そして映画では、物語がどんどん進むにつれ、その心的イメージが破滅的にまで増幅する場面がいくつか登場する。それはいずれも「足音」が象徴的に鳴っているシーンだ。それらの心的イメージは、オッペンハイマーの「後悔」や「恐怖」の正体が視覚的に明確なものとして描かれる場面である。 オッペンハイマーの苦悩の正体、それは広島・長崎の非人道的な攻撃に関与してしまったこと――ではない。いくつかの「足音」の場面が示唆しているのは、オッペンハイマーの苦悩の正体とは、核拡散、その結果としての核戦争だということである。そのように視覚的・明示的に描かれている以上は、オッペンハイマーの苦悩に広島・長崎の被害が入り込む余地はほとんどない。 つまるところ本作はオッペンハイマーの心理面に踏み込んでまで、広島・長崎の惨劇を描くことを過剰に、あるいは慎重なまでに避けている。「伝記映画」として見た場合、史実のオッペンハイマーとの比較

