アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

【最低無比】自分の2025年を振り返ってみる

 

個人の備忘録的年次報告です。大したことは書いていません。お暇な方だけご覧になってください。
 
例、暮れの戯れ言です。
こんなものを綴る理由を最初に書いとこうかと思ったけど、去年の冒頭と全く同じになっちゃうので、もう触れません

それにしても、このブログも一時期と比べたら全然書かなくなりましたな。今年わずか9記事。落語のコラムも昨冬51号を最後に途切れている。

 

2025年はヘビ年の名のごとく、まさに地を這うような、低迷した一年だった。

世間を見渡すと、前年11月頃に石破内閣が誕生し、散々叩かれた挙句、10月くらいにボシャッた。アメリカでは1月に第2次トランプ政権が誕生。世界中に高額の関税を吹っ掛け、日本からは赤澤大臣という人が行ったり来たりしていた。

石破政権に替わって日本初の女性宰相を擁した高市政権が誕生したが、巷間にフェミ的な見方は意外に薄いように思う。
これを書いている年末に関して言えば、高市総理の「存立危機」発言が波及して、支那人が日本へ旅行にこなくなったり、パンダが返還されることになったり。
日銀が利上げをした直後に為替が円安に向かった。政府政策(積極財政)との矛盾が、国民をして「何がやりたいのか、言ってやれ」と、タココラ問答の長州力を思い起こさしむる渋面の様相である。

彼女は多くの国民が常々思ったり感じたりしていたことを口にし行動するので、支持は高い。だが、結果として「アレをやっちゃうとこうなるのね」といった大衆のがっかり感を喚起している側面は否めない。そのことが政権にネガティブさを与えていない点が異色と言えば異色である。

そういえば、大阪で万博があったね。

世界はAIの話題で持ちきりだった。

総じて去年よりは暗さのない一年だったと思うけど、かといって何かが改善されたわけではなく、衰微の一途をたどっている気配は変わらない。


にも角にも今年は終わる。以下、私自身のどん底な一年を書き記します。

  1. リーランス11年目。最低売上。とにかくヒマ。前年・前々年の仕掛かりが納品されて、その分でなんとか食っていけた。
    顧客動向としては春から初秋までからっきし。中秋以降少し持ち直した感触。政権が移って風向きが変わった。石破さんが悪かったとは言わないが、やはり景気の空気感は大きい
    小口案件の持ち直しについては、テキスト生成AIが秋口にバージョンアップし、一般の方が使いづらいと感じ始めたことが一因と思われる。
  2. 客施策。前年はサイト増設・チューンナップ・SEOに力を注いだが、今年は既存コンテンツの強化に励んだ。
    主に
    動画作成
    ②テキスト生成AIを使ったWEBページ増産
    オーバービュー向けSEO
    Googleの分析ツールを見ると、飛躍的にアクセス数は向上したが、受注率向上にはつながっていない。
    新サイトとしてバージョン崩れ的なものを3つ作成。ブログとSNSにも注力した。
    事業ブログは173記事アップ(前年は2記事ぽっち)。SNSではXのフォロワーを増やした。一方インスタは全ッ然振るわなかった(リール込み34)。施策がバズより検索エンジン重視なので、発リンクの弱いツールの対策は後手になる。
  3. にかく「」がなかった。依頼を受け、受注寸前になると「病気になった」「ビジネスが忙しくなった」「発注を来年にできますか?」など無期限延期の態で離れていくケースが多発。特に大口客に顕著で「みんなつるんでるんじゃないか?」と思うくらいに、ほとんどそれだった。
    冷やかし客営業コスト損も多かった。
    反省しようにも何が悪いのか分からず、結局、運としかいいようがない。
  4. 述活動。KDP。小林アヲイ名義では2月に短編小説「みすゞの場合」。4月に別名義で怪しげ(?)な自己啓発系ハウツー本を出した。後者は驚くほど反応が無い。
    ※ 別名義を掲出しちゃうくらい締まりのなくなったぼく。
  5. 作活動。本年完成した作品はゼロ。半ば強迫的に何度か挑み、その都度原稿用紙3,40枚に達するものの、直後に「小説を書いている暇があったら仕事のことを考えろ!」という思いに駆られ、全て頓挫。
    そんな中、創作的関心事として唯一楽しみにしているのが来年のイベント。準備として既存作5編を綴じた短編集をすでに完成し、先行販売している。

    <12/31追記>12/28にショートトライアルで短編小説作成に挑戦。突貫工事で30日に初稿を脱稿した。調整は年明けを待つ。

  6. ンチ画活動。1点。

    町中華めぐりに関心が向いた結果、無性に中華鍋を描きたくなった。今年は展示の類はなし。今後もなし。
  7. 書。約40冊。今年は“あたり本”が多かった。以下の作品は面白かった。
    『機関銃下の首相官邸迫水久常
    『人の砂漠』沢木耕太郎
    『心は孤独な狩人』マッカラーズ
    『ドイツ参謀本部渡部昇一
    『悪医』久坂部羊
  8. 落語観覧は一度もせず。
  9. 今年も梅の実が手に入らず、梅干を浸けられなかった。
  10. 体重が減った。年初に米が暴騰したので4月15日から麺やジャガイモのスープにかえたら、2週間で5キロ減った。いまなお維持している。健診の様々な数値も改善している。これまでは米を食べ過ぎていたのかも。ジムにはいかなくなった。
  11. 酒に一段と弱くなった。明らかに可飲の上限値が落ちている。この夏などは、何度か危険な夜を迎えもした。
    12月あたりになり、やっと酒量をコントロールできるように。このまま2,3年後に断酒できればいいと本気で思っている。
  12. 親の病院通いが増え毎回付き添っている。ヒマゆえになせることで「今年は親孝行しろってことだな」と仕事の不毛の言い訳にしている。
  13. 結婚はしなかった。ますますその気は失せていく。




年末予想したとおり事業の左前が続き、ずっと気を揉んでいた一年だった。

WEBサイトの改造に腐心し、ひとつのパターンを打ち立ててページ増を繰り返した。SNSは毎日少なくとも1投稿でも行うことで盛況感を絶やさないようにした。

しかしこれが別のジレンマを生んだ。
小さな積み重ねの継続がルーティンワーク化し何を何のためにしているのか熟考せずやるようになった。思考力が鈍り、新しい施策を考える力が失われていった
老いと慣れが事業への関心を蝕んでいってるのが実感できた。

 

しばしば訪れる居酒屋で、常連の不動産屋のおじさんが、よくこんなことを言っていた。

「夢を持ち続けないといけないよ」

ぼくは当初、その真意を勘違いしていた。「金を儲けよう」「ほしいものを手に入れよう」「好きなことをやろう」など、小市民的な関心としてとらえていた。

実際はそうではなかった。

彼は「夢」をビジネス上の資産としてとらえていた。つまり「自分のビジネスの延長線上でできることを、事業の夢として日頃からストックしておけ」ということ。

不動産屋さんなら分譲や賃貸の新しいサービスの創造や、法人向けのリーズナブルな何かを。ぼくの場合なら、印刷製本、流通、新しいライティング・ライフスタイルの提案、など。

 

なぜ夢が必要なのか。
ずばり、夢がピンチの時にはたらく着火剤となるからだ。

 

小さいなりに事業を10年も続けていると、事業上の想像力が減少していく。
はじめの頃は起業の興奮もあり、放っておいても自然といろいろなことを思いつく。画期的なサービス、面白い販促、自サービス同士のシナジー的融合。
そしてそれを実際にやってみもする。うまくいくもの、いかないものがある。いいものは注力して伸ばし、だめなものはとりやめたり形を変えて再挑戦してみたりする。

拡大の意志と並行して、通常業務は淡々と継続する。そのうち自分の事業の寸法が明瞭に見えてくる。
客層、相場、生産スピード、顧客満足といったもの。

「これが自分の事業の実態だ」
「まあだいたいこんなもんだ」

それらを受容するうちに想像力の減退が進んでいく。自分のビジネスに対して頭が固くなってくるのである。
当初思いついた斬新なアイデアたち。実行したものは、最初のうちはよいけれども、やがてルーティンの一環となって錆びついていく。「そのうちやろう」と温めていた二番筋のネタは、記憶の底に沈殿して忘れられる
それっきり思い起こされることはなく……。

 

もしこのタイミングで事業がピンチを迎えたら!?

 

当然、テコ入れを考えるが、想像力は枯渇している。何をすべきか思いつかない
むりくりひねり出してもリアリティが無かったり、実行済みのことばかり。
ピンチが続きジリ貧になっていく。焦っても思考の火はつかない。火は燃料が無いと燃えない。インプットも好奇心もない状態では、新しいことは思いつかないのだ。

こうならないように、事業者は常日頃から夢をビジネスのリソースとして錬成し、蓄えておかねばならない

 

気付いた時点では「時すでに遅し」。かといって諦めるわけにはいかない。思いつかなくても何かを捻りださねば、倒れるだけだ。とにかくやれることを見つけるきっかけを求める

本を読む、人に会う、街へ出る

自分を刺激しているうちに、脳のひだに潜んでいた好奇心のタネが爆ぜて何か思いつくかもしれない。事業の枠組を超えてみるのも当然ありだ。

とにかく、じっとしていてはダメ。やることなすこと反応が悪くて無力感に苛まれても、歩みを止めたらおしまいである。

 

……ということを学びましたね。ハイ。

ある意味辛抱強くなりました
耐えることに馴れた、というか。

ま、卑屈にならない範囲なら、それもよかろうさ。

 

戦苦闘の中にも、小さな希望が一つある。年末段階でまかれた新しい種。事業とは別の、人生全般に関わることで、それがうまく実って萌芽してくれればいいと”思う”

敢えて”思う”を二重引用符で括っているのは、それが他力本願・僥倖的だからだ。

だから「だめだったらどうするの?」と危機感を持って備えておくべきなのだけど、どうも自分自身がもっさりとしている。
いいことにせよ悪いことにせよ、脳を働かして想像を試みようとするだけで非常に疲れるのである。

年末のこの記事づくりにしてもそうだ。思考力が低下して、一年を思い返すことも、総括することも、未来を標榜することも難しい。いわんや言葉に変換することの労苦をや。

脳機能の低下は現実的な危機である。なにしろ本が読めなくなりつつある。文章を目で追っても、頭が理解できない。何度もゝゝ同じ行をたどらされる。文字は理解できるのでディスクレシアではないのだろうけど……前頭葉莫迦になりつつあるのが実感される。10月の脳ドッグでは問題なかったが、じゃあいったい?

これらの脳のモヤモヤ感が、来年は改善されたらいいなあと思う。

 

人事を尽くして天命を待った一年。わかったことは「自分の神は自分自身しか為り手がいない」。自分の持ってる不揃いなもの  力や嗜好やクセみたいなもの  をうまく活用して、何か手応えのある楽しみ・喜びを生み出さなきゃいけないな。

 

それではみなさま、好いお年を。

 

▲本年は無責任姉妹発刊10周年でした。つうことは、アヲイを名乗って10年。これからもよろしくお願いします。

 

* * *

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愚痴を言うよ|クラウドソーシングの会社の面接を受けた話

 

近あったことで、ちょっと「どうかしら」と思ったことを、ここに愚痴めいて書きちらし、気晴らししよう。
他人の愚痴というのは、瘴気のようなもので、もしかしたら読んでるあなたの気を害するかもしれない。
が、まあ、大したことは無かろうよ。

 

愚痴を言いたいのは、クラウドソーシングで連絡をもらった某会社のことだよ。

 

この夏、本当に仕事が無くって、干からびそうになっていたので、藁をもすがる思いでクラウドソーシングに登録した。
それはココナラとかランサーズのような「個人の技」を売買するところではなく、「個人そのもの」をとりあつかう、アウトソーシングというよりも求人のようなサービスだった。
求人側は「求ム文章書き」のような感じで募集している。雇われたい側は「私は文章がものせるよ」のような感じでアッピールする。そういうマッチングなのである。


ぼくはライター関連で登録し、「あわよくば雇ってくれてもいいよ」という感じで出していた。
そしたらまもなく、あるITコンサル系会社(Aとしておく)からメッセージが来た。
あなたに興味があるからZoomで面接したいという。
ぜひおねがいしますと答えて、Zoom面接を受けた。

 

接というのは23年ぶりくらいでしたね。
Zoomとは言え、スーツ着ました。
相手は自称「その会社の幹部」で、20代とのことだった。若い兄ちゃんだった。
その会社の社長さんも20代で、ぶっちゃけその時点で「大丈夫かよここは」と思った。
いや、若さだけで不安視したんではない。
その会社はITコンサル系を謳っていながら、WEBは「今風かつ中身スッカラカン」で、SNSはFFも投稿も少なく、若社長が顔出ししているYouTubeは全然閲覧数が回っていなかった。

 

面接のお兄さんは「社長は技術よりハートを求めている」と言った。
そうですかと言いつつ、内心、ありがちだなあ、と。
だけど、人間50前後で再就職しようと思うと、その言葉は結構ありがたく聞こえるものだ。
なんとなれば、このロートルに誇れる技術なんてものは何も無い。デジタルにしても、せいぜいついていけてるくらいのもので、応用力のある即戦力にはならん。
もうほんとに、ハートだけですよ。買ってもらえるとすれば。

30分くらい話したかしら。
おって結果をお伝えします、と、ZOOMは終わった。
久しぶりに人と物をしゃべってすごく疲れた。

 

れから5日くらい音沙汰ナシで、ぼく自身面接を受けたことを忘れていたくらいだったのだけど、不意にこんな感じのメッセージが来た。

あなたは採用されました。いまあなたに適したライター業務が無いので、発生したら連絡をします。ついては、Chatworkの社長アカと弊社のLINEアカウントを友達登録して、仕事を待ってください。云々

(上記は原文のままではない。あくまで「感じ」である)

 

おお、やったぁ。
と思うじゃない?
でもふたつばかり引っ掛かった。

 

① すぐ仕事はないのかい
クラウドには「急募」みたいな感じで出してたくせに、すぐにないとは何だ。

② なんでツール2つも登録せにゃならんのか
Chatworkの方は社長との、LINEは仕事斡旋のためのもの、ということだった。


とにかくツールに登録しろというので、やっといた。
登録するだけならタダだし、LINEも別に重要な情報は載せてないし、Chatworkに関しては使ったことが無かった。
Chatworkの社長アカは、名前んところに「いそがしくてほぼ出れません」みたいなことが書いてあった。
とりあえず「採用ありがとうございます。よろしくお願いします」と。
LINEの方も登録して「よろしく云々」と書いといた。

 

、それっきり、1か月間、なんにもない。
その社長とやらからも、ひとことの返事もない。
LINEもだ。

ぼくに合う仕事がないのかもしれないのは、百歩譲って想像がつくけど、挨拶にひと言も返さないのは人としていかがなものか、こんな手合いとは仕事はできんなと思った。

全く馬鹿馬鹿しくて、どっちのツールもブロックして縁を切った次第である。

 

以上、こんだけのことである。

あれ、いったいなんだったんだろう?
彼ら、なんのためにやってるんだろう?

ChatworkやLINEの登録者を増やしたいだけなのだろうか? だとすると、わざわざ人を使って面接までやるもんかね?
ぼくの想像もつかないようなITコンサル会社のSEO的裏技の肥やしにされてたのだろうか?

それともほんとに「お前に合う仕事ないよ」だったのか。

 

うーむ。分からん。
愚痴にもならんことだが、胸に引っ掛かっていたので、吐き出してみた。
ちなみに、今日また新たな面接の案内が来ている。ヒマなので受けてみることにしたぼく。結末やいかに?

 

 

林アヲイの短編小説集を作成しました。
ちょっとしか刷ってないから希少本にはちげえねえ。

◆商品仕様

A6文庫本/260ページ/縦書き/カバー有/帯なし

◆内容紹介

人生の最期は切腹で果てたいと願う女子高生、青春を落語研究会に捧げたはずが空転する大学生、恋の幻影に迷い続ける女将など、多様な人々が自身の情熱に翻弄されながら、諦念と解放を得て前へ進む姿を描く。
同人時代より「誠実な人々」の活写を問い続けた小林アヲイによる短編集。表題作『受給家族』をはじめ、二〇一二年から二〇二五年に公開された作品5つを掲載した。

    *

新たに書き起こしたものはひとつもありません。
ぶっちゃけ地元文学賞落選作供養本です。よく考えたら、これらの作品を紙に刷ったことがなかったな……。

感涙😢プレイ不可能と思っていた自作フラッシュゲームで再び遊べた

 

まさに奇跡の再会ですよ。

嗚呼、かわいそうなFLASH。いくらセキュリティ的に問題があったとはいえ、全部かたっぱしから排除することはなかったろうものを。

ぼくらは一体どれだけの時間をアクションスクリプトの習得に費やしただろう。青春を返せ。

…とおもってたら、また遊べた。埃をかぶったXPで。

もう二度とプレイできないと思ってたのであまりにうれしく、動画とってXに上げたけど、勢い余ってこちらにも記述しておく。

 

この他、「ラーメン屋経営ゲーム」と「寿司職人早握りゲーム」も遊べた。いろいろつくっていたなあ、もう14年も前…。

古いPCのモニタの上半分が焼けてきていて見づらいのが寂しいね。

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