
(ネタバレしたくないので、映画の内容を一部まぶしてあります)
9月14日(日)。
カズオ・イシグロの原作を読んだので、もう一度、「ウニクス南古谷」へ、映画『遠い山なみの光』を見に行く。
Sさんは、別行動で自由に過ごすというので、映画が終わるころ駐車場で待ち合わせすることにする。
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『遠い山なみの光』を二度目に鑑賞して、思ったこと(覚書きのようなもの)。
1980年代──。
イギリスに住む悦子の回想の、どこの部分がウソなのか(意図的であれ、無意識であれ)、前よりあきらかになった。
Sさんからふだん、「きみは映画が好きなのに、伏線とか仕掛けとか見破るのがとろいね」といわれている。
なので、一度目に映画を見たときは自信がなかったが、「もしや」と仮定していたわたしの想像を、今回はもっと確信できた。
石川慶監督は、映画のなかに、原作にはないヒントを与えてくれていたのだった。
それを見過ごしていた──自分でも「とろい」のを認めなければならない。
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1950年代──。
悦子(広瀬すず)の佐知子(二階堂ふみ)への対応に、わたしはいくつかの疑問を感じていた。
- 佐知子は、ちょっと嫌な女である。彼女の不快な言動をなぜ悦子がこれほど譲歩しているのか?
- 佐知子と万里子──この母娘(おやこ)のギスギスした関係に、側にいる悦子はうんざりしなかったのだろうか?
- 可愛げのない万里子に対して、悦子が母親の佐知子以上に気遣いをみせるのはなぜなのか?
この悦子の言動をなっとくさせてくれるのは、大胆な仮定を結論にするしかない──二度目に映画を見てから、わたしは、やっとそこへたどりついた。
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【悦子の義父(三浦友和)を巡る話】
悦子(広瀬すず・吉田羊)、佐知子(二階堂ふみ)の関係以外で、三浦友和演じる校長先生(悦子の義父)に興味をひかれた。
彼は嫁の悦子にも気さくに接するいい義父だ。悦子は、夫以上に気安く話ができる。冗談もいいあえる。
しかし、この校長先生、戦前・戦中は軍国主義教育をやってきたのが見えてくる。反戦活動家を政府に売り渡したこともあるようだ。
もちろん彼は、愛国心から国に叛く反戦主義者を許せなかったのだろう。
戦後になって、教え子が、雑誌で彼の批判記事を書いた。それが許せない。
その教え子を訪ねて、なぜこんな誹謗記事を書いたのか、と責め寄る。
教え子は、誹謗ではなく、自分の考えを書いたのだ、という。
校長先生は、雑誌を地面に叩きつけて怒る。
三浦友和演じる校長先生は、自分が戦前・戦中やってきた教育の誤りを認めていない。戦争に負けたのは教育の敗北ではなく、原爆を落とされたからだ、と信じている。
映画やドラマで軍国主義者を描くとき、高圧的で尊大な「類型」をよく見かける。
しかし、この校長先生はそうではない。人あたりが柔らかい。
人間的にはいい「教育者」であったろうし、ある意味人格者なのだろう。
しかし、戦後になっても自分がやってきた教育のあやまちに気づかない、困った人でもある。
メイン・ストーリーとズレるが、そういう多面性をもつ人物の造形に、この映画の奥行きを感じた。
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明晰な解説。強力なヒントになるかもしれないです。