廃墟ドライブイン 序章

 

序章

 

国道沿いのドライブインが廃墟となって、

もう十年は経つだろうか。

山の斜面にぽつんと残された看板には、

いまだにかすれた文字で

「営業中」と書かれている。

 

それはまるで、この場所に取り残された時間を物

語っているようで、

なんとも言えぬシュールさを帯びていた。

 

誰一人として、

ここに足を止める者などいない。

時折深夜に大型トラックが停まるだけだ。

 

ここは国道沿いの、

誰も寄りつかなくなった集落に残る、

ドライブインの廃墟。

 

外壁の塗装はほとんど剥がれ、

看板の文字は色が抜け、

駐車場のアスファルトには、深いひびが入り、

草が縁石を越えて広がっている。

 

辺りを見回すと、近くに小さな温泉地があり、

昭和のまま時が止まったかのような、

鄙びた宿が、三軒だけ残っていた。

 

まさか、この場所に、

あふれんばかりに人が押し寄せるなど、

誰が予想できただろうか…

 

(つづく)

不思議な山の声

 

今週のお題「遠出」

 

📷不思議な山の話📷

 

ある日見つけた、とある無名アカウント。

その投稿は、誰よりも自分の視線に近かった――

 

(↓続きます)


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アカウント名は

『@gomado__voice』

フォロー0、フォロワー1、投稿数117

アイコンは、 霧にかすむ山の稜線。

説明文にはこう書かれていた。

 

「この山が語る声を聞いています」


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最初にその存在に気づいたのは、

何気なく『護摩堂山』のタグを見たときだった。

 

新潟市田上にあるアジサイ園で有名な山『護摩堂山』

その帰り道、

たまたま開いたあるブログに投稿された

紫陽花の写真が、

自分がその日撮ったものと、

構図も角度もほとんど同じだった。

 

巣箱が入っている位置まで一緒。

なのに、 投稿時間は自分よりもわずかに早い。


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不思議に思い、DMを送ってみた。

「同じような写真ですね」と。

 

しばらくしてメッセージが返ってきた。

メッセージは、

短く詩のようだった。

「光が優しい時、影も優しくなります」

 

なんとなく、その時からやりとりが始まった。

名前も顔もわからないその相手は、

投稿後に返信をくれる。

けれど、

具体的な言葉はひとつも返ってこない。

 

まるで、

山そのものが返しているかのように。


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DMの返信はいつも詩のようだった。

「風が通ると、思い出も揺れます」

「鳥が鳴くのは、山が目を覚ました合図です」

「紫陽花は、忘れられた色を知っています」

 

意味は、よくわからない。

けれど不思議と、

それが “自分宛て”の言葉のように思える。

 

本名も聞いていない。

写真の構図も、 たまにズレることがある。

 

でも山に行く度に、新しい投稿が増え、

その内容は、

いつも自分の行動や視線の先と重なっていた。



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ある日、

登山道の途中で休んでいたとき、

自分が飲んでいた飲み物が、

SNSの最新投稿の写真に写っていた。

投稿はすでに上がっていた。

 

自分がスマホを見るより、5分前。

 

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このとき初めて、

“自分が見ている”のではなく、

“見られている”のかもしれないと思った。

 

 

翌朝、DMが届いていた。

朝露に濡れたような静かな文章だった。

「あなたの目線が届く場所に、私はいます」

 

それが、最後のメッセージだった。


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