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鉛筆画、赤ちゃん。~~からの子どもって残酷(^^)。末尾に業務連絡toメル友さん。


251214bym.jpg

1歳になったばかりの頃の妹を、普通のスケッチブックに鉛筆で描く。

「いやーーっ!」

1歳の主張コンクール、優勝!

近所のおねえちゃんたちがよく遊んでいてくれていたらしいが、
これはその時の一枚、抱っこしようと差し伸べた手を振りほどくような写真。

この頃、妹は1歳、私は3歳。
すぐ近所に農家があり、私はその家によく行っていたようだ。
朝、身支度をしてもらいながらの母とのシーンを覚えている。
「今日もおじちゃんのところに行くの?」、「うん!」。

母がまだ赤ちゃんの妹で手一杯だった自宅よりも、
かわいがってくれる大きなおじちゃんとおばちゃんの家に入り浸り。
ちゃっかりご飯も食べていたらしい。
広い土間の縄を綯う機械に藁を差し入れたり、長い髪が巻き込まれたりの記憶。
広い庭先に広げた筵で遊んで、片付けの手伝い(邪魔?)していた記憶。

この広い庭先で写した写真が、前回描いた乳母車の妹。

今思えば、50そこそこのご夫婦と二十歳前後の娘さんと息子さんのご家族だった。
とっても大きな人ばかりに見えていた。

制服姿(セーラー服や学生服)でなければ、
小学生やそれ以下の子どもから見れば、オジサン・オバサンと同じくくりの「大人」。

ちょっとでも顔にしわやたるみがある人はみな、オジイチャン・オバアチャン。

うわ、子どもって残酷。

そんな子供の目から見たら今の自分は・・・?
笑うしかない。






業務連絡:20年超のメル友さんへ。
私のメルアドがアカン奴扱いされて内容如何に関わらず突っ返されます。
今回はしつこく解消されません・・・。

コメント

Re: No title

>さえき奎さん、

そう、たくましいですね。
人の好意を素直に受け取る強靭さがあります。(笑)
好き、と思ったところに遠慮なく飛び込む勇気もあります。(爆)

不惑の年って、40歳でしたっけ。
初老も40歳を指す言葉ですよね。
50歳は「知命(ちめい)」、宿命を知った時、生まれて来た意味を知る時、
60歳は「耳順(じじゅん)」、周囲の意見などを素直に受け入れられるようになるそうですよ。
70歳では「従心(じゅうしん)」、思い通りに行動しても道を踏み外さずに生きられるようになる、と。

誰でもそうなるという意味でなくて、あの孔子でさえこうだった・・・。
60歳の「耳順」・・・私、真逆の生き方してますし~~ぃ。
70歳の「従心」は「ごーいんぐまいうぇい」とは違うのだろうか?

で、「まさかの、いや予想はしていたが」の件は、次の次の次の記事あたりで解決見込みであります。
いや、大したことはないんですよ。
ちょっと困っただけで・・・(泣)。

No title

前回の続編ですね。
しっかりと、キャラに一貫性があるように描けているのがマジで素晴らしいです。

>かわいがってくれる大きなおじちゃんとおばちゃんの家に入り浸り。
>ちゃっかりご飯も食べていたらしい。

なんだか、アルジェリマンさんって(妹さんも)、とてもたくましくて微笑ましいじゃないですか(笑)。

>ちょっとでも顔にしわやたるみがある人はみな、オジイチャン・オバアチャン。

ああ、よ~く分かります(笑)。
まあ、あの頃は、四十代はすでに初老、五十になれば立派な老人だった時代ですからね(笑)。

ところで「まさかの、いや予想はしていたが・・・」事件のその後の顛末が気になります・・・。

Re: No title

>野付ウシさん、

隣の家まで100メートル、ポツンと一軒ではないけど、ポツポツと数軒ですね。
何かあって大声で叫んでも、聞こえない距離。
ワンコなら聞き取ってくれるかも。

小学校時代にうちに泊まって福岡の大学に行った叔父が、
「ネーチャン(うちの母)にバス代を借りようとしたら、その50円がなかったんだよね、」と思い出話。
叔父もなかった、我が家にもなかった50円。
給料日前はほんとにお金がなくて、ゲームのように小銭を探して家中探すのを手伝っていましたよ。
50円、あったー!
今となれば笑い話です。(^^)

昔の子どもは暗くなるまで外で遊んでいました。
土曜の午後や日曜日には、ちょっと遠くの山や川まで行って、
ザリガニやワラビやゼンマイ取ったり、秘密基地を作っていました。
塾なんかなかったし、習字教室やそろばん教室はありましたが。

今の子どもはいろいろと弱いですね。
知恵が足りない、想像力が足りない、共感力が足りない、勉強はできるかもしれない。(^^)
電気のない生活、夜は暗い生活を夏休み冬休みくらいは経験させてやりたいです。

No title

自分の幼児の時の記憶はほんの僅かですが、
その時いくつだった?となると不明です。
農家で生まれ育ったのですが、貧乏農家だったので
親も凄い苦労したことは覚えています。
田舎のぽつんと一軒家とは言えないですが、隣の家までは100mくらいかな。
それも女の子しかいない家でしたよ。
今は高齢者ですから、自分で鏡みても「ワァー年寄の顔だ」と思いますね。
今の子は気持ち的には大人っぽい子が多いですね。
体も大きいですが、一般的な知識が不足ぎみかと。
外で1日中遊んでいるなんてありえないでしょう。
でも私からするとそれが凄い役に立ってますよ。
今更無理なことですけどね。

Re: No title

>マラどーなさん、

さすがに(生きていれば)95歳の人の1歳の頃の写真は・・・
(ってコピペかよ)

もっと古い記憶がひとつだけあります。2歳になるかならないかの頃の。
映画のように1シーン、2秒ほどのシーンです。

4歳の頃のその衝撃の記憶、よく覚えていましたね!
衝撃過ぎて、記憶に蓋をしたいくらいの出来事じゃないですか。


洗ってもらいながら、幼いマラどーなは耐えていた。
「泣くもんか、僕は泣かないんだ、クソッ、僕はぼくはボクは・・・」
駆けつけた母ちゃんの顔は・・・怒っていなかった。
「ふぇ~~ん、うぇ~~~ん、わ~~ん!」
幼いマラどーなはちょっとだけ泣いたのだった。

問題作『衝撃のマラどーな』。近日公開。(^^)

No title

あ〜、妹さんの顔でしたか。。。
お父さんの小さい頃の顔かと思いました。
、、、って、前と同じコメントかい!!しかもコピペで手抜きかい!!

それにしても、3歳の頃の記憶、よく残ってますね。
オイラがかすかに残ってる一番古いと思う記憶は、、、
幼稚園に入る前の、ボットン便所に落ちて胸まで浸かって、
玄関前でタライの中で数人がかりで洗ってもらってるシーンが
断片化して頭の中のあちこちに散らばっています。

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プロフィール

アルジェリマン

Author:アルジェリマン
コーギーを二代続けて飼い、それぞれを変性性脊髄症(13歳)と悪性リンパ腫(4歳)で失った。
体格はいいものの、すっかり運動不足の中高年が、はたしてもう一度これから犬と暮らせるのか。
保護犬里親サイトをながめ、もんもんとしたあげく、あきらめ半分で問い合わせたところ、縁あってやってきたのが、黒犬の万太郎。

万太郎について:
イケメン雑種の男の子。
徳島出身、推定生年月日2016年1月20日、保護日4月2日。
徳島アニマルオアシスの皆さんのお世話になりました。

20年続けたメモ帳にテキストタグ打ちの手作り素朴饒舌系犬バカホームページは2024年9月末で閉鎖し、その反動で、犬のことだけほのぼのブログのはずだったこの場所が、時々毒舌の本性が出るか、ほのぼのお絵描きブログに成長するか、予定は未定。

文系出不精片付け好き、意識は普通にコンサバ、無意識に毒舌、蚊に喰われやすい下手の横好き週末ガーデナー。

よろしくお願いします。

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