さいたま市立中央図書館所蔵

2025/05/28 大宮図書館より借入
2025/06/04 読了
2025/06/06 大宮図書館へ返却
すみません。楽して、Gemini 2.5 Pro に私の特に印象に残った箇所を読み込ませて、レビューを書いてもらいました。
「殺劫」――チベット語で「革命」と同じ発音を持つこの言葉は、「破壊と災厄」を意味する。本書は、チベット人作家である著者が、父の遺した写真を手がかりに、文化大革命という名の「殺劫」が、チベットの文化、社会、そして人々の魂をいかに内側から破壊し尽くしたかを、数多の証言と痛切な思索で描き出した、比類なきドキュメントである。
本書が暴き出す最も衝撃的な事実は、ジョカン寺をはじめとする聖なる場所を破壊し、高僧や貴族をつるし上げた主役が、外部の漢人だけでなく、紅衛兵となったチベット人自身であったという点だ。彼らは伝統衣装を脱ぎ捨てて軍服をまとい、毛沢東を「比類なき威力を誇る新たな神」として崇拝した。著者が指摘するように、これは「外来のまったく新しい神がその強大な力によって、郷土の古い神を徹底的に打ち負かした」ことを、チベット人自身が受け入れてしまった瞬間だった 。
なぜ、このような自己破壊が起きたのか。著者は、共産党による周到な「洗脳」と新たな「階級」の創出にその原因を探る。党は、「搾取」や「抑圧」といった概念を教え込み、仏教の因果応報の思想を否定することで、伝統的な社会の絆を断ち切った 。こうして育成された「積極分子」が、かつての支配層を「牛鬼蛇神」として糾弾する側に回ったのだ 。しかし、革命の論理は気まぐれで、かつて党に協力した「愛国人士」たちも、ひとたび嵐が吹けば、以前「反乱分子」とされた人々と「何も違わないように感じられる」運命をたどった 。
つるし上げの場面を記録した写真には、熱狂する紅衛兵だけでなく、それを取り囲む無数の「野次馬」の姿も写っている。彼らは何を考えていたのか。著者は、彼らを単なる無垢な傍観者とは見なさない。恐怖と打算の中で沈黙し、新たな権力者に従うことを選んだ彼らを、著者は「実際上、奴隷は相変わらず奴隷だということである」と厳しく断じる 。
本書は、封印された歴史の記憶をたどる、痛みを伴う旅でもある。写真に写された父の姿を見て泣き崩れる元貴族の息子 。一方で、時代の変化に巧みに適応し、過去を都合よく語る元紅衛兵 。著者は彼に当時の写真を見せることをためらう。「面と向かって他人に自らの旧悪を暴かれることは決して望んでいないであろう」からだ 。加害者と被害者の間で非対称に流れる時間は、歴史の傷の深さを物語っている。
『殺劫』は、単なる過去の記録ではない。それは、外部からの暴力が、いかにして共同体を内部から崩壊させ、人々の魂に癒やしがたい傷を残すかを克明に記録した、現代への警告の書である。
時々夢を見る。私はチベットのラサで、現地の中国共産党の中途半端な幹部である。そしてある日突然「牛鬼蛇神」として中途半端に打倒される。そして「えへへ、すんません」と卑屈な笑みを浮かべ今度は打倒する方に回るのだ。だからラサの街は行ったことはないがだいたいわかる。そして本書に載っている無数の写真はもちろん私のデジャヴであり続ける。なあ。