【再掲】マルセル・プルースト『失われた時を求めて』通読のための道しるべ
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』を読みはじめたが、あまりの長さに最後まで読み切ることができなかった、迷路にまぎれこんだようになった ― こうした話はよく耳にします。挫折せずに長編小説を読み進む、しかも味読する秘訣はあるのでしょうか。あります!などと大声で断言することはできません。でも、わたしなりの読書道しるべといったものでよろしければ、持ってます、とわたしは小声でお答えします。以下にその一端をご紹介させていただきましょう。迷宮脱出のためのアリアドネの糸が見つかることを願いつつ・・・。
わたしは、2014年にフランスの権威あるプルースト研究誌Bulletin Marcel Proust (査問付き)に仏語論文 <Nommer dans A la recherche du temps perdu> を発表しましたが、その論文(一部省略)に長い日本語レジュメを付け、『失われた時を求めて』の読書案内としてこの記事の末尾にリンクを載せることにします。 この論文は『失われた時を求めて』の今まで論じられてこなかった主題を扱っていて専門性の高い学術論文ではあります。しかし、この論文には長篇小説を通読するためのヒントが含まれているので、それが道しるべとなって読者の皆さんを導くこともできると思います。
仏語論文のタイトルを訳せば、「『失われた時を求めて』における名付け」となります。この長編小説における名前の問題は、以前からさかんに論じられてきました。私が論文で提示した新しいアプローチは、名前を<名を与える>という行為の観点から捉え直すことでした。ふつう小説では登場人物にはひとつの名前とひとつの性格が与えられ、それは変化しません。しかし、プルーストの場合は人物にいくつか複数の名前が付けられてゆくし、またその性格も時に大きく変化します。
ごくかいつまんで論文をまとめましょう ― 他者から新たな名前(姓をのぞいたファーストネーム、愛称、通称)が与えられ、それにともないその他者から芸術の創造性の可能性が示されると、呼びかけられた人物はそれに応えるようにして自己のうちに潜んでいた新たな可能性をみずから切り開こうと試みるようになります。名付けるという行為を通して名と創造性が与えられた人物は、それにうながされるようにして自らの内に潜む未知の素質を涵養し、自己変容を遂げ、主体となり創意に富む実践を行いはじめます。また、そうした自己変容を共通する根源的な主題とする寸劇は巻頭から巻末まで登場人物を変えつつ繰り返し演じられ、たがいにつながり小説の新しい時空間が編成されてゆきます。主人公の内面だけが独白される小説ではありません。
長編小説通読のためのヒントが含まれているこの論文 ― フランスで予想外の高い評価を得ました ― に長い日本語レジュメを付けてブログに載せる次第です。
<Nommer dans La Recherche (『失われた時を求めて』における名付け)>のレジュメ
@ 序曲としての就寝劇
『失われた時を求めて』巻頭で展開される就寝劇は、オペラや劇作品冒頭で演奏される序曲に相当するものです。序曲にふさわしく、長編小説全体のあらすじを集約して予告する物語性と形式を備えています。
この就寝劇は次のように展開されます ― 母親は訪ねてきたパリ社交界の寵児スワンをもてなすために忙しく、部屋で待つ幼い主人公におやすみのキスを与えることができなくなります。キスを奪われることは幼児期の子供にとっては母親との身体的な合一が奪われることで、主人公は悲嘆にくれます。夕食の片付けがすむと母親はようやく主人公の部屋に入ってきます。息子を愛称である「わたしの金貨さん」、「わたしのカナリアさん」などと呼びかけてから、ジョルジュ・サンドの小説『捨て子フランソワ』 ― 主人公の誕生日のために祖母によってあらかじめ用意されていたプレゼント ― を創意に富む調子で主人公に読み聞かせます。その朗読の声は泣きじゃくる主人公を落ちつかせます。主人公は次第に母親の朗読の声に聞き入り、母親の声が小説の散文に新たな生命を吹きこんでいることに気づき、その状態に未知の心地よさをおぼえるようになります。すでに母親との関係が新たに結び直され、潜んでいた自分の資質が陶冶され、主人公が幼児期から脱皮しようとしていることが暗示されます。
こうして就寝劇においては、主人公は他者性をおびた母親から名前でもって呼びかけられ、母から朗読という創意に富む声が贈与されます。孤立していた幼い主人公は、母親の音楽を思わせる朗読の声によって導かれ、幼児期の孤独から脱却し、新たな自己の可能性を主体的に探るようにうながされます。就寝劇は「新たな時代のはじまり」を告げ、新たな自我の誕生を予告する寸劇でもあったのです。母は平凡でもあったサンドの散文に、「どこまでもつづくいとしい思いのこもった一種の生命を吹きこみ」、主人公はその創造的な朗読に喜びをおぼえます。こうした経緯は、それだけでもすでに『失われた時を求めて』の主要な展開を暗示しているといえます。
@ 導き手としての祖母
主人公に名を与え彼を精神的な成長へと導くのは、母親だけではありません。祖母や、恋人アルベルチーヌや、ジルベルトや、画家エルスチールや、作曲家ヴァントゥイユや、料理女フランソワーズなどもそうした重要な役割をはたしてゆきます。この人物たちも、小説の他の構成要素と関連しつつも就寝劇に類似する場面構成に従い、主人公を高揚する領域へと導いてゆきます。
母親の分身である母方の祖母も、コンブレでの就寝劇における母親と類似する役割を避暑地バルベックで演じます。高級リゾート地の豪華ホテルの一室で主人公は孤立感を深めますが、その時無意識的記憶によって思い出された部屋の仕切り壁から主人公を愛称で呼ぶ祖母の声が響いてきます ― 「わたしのネズミさん」、「わたしのキャベツさん」。主人公を安心させとする、「すぐに行きますよ」という祖母の声も響くが、仕切り壁は次に祖母のピアノ演奏の音を伝えます。主人公は不安や孤独を忘れ、その精神を高揚させる場面が永遠につづくことを願うようになります。
母と祖母によって演じられたコンブレとバルベックのふたつの場面は、無意識的記憶によって思い出されたものとして描かれていて、時間の流れによって消し去られない重要なものとして強調さています。コンブレの就寝劇もその直後にマドレーヌ菓子による無意識的記憶によって甦ってくるコンブレの全生活を先取るようにして描かれていますが、バルベックのホテルで主人公を新たな世界へ導こうとする祖母も同様に無意識的記憶によって甦ってきます。
@ エルスチールと名付けられる画家
バルベックに向かう汽車の中で祖母は主人公に「エルスチール」という名前のすぐれた画家がいることを教え、その画業を高く評価します。エルスチールは小説に登場した時はサロンの軽薄な常連でしかなく、女主人ヴェルデュラン夫人によって「ビッシュ」と呼ばれていましたが、祖母はこのビッシュに新たに「エルスチール」という名前を与え、その絵画をセヴィニェ夫人の文学作品に比肩するほどだと主人公に語ります。祖母によってすぐれた画家とされたエルスチールは、社交界の花形ヴェルデュラン夫人たちが避暑を送るバルベックから離れた所にアトリエを構え、そこには傑作「カルクチュイの港」が置かれています。祖母にうながされてそのアトリエを訪れた主人公は、習作群や海洋画を見るうちにエルスチールの創意が、詩でいうところのメタファーによって現実を豊かに変貌させることにあることを学び取ります。エルスチールは、海には陸の用語を用い、陸には海の用語を用いて描いてました。物にそれまでとは別の名を与えて物を生動させ、新たな可塑性を付け加え、対象に「メタモルフォーズ」をうながしていたのです。また、彼の絵画は音楽や文学などの芸術のさまざまなジャンルの用語が使われて描写され、ジャンルを越えて息づく作品そのものとなって迫ってきます。
@ アルベルチーヌの登場と成長
エルスチールは事物にだけでなく人物にも新たな名を与え、その人物に新たな可能性を付与し、人物像を変貌させます。「シモネ嬢」と呼ばれ、仲間とともにリゾート地で遊び、下品な表現も大胆に使う貧しいみなしごをエルスチールは「アルベルチーヌ」とアトリエで新たに名付けて、主人公に紹介します。アルベルチーヌは同性愛疑惑を主人公に抱かせ、嘘もつくなどして彼の嫉妬をかき立てつづけますが、しかしアルベルチーヌという名が与えられると、それ以降はエルスチールから学んだ物の見方を時として自分なりに応用して表現するようになり、主人公を驚かすようになります。彼女が示すようになった教会や地名や服飾への生き生きとした関心には、エルスチールから学んだ物の見方が独自の形にされて反映されています。さらには、その口癖から「さんざんだ」とあだ名されていたバルベックの無知で断言好きな青年に、アルベルチーヌは「オクターヴ」という新たな名を与えますが、それは「さんざんだ」というあだ名の青年が才能豊かな劇作家として成功する時なのです。名を与え、その当人に覚醒をうながすことは、エルスチールが行っていたことでもあります。
小説から退出する母親や祖母に替わり、エルスチールから名をもらい創造性を発揮して自己変容するアルベルチーヌは、次第に重要な役割を演じるようになります。第五篇『囚われの女』のパリで主人公と同棲生活をはじめるアルベルチーヌは、それまで母親や祖母から愛称で呼びかけられ創造性へと導かれたものの無為な日々を送りつづける主人公に「マルセル」と三度呼びかけ、「マルセル」の前でラシーヌの劇『エステル』を引用したり、ピアノを演奏したり、すぐれた着こなしのセンスを披露したりします。そのことによって主人公マルセルから創造的な反応を引き出し、主人公を創造性を発揮するマルセルに脱皮させようとします。こうしたアルベルチーヌの姿が就寝劇を演じた母親に重なることにマルセルは気づきます。主体的な創作活動を一日延ばしにしてきた作家志望の主人公も、アルベルチーヌに「マルセル」と名付けられると、「以前のわたしとは別の名前を持つ新たな自我」が生まれのを感じ、彼女から届けられる創意に応える形で自らもピアノを演奏するようになります。また、サロンでヴァントゥイユの七重奏曲を聴き、楽節と楽節が相互に働きかけ合い、そこから楽節が他の楽節を活性化する関係の場が生成していることを聞き取ります。ここからは就寝劇での母親の朗読の描写に使われた表現を読み取ることができます。そして、「アルベルチーヌへの愛よりも神秘的な何か」が生まれてくることに気づきます。 先行作品ソナタを展開させた七重奏曲から得られる詩的な感覚が、恋愛における幻滅や嫉妬といった心理よりもはるかに長く持続することにマルセルは気づきます。
@ ジルベルト
こうして主要人物たちは孤立せずに、たがいに離れて登場しても一連の人物群となって基本において共通する役割を演じます。愛情や性や社交界といった小説の他の大きなテーマにも関連しつつ多岐に渡って演じられる創造性への導きをマルセルは学び取り、自身の創造的実践を模索するようになります。
こうした大きな流れに沿っていくつか傍流ともいえる脇筋も編まれてゆきます。たとえば、ジルベルトとその母親の関連がそのひとつの例です。ジルベルトは当初、「スワン嬢」として小説に登場しますが、その母親スワン夫人 ― 名もない大部屋女優であり元高級娼婦オデット・ド・クレシーでしたが、エルスチールは彼女の肖像画を描き、その絵に「ミス・サクリパン」という名を与えます ― からタンソンヴィルにある自宅のサンザシの生垣というやはり外部と接する所ではじめて、「ジルベルト」という名前でもって呼ばれ、そこを通りがかった主人公は「スワン嬢」の名前が「ジルベルト」であることを知ります。シモネ嬢がエルスチールによってアルベルチーヌとアトリエで呼び直される経緯と並行します。ジルベルトが現れるサンザシの生垣もやはり音楽や絵画の用語でもって描かれ、精彩に富む場面になっています。ジルベルトもアルベルチーヌと同様に教会巡りを行いますし、親しい友人の作家ベルゴットの作品を主人公に貸すなどして自分なりに彼を創造性へと導こうとします。主人公をエルスチールや作曲家ヴァントュイユへと導くアルベルトと同様に、です。さらにアルベルチーヌがパリで行ったように、ジルベルトも主人公の名前をシャンゼリゼ公園で呼びます。しかし、ここではその名前はついに表記されません。ふたりとも主人公の恋愛の対象ですし、こうしてふたつの恋は並行して展開されることもありますが、主人公を「マルセル」と呼んだアルベルチーヌに比べると、ジルベルトは副次的な存在なのです。
@ マルセルと名付けられる主人公
マルセルはのちに母とヴェネチアに旅し、美術館でカルパッチョの『聖女ウルスラ物語』に描かれた年取った婦人を母親だと思います。また、同じカルパッチョの『悪魔に憑かれた男を治癒するグラドの総主教』の描かれたカルツァ信心会員のひとりにアルベルチーヌの姿を重ねて見ます。そうすることで、自分に名を与え創造性へと導いてくれた母親とアルベルチーヌを、今度はマルセル自身が名画に描かれた存在にまで高めようとします。主体となったマルセルは、母親やアルベルチーヌにならいながらも、それをここで愛情をこめて独自の表現にしてふたりに働きかけています。こうして母親とアルベルチーヌは芸術作品の輝く存在となって生きつづけることになります。すでにアルベルチーヌと祖母は死に、死や忘却が広がりますが、そうした時間の流れにさからようにして創意による永続性が登場人物に与えられます。
@ 巻末における『捨て子フランソワ』
最終篇『見出された時』の巻末近くでマルセルは、ゲルマント大公邸の午後の集いに行き、サロンに入る前に無意識的記憶を立てつづけに三度おぼえますが、その直後大公邸の図書室で小説『捨て子フランソワ』を見つけ、コンブレの就寝劇で母親によって夜通し朗読された小説を思い出します。就寝劇で朗読された本は、「もっとも素晴らしい光を浴びて発見されたが、その光はたんに昔から模索をつづけてきたわたしの思考だけでなく、わたしの人生の目的までも、そしておそらく芸術の目的さえも不意に照らし出した」。創造的主体を獲得し創作に打ちこもうとようやく決意するマルセルは、就寝劇で朗読された小説が幼児期からの自らの変容の軌跡を集約するものであることに気づきます。就寝劇で朗読された『捨て子フランソワ』は『失われた時を求めて』全編の展開を予告する序曲ですが、巻末にふたたび現れて、今度は『失われた時』の主要な展開を記憶によってマルセルに明示します。巻頭から展望へと、また巻末からの回顧へと向けられるふたつの照射によって、間隔をおいて断続的に反復されてきたいくつかの名付けの場面はたがいにつながります。また、母親が巻頭のおいて朗読で行ったことを、今度はマルセルがその創造性を独自の形に増幅させて巻末において実践しようとしていることになります。
@ 孤立する姓や称号
成長の軌跡を描くこの教養小説 ― 外部からの働きかけを受けた主人公の内面の発展を描く長編小説で、ビルドゥングス・ロマンともいわれる ー には、その流れに逆らい抵抗する人物たちも描かれます。慣例に従い固定化され不動のものと思いこまれてきた大きな姓のほうは、そこに近づくうちに、姓に含まれていた魅力を次第に失ってゆきます。たとえば、憧れていたゲルマント公爵夫人も画家エルスチールをひどく嫌い、最後には自分の名前さえ失うように書かれています。ゲルマント公爵夫人はそっけない性格を露呈するだけでなく、アルベルチーヌが共感を寄せる元売春婦が女優として評価され、「ラシェル」という新たな名を得ても、その新しい名前を無視し、「あの淫売」、「ユダヤ女」などとかたくなに侮蔑的に言いつづけます。大ブルジョワジーのサロンを取り仕切るヴェルデュラン夫人も、自分のサロンの軽薄な常連だった「ビッシュ」あるいは「ティッシュ」が画家「エルスチール」となって成功しても、ビッシュを「エルスチール」と言い換えることを拒みます。ヴェルデュラン夫人は三度目の結婚によって対立関係にあったゲルマント家に嫁ぎ、姓をあっさり置き換え、いつのまにか「ゲルマント大公夫人」になりますが、あいかわらずサロンを取り仕切ります。また、ブロックは姓も名前も「ジャック・デュ・ロジエ」にひとりで勝手にすっかり置き換え、貴族のサロンに足繁く通います。イギリス紳士然として振舞い、一見成功した劇作家に見えます。しかし、彼はその実マルセルの著作を剽窃をする出世主義者にすぎません。
登場人物が名前を新たにもらい成長する場面は、小説全篇を通して間歇的に変奏されつつ反復されてゆき、脇筋もそこに加わり大きな広がりが編まれてゆきます。その一方、貴族などの姓や称号の慣例によって不変と見なされてきたものの魅力は、そこに近づくにつれ相対化され次第に色褪せたものになってゆきます。恋愛や社交界のような大きな場面のあいだに挟まれたような所で演じられる名付けの寸劇は共通する展開を見せ、たがいにつながり、声量を増し舞台前面にせり出してきますが、一方それとは逆にそれまで舞台中央を占め、安定し不動とも思われてきた大きな姓のいくつかは固定されたまま変質し、その立場をあやうくしてゆきます。称号のついた姓などの社会上の立場のゆらぎにもわれわれは立ち会うことになります。称号と姓の継承には何かしら痛々しいものが感じられる、とプルーストは書いています。なお、主人公マルセルの姓はついに明らかにされません。
@ 芸術作品
この小説では芸術作品が重要な役割を演じます。芸術は受容と創造性との関係性において描かれ、しばしばジャンルを越えて描かれる作品は創造的主体によって実践され、それを受容する者によってさらなる創造性は、この小説特有の構成に従って追求されるものとして表現されます。
その創造性は、芸術家個人の独創として発揮されるものではなく、また偶発的にもたらされる天啓のようなものでもありません。
@ 顕微鏡と望遠鏡
名をもらい、それに応えて数次にわたって脱皮し自己変容する一連の人物たちを追うためには、微視だけでなく巨視も必要となります。プルーストは最終巻『見出された時』で、顕微鏡だけでなく望遠鏡も使って『失われた時を求めて』を読んでほしいと読者に呼びかけています。
細部の表現にも特有の輝きを放つ小説ですし、細部の描写を読んでいるとまるで投げた投網をたぐる時のような手応えをおぼえることもできます。しかし、同時に人物群が時間とともに変容し展開されてゆくのを大きく俯瞰するような視座からながめることもできるのです。これはこの小説が与えてくれる大きな、そして稀有な楽しみでもあります。
以上
『失われた時を求めて』の翻訳について論じることは、このブログの主旨ではありません。しかし、せっかくの機会でもあるので、仏語論文で引用した『失われた時』の原文だけに限り、その翻訳がはらむ問題点についても触れておきましょう。
就寝劇が『失われた時』の序曲であり、そこ演じられる劇が小説全編にわたってライト・モチーフともなって次第に大きく展開されてゆくことは論文で詳述しました。しかし、既訳のひとつではこの就寝劇(drame du coucher)が「就寝の悲劇」と訳されています。この小説全体の調子を予告する劇が「悲劇」であるという解釈には違和感をおぼえざるをえません。
また、豊かな芸術的感性に富む母親も祖母も、上述したように、愛称で主人公を呼び、受け身の彼を創造的受容へと導きますが、この際に繰り返される愛称が一部訳されていない邦訳があります。その後も反復される特徴的な呼びかけなので、省略することなく訳出するべきだったのではないでしょうか。
また、ジョルジュ・サンドの小説『フランソワ・ル・シャンピ』の題名は、champiという普通名詞をそのまま訳し、『捨て子フランソワ』としたほうがプルーストの意図が伝わる邦訳になったのではないでしょうか。最終篇『見出された時』のなかで、執筆しようとしている小説についてマルセルはこう語っています ― 「小説のエッセンスは、『捨て子フランソワ』という名前に含まれている」。名もない捨て子に里母が「フランソワ」という名を与え、そのフランソワは成長してゆきますが、こうした展開は基本において『失われた時』全体の展開さえ暗示しています。ちなみに、サンドのこの小説のタイトルは既訳ではchampiが訳されていて、『棄子のフランソワ』と訳されています。
また、主人公の名はマルセルではなく、全篇を通し一貫して無名でありつづけると主張する邦訳もあります。アルベルチーヌが主人公に「マルセル」と呼びかける第五篇『囚われの女』の三箇所は、これをすべて削除するべきだ、プルーストがもう少し生きながらえていたら自身の手でこの「マルセル」はすべて削除されていたはずだという主張です。この大胆な<主人公無名説>は長いあいだ流布しました。しかし、その後広範に集められた当該箇所の草稿群の調査研究によってこの無名説は否定されることになりました。
わたしも以下の仏語論文において生成研究とは異なった観点 ― つまり小説の全般的展開の多面的考察 ― からこの<主人公無名説>を再検討しました。その結果、上記のレジュメでもお分かりのように、この<主人公無名説>は否定せざるをえませんでした。この<主人公無名説>では、調査した草稿類がかなり限られたものであったし、またとりわけ小説全般における根源的な展開が考慮に入れられていないからです。
論文<Nommer dans A la recherche du temps perdu>改訂版へのリンクです。
https://drive.google.com/file/d/1OWWyaAlXDg4_sAhWcBVhk3qzI6VGmyls/view?usp=drive_link
短歌・俳句におけるモノローグとディアローグ
草藉(し)きて臥すわが脈は方(ほう)十里寝(い)ねたる森の中心に搏つ
森鴎外 『鴎外全集』
我が足はかくこそ立てれ重心のあらむかぎりを私しつつ
森鴎外 同上
鴎外はドイツに医学留学し、日本の文化と異なる近代合理文明を知り、個人としての自我の確立を目指す。その後、社会において他者との軋轢も体験するなどして、新たな自我は葛藤することになる。掲載した二首の短歌では、「私」を中心に据えた活力に富む自画像が歌い上げられている。求心的に自己がさぐられていて、国家のエリートとしての鴎外の自負がうかがえる。
あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり
斎藤茂吉 『あらたま』
茂吉の自我はそれだけが純粋に描かれるのではなく、自我は対象と同一化される。掲出した歌では、自己を「一本の道」に重ね合わせている。ここでも歌は私によるモノローグになっている。夕日に赤く照らされた一本の道、この道を歩むことこそが私の生きる宿命なのだ、という茂吉の強い信念が歌われている。「たまきはる命」は、「限りある命」。
彼一語我一語秋深みかも
高浜虚子 『六百五十句』
俳句では、短歌とは異なり作者の自我の感情や体験をストレートに述べることは少なくなる。自己中心的な表現だけでなく、他者や自然との関わりのほうが前面に出てくる。
俳句の俳の非は、もともと「二つに分かれる」という意味で、俳は「左右に分かれて掛け合いの芸を行う人」になる。ふたつのものが取り合わされることによって、俳句の表現の幅は広く深くなる。この句では、深い秋の静けさに包まれて「彼」と「我」とのあいだでかろうじてディアローグが成り立っている。

行く我にとどまる汝(なれ)に秋二つ
正岡子規 『寒山落木』
「我」は子規のことで、故郷松山を後にして東京へ向かう。「汝」は親友の夏目漱石のことで、松山に中学校英語教師として留まる。前掲した虚子の句において相手は「彼」と表現されたが、子規にとって漱石の存在は「汝」としか書くことができないかけがえのないものであった。虚子は相手を「彼」という三人称で表現したが、子規は漱石をここでは二人称の「汝」で呼びかけていて、二人の関係が親密なものであったことがうかがわれる。一生続くことになる友情の一時的な惜別からも痛切なものが感じられる。漱石は子規の死後も、子規との深い友情を小説に書き続ける。
鶯(うぐいす)や板三打してすぐ返事
星野立子 『春雷』
鶯と板を打つ人との取り合わせ。鳥という自然も俳句の重要な取り合わせの構成要素だ。双方から相手に発せられる呼びかけの積極性が爽やか。余韻が続き、読者は次に起きる新たな展開を、共感をおぼえつつ想像する。
急(せ)く仔犬四肢もにぎやか七五三
香西照雄 『素志』
七五三では三つと五つの男児と、三つと七つの女児が祝われるが、そのはしゃぐ子供たちと同行する仔犬の四本の足が取り合わせられる。数字の七五三と子犬の脚の四がじゃれあってもいる。初冬の民族行事の祝祭的な賑やかさにはさらに千歳飴の千という数字まで参加するようだ。数字のリズム感に富む取り合わせが、さらなる数字の参加を呼び込もうとする。一見すると抽象的な数字にも、他の言葉と同様、生活の場における人の心の動きが包まれている。
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな
与謝蕪村 『蕪村句集』
五六騎が目指すのは、京都伏見の離宮鳥羽殿というよりも、吹き荒れる野分のほうだろう。少ない軍勢となって馬を走らせるのは、野分と戦おうとしているからだ。往時の合戦絵巻風のダイナミックな情景が目に浮かぶ。
下谷一寺浅草一寺冬霞
山口青邨 『露団々』
ふたつの町の静止画像だけが描かれているように思われるが、下谷と浅草の寺の鐘の音が、時に重なりつつ、それぞれの町の生活を少しずつ活性化してゆくようだ。下谷と浅草が俯瞰されるが、その境界も少し押し拡げられるかのようだ。
ひぐらしの一つが啼けば二つ啼き山みな声となりて明けゆく
四賀光子『麻ぎぬ』
もちろん短歌にも異なる二物を取り合わせた歌もある。つまり、ディアローグの傑作もある。なき交わす二羽のヒグラシはやがて目覚めた他のヒグラシとも声を交わし、その交響は夜の闇を払い、あたり一帯は快い声の一山となって現れ出る。取り合わせは時にそれまで気づかなかった新たな可能性を創出することになる。言語表現に秘められている驚異の生成能力!
吉田健一とプルースト
吉田健一にはプルーストと共通する点が多くある。両者とも教養に富む恵まれた環境の中で少年・青年時代を過ごしたし、フランスの作曲家セザール・フランクを好み、ベートヴェンの晩年の室内楽にも惹かれている。また、絵画の黄金期のひとつである17世紀オランダ絵画にも深い造詣を見せている。ふたりの著作はともに近代が終焉を迎え、新たに革新的な表現が模索された19世紀末から20世紀初頭という時代の大きな端境期にその主軸が据えられている。たとえば、登場人物といえば、19世紀小説というジャンルにおいてはそのアイデンティティを確立させることが常道でもあったが、吉田の場合、主人公は時に自分のことを「こちら」と言いだす。主人公は地理上の位置存在ともなり、多様な様相を見せるようになる。一方、『失われた時を求めて』においても、人物たちは途中で時に変容し、さらには名前まで変える。
過去の捉え方においても、ふたりは基本において類似する姿勢で探求を行う。いつも出来事を因果関係で直線的に説明付ける進歩史観のような歴史を嫌う。吉田もひたすら博識ぶりを誇示するだけで、過去に対する「今から」の批判的な関与なり問い直しを示さない型にはまった歴史学者を嫌っている。こうしたタイプの歴史観の持ち主は、『失われた時を求めて』にも登場する。ソルボンヌ大学教授ブリショはバルベック周辺の地名の語源についての博識を披瀝し続ける。しかしその長広舌に割って入って、ブリショ教授の画一性に疑問を呈するように自分なりの語源解釈をしてみせるアルベルチーヌの才気のほうがこの場面では記憶に残る。また、シャルリュス男爵もヨーロッパ中世にも遡る自分の、つまりゲルマント公爵家の家系図をモノローグで長々と開陳してみせる。しかし、この頃には主人公の気持ちはシャルリュス男爵からすでに離れている。
こうして吉田とプルーストのあいだにはある類縁性を指摘することができる。しかし、意外なことに吉田はプルーストをあまり評価しない。
まず吉田がプルーストにたいして批判的な口吻を洩らしている箇所を紹介したい。とりわけ、吉田はその『ヨオロッパの世紀末』において、プルーストの第一篇『スワン家のほうへ』のマルタンヴィルの三本の鐘塔のエピソードを取り上げ、こう批判する ― 「この節を一貫して支配してゐるのが現在といふ時間であることは読んでゐて息苦しくなることでも明らか」だ。つまり、時間は<現在でも過去でもなく、その両方>と考える吉田は、マルタンヴィルの鐘塔の場面では時間は現在という一点に止まっていて、現在以外の他の時間と流動的につながらないと批判する。同種のプルースト批判は、吉田の『時間』からも数箇所において読みとることができる。「現在と過去との区別に固執してい」るとも指摘する。

しかし、この三本の鐘塔のエピソードは、実はそれが置かれた第一篇以外にも、大きく変奏され展開される形で第6篇でも再登場し、小説の重要な構成要素といったものにまでになってゆく。マルタンヴィルの鐘塔の場面は<現在時>という一点にとどまるものではなく、時間軸を大胆に流動し、間欠的に反復・変奏されることによって小説の重要なモチーフのひとつを形成するまでになる。どのようにこのモチーフが構成されてゆくかをまず追ってみたい。
三本の鐘塔の場面では、主人公は全速力で走る馬車に乗っているが、遠くの三本の鐘塔が馬車の移動とともに遠近法という制約から解き放たれ、娘たちや花々にも見えてくるのに驚く。通常は静止の状態で対象が描かれるが、ここでは対象は ― のちに画家エルスチールの絵画によってより大規模に展開されるが ― 動態の相の下に描かれている。この新しいものの見方に興奮した主人公はその場で多様に見えてくる鐘塔の姿をメモに書き止め、その散文詩ともいえる文章を新聞の「フィガロ」紙に投稿する。
文章化された三本の鐘塔を主人公は、第2篇において元フランス大使で何事においても変革を好まない体制順応の官僚ノルポワにパリで読んでもらうが、ヴェルデュラン夫人のサロンの常連でもあるノルポワ侯爵はその散文詩を評価しないだけでなく侮蔑的態度を示す。彼の批判的言辞は若い主人公にとって抑圧ともなり、その後長いあいだに渡り、彼は書くという行為をあきらめ、ペンを取ろうとはしなくなる。
しかし、大きな展開を迎える第6篇「消え去ったアルベルチーヌ」までの長い沈潜あいだ、主人公は書くという発信行為は中断したものの、優れた作品の受容という受信を繰り返し行い、そこから受容という一見字義通りのコピーと思われた行為から独自の創造的姿勢が生み出されることを繰り返し習得してゆく。エルスチールやヴァントゥイユといった画家や作曲家の作品から受容が創造的実践へと導かれ促されるようにもなる。
そうした時第6篇「消え去ったアルベルチーヌ」で母親によってさりげなく渡された「フィガロ」紙にかつて第1篇で投稿しておいた<マルタンヴィルの三本の鐘塔>が掲載されているのに気づく。しかし、ここで主人公は自分が書いた散文詩をその作者として読んではいない。読むことが読者に新たなものの見方を見出させ、さらには書くことへと促されることがあることを習得した読者として読んでいる。「著者の考えは読者にじかに伝わるものと信じがちだが、実際は読者の精神の中に新たに作られるのは、それとは別の考えなのだ」。主人公が書くことは、読者たちに自分達も自分なりに書こうという精神の営為を喚起させ、新たな可能性を見出させことにつながるはずだ。結局書く者は読者たちを知識や情報の額面通りの享受に追いやるのではなく、創意を芽生えさせる者なのであり、そのことよって作者と読者は精神の深い所で結びつくことになる、とプルーストは続ける。この楽しみは、たとえ読者たちが遠くにいても作者には看取できるはずだ。「(読者という)他者たちに働きかけるという私の楽しみは、もはや時に表面的な会話だけに終始する社交界にあるのではない、文学の中にある」。
したがって、<三本の鐘塔>は現在時という一点だけに孤立したままで終わる短いエピソーではない。また興奮するあまり読者の存在を眼中に入れない狭い作者意識だけが描かれているわけでもない。時に大きく広げられるコンパスのように間欠的に反復変奏されるうちに、<三本の鐘塔>は無理解による失望という試練に遇いながらも、長い模索の末、最後は主人公を書くことに向かわせ、読者を励起させる『失われた時を求めて』に並行する重要なモチーフに育ってゆくものなのだ。
しかし、以上指摘した点は吉田健一が残した業績の大きさを前にすれば、ごく些細な細部といえるものだ。あの長い文章はプルーストの同様に長い文章を想起させるし、このふたつの長い文章はともに一種のダイアローグ原理から生まれた現代的なもののようにも思われる。それに、壮大なまでの歴史観が文章という細部を支えているので、長い文章は恣意的なものには思われない。つまり、微視と巨視は密接に関連しあっていて、こうして堅牢に構成されるスケールの大きさはやはり日本文学では稀有のものと認めざるをえない。そして、このミクロとマクロの相関性はやはりプルーストを連想させるものなのだ。両者とも歴史の大きな変換点あって、黄昏めいた弱い光の時代背景にある深い危機をおぼえつつも、吉田健一もマルセル・プルーストも新たに書くことによって敢然として時代と向き合ったのだ。
東京日仏学院を再訪する
東京日仏学院は1952年創立のフランス政府公認の語学学校・文化センターです。2012年にアンスティチフランセ東京と名前が変わりましたがフランスと日本の文化交流を図る施設です。
旧棟は、近代建築の巨匠ル・コルビュジエに師事した坂倉準三が設計し1951年に完成。新棟は藤本壮介設計で、南仏の村をイメージして2021年に造られました。学院は中央に庭がありそれをぐるりと囲むように新旧の校舎が立てられています。旧棟新棟とも外壁は真っ白で、窓が大きくたっぷりとられています。

新棟のテラスや階段の手すりの柵が建物をめぐり、教室やホールを違和感なく流れるようにつなげています。 テラスや階段によってつながるようなこの広い回遊性の動線をまるで散歩をするように歩くことができます。 ところどころに置かれた椅子やテーブル、ベンチも来訪者を寛容に迎えてくれています。 気に入った場所に座って、流れていく時間の中で陽の光が建物の表情を変えていくのを追うのも楽しいと思います。


特に気に入ったのは旧棟の中にある螺旋階段です。登り口の奥には別の螺旋階段の入り口があって螺旋は二重になっています。 二重螺旋階段と言うと、福島県会津若松市の飯盛山に建立されたさざえ堂(国指定重要文化財)を思い出しましたが、あの積み木のようなカクカクとした直線の連続に比べて、この階段の手すりの示す柔らかく伸びやかな曲線はなまめかしくもあり、そのまま天まで上っていくようです。その内側の構造には天窓から注ぐ光が影ともなり、白い壁にさまざまな表情を与えています。

新棟の1階にとても評判の良いレストラン Loiseau de France があります。フランス料理界伝説のシェフであるベルナール・ ロワゾーの想いを受け継ぐお店だそうです。お洒落で落ち着いた雰囲気の店内は居心地が良かったです。おもてなしも暖かく、何よりもお料理が味覚のツボをしっかり抑えていてとても美味しく(とりわけ、グリンピースのスープ!)、予定外のワゴンデザートとカフェのコースまで追加してしまいました!


学生時代、2年間学院に通いました。50年以上も前のことになります。当時のことが甦ってきてしばしば立ちつくしました、入り口で、教室で、中庭で・・・・・・。
吉田健一『金沢』の愉しみ ― 床の間と町
吉田健一の小説『金沢』には、内山という主人公が登場する。といっても、この内山、主人公と呼ぶには少々ふさわしくない人物だ。なにしろこの人物、「自分というものに固執することもなさそう」なのだ。吉田の世界では、たとえば『東京の昔』でも、自分のことを「こつち」と言う主語が現れる。自我とか我執をリアルに暴く私小説のいつも一人称単数の主人公とははじめから異なる立場に立っている。
もっともこの内山は、小説においてさまざまな独自の体験を重ねるうちにいつのまにか交友の人としての豊かなものの見方まで身につける。この内山という人物はいったいどのようして成熟ともいえる境地に達したのだろうか。
はじめ内山は寺の床の間に掛かっている山水画を見に行く。仙人が月に見入っているが、そのうちに仙人である「男も酔っていったのだろうか」、月光を探して山水画から外のほうへ出てしまう。内山もこの画中の仙人にならい、床の間の山水よりも外の犀川や森が月光を反射させるのに見入る。虫が月光に応えるように鳴き始める。山水画という絵画作品だけが審美的受容の対象になっているのではない。遠くの犀川にかかる鉄橋は金沢という「町」 ― 街とも市とも表記されない ー を造形するための重要な手駒とのひとつとして小説に何度も登場するが、ここでも橋は月の光を浴びるだけでなく、意思を持つもののように月光を「射返し」ている。寺の薄暗い床の間から外部に拡がる月光は、町の空間や時間を押し拡げ、光に反応するものたちを次々に闇の中から静かに目覚まさせてゆく。

月光によって新たに現出される町の大きな空間は、近景を中心として背景をマイナー扱いする遠近法という制約に縛られない。また時間にしても仙人のいる山水から始まり、過去が継続的にさらに現在にまで展開されていて、過去という制限の中だけに封じ込まれるものではない。過去だけでもなく、また現在だけでもなく、その両方こそが重要という吉田の時間はここでも生かされている(『時間』)。
『金沢』は、床の間の山水画から展開されるだけではない。金沢のなじみの骨董屋が第一章において内山に見せた、その底に紅を浮かべる青磁の湯呑みも、上述した床の間の山水のテーマと並走しつつ、類似する展開を見せる。内山は金沢の裏町の料理屋で3人の女を見かけるが、3人とも「緑色の着物に紅の帯を締めている」のに気づく。のちに金沢の山奥でも、同じ配色の服装の女が現れる。杯はいつのまにか紅を浮かべる。湯呑みにも紅葉する桜の葉の紅色が浮かぶ。青磁の名器も美的な対象物にとどまらずに、ここでもその外縁を拡げ、町に出て、生活を活性化するかのようにさまざまな日常の品に紅や青磁の青をつける。どこかに香りまで漂う。

吉田健一はここでフランスのポール・ヴァレリーの文明論を思い浮かべたのかもしれない。吉田はその『ヨオロッパの世紀末』においてしばしばヴァレリーに言及しているからだし、ヴァレリーは20世紀に入り、美は生に置き換えられたと主張しているからだ。いずれにせよ、美は吉田にとってもヴァレリーにとっても抽象的な別世界に閉じこもる大時代がかった大文字の「美」ではなくなり、生活の領域とも相互浸透を起こし始める、身近な場にまでその活動を拡げるものだったのだ。
床の間の山水画や座敷に置かれた宋の青磁の名器から外のほうに小説世界は拡がり、全6章のうち4章目に来た所で、「内山は金沢の町を感じてその午後がそこから遠くまで拡った」という文が書かれている。たしかに、舞台は床の間や座敷から町へ、さらには周辺に拡がる山々や、最後には山あいの温泉にまで拡がる。
しかし、ただ拡がるだけではない。「温み」が通う広い場といったものが形成され始める。町中でも家同士は挨拶を交わし、山々も向かい合い、声まで発する。

登場人物たちがある晩に温泉に集まる。みんなは「縦横に網を張り巡らせる」、「全体が互いに働き合う」。最後には物たちも音を、声を発し、歌うまでになる。音楽まで響く。きっと、聞こえてくるのは、幾つのも弦楽器による合奏曲だろう。金沢は前田藩公が治める都ではなくなっている。金沢を囲む山あいの温泉では最後に登場人物たちが集まり、酒宴がはられる。普通は自然と呼ばれているものがただの木や石でなくなっていて、「何か語り掛けて来る」。登場人物たちと杯を交わすだけではない、「内山は山や川と飲んでいるようなものだった」。
高揚する精神が流動し、その交歓は長く持続する。

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『失われた時を求めて』第6篇『消え去ったアルベルチーヌ』を読む
1. 恋人アルベルチーヌは突然マルセルと別れ、その出奔後に落馬事故に遭い、死亡する。主人公マルセルは絶望にかられるが、アルベルチーヌの真の姿を知ろうとして、彼女が生前に見せたさまざまな面を思い出しては、真実の追求を様々な角度から続ける。しかし、彼女の同性愛疑惑についても、確証は得られない。
やがて、忘却の時期が始まり、それは三つの段階にわたって詳述される。確かに、アルベルチーヌは少しずつ消えてゆく。しかし特徴的な点は、習得を重ねつつ「書く」という実践へと向かういわば肯定的なプロセスも同時に描かれていることだ。アルベルチーヌの失踪、そして忘却へ向かう動きとは反対に、次篇『見出された時』掉尾でマルセルに「書く」決意をさせるための挿話もいくつか点在する。

<忘却の第一段階>においては、コンブレのマルタンヴィル鐘塔について書き、フィガロ紙に投稿しておいた小文がようやく紙面に掲載されることになる。コンブレでひとり興奮して書き上げた若書きの文章を新聞という公共媒体の読者として再読する体験をすることで、マルセルは書くという行為が単独では成立するものではなく、それを読む読者たちという他者の関与があってはじめて成り立つ社会的実践であることを知る。書くことがそれだけで行われる単独の行為ではなく、読むことと可逆的に密接に結びつきつつ実践されることをマルセルはここではじめて習得する。こうした「書く」作者の相対性は、最終篇『見出された時』掉尾を準備するものだ。この最終篇では母に導かれるマルセルは、母が読む声を聞くという受動的行為が、自らが書くという主体的な行為に反転することを自ら演じる。
<忘却の第一段階>末尾においてマルセルはゲルマント公爵夫人からのオペラ・コミック座への招待を断り、こう言う、愛していた女性を亡くしたのでいけない、と。 「それを話すことがはじめて私にある快感を味わわしてくれた。この時からだった、私は最近大きな悲しみを知った、とみんなに書き始めた。そして、私はその悲しみを感じなくなり始めていた」。ここでもゲルマント公爵夫人からの招待に応じない決意は出入りしてきた社交界と距離を置くことを意味している。マルセルは時に虚栄心や高慢がむき出しになる社交界に長いあいだ浸ってきたが、ここでは書くことに取り組もうとする成熟した精神の高揚を意識している。
アルベルチーヌの出奔と落馬事故による死が引き起こす絶望と忘却という悲劇だけでは終わらない。マルセルは次の最終篇『見出された時』において「書く」決意するために必要な点を第6篇においても習得してゆく。
<忘却の第二段階>でも、アルベルチーヌとの同性愛をにおわすアンドレの発言を聞いても、マルセルは以前とは違い深く悩まなくなる。バルベックの軽薄で肺病病みの青年オクターヴが、演劇に「革命」をもたらすほどの才能に富む劇作家に変容したことを知る。オクターヴのモデルは、劇作家でもあるジャン・コクトー、あるいはプルースト自身であるともされている。オクターヴも、書くことへ向かう友人のひとりといえる。
こうして、『消え去ったアルベルチーヌ』は別離や喪失による影が主調になってはいるものの、そこに微妙に光が次第に遠くから差し込んでくる。悲哀に高揚も混じりあう。
<忘却の第3段階>では母に連れられてやってきたヴェネチア滞在が語られる。マルセルは街をさまよい、性の欲望にも駆られるが、最後は自分を創造のほうへうながそうとする、コンブレの頃の母 ― しかし実在感を失い喪失感を漂わせ始めつつも、自分をさらに導こうとする母 ― の世界に回帰しようとする。ヴェネチアでマルセルを遠くからであれ見守り励まそうとする母の姿は、最終篇でマルセルを書くことへ決定的に方向づける母をすでに彷彿とさせる。
『消え去ったアルベルチーヌ』では別離やそれに伴う悲しみが主調となって響く。しかし、反面では母やさまざまな声がマルセルを書くこと向かわせようとする。
アルベルチーヌも消え去るだけでなく、間欠的によみがえるが、それももはや恋愛や性の対象としての彼女ではない。ヴェネチアの美術館に展示されていたカルパッチオの絵画がマルセルに思い起こさせたのは、フォルチュニのコートを見事に着こなすことを知った、いわば芸術を理解する変容したアルベルチーヌの姿なのだ。その彼女は、マルセルに喪失の悲哀を味あわせるとともに、芸術的なものが喚起する高揚へと導く。
2.ガリマール社新プレイヤッド叢書版とグラッセ社版
以上述べてきた内容は、ガリマール社新プレイヤッド版(1989)を底本としている。ところが、1987年にグラッセ社から、<第6篇の決定版>と銘打った版が刊行された。
私がグラッセ社版でなく、プレイヤッド版を底本として採用した理由を簡略に述べたい。グラッセ社版の『消え去ったアルベルチーヌ』は、1986年に新たに発見された第6篇のタイプ原稿を出版したものだ。プレイヤッド版と比較すると、そこに大きな違いが認められる。日本の文庫本のページ数に換算すると、300ページ近くがごっそり削除されていて、上述した<忘却の第1段階>も、<忘却の第2段階>も大幅にカットされてしまっている。書くことへ向かうベクトルも読むことができない。さらには、<第3段階>の「コンブレよりも豊かな」ヴェネチア滞在中の感動的なサン=マルコ寺院の挿話も消えていて、マルセルの精神的な成熟をたどることができず、最終篇になめらかに続かない。最終篇掉尾は先行する各篇から孤立するので、抽象的な文学論が唐突に始まるような印象を受ける。しかし、ヴェネチアで母が喪服に身を包み実在感を希薄にしつつも、マルセルが書くことに目覚めるように静かに導くはずだ。
コンブレやバルベック以来まるで間欠泉のように吹き上がる書くことへのうながしは、この第6篇でも変奏されつつ反復され、多様な形を取りつつ強くマルセルの背中を押し続けるはずなのだ。
管見ではあるが、目下のところグラッセ社版を決定版とする論拠は生成研究においてもいまだに見出せないのが現状のようだ。私のように、微視を忘れずに、しかし同時に『失われた時を求めて』全編における展開を追う読者にとってしてみれば、プレイヤッド新叢書の長い版のほうを底本に採用したくなるのだ。
なお、日本では、光文社だけがグラッセ社版を底本として採用し、高遠弘美による邦訳が2008年に刊行された。しかし、第6篇前後の合計3篇(第4篇『ソドムとゴモラ』と第5篇『囚われの女』、それに第7篇『見出された時』)の邦訳は、その後現在にいたるまで刊行されていない。第1篇から第3篇『ゲルマントのほう』までの同じ訳者による邦訳は刊行されたが、それも2018年までのことで、以降邦訳は中断されたままだ。
奇妙なことは、邦訳刊行がこうして長いあいだに渡り中断されているにもかかわらず、訳者がこの間プルースト翻訳以外のエッセーなどの文学活動には旺盛に取り組まれていることだ・・・・・。
多様な仕事に手を染めることなく、訳者が整合的なプルースト『失われた時を求めて』個人全訳という大業を最優先に再開され、初志貫徹されること願う読者は少なくないはずだ。

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プルースト『花咲く乙女たちのかげに』の愉しみ
『失われた時を求めて』第二篇『花咲く乙女たちのかげに』の前半「第一部」は、第一篇『スワン家のほうへ』の続きであり、そこではスワンの結婚生活や、主人公とジルベルトとの恋が描かれ、古典演劇『フェードル』の観劇がそれに続く。
後半の「第二部」「土地の名―土地」では、ノルマンディー海岸とおぼしいリゾート地バルベックでの生活が描かれる。
こうして話が多面的に展開されるので、従来の『花咲く乙女たちのかげに』の要約や梗概には、数多いテーマの羅列や場面ごとの注釈に終始するものが少なくない。核心となる構成なり、文学上の狙いを広い視野に立って深掘りする試みはあまり行われていない。
本稿では、『花咲く乙女たちのかげに』の主要な舞台である「第二部」「土地の名―土地」を取り上げ、避暑地バルベックの回想の下に潜められている、より本源的な展開を、『失われた時を求めて』全編を視野に収めつつ、明るみに出すように試みてみたい。

1. 開けられないカーテン/窓
高級リゾート地で避暑を過ごすことになっても、ブルジョワやパリの貴族たちは、それまでの独自の生活スタイルをかたくなに守ろうとする。たとえば、彼らはバルベックの中心グランドホテルのカーテンを開けようとはせず、英仏海峡を臨む新しい外界に接しようとはしない。城をレンタルで毎夏大金を払って借り出すヴェルデュラン夫人も、パリから運び入れた所有する家具に取り囲まれることを好む。
ヴィルパリジ侯爵夫人もグランドホテルに落ち着くや、部屋の品をパリから持ってきたカーテンや家具に取り替えてしまう。「窓にかかるカーテンをすべて持参のものに取り替え、あちこちに衝立や写真を置いて、適応できそうにない外界と自分のあいだに慣れ親しんだものでもって仕切りを築く」。仕切りといえば、ホテルのダイニングルームの海に面した大きなガラス壁は常連客にとっては、地元の漁師たちとの接触を阻んでくれる仕切りとして機能する。漁師たちにしてみれば、ダイニングルームは魚が泳ぐ「水槽」でしかないのだが。
外界の自然と触れ合うことを好み、コンブレでは雨が降っていても庭を歩いた祖母は、グランドホテルの閉じられたガラスの食堂に息苦しさをおぼえ、食堂の窓を開けてしまう。しかし、その大胆な行為は、食堂でランチを囲んでいた常連の裁判所長や公証人たちからたちまち顰蹙を買うことになってしまう。
17−18才頃と思われる主人公自身も、グランドホテルに逗留した当初は、部屋のカーテンをやはり開けない。反対に、その大きな紫色のカーテンが仕掛けてくる「攻撃」を前にして「反撃」する術もなく、ひたすら「おびえ、たえず、鼻をぐずぐずいわせる」だけとなる。主人公も多くのことが起きるであろう外の世界へまなざしを向けることが滞在当初はできないでいる。
2. 開けられるカーテン/窓/導き手たち
しかし、『花咲く乙女たちのかげに』巻末では、こうしてパリでの習慣に縛られ続ける逗留客たちを室内に閉じ込める大きなカーテンや窓の描写は見当たらなくなる。記憶によって思い出されるバルベック滞在のいくつかの重要な場面では、部屋のカーテンはそれまでとは異なる様相を見せ、開放的な時空間が広がる。
この変化を引き起こすのは、女中のフランソワーズである。当初、主人公は医師の指示に従い、大きなカーテンを「できるだけ長く閉めておくようにしていた」。祖母と主人公に同行する女中フランソワーズも布切れなどを重ね、過度なほど入念に主人公の部屋にカーテン越しに陽の光が侵入しないように独自の工夫を施す ―「朝の光が入ってこないように毎晩フランソワーズは自分にしか外せないようにピンでカーテン同士を重ね合わせ、さらにその上に毛布や、赤いクレトンのテーブル掛けや、あちこちから集めてきた布を何枚もあてがった」。ところが、である。コンブレでレオニー叔母の料理女でいた時と同様に、フランソワーズはバルベックでも不思議なことを引き起こしてしまう。厳重に目張りによって陽の光をふさいでも、どうしても光は部屋に差し込んでくるのだ ―「(フランソワーズは)それでも隙間を完全にふさぐことはできず、(・・・)隙間から漏れてくる光で絨毯のうえはアネモネの真っ赤な花が散ったようになり、私はいっときその花のあいだにそっと足を置かずにはいられなかった」。
バルベック滞在の主要な思い出として『花咲く乙女たちのかげに』掉尾で列挙されるのは、フランソワーズでも防ぎきれない陽光の室内への侵入と、それに応じる主人公の外部の陽光の下での歩行という主体的な選択だ。
さらにこの文は続く ― 「雲の切れ目から(・・・)陽光に照らされたリヴベルの小さな町が細部まではっきり見える」。バルベック中心グランドホテルの対岸の寒村でもあるリヴベルも重要だ。その寒村には画家エルスチールのアトリエがあり、リヴベルで主人公はエルスチールの海洋画から創作のヒントを学びとるからだ。エルスチールも、独自のアプローチを通して主人公を新たな創造へとうながす導き手なのだ。
巻末におけるバルベック逗留の記憶の列挙はさらに続き、アルベルチーヌ個人も思い出されるが、恋人としての、また嫉妬の対象としてのアルベルチーヌはここでは想起されない。画家エルスチールの知人であり、また音楽へ主人公を導こうとして次のようなことを口にするアルベルチーヌである ― 「『あたしたちよく見ていたのよ、あなたが(グランドホテルから)降りてこないかって。でも、鎧戸が閉まっていたわ、コンサートの時間が来ても』。実際、10時には私の窓の下で音楽演奏の音が鳴り響く」。とりわけ第五篇『囚われの女』において、アルベルチーヌは「見違えるように」変容し、主人公を芸術的なものへと誘う。アルベルチーヌのその精神的に成熟した姿のほうがここではすでに想起され、また予告されている。
列挙の最後に、フランソワーズが正午にふたたび主人公の部屋に現れ、今度は秘めてきた驚異的な腕前 ― コンブレやパリで発揮されてきた料理の腕前だけでなく ― を披露する。カーテンにあてがってきた布をはずし、窓をついに開ける。夏の日がミイラにも見えてくるが、彼女の創造的能力はさらに発揮される。死んだミイラと思われた夏の日は、彼女によってさらにそこから薄い布が丁寧にはがされてゆき。最後には香りたつ黄金の服をまとう姿で出現させられる。まるで夏の日は、彼女から新たな生を授けられたかのようなのだ。
「フランソワーズが明かり取りの窓につけたピンをはずし、あてがった布を取りのぞき、カーテンを引くと、むき出しにされた夏の日は数千年前の贅を尽くしたミイラのように死んで、太古から続くものに見えたが、フランソワーズはというとただそのミイラを包む薄い布をすべて注意深く一枚一枚はがしただけだった、ミイラはかぐわしい金の服をまとう姿で出現するのだった」。
『花咲く乙女たちのかげに』掉尾は、こうして老女中の何気ない生活の動作でもって生気溢れる輝かしい高揚に達する。霧がかかることが多く、くすんだ色調で語られ始めたバルベックは晴天の下で、創造的探求を実践するエルスチール、アルベルチーヌ、そしてとりわけフランソワーズによって主人公は精神的なものの習得へと導かれてゆく。
掉尾において列挙される滞在の記憶の中のバルベックは、『花咲く乙女たちのかげに』の要約でもあり、同時に『失われた時を求めて』全編の予告とも伏線ともなっているのだ。プルーストは、日常生活から大きく外れない領域において、時間や空間によって課される制約や束縛から解放される、いわば流動的な遠近自在の所に新たに創造的な世界を、フランソワーズの手も借りながら、構築しようとしたのだ。(拙書『受容から創造へ 文学・芸術に導かれて』作品社2024・10参照)。

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