
(『コレヒドール戦記』〈1945〉では)ジョン・ウェインが哨戒艇の機関士で、日本軍によって右手に傷を負ってしまう。『捜索者』でも、多くの映画で右手を傷つけられる。拳銃を撃つなという天の采配かもしれませんが、ジョン・ウェインはコレヒドールの病院で看護婦さんと会う。それが自分と同じ位の少尉なんですね。やっているのがドナ・リードで、ドナ・リードがフォードの映画に出たのはこれ1本ですが、1本しか出ない女優が素晴らしいのはジョン・フォードにおける常態であります。『モガンボ』(1953)のエヴァ・ガードナーは素晴らしいというようなものです。
空襲の中でパーティーをしたい、ということでドナ・リードが踊りに行く。ジョン・ウェインは彼女にズボンを脱がされたりしましたので、お前さんと行く気はないし、それにダンスなんて踊れないと言いながら、結局は闇の中で制服を着たジョン・ウェインが姿を見せ、その出会いのシーンの画面構成が全くもって見事ですから。ダンスは『荒野の決闘』(1946)にもある。『荒野の決闘』ではヘンリー・フォンダがクレメンタインを誘うわけですけれども、フォンダは踊る直前に帽子を投げます。あの投げ方の粗雑さと言ったらなくて、私がプロデューサーならフォードを怒ってやります。あんな投げ方ではいかん。『コレヒドール戦記』ではまさにこのように投げなければいけないというような形で、片手を傷つけられたジョン・ウェインの帽子をドナ・リードがぽんと投げて、投げた途端に溶明で画面が暗くなるという場面がありますので、そこでは拍手をしていただきたいと思います。
ジョン・ウェインは踊ったことがないので、確かに見事な踊りではないわけですけれども、ナイトクラブでは月の光によって素晴らしい影がふたりの上に落ちかかり、ダンスホールから若干外れて廊下にあるハンモックに座っていると、そこに同僚が来て何か仕事があると。ジョン・ウェインは、怪我は治るはずなので自分も行くと言って軍医のところへ向かうためにふたりで去っていきます。そのときにドナ・リードが帽子を投げる。ここで大拍手をしていただきたい。こんな素晴らしい場面はないんですね。
またドナ・リードが10人ぐらいの士官に囲まれて食事をする場面。「こんなときにオーケストラがあればいいのね」とドナ・リードが言った途端に、ロバート・モンゴメリーがだんどんだんと足を鳴らすと、地下にいた3人の兵士たちが歌い始める。"Dear Old Girl”という歌ですけど、この歌が下手なんですね。全く素人のワード・ボンド、『第七天国』(1927)の監督のフランク・ボーゼイギの弟、もうひとりはどうしても私が誰だか判らない人、3人が地下から上を向いて歌ってドナ・リードをうっとりさせる。コックさんが「お食事はいかがでしたか」と言って、みんなが去った後で食堂にジョン・ウェインとドナ・リードが残る。外景はセットでつくったことが明らかなんですけれども、「マルキータ」が流れると素晴らしい。コックさんがアリゾナならもっと上手くつくれたと照れながら言うのですが、私は故郷のアリゾナと勘違いしておりまして、仮に私の『ジョン・フォード論』(文藝春秋)をお持ちでしたらその部分を直していただいて。戦艦アリゾナの料理長だった人がコレヒドールまで来ておいしいものをつくったと(いう意味)。ところがその人が死んでしまう。ジョン・ウェインがとうとうと弔辞を述べた後で、日本軍が来るから閉めると言っているチャイニーズ系のバーテンダーを押しやって、ジョン・ウェインがウィスキーを飲む。そこへまた「マルキータ」がかかる。拍手なさらずに、心の中で泣いてください。
日本軍から逃げて疲れ果てたジョン・ウェインの顔の本当さ。それは『荒野の決闘』には全くないわけですね。『荒野』は20世紀フォックスから頼まれてプロフェッショナルとして撮っていますから、画面そのものは見事なんですが、最終的な編集権はザナック(ダリル・F・ザナック)にあった。『コレヒドール戦記』はジョン・フォードが途中で怪我をして(他の人が)撮った場面が入っていると言われているのですが、またジョン・フォードが撮りながら最終版に入っていない場面もあるのですが、この「マルキータ」の音楽を聴いて泣かない方は私の敵だと思っておりますから十分お気をつけください。後ろから見ていて、この人は泣いていないと思ったら…。今晩お宅に帰る前に、周りをいろいろ見ていただきたい(一同笑)。
『荒野の決闘』は20世紀フォックスの映画で、フォードは演出に当たった。唯一ここは許せると思ったのは、ヴィクター・マチュアが撃たれまして、その前に駅馬車が通り過ぎて、駅馬車の巻き立てた埃の砂が帽子の中からこぼれ落ちる。このシーンは素晴らしいと私は思いますが、それ以外はおざなりで『荒野の決闘』を見てジョン・フォードに近づいた連中にはまともな者がおりませんから。もっとも『コレヒドール戦記』を高く買っていて同時に『荒野の決闘』にも泣いたという、イギリスのさる作家がおりますけれども。『荒野の決闘』だっていいわけですよ。フォードが撮っておりますから、画面も素晴らしい。ただし『コレヒドール戦記』の充実したシーンにはとても及ばない。みなさん方の中に『荒野の決闘』はいいけど『コレヒドール戦記』はどうもね、という方がいらしたら、暴力に近い形でお仕置きをしたいと思います(一同笑)。歌がいかに素晴らしいか、踊りがいかに素晴らしいか。戦争場面だけではありません。不満を持つ方は私の暴力を恐れていただきたいと思います。


