阿佐ヶ谷駅北口・杉一小改築問題情報

阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会が運営しています。当会の活動のほか、阿佐ヶ谷の問題についての個人・団体の発信、区の動向をまとめています

11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」フィールドワーク(前)

連続学習会「阿佐ヶ谷のみどりを守るには」vol.2、2025.11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」フィールドワークの報告です。写真が多数のため3回に分割します。今回は前編。

 

 

 

 

前回の学習会「みどりを守る制度と取り組み」で見てきた「阿佐ヶ谷のみどり」の様子を実際に歩いて見ていきます。

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講師は学習会に引き続き、阿佐ヶ谷に詳しい島田昭仁代表に加え、植物のスペシャリスト田中耕太郎さん(前・杉並区自然環境調査員)。

 

スタートは阿佐ヶ谷地域区民センター。参加者は原風景の会メンバー・スタッフ含め、のべ22人。当会の企画を今回初めて知った、初めて参加した、という方も多く来てくださいました。阿佐ヶ谷、その他の区内のほか、中野区や練馬区の方も。この日は薄曇りでしたが、寒すぎず暑すぎずで、長時間となった屋外の歩行も比較的楽だった、のではないでしょうか。

 

まずは新しい河北病院(ひさしぶりに阿佐ヶ谷に来た、という人は大きさにびっくり)方向に進みます。センターからの道はもともとは「半兵衛相澤堀」。玉川上水からの農業用水を引いた堀で、南口の釣り堀の方から続いています。阿佐ヶ谷一帯をめぐる桃園川と合流して、このあたりの田んぼをうるおしていたわけです。

河北病院が「みどりを残した」「森の中の病院」と言う緑地の様子を見ていきます。

病院南側の通称「砂利道」。右側が病院敷地(一部地主さんの私邸)。こうした阿佐ヶ谷の「原風景」は平安時代からの鎌倉街道沿いに発展してきましたが、当時の植生は杉が主体。欅は江戸時代以降徐々に移植されてきて、現在の風景となっています。

この道の左側にはひっそりと文化財建築があります。もとは銀行?の建物ですが、現在は杉並区の子ども家庭支援センターになっている。立派なギリシャ風の柱のある玄関は今は裏口になっているようです。

 

 

と、その前に立つ細いに田中講師が注目。

左は枯れた葉が枝にギリギリにぶら下がっているのを見つけたもの。手にとってみると、粘糸でぶら下がっていて、葉っぱの中にも糸が。

「これは虫の巣ではなく、幼虫が休憩していた場所。落ちないように足場を作って葉を食べる」

サナギの抜け殻も見つかりましたが、まだ幼虫の本体も !!

「特定外来種のアカボシゴマダラ」

愛好家が持ち込んで繁殖したもので、在来種のゴマダラチョウは圧迫されて減ってしまっている。そのひとつには、ゴマダラは落ち葉で冬越しをするのだが、落ち葉かきして掃除してしまうと捨てられてしまう、アカボシは木のまたで冬越しができて強いからだそう。

エノキはオオムラサキの食樹(幼虫が葉を食べる)で、オオムラサキは東京23区内ではほぼ絶滅状態だそうです。

 

 

植物の話の前に、いきなり虫の話。

けれどもそこからは生態系の多様性のためには植物・虫・鳥といった食物連鎖が深くかかわっていることがわかります。これまでそこにあった植物がなくなる、ということは、それを食べていた虫もいなくなる、あるいは他の種に置き換わる、ということです。

欅屋敷の喪失によって、伐採された樹木だけではなく、どれほどの生態系が失われたことでしょうか。

西南側の「緑地」です。なぜかここは樹林を残さずに芝生を貼ってしまっています。当初の資料では樹木を残すはずだったのに、「ポケットパーク」にしてエリアマネジメントが管理し、イベント?などに使えるようにするため、らしいです。

 

向かいの杉並第一小学校はこの日運動会でした(写真は別日)。

この学校を移転した河北病院の跡地に移す、というのが大きな問題なのですが、その地区計画の中では道路の拡幅や付け替えも行われます。

河北病院と杉一小の間の通りも拡幅が予定されており、今「緑地」に入っているところが少し削られます。

樹木の図面を見てみると2本のシラカシが道路のために伐採される予定となっています。

そのことを説明していると、参加者の方から「そこにニホンミツバチがいるよ」という指摘が。見るとたくさんのちいさなハチが木の根元近くのウロから出入りしています。

写真ではうまく撮れなかったので、後日動画を撮影しましたのでごらんください。

ミツバチがいれば、植物の受粉だけでなく「阿佐ヶ谷ハチミツ」なんかもできるかもしれませんね。


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この図は欅屋敷の樹木の保存に関する協定ですが、区画道路2号線の右ラインにある116、117がシラカシ。「どうするかまだ決まっていない(からまちづくりセッションなどを行う)」と区が言っているA街区との間の道路拡幅により、伐採されることになっています。樹木の状態は「移植に適さない」となっていますが、道路の拡げ方によっては残せるものでは?もともと欅屋敷の壁からも外にあった樹木なので。

あと139(保存)も「芝生」にしたことによって、なくなってしまっている?

 

その通りの突き当りの神明宮手前は河北病院分館の解体工事(トップの地図の黄緑線の曲がっているところ)。ここで島田代表が騒音・振動計に注目。

「今日は工事はしていないので、これは小学校の運動会の音量。移転予定地は住宅地なので騒音規制は50dB」

音量は45から60の間をいったりきたりしていました。

 

そこからは神明宮の右側の「通れるの?」というような細い道を抜けて(それでも住宅が建っている)、いよいよ阿佐ヶ谷らしい桃園川暗渠へ。中編に続きます。

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11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」フィールドワーク(中)

2025.11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」フィールドワークのレポート中編です。

 

 

 

左下の「猿田彦神社」となっているのが神明宮。その右の破線の細い路地を抜けて、青い点線が桃園川暗渠です。

参加者の方で、阿佐ヶ谷周辺の人でも意外と知られていなかったのが桃園川。

桃園川は天沼から中野坂上・東中野一帯を細かく分岐し、あるいは湧水から合流したりし、また農業用水として拡幅・分水したりしたため、網目のようになっている川でした。本流とされるのは天沼弁天池公園を水源として、阿佐谷北を通って区民センター(旧・阿佐ヶ谷けやきプール)のところで線路を越えて、そこから桃園川緑道として中野坂上で神田川に合流しています。

大正時代ごろから宅地化が始まり、生活排水・下水が流されて「ドブ川」化。井伏鱒二の『荻窪風土記』にはその頃の「ドブ川」として書かれています。1964年オリンピック前後の都市整備によって暗渠に。

今回の範囲外ですが、線路の南側の杉並学院のところにある桃園川マップ(部分)。本流の全流域がわかります。

中野坂上の合流点。ここだけが「桃園川」が見えるポイントです。

次回は桃園川についての学習会・フィールドワークをやろう、という話も出ていますので、乞うご期待。

 

桃園川暗渠はこんな感じです。路面はコンクリートの蓋だったり、舗装がしてあったりとまちまち。この下を水が流れているはずです。
空き地にも住民なのか、前の住民なのか、誰が管理しているのかわからない植生があります。民家の樹木も大きく張り出しています。

アスファルトの隙間に見つかる植物たち。
スミレはこういうところの方が公園よりもよく見られるそうです。たしかに、日当たりを好むので公園のように樹林があると生えていないですね。

左下はキダチコミカンソウ。外来種です。

右下のヒメアシボソはスズメのエサになる植物なので、スズメが運んできたのか?風が運んできたのか?

そして家から「逃げ出した」園芸種、たとえばノウゼンカズラなども道から生えてきています。おうちの庭で植物を育てている人は「逃げないように気をつけてほしい」とのことです。

 

ではここで問題です。

このようなレンガ舗装の隙間から生えている植物、1m四方で何種類あるでしょうか?

10種類、30種類、45? などなどの声が上がりました。

田中講師のカウントによると…

ミナミウラジロチチコグサ、チチコグサの仲間(似ているけど葉の表まで毛がある)、カタバミ、ミチタネツケバナ、ハマツメクサ? 、ヒメオドリコソウorホトケノザ(シソ科植物)、ミチバタガラシ、コミカンソウの仲間、メヒシバ(イネ科)ともう一種イネ科の植物、ヒメムカシヨモギ?、ムシクサ?……で、12種類を確認!!種や花などが出ないとわからない、と、特定できないものもありますが、言われてみるとひとつひとつが違う植物です。ちょっとでも土が残っていることが、植物にとってこんなにも大切であることがよくわかります。

 

桃園川暗渠をぐるりと巡り、玉の湯のある五叉路へ戻ります。銭湯があるのも「暗渠サイン」と言われていますね(昔はお湯を排水していたため)。

そこから馬橋公園の方に坂をのぼると、欅屋敷がなくなったあと、阿佐ヶ谷では最大と思われる屋敷林

ここはオーナーさんのご厚意で少人数による下見見学とお話を聞かせていただきましたが、基本は個人宅。この日は外から静かに観察し、私道をそっと通行させていただきました。公道側から見える植生の構成種はケヤキ、クスノキ、カナメモチ、モチノキなど。古いおうちだと鳥が運んだ種からも長い年数で大木に成長していることも。

 

後編ではまだまだある、阿佐ヶ谷の屋敷林と、個人の庭を公共の維持管理に移行した例として区立公園Aさんの庭、を見ていきます。

 

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11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」フィールドワーク(後)

2025.11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」フィールドワークのレポート後編です。

 

 

 

このMAPは右側が北になっていますが、屋敷林を観察したあと、コースは馬橋公園の方向へ北上。そこから「緑地」と書いてある区立公園「Aさんの庭」へ。

2010(H22)年に区立公園として整備されたここは、もともとは建物保存の要望で区が買い取ったものでした。

Aさんの庭|杉並区公式ホームページ

しかし2009年に火災のため建物は全焼、庭を活かした公園にデザインが変更されました。

 

お庭としてのみどころはパラ。全体として園芸植物中心の公園です。

ここで注目すべきは小さな小さな池。

人工の池で水も井戸水と雨水と思われますが、表面を覆う水草に注目。よく見ると色の濃淡があり、すくってみると葉の形や大きさ、根の張り方も違っています。シダ植物のアカウキクサ(サンショウモ科)と種子植物のウキクサ(サトイモ科)の2種類だそうで、サトイモの仲間でも水草として浮くんですね !

「この程度の池でもうまくいけばヒキガエルが棲むこともある」と、田中講師は都会の中の生物多様性環境を指摘。きちんと管理すればビオトープの効果があるのでしょう。

 

このあたりは「お伊勢の森」といわれ、その名前のついた児童遊園もあります。神明宮の旧社地だったということです。森があったのではなく「杜」なのかもしれませんが、古い屋敷がいくつか残っています。しかしそれらも分譲されて建売住宅やアパートが建っているところも多い。

 

 

見るべきは塀の上にそびえる大木だけではなく、塀の下の隙間にも。長く分岐した葉の草はイノモトソウ、東京では珍しくないものですが、「新潟では絶滅危惧種」になっている、植物の分布の変化(温暖化の影響とか)によって、同じ国内でも「絶滅危惧種」指定になったり「絶滅」してしまったり。

このタチシノブは杉並では少なくなっているもの。

一見ジャリとコンクリートで敷かれているだけのようなアパートの敷地でも注目するものがあります。

これはもとは南方系の植物でカニクサ(カニを釣るのに使った)。

「さて、これはどこからどこまでが葉っぱでしょうか?」

茎から複数の葉が出ているように見えますが、正解は全部で一枚の葉っぱ。葉身(緑色の平な部分)のあいだが開いていますが、ここも茎ではなく、葉。茎との違いは分岐から枝分かれして新芽が出るかどうか。

田中講師の手慣れた様子から、これは持ちネタっぽいですね。

 

最後は南に下って、旧河北病院のところ(ここも水路)から弁天社へ。地図で「池跡」と書いてありますが、もとは「弁天池」と呼ばれる湧水がありました。これも桃園川水系。

河北新病院のエントランス付近が盛り土で傾斜がついていて、7月の大雨の時に右側の建物1Fの店舗(薬局)に浸水したこと。ここも「緑地2号」とされているが、小さな木がほとんどであること。

最後は大規模開発が地域に与える影響を改めてみることになりました。

 

阿佐ヶ谷地域区民センターに戻って、阿佐ヶ谷の旧地図と比較しながらコースをおさらい。

参加者のみなさんからは今日の感想だけでなく、日ごろから自然や植物について考えていること、心配していることなどの発言をいただきました。

 

またフィールドワークをやってほしい、という声もたくさんいただきました。

桃園川について関心をお持ちの方もいましたし、善福寺川に向かう成田地域でやってもおもしろい、という意見もありました。

参加者のみなさん、長時間おつかれさまでした。ありがとうございます。

 

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「まちづくり助成秋の交流会」

2025年10月11日杉並区の「まちづくり助成秋の交流会」が区役所で行われました。

前半はすてっぷコース助成団体のこれまでの活動報告、後半はすでに助成期間を終了したが、まちづくり団体として活動を続けている団体も加わっての座談会です。
区が認定する「まちづくり団体」とは?それは「まちづくり」にどんなことができるのか?参考までに、各団体の報告もレポートします。

 

 

私たち[阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会]は島田代表が9.15の「阿佐ヶ谷のみどりを守るには」学習会を中心とした報告を行いました。

・みどりを守る施策を考え、環境保全活動、屋敷林や動植物についての啓発活動を行う。
・阿佐ヶ谷に残っている屋敷林の保全をオーナーと一緒に考えていきたい。
・9/15に学習会、11/2オーナーとの懇談会、11/8街歩きと懇談会の結果報告を行う。

・チラシ作成、講師料として助成金を利用した。

 

 

・学習会の資料として杉並区環境調査報告を使用。これによるとツミ、オオタカ、ハイタカ、準絶滅危惧種が確認されている。ツミは増えている。

 

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・緑地を守る制度として「いこいの森制度」がある。区内に4か所、高円寺に新しくできた。川崎市はさらに先進的な取り組みをしている。緑化基金を集め、民有地の森を守る制度。こうした制度が杉並区にもできればいい。

 

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・他団体との交流
10月14日:中野たてもの応援団が拠点として守っている白鷺の屋敷林を見学。阿佐ヶ谷近辺にもまだ屋敷林があちこちに残っている。
10月21日 : 杉並区環境課主催の生物多様性ワークショップに参加。調査員が変わってデータが変わる?調査員の数、日程の限定がある中で細かい数値は難しい。
10月5日 : まちづくり団体「軒先から、こんにちは成田東」にメンバーが参加。


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・今後の予定:

11月8日に「阿佐ヶ谷のみどりを守るには」のフィールドワークとして、調査員の田中耕太郎さんと歩く。暗渠となっている桃園川の上に稀少種があるのでは。昔里山で育っていたカンアオイなどが見つかればおもしろい。ヒメギフチョウ、シジミチョウなどの食草植物(幼虫の餌になる)植物を探したい。

・そこから「蝶の道」を作る。これは構想の前の妄想中。

 

他のすてっぷコース助成4団体の活動報告です。

 

すぎなみ発見クラブ
「杉並区で田舎暮らしができないか。地方に移住した人もいるが、杉並区の中にも田舎暮らしを発見する。楽しく健康に暮らすための情報を発信し、自分たちも楽しむ。自然食オーガニックマップを今年も作成し、フリーペーパーを4カ月に1回発行。農業ボランティア、映画、料理、歴史の勉強会を行った」

軒先から、こんにちは成田東
「10/5に[軒先から、こんにちは]を開催した。成田に住む人たちが自分の家の軒先と、(フリースペースの)いんにっさん、で、半径800mに13箇所出展。ノベルティが貰えるスタンプラリーも。出展20組、町内会などの同時開催の企画が3カ所。スタンプラリー台紙が270枚出た。
広報は成田図書館のエントランス展示、チラシ・ポスター、杉並区後援になったので町会と杉並区掲示板にも貼れた。回覧板を見て出展した人もいた。YouTube番組のFMすぎなみにも取材してもらった。
今後は助成金がなくなるので、運営の自立に向けて。今回出展料を1000円いただいたのと、今後はグッズ販売を考える」

井草の赤い椅子
「下井草駅前にベンチを置くことができ、これが好評。子ども子育てプラザでは「ペンキ塗りをやりたい」というので親子でやってもらった。
室内で使っていた椅子を寄付してもらい、外に置くので、修理や取り替えが必要になる。助成金は新しく椅子を作る材木、車両確保に使用した」

IKAMO応援隊
「井荻・上井草・桃井で活動。地域の散歩マップを作りたいが、区のコース(杉並ある区マップ)とちがうものを新たに作るのは難しい。暗渠歩きはおもしろかった。ジブリみたいな感じ(?)。
音楽イベントは歌声喫茶みたいになると女性参加者が多いので、歌手も来場者も男性限定の会を設けた。音楽会を9回やって、とても忙しい、人手足りない」

びぎなーコース2団体のうち、「ファルマ倶楽部」も参加していました。
「薬剤師のグループだが、自分たちも薬を飲む側。バンド活動のあいまに薬や健康について役に立つ話をする。高井戸祭りに出演。老人ホームなどで公演している」

 

その後、区から「まちづくり活動支援」についての周知がありました。
最初「まちづくり団体になると何がメリットか?」と聞いたときは「チラシにまちづくり団体と書ける」「それだけ?」「それだけ!」という話だったのですが、イベントの広報・宣伝についての「支援」が(新たに?)できたようです。
・区のHP、広報誌掲載は区の共催、後援の企画のみ。4カ月前まで(←これには「4カ月前には区の施設の予約ができない」という意見が出ました)。
・区の施設パンフレットラックにチラシを置くことができる(→これはさっそく11.8フィールドワークのチラシをお願いしました)。
・今年度から区のHPでまちづくり団体の紹介をする、改めて案内する。
・すぎなみ地域コム:すぎなみ協働プラザでの団体登録、活動・イベント情報発信
・すぎなみプラス:活動を充実させる
←と、いうのですが、これはどれがどれだか。杉並区はやたらといろんなプラットフォームを立ち上げているのだけれど、細分化されてしまってわけがわからない。ワンストップにした方がいいのでは?
・コンサルタント派遣:まちづくり団体は3年につき30時間まで。テーマは都市計画、環境、防災、再開発。
←再開発?再開発を推進するコンサルを呼ぶの?と、ちょっと疑問に思ったのですが、後半でその疑念が拡大。

 

休憩中に部屋の中央に椅子を丸く並べて「座談会」態勢に。ここで「これまでの助成団体」の自己紹介ですが…

 

下高井戸駅北口杉並街区まちづくり準備会

「私たちはちょっと他のまちづくり団体というのとは違うかもしれない。2006年に京王線の立体化が決まり、まちづくり協議会ができて、まちづくり構想を作成。それをベースにした「しもたかブック」を作り、ここで揚げる目標を中心にまちづくりをしている。地権者との意見交換会など。まちづくり勉強会→まちづくり準備会に。昨年「杉並街区構想」のたたき台ができたので、その疑問点に関して勉強し、再設定しているところ。
北口の市場跡地を世田谷区が買い取って駅前広場になったので、使い方を世田谷区と交渉。京王線立体化の高架下の権利。「杉並街区」は一番いい場所になる」
???
それって再開発準備会では?
この京王線高架による「まちづくり」はほとんどの面積が世田谷区ですが、下高井戸は北口の市場の裏~甲州街道は杉並区。それを「杉並街区」と呼んで、共通の駅前まちづくり(しもたかブック)とは別に、権利変換による集約化・高層化、つまり再開発ビルの計画ができています。
「一番いい場所」って…?

nishiogidrunker.hateblo.jp

 

他の「まちづくり団体」との違いを聞き比べると、なおさら違和感が。

 

井荻まちづくりラボ

「2015年発足。2019年じゃんぷコースが終わり、コロナで活動下火になってしまった。テーマは井荻駅周辺の地域資源を発見し、活かすこと。遊歩道になっている井草川暗渠は魅力。まちづくり上井草が始めた「5月の庭」を井荻でも。民家の自慢の庭紹介、オープンガーデンの日を作り、みんなに見てもらう。10月25日には井草川フェスを行う。ピーコックの北側の壁(井草川遊歩道)にプロジェクターで投影し、地域の歴史の講演会をする」

 

上高井戸端

「上高井戸は杉並区のはじっこでとても狭い。畑も多い場所。地域密着、狭い範囲で活動している。月1回定例会、年1回街歩き、11月区民集会所祭り。祭りでは地元野菜レシピ紹介、試食をしている。待歩きでは区界を歩く、暗渠跡、玉川上水支流、自然、畑、寺社。地区会館が使えるのが団体の強み」

 

杉並まちづくり交流協議会
「まちづくり団体同士の交流を行っている。来年3月に「まちはく」をするので、みなさん参加してください。活動紹介、街歩き、ワークショップ、交流会。来年は子ども参加、子どもまん中まちづくりをテーマに。
ライフスタイル創造講座:杉並気候区民会議に刺激された。自分たちの生活が将来どうなっているか考える。今年も行う」

 

審査員から各団体への質問もあり、助成金審査のときにも言われていましたが、主に、助成後の資金はどうするか、どうやって継続していくか、というのが論点となっていました。


そんな中で当会に対してはGENプランニングの奥村氏から
「自然環境調査は大変興味深い。多くの区民が参加できるようにできないか?区民から寄せられた動植物の情報をデータベースにするとかできないか」と、いきなりスケールの大きな要望。
・昆虫に関しては情報の取りまとめをできる専門家がいて、広域での市民参加があるが、他の分野では難しい。なかなかいち市民団体にできることではない。田中耕太郎さんも郷土資料館や自然博物館などの専門家の窓口がほしいと言っていた。
・私たちにできることは、まずは行政の調査を周知し、市民が知識を身につけ、協力したいと思えるように。
・たとえばニホンタンポポにしてもアカトンボにしても、西日本と東日本は違うし、他の地域のものが入ったら国内でも外来種にあたる。市民が「見つけた」と言っても専門家の精査が必要。その上での生物多様性。
・まちづくりについて言えば、生物だではなく街にも多様性が必要。どこも同じ街であることは脆弱になる。ひとつひとつの街が違っていることを、住民が自覚して、個性を守るように。

と回答しました。

 

10.25「どうなる?どうする?河北病院の大問題!」後編

 

 

10.25「どうなる?どうする?河北病院の大問題!」学習会の後編、当会:島田昭仁代表の解説、ならびに参加者の意見交換です。

前編はこちら。

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本件で[阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会]としての意見書を執筆し、地盤、汚染についてもずっと警告していた島田代表から、今回の河北の「地下構造物残置」を受けての見解です。

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[構造物残置問題について]
これは、実は井口えみ議員の言うとおりで、協定違反ということで闘っても区にアドバンテージはない。何度も強調してきたが、協定というのは破棄できるものだ(にも関わらず、杉並区は「協定を一方的に変更したら訴訟のおそれ」などと言ってきた)。変更できるのは、本来は弱者救済のためであり、不都合があれば、補償金解決すればよい。協定の解釈のことなので、それを法廷に持ち込んでもアドバンテージはない。
むしろ、ここで協定を変えて(杉並区が地下構造物撤去を負担するなどしたら)区が区民から住民訴訟される可能性がある。だから区は「協定の中身は換えません、全部撤去してもらう」と言い続けないとならない。
地下構造物残置により、等価で交換した、という根拠が崩れ、区画整理法の違反になるため、区は河北に対して攻撃はできない。

 

 

[河北病院の土壌汚染調査について]
土壌汚染対策法(土対法)にしたがって、必要最低限を行ったものだ。調査会社も、同法の指定機関から選んだ。
豊洲(東京ガス工場跡地に築地市場を移転)でも、都のいうように調査は基準以下になるようにしている。
今回の資料ではわからない、もっと調べないといけないことがある。
都市計画では病院跡地はブラウン・フィールド(汚染地)と位置付ける。
土対法に定められた物質だけでは医薬品の汚染をカバーできない。例えば、土対法には調査物質として、PFASとかPFOSは入っていない。それらの調査なしで換地(や売買)するのは、民間同士ならイヤだ、と言う案件。
地歴調査をどこまでやっているか、病院の場合はそこが問題になる。

 

 

[A街区について]
タワマンは8年前なら可能性あったが、今は需要がない。大型商業施設という懸念が出ていたが、阿佐ヶ谷ではもともとありえないので、ミスリーディングだった。
実際、再開発で何を建てるのかは、2年前くらいにならないと決まらない。その時に一番価値が高くなるのは何か、それがギリギリまでわからないから。だから、ほんとに何ができるかはわからない。
よく言われているのは区役所移転、もしくは仮庁舎、という話。
地区計画では、土地利用としてここには高いものを作れることになった。(高さ規制45m+公開空地のボーナスで)60mが建てられることになっている。現有で西友の看板が40mだが、あれを超える高さに壁ができ、スカイラインを乱す。これこそが由々しき問題である。

 

[8/19意見書で述べたこと]
照応の原則:特に小学校を移転する場合は、慎重に環境が本当に照応しているのかを考慮する必要がある。公聴会を開くべき。
違法性:(欅屋敷、病院、学校)三ヶ所の計画が一斉に、行政だけで議会を通さずに決められた。さらに換地が不当な交換であれば、司法も無視できない。
学校改築検討懇談会の進め方:懇談会は基本計画を作成することが目的で、何か決定するものではない。課題、問題を提示し、それについて委員から聞くべきだが、最初からプランを見せて、どう思いますか?とやっている。

 

 

ここからは参加者、登壇者から、それぞれの知見や情報を元にした意見が出されました(発言者を特定せず、項目ごとに再編集しています)。

 

[土壌汚染調査について]
「1mごとにボーリングしてサンプリングし、ガスクロマトグラフにかけるのが普通だと思っていた。これは地表サンプルを取っているだけではないか。PPM:1兆分の1まで出てくるから、病院跡地なら絶対何らかの物質は出てくるはずだが、精度をあえて低いものにしている」
「河北がやるべきだと思っている範囲の土壌汚染はこれで全部終わったのか?説明会での区民からの質問に、「調査結果については区に報告、国および都が定めた方法で行っている」と回答された。これは国および都が定めた方法なのか?」
土壌汚染対策法は国が定めた方法で、それで指定した物質を調査した最低限のものを東京都に出す。その結果追加調査が要求される可能性がある」
「(学校建設で)地表面に盛土するのは、汚染を隠すことになる。地下水を汲み上げて揮発性成分を分析するなどしなくてはいけない。表面でサンプルを採っても意味がない。地下から採らないと」
「今の河北の調査は違法ではないが、最低限しかやってない。吉田副区長(当時)がかつて議会で言った「建物を撤去して、細かいメッシュでボーリング」というようなことは、やっていない。区に対して、解体前でも建物のない部分でサンプリングできないのか、と言ったが、区は「建物が建っているときに数カ所だけやっても仕方ない」と判断していた。区も建物があるうちに調査するとは思ってなかったのでは」
「入院患者いるのにエンジンを回してボーリングをやるとは考えられず、それで後送りしたのだろう」

 

[地下構造物残置について]
「病院の地下構造物、壁を残したまま引き渡すのは法に抵触する。病院の残置基準は普通の建築物より厳しい。かつて、私の叔父がやっていた診療所が閉院した時は大変だった。地下にレントゲン室、血液、特殊病原菌が付着してるかもしれない、と言われた。全部解体し、コンクリートを掘り出し、更地にするのに2年間かかった。個人病院ですらこんなことになるので、もっと規模が大きく、100年近く営業している河北病院がこれでいいはずがない」
「地下構造物といっても、何を残すのかがはっきりしない。壁の可能性があるが、それがどこなのか。「杭や地下構造物」を残す、という大ざっくりな話。現時点でどこを残したいのか、病院も区もお互いに言及していない。井口えみ議員は「杭」と言っているが、印象操作では。これまでは我々も杭だと思っていたが、最近「地下構造物」と言われた」
「杭の話は去年から出ていて、今年になって地下構造物も残したい、となった。残置するかどうかは、区画整理事業なので(C街区=旧河北病院の地主である)欅屋敷の相澤さんに返すのでなく、次にこの土地を使う区が了承すればいいことになる。
しかし古い構造物は「廃棄物」になるのでは。業界ガイドライン、環境省通知だと、例外的に残せるのは「残すことで地耐力を強化」するもの。文書で河北は「地盤が緩いのでご近所に倒れてくる」と書いており、この構造物が有用なものと言わないと残せない。そういう理屈を立てている。どこが有用なのか、区と病院で話し合い、具体的にどのくらい地耐力が上がるのか、話し合わないと。
区の課長は地下構造の図面が完璧でなく、欠損があったり、古い図面だったりする、と言っている。「病院の主張を聞き、どこを残したら有用か聞く」と区は答弁しているのだが。
そんな状態なら、もういっそ区が地下構造物撤去をやった方が早いのだが、そうしたら河北は「(撤去の必要がないから)撤去費用を払わない」と言っており、区が余分なお金を払うことになる。そうすると、住民訴訟の対象になる」

 

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[土地区画整理事業と地区計画の手続き]
「この件をまったく知らないので勉強に来た。
(A街区に)60mの建物を建てて景観壊し、屋敷林を破壊する。これが田中前区長の区画整理事業で決まったようだが、これは議会で議論されたり、住民説明会が行われたのか。なんでめちゃくちゃなのが通ったのか」
「オープンハウスや説明会はあったが、ご意見を伺い合意した、という立てつけになってる。説明会は区画整理が決まった後にやった」
土地区画整理事業は区議会の議決を要しない。地区計画は都市計画審議会(民間の専門家を含む決定権ある審議会)で可決した。その上で区議会で地区計画条例が可決した。計画に関わる予算は議会を通すので、それで「事業は認められた」と行政は言っている」
「住民への説明は随時行われた。2019年に「河北の土地利用構想について」公聴会が1回あった。公聴人には20名くらいが応募して、くじ引きのはずだったが、締め切り前日に田中前区長権限で変更された。くじ引きに立ち会いはできたが、前区長が公聴人を任命した。賛成派が4名、反対派4名、バランスを取ったというが、応募者全体では反対が多数なので、人選が偏っている。公聴会はそれ以上議論なく終わった」
「これはまちづくり条例の公聴会で、土地区画整理法、都市計画法の公聴会ではない」
「地区計画で定められたのは容積率や、各街区の用途。C街区は学校、教育施設、A街区は賑わい、B街区が病院。それ以前は(阿佐ケ谷駅北東には)地区計画がかかっていなかったので、斜線制限などがなかった。日照制限で高いものが建てられなかったのだが、容積率も緩和され、地区計画をかけることで逆に高いものが建てられるようになった」
「欅屋敷については、「残す緑地」を定め、今の河北病院で(西南部に)L字型に残すのが決まった。区は「全部伐採されるところを残した」と言っている。
土地利用申請するときに東京都の自然保護条例に適合させる。土地区画整理事業申請で、自然保護留意の計画を届出をし、大径木を60本くらい残すことになった」



「土地区画整理事業は「小さい建物、道がごちゃごちゃ」を整理するのが常識だが、今回は三つの大きな敷地を交換している」
「土地区画整理事業は土地を交換する、その上で地区計画によって、建物をコントロールし、建築にレギュレーションをかける。地区計画は議会にかけられる。区画整理事業は閣議決定で決め、住民の縦覧はない。法律的にはやるべきだとされているが、ペナルティがない」

 

[換地の不公正]

「換地処分について。A街区の区の持分3割というのが少なすぎる。情報公開請求したら真っ黒になって出てきた。一部を裁判で認められ、それでもまだこれ。裁判長は判決で「区には無理がある」とは言ってくれたが、「今の状況で推計はできる」のでこれ以上の開示はできなかった。換地の計算がおかしい、区が損する、しかし専門家は「当事者同士が合意しているから問題ない」とする。当事者とは田中前区長、私たちはこの真っ黒なものしか見ていない。土地区画整理事業は23区では区長が認可できるため。換地は売買ではないので議決必要ない。法の網の目をくぐるようなことをしている」
「今回のケースは公聴会は義務ではない。土地区画整理事業の公共施行なら公聴会の義務がある。個人施行なので義務はないが、駅前など公共性が高いものは公聴会必要。これは区が入っている。公共が入っているのだから本来は(個人施行ではなく)公共施行にしないといけない」

 

[議会の動き]

「今回の議会では松尾、安田、小池、井口えみ区議が質問。大きな問題として捉えている人たちはいる。河北のちゃぶ台返し、さらに5カ月延びる、それだと協定を変えないといけない。安田区議は「いつまでに終わらせる目処か?」と質問し、来年4月から地下部分の解体する、3月までには協議する、との答弁があった。計画では2029年4月に新校舎運用だったが、病院の言い分だと、勝手に5カ月遅れて2学期からになってしまう。そもそもスケジュール延期の前に地下構造物の合意がないと解体ができず、どんどん後になる。その間に物価高騰もする」
「当初A街区に複合で建てる案のときは、2021年4月に新校舎開校の予定だった。今年の150周年も新校舎で迎えるはず。この案がひっくり返って移転改築なって遅れ、さらに病院側の物価高騰、入札不調で1年遅延、今は当初から8年遅延している。さらに5カ月遅れる。病院側の主張は「地下構造物抜かないで最短5カ月、もし撤去するなら(さらに遅れて)2030年9月開校になる」
「大きな原因は河北にあるが、区のスケジュールがそもそも無理。昨年新しくスケジュールを切り直したが、土壌汚染撤去含め18カ月、そんな簡単なわけはない」



「推進派は土対法を順守しているというが、民間同士ならこんな調査じゃ済まない。放射性物質だっては土対法では調査対象ではない。病院が自主的に調査するべき。それをやらないで済ませるために地下構造物を埋め殺ししている」

「なんでこのタイミングで、地下構造物残置を言い出したのか、というのは、「最初からそのつもり」だったと思う。協定結んだ時点で地下構造物を残すつもりで、それがバレずにできると思えないから、結局、田中前区長となんとかする、なのでは。河北は新病院を建てるのに思った以上にお金がかかった、だから撤去にお金かけないつもりだろう」

 

こうしている間にも旧・河北病院の解体工事は進んでいます。本館の着工はまだ遅れているようですが、フェンスが建てられました。この中で不透明な解体が進むことは、このあと「区に引き渡す」からだけではなく、地域の安全のためにも許されるものではありません。

asakitas1.hatenadiary.jp

10.25「どうなる?どうする?河北病院跡地の大問題 ! 」前編

 

 

 

2025.10.25「どうなる?どうする?河北病院跡地の大問題 ! 」学習会の基調発表「これまでのあらまし」「現状の問題」の資料を公開します。今回は動画はありませんが、この資料で詳細に解説してありますので、お読みいただければ充分に現在の問題点をご理解いただけると思います。

後編として解説と質疑を掲載する予定です。

 

 

 

軟弱地盤・土壌汚染・低地浸水については、移転が持ち上がった2017年からずっと区民が言い続けてきたこと。土壌汚染について、杉並区は2024年1月22日に岸本区長が「移転方針継続」のビデオメッセージを出した際、区のHPに「これまでの質問に対する区の見解(FAQ)」として「病院が責任を持って対策する」と記述。

 

しかし今年5月、河北病院は杉並区に対して、解体する旧病院(C街区)の地下構造物を残置したまま引き渡したい、という意向を伝えてきました。これまで私たちは「松杭」を残置するのではないか、と懸念していましたが、それだけではなく「地下構造物」=建物の基礎・地下部分の壁や床まで? をそのままにする、というありえない要求です。

 

「松杭問題」での杉並区と河北病院の文書(2025年5月) - 阿佐ヶ谷駅北口・杉一小改築問題情報

7月14日河北病院文書と9月2日杉並区の反論 - 阿佐ヶ谷駅北口・杉一小改築問題情報

 

ここからは9月議会での質疑で、さらに詳しく見ていきます。

 

 

河北病院は「地下構造物残置」の理由として、軟弱地盤であるため、構造物を撤去すると周辺の地盤沈下が起きるおそれがある、残置することは地耐力(地盤の強化)に寄与するためだ、と書いてきています。清水建設や調査会社による意見も添付。

しかし、杉並区は「振り返る会」やFAQなどでも「C街区は軟弱地盤」であることを一切認めてきませんでした。

 

学習会で出た意見としては

1.最初からそのつもりだった

2.新病院建設で想定以上のお金がかかった。地下構造物撤去には数億円のお金がかかる。経営も苦しく、世襲で相続するときに借金を残したくない

3.来年6月に区長選挙があり、田中良前区長が返り咲くと見込んでいる。

 

 

河北病院による説明会資料はこちら(解体工事全般についての説明会であり、土壌汚染については資料の後半です)。

東京都に「環境調査報告書」を出して審査を経てから杉並区に詳細報告をする、としており、この段階では数種類の物質について「基準値以下」「検出されず」とだけ書いています。

8.29河北病院説明会・全資料 - 阿佐ヶ谷駅北口・杉一小改築問題情報

 

この調査は病院解体前に建物のごく一部にだけ穴を開けて行われています。しかし、田中前区長の代で工事・営繕の専門家として副区長を務めた吉田順之副区長は、2019年に「河北病院の土壌調査」について以下のように発言しています。

なお、吉田前副区長は現在河北病院の理事になっています。

 

 

もう一点、現在新たに持ち上がっているのが「杉一小の跡地」A街区がどうなるか、ということです。

杉並区は「あさがやまちづくりセッション」という区民の「対話集会」を何度も行ってきました。

あさがやまちづくりセッションの問題点 - 阿佐ヶ谷駅北口・杉一小改築問題情報

セッションの形式は各回で異なっており、今回の第8、9回は区民意見の発表の場面が多かったようです。しかし、そのテーマ設定については参加した区民からも疑問が出されることもあったようです。

このセッションについては、改めて傍聴記を掲載する予定です。ここでは全体の雰囲気と、「A街区」の範囲はこれまでの定義から「西友と三菱銀行」も入ってくるのではないか? という点についてお伝えします。

 

 







る。経営も苦しく、世襲で相続するときに借金を残したくない

3.来年6月に区長選挙があり、田中良前区長が返り咲くと見込んでいる。

 

 

 

11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」下見をおこないました。

2025.11.8「阿佐ヶ谷の原風景を歩こう」フィールドワークのコース下見を、講師の田中耕太郎さんにも同行してもらい、実施しました。

屋敷林の欅を双眼鏡で観察する田中さん。「枯れているように見えても、種の重さで葉が下がっている。紅葉している部分もある」など、樹木の「見方」を教えてくれます。

 

 

桃園川暗渠(朝鮮学校近く)のレンガタイルの遊歩道にて。下に川のある湿った土地なので、湿地の植物が豊富。このタイルの隙間から出ている植物も多くの種類がある。

「当日は1mのメッシュに何種あるのか探してみてもいいですね」

塀の隙間からも植物が。ただし民家に隣接しているため、園芸種が「逃げ出して」きているものも多い。また、温暖化の影響で南方の植物が東京でもあたりまえになっています。

 

民家が公園として整備された「Aさんの庭」。バラ園を残したい、という近隣の願いで実現しました。花壇を中心とした園芸植物の庭なので、植物の見どころは少なめですが、こんな小さなコンクリの池でも、水面を覆う水草は3種類。よく見ると色が違いますね。手にとってみると形も違い、シダと種子植物というまったく違うものだということ。

また、人工の池であっても、うまくすればイボガエルなどが棲むようになり、生態系の多様性に役立つかもしれない。

 

そのほか、「緑地を残した」と言っているけれど、新しい河北病院はどうなの?

阿佐ヶ谷に残るほかの屋敷林は?

などなど、身近な街を新しい視点で歩いてみて、都会・住宅地の中の「自然」「みどり」のあり方を考えるフィールドワーク。私たちも楽しみです!!