小説家・浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます

テニスコーチ

テニスコーチで、腰痛になった人がいる。コルセットを巻いて、レッスンをしていた。テニスでは、脚は鍛えられるが、腹筋や背筋は鍛えられない。ので、体幹の筋肉が弱くなって、腰痛になることもあるのだ。どのスポーツで、どの筋肉が鍛えられるかは、少し考えればわかるし、瞬発力の運動にせよ、持久力の運動にせよ、どの筋肉が使われているかは、筋肉を触って、固くなっている所を見つければいい。固くなっている筋肉が使われているという、当たり前のことである。さて、腰痛になったコーチであるが、「ざまあみろ。勝手に苦しみな」である。生徒の体調や体力など、全く頭になく、「走れ。走れ」と、バカのように笑って言うたけである。最初にストレッチをしているんだ、ということを健康管理の金科玉条にしてるだけで、生徒が、捻挫しようが、怪我しようが、そんなの知ったこっちゃない、である。どんな仕事も慣れてくると、だれてきて、仕事に対していい加減になる。そもそもコーチの存在意義などない。コーチは、技術を指導するのも役目だが、生徒が怪我しないように、そして事故が起こらないように監督する責任があり、後者の責任の方が、ずっと大事であるべきである。しかし、だれてバカだから、そっちはいい加減で、指導もふざけ半分で、そして、自分もやって楽しまなくては気がすまない。不誠実なアホウどもばかりである。土方より、はるかに劣る。(土方より、というと、土方に対して、悪い言い方となるが、他に言いようがない)それでいて自分らは優れた人間であると思っている。どんな仕事もそうである。医者の字がきたないのも、患者に対して丁寧に説明しなくなるのも、仕事が慣れてきて、精神がだれているからである。