筆者がインドのフィールドワークで経験した異文化コミュニケーションをエッセイにした作品。
これまで当たり前だと思っていたことが通用しない。自分に根付いた常識、正しさがゆらぐ。知識をひっぱりだして頭で理解して自分を納得させようとしたり、ありのままを受け入れようとしたりと、とにかく悩む。
多様性を認め合うということがどういうことなのか、筆者の経験のお裾分けをしてもらった。真剣勝負でぶつかり合って、時間がかかる。簡単なことではない。
改めて、「人類学」がなんなのかを調べた。「生物人類学」、「考古学」、「言語人類学」、「文化人類学(または社会人類学)」の4分野があるらしい。筆者は社会人類学者にあたる。
【メモ】
日本では、「ありがとう」という感謝の言葉は重要だが、筆者がフィールドワークした地域(文化)では、感謝の言葉を伝えてはならない。
言葉はいらない。彼らは、自分がしてもらったことを確実に覚えていて、チャンスをうかがってはその感謝の意を、具体的な行動やもののやり取りの中で表明していたのだ。
彼らは、それをその場で言葉にしてしまうことで、関係そのものが崩れてしまうような、もしくは返礼のあからさまな表明が、返礼行為そのものを台無しにしてしまうような、そんな感覚を持っているのではないか。
「ありがとう」の不在は、僕がとらえてきたようなものではない。(中略)でも、それらが正しくて、僕らが間違っていた、と言う話ではない。僕らが作る関係の、様式が違うというだけだ。どれも正解ではないし、どれも間違っていない。けれど、「これこそが正しい(=あたりまえ)」という領域から少しだけ距離をとって、ゆさぶられてみる。そんな「ゆらぎ」領域に足を踏み込むことで、僕らは少しだけ自由になれる。






