
12月2日火曜日。
「ヒューマントラスト渋谷」へ、竹馬靖具(ちくまやすとも)監督、福地桃子主演の『そこにきみはいて』を見にいく。
久しぶりの渋谷。工事中で駅の通路が変わっている。改札を出て一瞬どこに出たのかわからなかった。
川越から渋谷まで出るのはめんどうに思わなくもなかったけれど、近くで上映していないからしかたない。
それと先日見た映画『見はらし世代』が、再開発した宮下公園を映していたので、実際の目でみるとどんなふうになっているのかついでに見てみたかった。
映画館近くの「ルノアール」でモーニング・コーヒーを飲みながら時間調整。雨宮処凛さんの『25年、フリーランスで食べてます』を読む。

貧困の支援活動をする雨宮さんと、高円寺駅付近で、友人たちと路上飲みをやる雨宮さん──その振り幅の大きさに、感性の柔軟さを感じる。ふたつの雨宮さんがどうつながっているのか興味をもって本を読む。
★
【予告編】
(略)──名づけられなかった感情や誰にも理解されない痛みを繊細かつ大胆な詩的リアリズムでつづったドラマ。
海沿いの街を旅する香里と健流は、恋人というよりどこか家族のような関係だった。しかし入籍が近づいたある日、健流は突然、自ら命を絶つ。お互いにとって一番の理解者だと信じていた香里はショックを受け、健流と出会う前のように、他人に対して心を閉ざしてしまう。(「映画.com」より)
https://eiga.com/movie/104440/
脚本・監督は竹馬靖具(ちくまやすとも)。出演は、福地桃子のほか、寛一郎、中川龍太郎(+原案も)、筒井真理子など。
以前見た井樫彩監督の『あの娘は知らない』(2022年公開)の福地桃子が、海岸べりを自転車に乗って走っていくシーンがよかったので、もう一度彼女が出演する映画を見たいと思っていた。
やっぱり今回も福地桃子のメランコリックな演技はよかったし、映画の静かな展開は予想していたとおりだったけど、なぜ寛一郎演じる福地桃子の恋人が突然自殺してしまうのかわからない。
「そりゃないよ」といいたくなる。
そういえば『あの娘は知らない』でも、似たような状況の設定があった。
福地桃子は海辺の旅館の若いおかみさん。両親が事故で亡くなったため、引き継いで海辺の小さな旅館を経営している。
そこへ青年が、死んだ恋人の足跡を探しにやってくる。恋人が死ぬ前にこの旅館に泊まったのだ、という。
旅館は休業中だったが福地桃子の若いおかみさんは青年を宿泊させる。そして亡くなった女性がたどったと思える場所を宿泊客の青年と一緒に探して歩く──そんな話だった。
『あの娘は知らない』の福地桃子は、青年が亡き恋人の最後の日々をさがす──そのお手伝いの立場だったが、『そこにきみはいて』では、自殺した自分の恋人の足跡を、かつて恋人の友人だった青年と一緒に探す。
立場は逆転しているが、どちらも亡くなった相手がなぜ死んでしまったのかわからないのは同じ。恋人に死なれたて、残されたものは心の整理ができない。
ただ『あの娘は知らない』は、映画のはじめから青年の恋人は死んでいる、という設定なので違和感はなかった。今回の映画は途中でいきなりなので⋯⋯。
「詩的リアリズム」の映画は嫌いではないが、「詩」の占有率が高いとモヤモヤが残ったままになってしまう。
もともと詩を読まないわたしには、不完全燃焼の映画だった。
★
宮下公園は、立体交差の階段を上まで登っていくと、その先に「新しくできた公園」があるのかどうか少し興味があったが、階段をひとつひとつ登る体力に自信がない。しかも、これから電車に乗って川越まで帰らなければならない。帰宅ラッシュの電車にぶつかりたくない。
階段を上がった先に何があるのか確かめないまま渋谷駅に向かう。