さいたま市立中央図書館所蔵


2024/08/19 上巻を大宮図書館より借入
2024/08/22 上巻読書開始
2024/08/25 上巻読了
2024/08/28 上巻を大宮図書館へ返却
2024/12/09 下巻を大宮図書館より借入
2024/12/17 下巻読書開始
2024/12/21 下巻読了
2024/12/23 下巻を大宮図書館へ返却予定
まずは、「プロローグ」より
本書は「るつぼ」をめぐる物語であり、アメリカの価値そのものに対して行なわれた二つの襲撃によって挟まれる期間を対象としている。始まりは二〇〇一年九月十一日にニューヨークとワシントンで起きたテロ攻撃であり、終わりは二〇二一年一月六日に起きた連邦議会襲撃事件だ。これは、アメリカ国民が共通の利益のためのビジョン――国はそれを構成する各部分の総和よりも大きな存在になれる――を失った時期ということになる。南北戦争から一五〇年を経て、アメリカはふたたび分裂国家と化していた。個人の自由と他者の保護のバランス。不正義をどこまで許容するか。「誰の命が大事なのか?」という、どの国の政治でも基本的な命題。これらをめぐる根本的な対立によって、アメリカの安定性は崩壊しつつあった。
この物語の中で、わたしはアメリカ人であることをめぐる、きわめて多様な経験をつなぎ合わせてみたい。それによって、行き先がわからないままに暴走した二〇年で、わたしたちが見過ごしがちだったさまざまな人生の航路がどう交差したのかを明らかにしたいのだ。(上巻P.24)
アメリカが大義を失い、分裂していく。恐怖と憎悪を滾らせながら、やられるまえにやってやるといきり立っている。それはそれまで踏みつけられ続けた人民の怨嗟である。
私は大統領選挙の年にクラークスバーグとシカゴを往復しながら、あることに衝撃を受けることが何度があった。それは、数々の違いにもかかわらず、シカゴの黒人とアパラチアの白人はアメリカの政治文化で形成されつつある一つの感覚を共有するようになっているという現実だ。言い換えれば、経済や歴史という逆流に足をすくわれる感覚、政府が十分な支援を提供してくれないという感覚、それに何よりも自分たちの利益が第一の政治マシーンによって疎外されている感覚ということになる。(下巻P.100)
そして、二〇二一年一月の連邦議会襲撃事件の現場に著者は立ち会った。
それ以来の歳月で、わたしはアメリカ国民が公共の利益という考えを拒否する大統領に惹きつけられていくのを目の当たりにした。彼らはわたしに向かって大統領を称賛するとともに、南部連合旗をめぐる暴動を祝い、鉤十字をあしらったコーヒーカップで飲み物をすすっていた。ゴールドコーストの豪華な邸宅に移住した者からの注意喚起に耳を貸そうとしなかった者もいた。議事堂で展開していた光景は、アメリカ政治の冷笑と不合理、欺瞞によって大きくなった業火のようだった。(下巻P.323)
第一次トランプ政権下でトランプは業火を解き放ち、その到達点が連邦議会襲撃事件だったとすれば、来年からの第二次トランプ政権下では自らが解き放った恐るべき力によってトランプは打倒されてしまうのではないか。もうトランプの化けの皮は剥がれかかっており、人民の力を制御できるとは思えないからである。そしてそれはまぎれもなく「革命」といえる。独立革命、南北戦争に次ぐ第三の革命なのか。
Almost Heaven, West Virginia
Blue Ridge Mountains, Shenandoe River
Life is older, older than trees
Younger than the mountain
Growing like a breezeCountry roads, take me home
To the place I belong
West Virginia, Mountain Mamma
Take me home, contry road©John Denver "Take Me Home Contry Roads"