのだ。
というのが本来の意味。
書道部でもうひとつの解釈を教わった。
「墨 人を摩る」だけに注目すれば、「墨を摩ることは、人格・教養をみがくこと」という意味になる。

字を学び、言葉を噛み締め、人生を楽しむ。
墨をすって字を書くことは、なんと奥深いことか。
詩も知らなければ、字も知らぬ。
史も文も、酒の味もわからない。
だからこそ書が楽しくて仕方がない。
作品をひとつ書くたびに、様々な知識が手に入る。
こんな言葉があったのか。
こんな字があったのか。
この墨はこんな色を出すのか。
この紙はこんな色を出すのか。
この筆は・・・
この僕は・・・墨によってみがかれているのだ。

高校の書道の授業はつまらなく、字が下手だった僕には苦痛以外のなにものでもなかった。
5段階評価のうち、2か3.
それが僕の字の評価だった。
大学入学前の無聊に、ふと書道の教科書を眺めていた。
鄧完白・趙之謙・呉昌碩の作品を見ているうちに、
大学に入ったら書道部に入ろう、こんな字を書いてみたい・・・と思ったのが、書に興味を持ったきっかけだった。

入学後、書道部に入った。
大学の書道部の顧問の先生は、沙孟海の教えを受けた人で、つまりは呉昌碩ゆかりの人だった。
なんという好因縁、憧れの書人の書法を教われる、そう思ったが、大学生活を通して、お手本は二枚しか書いてもらっていない。
「お手本をください」そう言う度に「法帖があるやんけ」と言われた。
それでもたくさんのことを教わった。
「没有修養的人,不要写字」(教養のない者は字を書くな)
「有教無類」(生まれつきの類別はない。教えによって人は変わる)
「師の字を真似るな。姿勢を真似なさい。真似るのならば古典を真似なさい。」
「全体と部分、両方を見なさい。」
「求矩矱之所同」(典型・基本に忠実であれ)
「墨は黒一色ではない。青、赤、無限の色を含んでいる。」
「墨を摩ることは、人をみがくことになるのだ。」

呉昌碩や沙孟海の書法を教わることはなかったが、大切なことを教わった。
「墨 人を摩る」
この言葉を聞いたからこそ、書を続けている。
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# by beize | 2007-09-12 01:29 |
2007年 09月 10日

李白「天地即衾枕」

李白「天地即衾枕」_a0094543_1184349.jpg
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韓国画仙 玉鳳 67cm×16cm
唐筆 牛耳羊毫 (上海工藝)
和墨 玉品(墨運堂)
光明印泥
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天地 即ち衾枕  (天地はそのまま、我が寝具である)

李白の五言古詩「友人會宿」の最終句。
友人達と集まり宿した夜、酒を飲んで楽しみ、天地を衾枕(襖と枕)とする壮大な気持ちを歌ったもの。

先日、昔の教え子達が遊びに来た。
皆、高校3年生。
小・中学生の頃とは見違えるぐらいたくましくなり、身長も全員僕より高くなっていた。
ある者は受験勉強の最中であり、ある者は高校生活最後の夏を謳歌していた。
状況は皆それぞれだが、全員いい顔をしていた。

その中の一人が「最近サイクリングがとても楽しい。」といっていた。
聞くと、世田谷区内を自転車であてもなく走り回っているとのこと。
今まで気づかなかった、きれいな物や、きれいな街並みを見るのが楽しいらしいのだ。
引っ込み思案だったその子は、頬を紅潮させながら逐一報告してくれた。
友人達は「そんな近所を見て何が楽しいのか」と笑っていた。
僕はとてもうれしくて「それは本当にいい趣味だ」といった。

今まで何度も通った道で新しい発見をし、
今まで通ったことのない道に意を決して飛び込み、
思いがけず広がる新たな美しい光景に、息をのみ驚く。
今まで意味もなく存在していたものが、彼にとって急速に意味を持ち始めたのだ。
彼の中で、世界が広がり、輝き始めたのだ。

辛いことが多く、少し翳りのある表情をしていた子だったのだが、いまや誰よりも明るい表情になっていた。
願わくば、これから先も彼の世界が広がり、輝き続けてほしい。
彼の世界は彼のためにある。

「クラスのかわいい女の子や、路で見るきれいな女の人が、どんな街に住んでいるのか知りたくてしょうがないんだ。」
それは誤解されるからやめなさい。
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# by beize | 2007-09-10 03:34 |
2007年 09月 07日

袁宏道「過呉戯柬江進之」

袁宏道「過呉戯柬江進之」_a0094543_1231252.jpg

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和画仙 飛白 23cm×28cm
唐筆 東方紅(武林邵芝巖)
和墨 書芸呉竹(呉竹精昇堂)
光明印泥
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少年 客と作りし時、    (若いとき各地を遊歴していた頃は、)
浸浸として君長を慕う。   (偉いお役人が羨望の的だった。)
千旄 長衢に絡き、     (たくさんの旗さし物を連ねて大通りを行き、)
一呵 已に神往す。     (先払いの者が人々をどなりつけているさまを、ぼうっと見惚れていたものだ。)
前者には呉令と為り、    (ところが先年自分が呉県の知事になってみて、)
始めて復た遊客を羨む。  (はじめて方々を旅してまわっている人が羨ましくなった。)
彼の白衫の寛なるを覚え、 (彼らの白い上着のゆったりしているのが羨ましく、)
我が腰帯の窄きを恨む。  (自分の官服の帯の窮屈なのが嫌になった。)

袁宏道(1568~1610年)字は中郎。
詩文は真情(霊性)を素直に発すべきもの、と主張した人。
27歳で呉令(蘇州知事)となるも、官界が肌にあわず29歳で辞職願いを出し、30歳で辞職が認められる。
その後、江南を歴遊し、42歳で没した。
主張どおり、この詩には袁宏道の素直な霊性があらわれているのだろう。

先日タイ料理を食べた。
現地で食べるものほど美味しくはなかったが、タイの空気を思い出してしまった。

タイでは10月ぐらいまでが蛍のシーズンらしい。
マングローブの森に数限りなく集まる蛍の光は壮観だそうだ。
一生忘れられないような光景が見れるだろう。
こんなところで仕事している場合ではない、すぐにでも行きたい。
シーズンオフになってからでは遅いのだ。

いやいや、仕事あっての旅だろう。
今やるべきことを蔑ろにしてはならない。

むしゃくしゃしながら、筆を執り書きなぐったら、少しだけすっきりした。
袁宏道は僕と同い年のときに辞職の意思を決めた。
僕は袁宏道のようにはなれないのだ。
ネクタイという首輪なしでは難しいのだ。
窮屈でしょうがないときがあっても、字を書いて心のバランスを保つことができる。
蛍は次の訪問まで我慢しよう。
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# by beize | 2007-09-07 02:35 |
2007年 08月 30日

大學「誠意」

大學「誠意」_a0094543_23535785.jpg

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和画仙 信友 11cm×22cm
唐筆 山馬書画提筆(武林邵芝巖)
和墨 玉品(墨運堂)
光明印泥
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意を誠にす。

四書のひとつ『大學』の言葉。
意を誠にす、とは自分自身を誤魔化さないことだ、と書道部で教わった。
字を書くときも、日常生活においても重要なことだ、と。
自分自身に嘘をつかないことが、一番難しい。
これでいいや、と誤魔化したり、駄目だとわかっていながら、さも駄目でないように振舞う。
十年経ったが、未だに実行できない。
自分の頭に思い描いた字を、誤魔化すことなく、掛け値なしで出し切るまで書きたい。
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# by beize | 2007-08-30 00:15 |