さいたま市立中央図書館所蔵


2024/11/22 大宮図書館より借入
2024/11/29 上巻読書開始
2024/12/01 上巻読了・大宮図書館へ返却、下巻読書開始
2024/12/03 下巻読了
2024/12/06 大宮図書館へ返却予定
いやあ、おもしろかった。下手な小説読んでいる場合じゃないや。上下巻併せて1000頁以上に及ぶがほぼ一気読みだ。特にトロツキーがトロツキーである前の「ヤング・トロツキー」時代が興味深い(トロツキーは「パーティ・ネーム」。本名は、レフ・
ダヴィドヴィチ・ブロンシュテイン、ユダヤ人である)。
この100年にわたり、世界中の革命に多大な影響を与え続け、左翼冒険主義の首魁とされてきたこの人物、決して粗暴で冒険的な男ではなく、几帳面で規律を重んじる勉強の良くできた優等生であって、生涯そうであった。
私の生涯はむしろ「冒険」に満ちたものと言うことができよう。しかし言っておくが、自分の傾向からすると、私は自ら冒険を求めるような人々とは何の共通点もない。自分の習慣に関して言えば、むしろ杓子定規で保守的である。私は規律と秩序を愛し、重んじる。逆説的なことを言いたいがためではけっしてなく、事実そうだから言うのだが、私は無秩序や破壊には我慢できない質である。私はいつでも非常に勤勉で几帳面な生徒であった。この二つの資質を私はのちのちまで持ち続けた。(上巻P.26)
正義感の強い少年が、動乱のロシアでマルクス主義に心酔していくのは自然な流れであった。革命思想を深化させ、運動を組織化し、投獄されさらに学習を深めていく。様々な人間関係に揉まれながら成長していく様は、青春小説のように爽やかだ。
そして国外追放。ロンドンでのレーニンとの出会い。トロツキーは最初からボリシェヴィキであったわけではなく、レーニンとの関係も複雑であったが、レーニンからの信頼を得て、革命の行程を共にしていく。
二月革命、十月革命、ブレスト講和、内戦を経てトロツキーは国民的英雄となっていく。圧巻は「革命軍事会議議長列車」だ。我々の知るソ連赤軍は未だなく、ソヴィエト政権は西側諸国、国内の白軍の攻撃に晒され風前の灯火。そこにトロツキーは専用列車に乗り込み最前線へ赴き陣頭指揮を執る。そして革命は成る。
列車は勝利を求めていたのである。〔…〕列車の仕事は、軍隊の建設、教育、管理、補給にきわめて密接に関係していた。われわれは、まったくはじめから、しかも砲火にさらされながら軍隊を建設した。〔…〕敗北と退却のあとで、もろくもパニックに陥っていた集団が、二、三週間で戦闘能力のある部隊に生まれ変わった。(下巻P.236-7)
しかし、「創業は易く守成は難し」という。次第に変質していく指導部。そこには、他と馴れ合わないトロツキーが厳然たる存在感を見せていた。だって彼はレーニンとすら馴れ合ってはいなかったのだから。厄介だ。
一般に、私の政治的活動において、個人的な要因が何らかの役割を果たしたことは一度もない、と言っても間違いではないと思う。しかし、われわれが行っていた大きな闘争において、賭けられたものはあまりにも大きく、私には周囲に気をくばる余裕がなかった。そして、私は、しばしば、ほとんど一歩ごとに個人的なひいきや友情や自尊心などの感情を踏みつけざるをえなかった。スターリンは、感情を踏みつけにされた人々を丹念に拾い集めた。彼には、そのための時間も個人的関心もたっぷりあった。(下巻P.283-4)
そしてトロツキーは疎んじられ権力を失っていく、というか自らそうしているようにもみえるのだが…。
新しい支配層の習性にますますなりつつあった各種の気晴らしに私が加わらなかったのは、道徳的な原則のためにではなく、最悪の退屈を味わうののがいやだったからである。お互いの家庭を訪問したり、バレエの公演に熱心に通ったり、その場にいない人々の陰口をたたく飲み会に付き合ったりすることは、私の関心を少しも引かなかった。新しい上層部は、私がそうした生活様式にはなじまないのだと思っていたし、私を引き入れようとさえしなかった。まさに同じ理由から、おしゃべりをしていた多くの集団はいくらかきまり悪そうに、またいくらか私への敵意をみせて散っていくのであった。そして、このことは、私が権力を失いはじめたことを示すものであったと言ってもよかろう。(下巻P.395)
そしてスターリンである。レーニンの早すぎる死を受けて、スターリンによる激しいトロツキー追い落としの闘争がはじまる。
しかし、トロツキーの反撃は弱弱しいというか彼の姿勢も何か淡泊である(自身の体調不良もあったのだろうが)。ここは非常に不思議なところ。党からの除名、流刑、国外追放すら淡々と受けているようにみえる。
ソ連を追放されて以来、私は、自分の上にふりかかった「悲劇」を主題にした文章を新聞で何度も読んだ。私は個人的な悲劇を知らない。私が知っているのは、革命の二つの章が交代したということである。
〔…〕私は、牢獄にあっても、本やペンが手もとにあれば、革命の大衆的集会におけると同様に最高に満ちたりた時間を過ごしてきた。権力機構は、私にとって精神的満足というよりはむしろ避けられない重荷として感じられた。(下巻P.539-540)
「機構」を忌避する孤高の革命家、永続革命そして世界革命を追い続けた男は、本書執筆10年後の1940年、スターリンの刺客の手によってその生涯を閉じる。
権力とは何か、政治とは何かに関心のある人には必読の一冊。森田・志田両氏による訳出もすばらしい。