いつか風穴が開いた時は…

誰にも縛られず、私がただ幸せに、豊かに、喜んで表現することが誰かへのギフトになりますように。そしてそれにさえ縛られませんように。

力を尽くして狭き門より入れ

力を尽くして狭き門より入れ。滅にいたる門は大きくその路は広く、之より入る者おほし。生命にいたる門は狭くその路は細く、之を見出すもの少なし。

【出典】アンドレ・ジイド作 川口篤訳『狭き門』,岩波文庫, 1937年12月,p25

 

昔、大学の仏語講読の授業で『狭き門』を読んだのですが、

小説の内容はすっかり忘れ、唯一覚えているのはこのルカ13章24節の部分のみ。

先生、ごめんなさい。

 

フランス語に「Mouton de Panurge(パニュルジュの羊)」という言葉があります。

知恵といたずらに長けていたパニュルジュという男が

彼を笑いものにした商人に仕返しをしてやろうと羊を一匹買ったのですが、

その羊をすぐ海に投げ入れると残りの羊たちも続いて海に飛び込み

商人は大損した、というお話です。

 

残りの羊たち=滅にいたる門は大きくその路は広く、之より入る者おほし

 

の部分にあたるでしょうか。

日本語で言う付和雷同ですね。

 

ちょっと不思議な話をします。

昔、大学受験の前、おそらくこの時期だったと思うのですが、

私は受験勉強のストレスでめちゃくちゃしんどい時がありました。

勉強してもしても不十分で、模試でC判定とか出るし、偏差値も上がらない。

確実といえるものが何もなくて藁にもすがる思いでした。

 

そんなある日、夢にキリストが出てきたのです。(私はキリスト教徒ではないのだけど)

怪しい…と思われた方、どうぞ遠慮なくここで離脱してください。

でもとにかくそのキリストは私に言いました。

 

「自分だけを信じよ。

他の誰のことも信じてはならない。

信じられるのは自分だけだ」

 

それは地の底から響くような声でした。

低くて、深くて、重みがあって。

静かで、あたたかくて。

さらに反響が加わっていたため、頭蓋骨にも体にも響く、響く。

 

「!?」と目が覚めた時、私は顔が涙でぐしょ濡れでした。

そしてしばらく放心状態になりました。

夢を見ていたはずなのに声は現実に聞こえた。

確実にこの耳に聞こえ、

目覚めたその時ですら、骨にも細胞にも響き続けていたからです。

 

ちなみにあれはキリストだったと今でも信じていますが、別にこだわりはありません。

キリストのふりをしたどこかのおじさんだったとしてもかまいません。

あの時言われた言葉はしっかり今の私の土台になってくれたのですから。

 

「他の誰のことも信じてはならない」と言われましたが、

私は人を全く信用していないとか

自分が絶対的に正しいとか思っているわけではなく

他の誰かが言っていたことを参考にはします。

ただ、鵜呑みにはしないし、妄信することもありません。

 

みぞおちとお腹らへんにズンときたもの。

私はそれを「魂で聞く、魂が反応する」と勝手に解釈しているのですが、

みぞおちとお腹が

「なるほどな」「根拠はないけどそんな気がする」と反応したらそれは取り入れる。

 

だけど、

「……ん?」と一瞬でも違和感があったら、

それがどんなに有名人や偉いといわれる人の言葉だとしても採用しません。

たとえお得な情報であっても、不安をあおられようとも。

 

冬至の今日、ここを訪れてくださったあなたが

生命にいたる門を見出せますように。

力を尽くして狭き門より入りますように。

リカ活 4

カーディガン:作家さん作

ニュースに疎い私が最近知った編み物人気。
編んだぬいぐるみ「あみぐるみ」は
「AMIGURUMI」として世界にまで広がっているとか。
確かに可愛いですもんね。

 

以前は私も縄編みを入れたマフラーや
アラン模様を入れたセーターなんかを編んでいたことがあります。
思考から抜けて、「いま、この瞬間」に深く集中すると心がすっきりします。

 

そう、深く集中する、ということーー。

 

実は私はヒプノセラピストの資格を持っていて
普段セラピストとして活動はしていませんが、
仕事の際、必要であれば知識を織り込む時があります。

 

で、深く集中することについて、
ヒプノセラピーで学んだ内容をふと思い出したのです。

 

仕事でも趣味でも
目の前のことにひたすら集中することで潜在意識の扉が開き、
感覚が研ぎ澄まされ、
毎日コツコツ続けることで覚醒していくと言われています。
スポーツではゾーン、仕事ではフローと呼ばれる心理状態です。

 

こうして潜在意識が書き換えられていくと現実に変化が訪れ、
人生のステージが変わるといわれています。

吐く息を感謝に変える

「思いっきり不幸を吸い込んで、吐く息を感謝に変えれば、あなたの人生はやがて光り輝くことでしょう」

【出典】小川糸『ライオンのおやつ』,ポプラ社, 2019年10月,p.67

 

 

ちょっとブラックなことを告白。

 

普段温厚な私にもこれまでの人生で、

怒りがわいて仕方なかった人が数人います。(穏やかではないな)

当時の私を見ていた人は、私が不動明王のような形相で、

背後にめらめらと炎を燃え立たせてるように見えたかもしれません。

 

でも少し後になって、

あの人たちにとってはあれが精いっぱいだったのかも

あの人たちなりの最大限の優しさだったのかも

あんなことがよくできるなと思ったけど、ああすることしかできない人なのかも……

そう考えると心が少しずつ、畳の目一つずつ静まるようになりました。

 

そしてだいぶ後になって、

むしろああいうことが起きてよかったのかも

ああいう結末になってよかったのかも

この程度で済んでよかったのかも

離れることになったけどひょっとして救われたのかも

だからむしろ「ありがとう」なのかも……

と、感謝が芽生えるようになりました。

 

物事の捉え方が変わった時に初めて、

不幸以外のふわっとした感じが感謝に置き換わる瞬間が来る。

そこから人生が変わり始めるのかもしれません。

 

ちなみに、「あの人たち」がその後どうなったか。

もれなくそれぞれが結構衝撃的な理由で消えていきました。

「事実は小説よりも奇なりって本当に起こるんだね」みたいなことで。

私には、見えない何かが動いたように思えてなりませんでした。

彼らは彼らで、そこから人生が変わり始めるのかもしれません。

 

私は、それらの出来事を無理やり自分で何とかしようとしなくても

勝手になるようになっていくんだな、と身をもって学んだ気がしています。

 

リカ活 3

ワンピース:ばん りこ作

何年も前、私もリカ活をしてみようかなーと思い、

初めて作ったワンピースがこれでした。

近くの手芸ショップで購入した洋服向けではない生地で

やはり手縫いでチクチクと。

 

中学生の時は家庭部に入っていた私ですが、

委員会活動がなかなか忙しく休まざるを得なかったことも多く

何より放課後は友達とおしゃべりするのが楽しくてサボることもありました。

 

あの頃もっと熱心に制作活動していれば

今リカちゃんの洋服もチャチャっと作れただろうに…とも思うのですが

さほど後悔してなくて。

 

というのも、あの頃はあの頃でとても充実していて

友達と校庭にいる運動部の子たちを眺めながらおしゃべりした時間はかけがえがなくて

そんな一見無駄と思われがちな時間から実は多くを吸収していて

後の私の仕事やものの考え方に繋がっていったように思うからです。

 

無駄なことなんてひとつもない。

すべてが後になってちゃんと繋がる。

そのシナリオは驚くほど完璧。

 

そう腹落ちしたことが

これまでの人生で、それもかなりの衝撃度で数回あります。

でも喉元過ぎるとその感覚は薄れ、時に悩んだりするのですが…

基本的に私は「なるようにしかならない」と思っているので

心配しません(のんきなのもある)。

目の前のごたごたの先にしか興味がないからです。

 

たとえばこんな感じ。

コップの中でかき混ぜられた泥水を見て一喜一憂するのは興味がなくて、

時間が経って濁りが落ち着き、

小石と砂と水に分かれた層に興味がある。

それらの割合や構成、成分などが分かって初めて気づくことがあるからです。

 

ごたごたによって壁に激突したかもしれないけど、

その衝撃のおかげで壁にひびが入り、穴が開き、崩壊し、

難攻不落と思われていた壁を突破できるとしたら?

 

だから私は何事も、

これからどうなっていくんだろう?

どこに繋がっていくんだろう?

と、楽しみに眺めているのです。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから

思考に気をつけなさい それはいつか言葉になるから
言葉に気をつけなさい それはいつか行動になるから
行動に気をつけなさい それはいつか習慣になるから
習慣に気をつけなさい それはいつか性格になるから
性格に気をつけなさい それはいつか運命になるから

【出典】不明

 

ここ最近記事をアップできなかったのは
この言葉の出典を調べまくったけれど全く分からなかったからでした。

 

私は長年この言葉はマザー・テレサの言葉だと信じてきたし、
検索すれば多くの人がマザーの言葉だと書いています。
が、どんなに文献にあたっても証拠が見つからないのです。
(誰か知っていたら教えて!)

 

ちなみに、Youtubeで偉人の言葉を紹介している動画がおすすめで流れてきて、
とある偉人の言葉に感銘を受けたので
参考文献とされていた本を取り寄せて読んでみたのですが、
数百ページ中、一言も動画内の言葉が書かれていませんでした……。
他の偉人たちの言葉は参考文献にちゃんとあるのかもしれないけれど。

 

登録者数が何万人いようとも、いいね!が何千個ついていようとも、
世の中の大半が正しいと言っていようとも、
最終的に真実を見極めるというか
何を真実として生きていくかは自分で決めるしかないのだなあと改めて思いました。

 

とはいっても、
マザー・テレサの言葉といわれてしまっているこの言葉はやっぱり好きです。
これまでの人生で辿ってきた道や学んだことにはあえてとらわれず、
大局的に見たならば、この言葉の通りだろうなあと思っています。

 

そして、私は思考だけでなく感情の質と量も運命を左右すると思っていて。

 

愛、希望、喜び、幸福感……といったポジティブな感情
怒り、自己不信、嫉妬、非難、批判、心配、憎しみ……といったネガティブな感情

これらの細かな割合が自分のものの見方や現実まで作っているんじゃないか、と。

 

たとえば思考が、
【希望5 幸福感5 怒り30 嫉妬30 自己不信20 批判10】でできているならば
【希望5 幸福感5 怒り30 嫉妬30 自己不信20 批判10】を含んだ言葉しか浮かばないし
【希望5 幸福感5 怒り30 嫉妬30 自己不信20 批判10】を体現する行動しかとれない。
【希望5 幸福感5 怒り30 嫉妬30 自己不信20 批判10】を繰り返すうち習慣となって
【希望5 幸福感5 怒り30 嫉妬30 自己不信20 批判10】で構成された性格になるから
【希望5 幸福感5 怒り30 嫉妬30 自己不信20 批判10】に等しい運命になる。

私はそう信じています。

 

そんな怒りや嫉妬、自己不信や批判に満ちた世界を誰が好んで?
と思うかもしれないけれど、
人によって割合や濃度の好みは違って
深海魚のように海底にいるのが安全だったり楽しかったりする人もいるわけで。

 

キラキラな運命を思い描いて上へ上へと浮き上がりたいのに
なぜかぶくぶくと沈んでいくならば……
ネガティブと呼ばれる重い思考や感情がオモリとなって
下へ下へと足を引っ張っているのかもしれません。

 

ならば、そのオモリを外してしまえば浮上するしかないだろうなあ、と思うのです。

 

オモリには怒り、嫉妬、自己不信、批判以外にも
憎しみ、非難、心配、怖れ、苛立ち、罪悪感、苦悩、失望、絶望など
色んな種類があります。
エイブラハムの感情の22段階、という表が有名で分かりやすいでしょうか。

で、それらの重い思考や感情を使って物事を見ないようにしていくわけです。

 

私にもありますよ、こんな風に思うこと。


「は? 歩行者優先って言葉知らないの?」とか、
スマホ見てないでさっさと階段降りてくれないかなあ」とか。

 

百歩譲って、
運転している人は私が透けて見えなかったのかもしれない
いまスマホで確認しなければならないほど重大なことが起きていたのかもしれない
と思ってみたりもするけれど、イラっとしたのは確かなわけで。

 

そんな時はいつもこう思うようにしています。

 

そりゃあイラっとしちゃうよねー。
そう思っちゃうよねー、仕方ないよねー。
でもいつか、イラっとしなくなる日が来るといいね。
そう思わなくなる日が来るといいね、と。

 

自分の感情に蓋をしてなかったことにしない。
だからといって相手にぶつけるのではなく、
そう思った、感じたという事実を自分に認めてあげる。

 

それが感情を解放する──オモリを外す近道なのだそうです。
そして思考も変わり、言葉も変わり、行動も習慣も性格も変わり、
自分の力で幸せな運命を作っていけたらいいですよね。

毎秒、きみは生まれかわる

毎秒、きみは生まれかわる

毎秒がきみのあたらしいスタート

それは選択

きみの選択。

 


クリアウォーター

【出典】編者 ヘレン・エクスレイ 訳者 中村妙子『希望のことば』, 偕成社, 1999年9月


手のひらサイズのこの本を開くと最初に現れるのがこの言葉。
クリアウォーターとは誰のことなのかいまだ分からないけれど、
本を開くたびにスタートラインを切るような気持ちにさせてくれます。

 

そんな簡単に生まれ変われたら苦労しないよ、と思ったでしょうか。

 

私が高校生だったとき、友人Mちゃんの激変を目の当たりにしました。
私はいまだ、思いの力だけであれほど人の顔が書き変わった例を知りません。

 

Mちゃんは愛嬌のある顔と性格をしていました。
みんなはそれをかわいいと思っていじっていたのですが、
本人はいじられ役に少し疲れていたのかもしれません。

 

ある日の休み時間、Mちゃんは私にこっそり言いました。

Mちゃん「ばんりこちゃん、私、かわいくなりたい」
ばんりこ「今だってかわいいよ」
Mちゃん「それは愛嬌があるかわいさって意味でしょ。
     私はみんなから”顔も”かわいいって言われたいんだよね」
ばんりこ「Mちゃん…」
Mちゃん「だから決めたの。今から変わる」
ばんりこ「変わるってどうやって?」
Mちゃん「”私はかわいい”ってことにして生きる」
ばんりこ「………?」

 

かわいいと信じて生きるだけでかわいく変身するものなのか? 
うーん……。
にわかに信じられない私だったのですが、それからのMちゃんは徹底していました。

 

ほとんど気を遣ってこなかった肌ケアを高校生のお小遣いの範囲内で意識し
寝ぐせがついていると言われればすぐ直しました。
(それまでニキビは潰して治すものと信じ、寝ぐせは笑って直さなかった)

 

教室で手鏡を見ては、にんまり。

Mちゃん「私ってかわいいなー♡」
ばんりこ「うん、かわいいよ」

 

ひと月ほど経って
友人と話しているMちゃんをふと見た時のことです。

 

ん?  Mちゃん、前と顔が変わってる…!?

 

表情や雰囲気だけではない、何かが違うのです。
目や鼻、口の形がどことなく以前と違うというか、
顔全体のバランスが変わったというか。

 

それから数か月。
少しずつ、でも確実に、顔が変わっていきました。

 

そして半年ほど経ったある日のこと。

 

女子1「前から思ってたんだけど、Mちゃんってなんか顔変わったよね?」
Mちゃん「ほんと!?」
女子2「うん、かわいくなった」
女子3「MちゃんなんだけどMちゃんじゃないみたい」
Mちゃん「!!」

 

肌ケアを意識し、寝ぐせを直し出したから全てが変わったとは思えませんが、
Mちゃんはこうやって思いの力だけで顔を書き換えてしまったのでした。
面影は残しつつ、誰もが変わったと認めるほどかわいく。

それは毎日鏡を見る中で、
今の自分の顔から想像しうる最大限のかわいさを
常にイメージしていたからなのかもしれません。

 

今でこそ引き寄せの法則という言葉があるけれど、当時は聞いたこともなくて。
なぜMちゃんがこの方法を知っていたのかは分かりません。


でも私はMちゃんがあちら側からこちら側へと引き寄せたというより、
自分が目指すかわいいの世界に向かって、
自分の足でぴょんぴょんと軽やかに飛び移っていった感じがしています。
鴨川の飛び石を渡って向こう岸に行くみたいに。

 

そう、Mちゃんは、
飛び石の途中で疑って立ち止まることも、諦めて引き返すこともせず、
前だけを向いて渡り切った。

 

「人は自分が思った通りの人間になる」

 

色んな人がそう言います。
でも思った通りの人間になるには、いくつか条件があるように思います。
これも色んな人が色んなところで書いていることですが…

私がMちゃんを見て痛感した条件は以下の4つでした。

 

①こうなりたい自分を強くイメージする力
②こうなりたい自分を一切疑わない力
③叶った時の自分の感情を今この瞬間も味わい、なりきる力
④ひたすら楽しんで行動する力、生きる力

 

Mちゃんが一切疑うことなく自分に「かわいい♡」と言い続けたように、
自分にどんな魔法をかけ続けるか。

 

手鏡を見ては本気で浮かれていたように、
自分にどこまで叶った姿を重ね、その気になれるか。

 

何度でも新しくやり直せる。
自分さえ決心すれば、自分の力で。
それは選択、自分の選択。

 

私は今でも、Mちゃんは身をもってそれを証明してくれたのだと思っています。