コメント
Re: No title
>田舎のオードリーさん、ありがとうございます。
父上、若さゆえの急変とご最期だったのでしょうか。
母上が今の私くらいの年齢だったかもと思うと、想像できないほどの衝撃だったかと。
母の思い出話に付き合い、それぞれの記憶を付き合わせ、
いろいろなことを想像したり推理したりと、
父が聞いていたら、「おいおい、それは飛躍しすぎだよ、」と笑っているだろうとか、
絵を描くようになって、思い出話も供養だなと思うのです。
父上、若さゆえの急変とご最期だったのでしょうか。
母上が今の私くらいの年齢だったかもと思うと、想像できないほどの衝撃だったかと。
母の思い出話に付き合い、それぞれの記憶を付き合わせ、
いろいろなことを想像したり推理したりと、
父が聞いていたら、「おいおい、それは飛躍しすぎだよ、」と笑っているだろうとか、
絵を描くようになって、思い出話も供養だなと思うのです。
No title
穏やかな表情☆
遠目に撮った1枚・・・
とても素敵ですね♪
優しい冬の陽ざしも感じます☆
35日
どんな思い巡らせて過ごされたのでしょう・・・ ・・・
私の父との別れは突然に!
ちょっと眩暈で入院・・・ 1週間程検査入院と言う事で
明日身の回りのもの 届けるね!と病室を後にしたのが最後でした。。。
母が帰宅せずに傍に居た事がせめてもの
突然の高熱 肺炎で死去でした・・・
アルジェリマンさんのお父様の年齢よりも20歳以上若く いろいろな思い残る別れ・・・
もっともっと父と話したかった!
今も 折に触れてそう思います♪・・・
それでも趣味人だった父
きっと良い人生だったと・・・☆
私事 m(__)m
今日もお元気願っております☆
遠目に撮った1枚・・・
とても素敵ですね♪
優しい冬の陽ざしも感じます☆
35日
どんな思い巡らせて過ごされたのでしょう・・・ ・・・
私の父との別れは突然に!
ちょっと眩暈で入院・・・ 1週間程検査入院と言う事で
明日身の回りのもの 届けるね!と病室を後にしたのが最後でした。。。
母が帰宅せずに傍に居た事がせめてもの
突然の高熱 肺炎で死去でした・・・
アルジェリマンさんのお父様の年齢よりも20歳以上若く いろいろな思い残る別れ・・・
もっともっと父と話したかった!
今も 折に触れてそう思います♪・・・
それでも趣味人だった父
きっと良い人生だったと・・・☆
私事 m(__)m
今日もお元気願っております☆
Re: No title
>さえき奎さん、ありがとうございます。
食欲ゼロになった日の前日まで、毎日晩酌を楽しんでいました。
治療可能な時期に胃がんが見つかったら、酒は飲めない、食事も制限、
きっとストレスフルな生活になって、心が弱ったと思います。体も。
犬たちと父の最期の日々は、私の生き方死に方にも影響するいい経験でした。
食欲ゼロになった日の前日まで、毎日晩酌を楽しんでいました。
治療可能な時期に胃がんが見つかったら、酒は飲めない、食事も制限、
きっとストレスフルな生活になって、心が弱ったと思います。体も。
犬たちと父の最期の日々は、私の生き方死に方にも影響するいい経験でした。
No title
そうでしたか。
御尊父様、男の私から見ても大変魅力的です。
顔には間違いなく人生が滲み出るものだと思っています。
私もかくありたいのですが、どうなることやら(笑)。
御尊父様、男の私から見ても大変魅力的です。
顔には間違いなく人生が滲み出るものだと思っています。
私もかくありたいのですが、どうなることやら(笑)。
Re: No title
>マラどーなさん、ありがとうございます。
人生で初めて食欲ゼロになった、と、ある朝父は言い、
最悪を予想して2日後に胃カメラ検査を受け、
検査に立ち会っていて、画像を見て「2か月持たない」と思いました。
87歳の誕生日に、胃がんと言われて、この写真撮影の前日に紹介された病院でCT検査、
そして撮影の3日後に、治療方法はない、と言われるわけです。
話を聞いている父の様子から、覚悟が固まっていくのが感じ取れました。
医者は余命を言わないんですよ。短すぎるんだろうな、と思いました。
検査データCDを別の医師に診てもらって、「ひと月・・・、」。
その時点で検査から2週間過ぎていたので、あと2週間。
その数日後に病院に行き、もう通院しないからと、訪問診療の段取りを急いでもらい、
即担当が決まり、来てくれた訪問診療医は父好みのナイスガイでした。4日前でしたけどね。
ナイスガイとは父は2度しか会えませんでしたが、「うらやましい最期だ、理想的だ、」と言ってもらえました。
『真田太平記』を好んでいたので、最後の過ごし方、死に方に真田昌幸の姿を意識したように思います。
死ぬこと、葬儀のことなど、タブーなく日常的に話していました。
その方がトラブルがなくていいですね。
人生で初めて食欲ゼロになった、と、ある朝父は言い、
最悪を予想して2日後に胃カメラ検査を受け、
検査に立ち会っていて、画像を見て「2か月持たない」と思いました。
87歳の誕生日に、胃がんと言われて、この写真撮影の前日に紹介された病院でCT検査、
そして撮影の3日後に、治療方法はない、と言われるわけです。
話を聞いている父の様子から、覚悟が固まっていくのが感じ取れました。
医者は余命を言わないんですよ。短すぎるんだろうな、と思いました。
検査データCDを別の医師に診てもらって、「ひと月・・・、」。
その時点で検査から2週間過ぎていたので、あと2週間。
その数日後に病院に行き、もう通院しないからと、訪問診療の段取りを急いでもらい、
即担当が決まり、来てくれた訪問診療医は父好みのナイスガイでした。4日前でしたけどね。
ナイスガイとは父は2度しか会えませんでしたが、「うらやましい最期だ、理想的だ、」と言ってもらえました。
『真田太平記』を好んでいたので、最後の過ごし方、死に方に真田昌幸の姿を意識したように思います。
死ぬこと、葬儀のことなど、タブーなく日常的に話していました。
その方がトラブルがなくていいですね。
No title
胃がん発見から35日後って、あまりにも急すぎますよね。
お父様の心境を想像すると、せつないです。
でも、自宅で家族に看取られ天寿を迎えられたなんて、
ある意味、理想の逝き方だと思います。
うちの親父は脳梗塞によりほぼ植物状態で、病院で1年以上寝たきりで、最後は胃ガンで逝きました。
お父様の心境を想像すると、せつないです。
でも、自宅で家族に看取られ天寿を迎えられたなんて、
ある意味、理想の逝き方だと思います。
うちの親父は脳梗塞によりほぼ植物状態で、病院で1年以上寝たきりで、最後は胃ガンで逝きました。


