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『マディソン郡の橋』を見て婚外恋愛を問い直す - Dolcissima Mia Vita
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『マディソン郡の橋』を見て婚外恋愛を問い直す - Dolcissima Mia Vita
『マディソン郡の橋』は、原著が話題になったころ翻訳で読み、その後原書でも読み、だいぶたってから映... 『マディソン郡の橋』は、原著が話題になったころ翻訳で読み、その後原書でも読み、だいぶたってから映画を見、気に入ったので何度も見、原著を忘れかけていたので再読して、今ここ。 原作と映画とずいぶん趣がちがっている。原作はロバートの独白、しかもしばしば哲学的な独白がかなり多いのだけれど、映画ではそういうところはすべてカットされて、もっぱらフランチェスカの視点でドラマが進行し、ロバートはふらりとやってきていなくなるだけの存在で、その内面はあまり描かれていない。それで正解だったような気がする。男がしゃべりだすとろくなことはないからね。 もうひとつ、原作と違うのは、フランチェスカの二人の子どもが彼女の死後遺書を読む体裁にして、子どもの視点を取り入れたことによって、婚外恋愛のストーリーを相対化したこと。ママが散骨を希望?男と浮気?嘘だろ?ぶっ殺してやる!という始まりから、遺書を読むにつれてしだいに心境が

