A Hazy Shade of Winter- YouTube
気が抜けたような感じです。こういう時には決まった仕事があった方が動けるんだなぁと思った次第です。
あの年は6人採用だったので2校に1人くらいの割合でした。10年経過した頃には4人に減っていたので、今のように勤務校に同期がいるなんてことはあり得ないのですが、不思議なことに同じ学校に勤めた期間があって、なおかつ同じ学年団に所属する年もありました。同期で同学年なので世代話は通じますし、さだまさしさんとか銀河英雄伝説の話題で盛り上がった記憶があります。お仕事的にも進めようとする方向がほぼ同じでしたので現状への不満で盛り上がったこともあります。
同期なのですが彼の方が色々な面でスペックが高くてうらやましいとは思ってました。とても頼りになるし話しやすいし色々気づいてくれる人でした。
葬式に来てくれるって言ってたんだけどなぁ…私が行くことになってしまったよ(>_<)私の記憶にある彼の姿を思い出しながら God bless you
ネットニュースで大学の教員養成課程の必修単位を少なくするという提案がされているという記事がいくつか出ていました。元ネタはどこだろう?と文科省のページを見てもそれらしい新着情報は無いのですが、記者さんの情報収集能力と政府の情報発信力を比べてしまうと前者の方が強そうなので、とりあえず「そういう方向を考えている政府の人がいる」くらいには考えて構わないかと。
自分が勤務していた頃から国の教育方向が「まともだなぁ」と「おかしいでしょ」の両方ありました。
成果としてPISAの順位が上がったりして目に見えるわかりやすい成果は出したけど、それって全国学力調査で学力の学校差を視覚化したおかげだよね。昔、教室に得点付きテストを掲示しちゃって問題になった教師がおりましたが、全国学力調査って規模が大きくなっただけでやっていることは同じでしょ?と思うんです。なので学習指導要領の効果が私には感じられないんですけど。平成10年学指でのゆとり教育がPISA順位を下げたって当時のメディアは言っておりましたが、また下がってきてるよね?今度は何が理由になるのでしょう?まぁ今回はいいタイミングで新学指になりますけれど…あぁ、完全に愚痴になってますね。
今の文科省の方針は下記資料の4ページからの「予算案のポイント」を見ると概要がつかめます。
色々突っ込みどころはありますけれど、一つに絞れば「誰もが学ぶことができる機会の保障」を掲げているのに必修単位を減らして大丈夫なのか?という点です。今まで「実現できていない」とか「不十分だった」とかの背景があるからポイントのトップ項目になっているんだよね?じゃあ今まで以上に知識や技能が教員に必要になるじゃない。授業ができればそれでよい時代ではないでしょう?児童理解に必要な内容だって前世紀の倍にはなっているでしょうし。
減らす理由は、免許を取りやすくするんだって!それで教員不足が解消できると思っているなら政治家失格ですね。現に免許保持者がみんな教職についていれば不足の解消を超えて今度は余剰教員がでることでしょう。予言しちゃいますが、免許が取りやすくなっただけでは教員不足は解消しません。良くてペーパー教員免許保持者が増えるだけです。悪けりゃそれでも避けられてしまうでしょう。
今世紀に入って初任教員は増えていましたが、辞めていく若手も右肩上がりでした。ブラックが噂になって久しいですが、それでも教員採用試験を受けて教師になった人たちですよ?意欲が無いわけないじゃないですか!そんな人たちでもメンタルやられて辞めていくんです。
教員不足はブラックな職場環境が原因だってマスコミも騒いだじゃん。なぜそこにスポットを当てた政策が出ないのでしょう?
給料を上げても仕事が苦しければ効果がないって事が解んないのかな?偉い人たちはひたすら「働き方改革」を口にしてますけれど、「仕事量200%を180%に減らしたから定時退勤しなさい」って結局持ち帰り仕事にするだけじゃん。
昔から文部省や文科省は現場に対して工夫を求めるばかりです。今回も働き方改革を求めて「働かせ方改革」は全くしない。まぁ働き方改革だって管理職や教育委員会が指示を出しているので一般教員にとっては働かせ方改革ですけれど、現場の工夫という点はもう限界だと思うんですけれど。
子どものころから片付けが苦手です。暗記や学習定着に時間がかかった記憶がたくさんあるので、記憶面での苦手さも幼少時からであったと推測できます。結果として紛失率が高かったのだと思うんです。まぁそれはそれとして…学生の頃に言われたのは、普通は来客前に部屋がきれいになるものだけど、私の部屋は来客があるときれいになるというものでした。まぁおっしゃる通りでしたね。片付けのメッソド本を買ってきて、それが積み重なっていたりしてました。
片付かない理由なんですが、「片付け」に集中できていないのが大きいかなぁ。片付け中に見つけてしまった本やノートを眺めているうちに日が暮れてしまいます。途中で別のことをやりたくなって時間がかかるパターンもありました。
また、やり始めるときれいに片づけることが優先されて効率的に作業が進まないという面もあります。自分で使うものなんだから満点の整理整頓でなくても良いのですが、なんか気に入らない気持ちが涌いてその場で落ち着かなくなるので、ちゃんと片付けようとします。時間が長引いて片付かずに終わったり中途半端な片付けになったりするパターンが多いのですが、その後その中途半端さが気にされることはありません。その場限りのこだわりなんだなぁと気づいたのは支援のお勉強をしてからでした。
教室の机周辺も結構散らかっていたのですが、さすがに子どもたちの目もあるので片付くようになっていきましたが、子どもたちの協力も大きかったなぁ。感謝感謝。職員室の机もねぇ、主任さんの机へ雪崩を起こしてしまい叱られたことがありまして、以来机上に物はなるたけおかないようにしてました。
まぁでも根本的に片付けが上達したわけではないので、どこかに堆積していたりするわけですね。
長い前置きでしたが、そうやって堆積した品々を退職して受験も終わったし、終活という観点からもしっかりと片づけたいと思ったのが2年前。まだ片付いていないのでした。
断捨離って一般化した言葉がありますけれど難しいなぁ。捨てるのが大事だってのはよく分かるんですわ。これも学生の時に言われてしまいましたが、私は整理整頓をしているのではなく移動しているだけだって。そうなんだよなぁ。
AI君に聞いてみると
断捨離(だんしゃり)とは、ヨガの「断行・捨行・離行」を応用し、不要なモノを断ち切り、捨て、モノへの執着から離れることで、心身ともに快適で豊かな人生を送ることを目指す考え方・実践方法です。単に物を減らすだけでなく、「今の自分にとって本当に必要か」を「自分軸」で考え、モノとの関係性を見直し、人生をよりシンプルに、豊かにすることが目的です。
断(だん): 不要なモノが家に入ってくるのを「断つ」こと。
捨(しゃ): 今持っている不要なモノを「捨てる」こと。
離(り): モノへの執着心から「離れる」こと。
①「自分軸」で判断する: 「高かったから」「もったいない」といった「他人軸」や「モノ軸」ではなく、「今の私に必要か」という「自分軸」で判断します。
②執着を手放す: 思い出の品や、いつか使うかも、というモノへの執着心に気づき、手放すことで心が軽くなります。
③空間と心のゆとり: 物理的なスペースが広がるだけでなく、思考や感情のスペースが生まれ、新しいことへの挑戦や集中力が高まります。
④決断力アップ: モノの取捨選択を繰り返すことで、人生における決断力や自己肯定感も向上します。
断捨離は、身の回りのモノを見直すことを通して、自分自身の生き方や価値観を見つめ直すための、人生を豊かにする実践的なライフハックと言えます。
なるほど~。こうして概要を読んでみると断と離ができないと捨につながりそうもないですね。執着だらけですよ。断行とか離行とかって何かメソッド本が出てないかしらん?ってこうやって物が増えるのでしょう。でもこういうシステムで並べるなら断離捨になるんじゃないのかなぁとか。
調べる前に思っていたのは「思いを断って捨てたら離脱症状?」でした。「離脱」って心理のお勉強で出てきた用語で依存症とかの禁断症状。まぁ言ってみれば物に執着している状態っていうのも依存関係と言えなくもない・・・私的には。
片付かない状況が病的に思えてきましたね。ここまでまとめたら少しは状況変化があるかなぁ。片付けの定義も理解したことだし、今の時点では片付ける気満々ですけど。
今月から始まったデジポリスというアプリを先程知りました。
詐欺電話や勧誘電話の着信が多いので、普段から「知らない番号は応答せずにまず検索」をしています。会社や公的機関からの電話番号ならば確認後に折り返せますし、個人番号は確認できなくても必要であればショートメールが来るでしょうから、犯罪防御の体制は大丈夫なんじゃないかなぁと思っています。
検索した結果、必要に応じて番号登録して着信拒否をしていますが、不思議なのは拒否した番号も着信することがあって履歴に残ります。これはどういう仕組みなのでしょうかね?「不動産勧誘」とか「悪徳会社」とかの名前で登録しているので、着信してもすぐに判って応答することはありませんがね。
煩わしいのは国際電話です。海外から電話がかかってくることは皆無なので、国際電話をシャットアウトして欲しいのですけれど、できないのかしらん?国際電話なんてオプションでいいんじゃないかなぁ?これだけ詐欺が問題になっているのだから、IT情報に疎い老人層がより詐欺にかかりやすい電話環境は何とかしてほしいものです、と思ってきました。
で、警視庁がそれっぽいアプリを出していると聞いたので、さっそく警視庁のサイトを覗くと…ありますねぇ、デジポリス。
ネット情報によりますと、警視庁なので東京向けではありますが都外でも使える機能があって、国際電話拒否が使えるようです。これは検討の価値ありです。でも注意喚起情報もあって、「偽サイトで登録して犯罪に巻き込まれる」と。まずは警視庁のサイトに正しくたどり着かなきゃいけないわけで…一応大手メディアの記事に掲載されているリンク先を見て…でもこれも偽サイトかもしれませんよ?いやあ難しい世の中になりましたねぇ。
こういう時に頼りにしているのはGoogleマップとウキペディアです。ウキペディアに載っているリンクをクリックするか、Googleマップで警視庁をクリックして出てきたウインドウからウェブサイトに入ればリスクが少ないかなぁと。

そうやって確認したページからアプリのページを開いてみました
www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp
結構機能がありますね。
さて、このようなモノがあると分かると気になるのは、ウチの県では何か出てるのかしらん?ということです。調べてみるとありましたねぇ。
国際電話拒否機能はありませんが、子どもの交通ルール学習用途には結構使えそうな内容です。詐欺防犯以外なら、このくらいでも十分かもしれません。
デジポリスは開始から半月ぐらいかな?アプリなので不具合とかあるかもしれないのでもう少し様子を見てから導入検討かな?
メソッド系の動画視聴をすることが割と多くてですね、筋トレ、ストレッチをはじめとして節約術とか簡単調理とか整理術とかをよく見ています。なるほど~と思ったものはやってみるのですが、できたりできなかったりしてます。若いころから継続性に課題があるため結果が出ないということもあるのですけれど、私の現状に適合しない!みたいなパターンも結構あります。「取り組む前に気づけよ」とも思うのですけれど、一応やってみると気づかされることもあるのですわ。
メソッドを提案している人は「体験から」「理論から」「理屈と体験の両方」といった具合に分かれるのですけれど、本来、理論や理屈が説明されると動画の説得力が上がるはずですが、体験談のみを熱く語る人も説得力があるんだなぁと。話者によるかな?
一般的には自己体験から提案する人が昔から多くて…まぁ多くの指導者が当てはまるのではないか…教師も同じかなぁと。教員は昭和の頃から大学で理論を習って現場に出ていると思いますが、経験則で指導する先生が多いこと多いこと。私自身もそこに気づくまで時間がかかってしまいましたが、多様性を目指すなら自己体験の伝達のみでは成り立ちませんね。
映画のロッキーが生卵飲んでランニングをしていれば、それと同じ行動をしてロッキーを目指すとか。朝カレーを食べていたのはイチローさんでしたっけ?一時期朝カレーがはやったと聞きました。憧れからの模倣行動という面が大きいとは思いますが、「体験メソッドの他者実践」というくくりではあります。
記憶にある中ですと子どもを有名大学に入れたお母さんのメソッド本の爆売れがあります。買った人はそのまま実践したのかなぁ?
ダイエット系なんかどんな方法でも売れているイメージがあります。私もいろいろ買ってしまいましたが効果が出ない…だって続かないのですもの。
他人のメソッドを使おうとするならば考えなきゃいけないことがあります。環境と特性ですね。そのメソッドで環境や特性がどの程度影響するのか?を考えないと実践に際してのハードルになります。それが影響しないとか影響が少ないと判断できるなら効果が期待できるんじゃないかと思います。
自分が対象なら別に失敗しても「まぁ意欲喚起にはなったかな」とつぶやきながら終了でよいと思います。でも対象が子どもだったら?
子どもに行うなら「お試し感覚」を忘れずにPDSCサイクルで常に改良して、子どもに合った形に変化させることが大事なんだと思います。効果が出なきゃ別の方略に移るべきですが、そのタイミングも大事ですよねぇ。
そういう意味では理論から提案されると改良ポイントが分かりやすくなるかなぁと思います。理屈が分かっていれば自分なりのアレンジもしやすいですしね。
でも動画を見ていると理論が怪しかったり、動画によって異論があったりして、頭から信じてしまうと危ないのかなぁとも思うのです。でも信じ切って実践したら結果が出ることもあるでしょうから…こうなるともう宗教じゃないかと思うのですけれどね。
まぁ結果を出せるなら宗教でも何でもいいじゃん?と昔から思ってますけれど。
話のずれが思ったより少なく書けた気がします。これならAI君はまともなタイトルをつけてくれるのではないかと。
景気対策なのか貧窮対策なのかは判りませんが、お米券が配布されるとか聞きました。なんか税金の無駄遣いとか利権がらみの臭いがするんですけど。
株を始めたときにお米券が株主優待でもらえる会社が100株4桁だったので気楽に購入しました。以来1年に1枚をもらっています。学生の頃に頂いたお米券には「1㎏」と表記されていて、お店でコメ1㎏と交換してくれました。お金が無くなってもお米券を持っていれば1㎏のコメと交換できるのはとても有難かったですね。何ならバイト代の一部がお米券でも良かったなぁとか思うほどでした。
今は1枚440円での交換なので、消費税を除いた400円分で交換することになります。単純計算で5㎏2000円だと1kgのコメを手に入れることができるのですけれどね。今日の価格だと1枚400gですね。1日1膳で5日分というところかな?普通に食べたら2日で終了です。いつから変わったのかなぁ?
1枚持っていれば食料が1㎏保証される安心感が良かったのにね。これでは普通の金券と変わりませんねぇ。いや金券よりも不利です。
おとなしくコメと交換していれば何の問題もありませんが、問題は米価の高騰です。米より安い食料品を購入したいわけです。お米券でコメ以外の買い物ができるお店があるのでネットで調べて行くのですが
カード会社の出しているギフトカードなんかと同じに考えてはいけません。ギフトカードやQUOカードは使えるお店さえ分かれば普通に買い物できますが、お米券はお米交換が前提なので、他商品が購入できる店においても交換条件がまちまちです。面倒なのは同じチェーン店なのに違う対応がある所です。
A市のチェーン店Dで普通のギフトカードのように使えたので、H市のDでも使えるかと思ったのですが、そこはコメにしか使えないと言われてしまいました。近所のCでは購入品の中にコメが入っていれば他の品の分もお米券で支払い可能でした。
この辺りの情報がネットで公開されていないところがとっても面倒で不便です。まぁ見通しの持てない金券という感じですね。私は思ったように使えるお店が分かっているので便利に使えていますけれど。
そんな偏りのある特徴を持ったお米券を国民に配るのが最適解とは思えないなぁ、と思うわけです。前置きが長すぎましたね。
お米券を10枚もらって4㎏のコメが入手できるのはまぁ良いとして、配布に郵送料がかかりますよね?100円くらいで送れるんですかね?世帯数×郵送料が税金から消えるんだなぁ。お米券を発行している会社と配布を担当する会社が潤うんだろうねぇ。同じ金額を配るにしてもマイナンバー紐づけ口座に振り込みすれば費用を抑えられるでしょうに、とか。
偉い人たちはお米券をコメに替えることを前提に考えているのでしょうけれど、高い米より安い食品を購入したいと考えるのは普通ではないでしょうかね?ギフト券並みに使える店舗が混むのだろうなぁ、それを見越してそういう店舗が増えるかもしれない?とかのよさげな影響はあるかもしれませんが、政策としてはホントに国民のためになるのでしょうかね?単純に税金を下げろ!とは言いませんが、もう少しわかりやすく生活しやすい税システムを考える人はいないのでしょうか?