神戸カウンセリング花時計

営業終了のお知らせ

 

 

2009年4月以来、皆様に信頼を頂き

長きにわたり神戸の地で

催眠療法とカウンセリング業務に

携わらせて頂きましたが諸事情により

2025年12月31日をもって

神戸ストレスカウンセリング花時計としての

業務を終了させて頂くことになりました。

 

私を信頼して頂き、共に心の問題解決に

取り組まさせて頂いたクライアントの方々に

感謝を申し上げます。ありがとうございました。

 

今後は、落ち着きましたら

新たな地で催眠療法心理療法

再開させて頂くつもりではありますが

今の所は、その時期、場所は未定です。

 

皆様にとって2026年が2025年以上の

良いお年になりますよう願っています。

 

 

東福寺塔頭 芬陀院

 

東福寺塔頭一華院の拝観を終えて

東福寺臥雲橋を通り

次の塔頭寺院の芬陀院へと向かいます。

 

 

 

東福寺 通天橋

 

東福寺の臥雲橋から望む紅葉と通天橋

ここ臥雲橋まで来ると大勢の人でお祭り状態です。

 

 

 

 

警備員が遠慮がちな声で

「立ち止まらないで下さい。」的なことを

言っているような気もするのですが

 

立ち止まらないは無理っしょ。

日本人であろうが外国人であろうが

この撮影スポットで撮影せずにはいられない。

 

 

 

東福寺 参道

 

臥雲橋を通り抜けて日下門まで歩きます。

 

 

 

東福寺 日下門

 

大勢の人が日下門の中に流れ込んでいます。

 

以前に紅葉の良い時期を狙って訪れた時よりも

紅葉の色が鮮やかに感じる今日の東福寺

拝観をしないのは有り得ませんが、

その有り得ないことをあり得ることにしてしまう

私の強い精神力を自画自賛っと。

 

そう言えば前回の東福寺の拝観の際に

ここ日下門の前で外国人の女性から

写真撮影をお願いされたことを思い出します。

 

私を撮影したいんだと思って

OK、OKと言って

紅葉の前でポーズを取ったら

NO、NO、NO、NO、NOって

物凄い数のNOを頂きました。

 

 

 

東福寺塔頭 芬陀院

 

東福寺の日下門を背にして

西側に少し歩いた所にあるのが

次の目的地の塔頭寺院、芬陀院

 

東福寺塔頭寺院芬陀院(ふんだいん)は、

元亨年間、一条経通が父の一条内経のため

定山祖禅を開山として創建した寺院で

今日まで摂関家の一家である

一条家菩提寺とされます。

 

雪舟が作庭したという庭園があることから

雪舟とも呼ばれています。

 

 

 

 

芬陀院(ふんだいん)の表門を通り抜けて

境内の石畳の参道・・・切石敷の参道を進みます。

 

 

 

芬陀院 大玄関

 

拝観受付がある庫裡の大玄関

 

 

 

屏風絵

 

拝観受付の横に屏風絵が展示されていました。

 

 

 

蹲踞

 

 

 

 

 

 

方丈 南庭

 

かつて東福寺に明兆という画僧がいて

雪舟が明兆の絵を見て勉強しに来た際には

芬陀院を宿坊にしていたそうです。

 

その際、当時の一条家当主であった

一条兼良(摂政、関白、太政大臣)から

亀の画の依頼を受けた雪舟は、

画ではなく石組によって

亀島を主体とした庭園を作庭しました。

 

 

 

 

ある日の夜中に庭の方から

なにやら音がすると感じた住職が庭に出てみると

亀島が動いていたを見て驚き、

雪舟に助けを求めたところ

亀島の上に石を置いたことで動かなくなった。

と言う話が伝わります。

 

 

 

 

亀島が動き回ったなんて話は、

あまりにも馬鹿馬鹿しい話ではありますが

当時の人達は、これを信じてしまう位に

純粋だったのかなあ。

 

でもまあ凄く面白く良く出来た話ではあるので

サンタクロースの話のように

嘘の話をファンタジーとして捉えて大切にして、

愉しむのも素敵だと思うのです。

 

またこれを臨床心理学的に考えると

あり得る話でもあるのですが

それについては長くなるので置いておきます。

 

 

 

 

鶴亀の庭は、二度の火災と長い歳月で

荒廃していましたが

昭和14年重森三玲氏によって

一つの石も足すことなく復元されました。

 

 

 

 

 

 

 

書院は、1755年(宝暦5年)の火災で焼失後に

桃園天皇の皇后『恭礼門院』

御所の一棟を賜り移築したもので

明治32年(1899年)に改築されました。

 

 

 

 

本堂の襖絵は、御所から賜ったもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

方丈 東庭

 

昭和の作庭家・重森三玲氏が手掛けた東庭。

こちらの庭も『鶴亀の庭』だそうで

鶴亀の庭が二つあるのはかなり珍しいんじゃないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶室 図南亭(となんてい)

 

東庭の北側にある茶室『図南亭』。

 

一乗昭良(いちじょうあきよし)の

300回忌に建てられたものになります。

 

 

 

 

 

 

図南亭 円窓

 

 

 

露地庭

 

露地庭には、恵観公が愛用したと伝わる

勾玉(まがたま)形の手水鉢

屑屋型石灯籠が置かれています。

 

屑屋型灯籠の屑屋とは、

草屋根のことで笠が農家の屋根の形状をしています。

 

 

 

 

 

 

 

東福寺塔頭の芬陀院の拝観を終えると

最終の拝観受付の時刻まであと僅かで

無理をすれば

塔頭寺院一つ位は拝観できそうなのですが

慌ただしく拝観しても意味がないので

今回の名所巡りは、名残惜しいですが

ここ芬陀院で終わりになります。

 

 

 

東福寺 中大門

 

前回の東福寺の拝観の時に

撮影をしていなかった中大門を通り抜けて

京阪本線東福寺の駅へと向かいます。

 

 

 

スシロー 京都祇園

 

今日は、昼食を食べる時間を惜しんで

京都を巡ったので祗園四条駅に到着する頃には

拝観に全振りしていた気持ちが緩み、

どっと空腹感がやってきました。

 

神戸までお腹の虫が我慢してくれそうになく

阪急の京都河原町駅から少し遠ざかりますが

スシロー京都祇園店に突入。

 

最近、以前と比べてスシローのネタが

薄く小さくなっていた感があったので

気持ちは離れていたのですが

今回の京都祇園店は、

以前のスシローが復活したかのように

旨かったあ。

 

 

東福寺塔頭 一華院

 

對龍山荘の見学を終えて

再び党是五銭の蹴上駅に乗車して

三条駅京阪本線に乗り換えて

祗園四条駅を通り越して東福寺駅に向かいます。

 

次の目的地は、紅葉で有名な東福寺

3つの塔頭寺院の拝観を考えていますが

残りの拝観可能時間を考えると

二つが限界かと思っています。

 

ここまで来たら東福寺は拝観したい所ですが

以前に一度拝観させてもらっていることもあり

今回は、残念ですが諦めます。

 

 

 

東福寺塔頭 一華院 表門

 

一華院は、

紅葉で有名な東福寺の25の塔頭寺院の一つで、

毎年、秋の特別拝観の期間のみ公開されます。

 

南北朝時代の1382年に東福寺の第67世であった

東漸建易(とうげんけんえき)によって創建されました。

 

見所は、四神の庭

特に南庭『依稀松(いきまつ)の庭』一番の見所。

 

 

 

 

四神とは、東西南北を護る神獣のことで

東は青龍、西は白虎、南は朱雀、北は玄武。

 

そして、四神相応とは、

四方に四神が配置されている土地のことで

東の青龍、西の白虎、南の朱雀

北の玄武

京都は四神相応の土地に当て嵌まり

四神相応の土地に適している土地は、

長く繁栄するとされています。

 

 

 

東庭 青龍

 

表門から方丈前にある東庭

 

参拝受付がある方丈玄関前に

高くそびえる黒松青龍に見立てています。

 

 

 

 

禅宗の初祖である達磨大師が伝えた言葉に、

 

一つの花があり五つの花弁が開いた花とは

心中深く開く自身の花である

五つの花弁の意味を知りたければ

禅を実践するしかない。

 

五つの花弁の意味とは、

ありのままを受け入れる心。純粋な心。

分け隔ての無い心。人を想う心。

全ては御陰様と頂ける心。

 

一華院の一華には

上のような意味があるようです。

 

 

 

方丈

 

拝観受付を済ませて

方丈に設けられていたソファーに

腰を下ろして一休み。

 

 

 

 

 

 

 

南庭のある書院に向かいます。

 

 

 

南庭 朱雀

 

南庭は、中央の黒松の大きく伸ばした流れ枝を

長い尾をたなびかせながら飛ぶ伝説の鳥の朱雀と見立て、

背後のサツキそびえる山々を表しています。

 

 

 

 

南庭は、室町時代に作庭されたようですが

北庭と西庭は、平成に作庭されていることから

四神の庭として完成したのは近年のこと。

 

南庭にただ存在していた依稀松(いきまつ)

四神の庭の構想が考えられてから

朱雀に見立てられるよねとなったのか、

 

それとも元々南庭の見事な依稀松(いきまつ)は、

朱雀の松とも言われていて

あと3つの神獣の庭が有れば良いよねと

新たな庭を作庭したのか………

 

何であれ見事な松であることには

変わりがないんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

南庭は、少しの紅葉の赤色が

山々から昇る日の出のようにも見えますが、

とにかく黒松の緑、苔の緑、サツキの緑、

輝く緑色に覆われた庭園の印象です。

 

 

 

西庭 白虎

 

西庭『虎靠山(ここうざん)の庭』 作庭 重森千靑

 

虎靠山(ここうざん)の意味は、

水を得た龍や山に入った虎の様に

本来あるべき姿に戻れば本領を発揮する。

 

西庭は、2018年に作庭された小さな庭

石組で白虎による虎の子渡しを表現しています。

 

 

 

 

 

 

北庭 玄武

 

北庭『彷彿石(ほうふつせき)の庭』 作庭 重森千靑

 

2016年に作庭された北庭は、

白砂の中に3つの異なる色の島が浮かんでいます。

 

手前の島が四神の一つ玄武を表したもので

その一つ奥が鶴亀島

一番奥が蓬莱島と蓬莱山を表しています。

 

そして、石数が

七五三石組十五石で構成されていて

最も尊く縁起の良い数字とされています。

 

 

 

 

北庭と西庭を作庭した重森千靑(しげもり ちさを)氏は、

祖父が重森三玲

 

この北庭でちょっとした事件が起きました。

私がこの北庭を訪れた時に

先に来ていた欧州系の外国人のカップ

立ち去った後に置き忘れたであろう

スマートフォンを発見

 

外国人カップルが北庭から離れて

しばらく時間が経過していたので

早くしないと北庭どころか

一華院から出て行ってしまうと

もう慌てたの何のって。

 

発見したスマートフォンを手に持って

何年かぶりに急ぎ足で後を追いかけたら

無事に二人を発見して渡せたのが良かったあ。

 

これでまた一つ徳を積み、

私の運が一つ向上したのは間違いない。

 

 

 

 

東福寺塔頭 一華院の拝観を終えて

次の塔頭に向かいます。

 

京都名所巡り 對龍山荘Ⅱ

 

對龍山荘庭園の観賞は、一旦玄関を出て

建物沿いを右側に進むと塀と建物との間に

簡素な門が現れます。

 

ちょっと気になるのが雲行きで

天気予報では一日中晴れのはずが

雲が空を覆い始めています。なんでやねん!

 

 

 

 

この門が庭園の入り口になるのですが

庭園の規模に合わせた立派な門ではなくて

茶室の入り口に設けられているような門なので

茶庭のような規模の庭を想像してしまいますが、

門の先には、とんでもない庭園が

待ち構えている訳です。

 

日本庭園でよく見かけるこの簡素な門は、

確か編笠門(あみがさもん)といっていたような………

 

 

 

腰掛待合

 

腰掛待合は

茶室の入り口となる編笠門を通り抜けて

露地に設けられた休息所で

茶事の時に客が亭主の迎付や席入りの合図を待つ場所。

 

でもこの腰掛待合が茶室からかなり離れた場所に

設けられているのが謎です。

 

 

 

 

奥にある滝石組から水が

音を響かせて流れ込んでいます。

 

面白いのが、對龍台から瀧音を楽しめるように

對龍台の裾下に隠すようにもう一つ滝石組を設けて

そこから流れ落ちる瀧音によって

奥にある主役の瀧音を補完しています。

 

 

 

中島(亀島)

 

 

 

 

園路上に寄り掛かる様に傾斜して

育っている樹があって

歩き辛い箇所が一、二ヵ所有るのが難点。

 

 

 

 

 

 

水車小屋

 

 

 

花菖蒲園

 

1,000本の花菖蒲が植えられているようです。

花が咲くのは5月下旬から6月中旬なので

今は静かに眠っていました。

 

 

 

藤棚

 

藤の花は、桜からバトンを渡されて咲くので

これまた静かに眠っていました。

 

 

 

芝生広場

 

この芝生広場では、園遊会等が開かれていたようです。

 

 

 

四阿(あずまや)

 

四阿(東屋)は、眺望を楽しんだり、

休憩等を目的に設置される簡素な建屋。

 

 

 

 

松の木は長寿繁栄の象徴とされているので

松の木が植えられた庭が多くあるように思います。

 

但し松の木の育成には時間がかかり、

適切な手入れが必要なため

庭に植えられた松の木が増えれば増えるほど、

その費用がかさむことになります。

 

なので松の木が植えられている庭園は、

金持ちの庭園と言われるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

對龍山荘の池を優雅に泳ぐ多くの鯉が

池の主のような鯉であることに驚く。

 

 

 

聚遠亭(じゅおんてい)

 

 

 

 

 

 

茶室

 

 

 

 

池に浮かべられた和船が良い味を作りだしています。

 

これ昔は、実際に船に乗って楽しんでいたのだとしたら

對龍台から庭園を楽しむことが出来、

庭園の周りを歩いて楽しむことが出来、

池に浮かべた舟に乗って楽しむことも出来るとなり、

對龍山荘の池泉庭園は、何と呼べば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

對龍山荘、いや~素晴らしかった。

大満足の訪問となりました。

 

初めて三宝院庭園を観賞した時と

同じような衝撃というか感動を

久々に味わうことが出来ました。

 

對龍山荘を後にするのが心惜しいのですが

次の目的に向かいます。

 

京都名所巡り 對龍山荘Ⅰ

 

懐かしの南禅寺と南禅院庭園の観賞を終えて

次の目的地へと向かいます。

 

南禅寺周辺には、

南禅寺の寺領を明治新政府が没収し、

広大な敷地に建つ15邸の別荘が存在するなどして

歴史的風土特別保存地区に指定されています。

 

それら別荘の多くは非公開となっていますが

一部は、一般公開されていたり

料亭の店舗となっていたりするものは

店舗を利用すれば観賞することができます。

 

 

 

歴史的風土特別保存地区 石標

 

南禅寺界隈は、南禅寺はもちろんのこと

一般公開されている南禅寺塔頭寺院

観賞出来る歴史的建造物が多くあるので

とてもじゃないけど一日では回り切れません。

 

しかも、西方面へとちょいと頑張って歩けば、

平安神宮青蓮院門跡に辿り着くし、

北側の哲学の道をちょいと頑張って歩けば、

永観堂銀閣へと辿り着きます。

 

 

 

 

そのような環境にあるなかで

今私が向かっているのは、

今回の京都名所巡りで一番楽しみにしている

南禅寺界隈の15邸の一つの對龍山荘です。

 

南禅寺も南禅院も對龍山荘にいくのならと

拝観予定に組み込んだ次第です。

 

 

 

對龍山荘 表門

 

對龍山荘は、これまで非公開でしたが

2024年の秋から自由見学で庭園のみを一般公開し、

2025年の1月15日からは、

自由見学で建物も一般公開されることになりました。

 

なお昭和63年(1988)に国の名勝に指定され、

2024年には、国の重要文化財に指定されています。

 

 

 

對龍山荘 對龍台

 

對龍山荘は南禅寺塔頭跡地に

明治29年~32年にかけて

薩摩藩出身伊集院兼常の別荘として造営されました。

 

その後、彦根出身呉服商市田弥一郎が譲り受け、

明治34年~38年に改修が行われ

現在の對龍山荘の景観基礎が出来上がりました。

 

庭園は、伊集院が作庭したものを基に

七代目・小川治兵衛(植治)が改修しています。

 

 

 

 

見学の受付を済まして最初に通された塔龍台の広間

係員から見学者が数人単位で塔龍山荘の建物と

庭園の説明見学の注意点が伝えられます。

 

説明を受けながらも目の前に広がる

この對龍山荘の建物『對龍台』広間からの景観が

気になってしようがない。

 

これだけを観賞して帰っても十分満足する位に

実に素晴らしくて圧倒されてしまいました。

 

 

 

 

この景観に完全に魅入られたので

この後にも訪問予定している目的地の

拝観可能時間が足らなくなっても良いやと、

私の後に説明を受ける見学者が途切れるのを

辛抱強く待って撮影したので

この場所で30分以上は滞在しました。

 

 

 

 

係員の方に広間の用途を尋ねた所、

もちろん庭園を観賞するためでもあり、

呉服商市田氏が呉服の展示会の場所としても

活用していたとのこと。

 

 

 

 

とにかく全てが美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土蔵

 

広間の庭園とは反対側には、

美術品が展示されている土蔵があります。

 

 

 

 

私の記憶に間違いが無ければ

素材が象牙と表記されていたと思う。

 

 

 

 

 

 

對龍台 2階

 

広間の反対側(南側)にある階段で2階に上がります。

 

さっき広間から庭園を見下ろしていたので

混乱しそうですが

先ほどの広間は、一階なんですよね。

 

 

 

 

 

 

円窓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

對龍台2階の部屋は、

市田氏の三姉妹の部屋として使用されていたとのこと。

 

 

 

 

その部屋の前の窓に広がる景観。

 

 

 

 

2階の奥にある階段を下りた所にも土蔵があり、

その土蔵の中にも美術品が保管されていました。

 

 

 

 

こちらの1階部分で

市田氏が居住をしていたとのこと。

 

 

 

 

 

 

 

伊集院時代に建てられたと思われる

聚遠亭(じゅおんてい)

 

 

 

 

 

 

 

對龍山荘の建物『對龍台』の見学を終えて

次は、對龍台の窓の外に広がっていた

池泉回遊式庭園の観賞へと向かいます。

 

京都名所巡り 南禅院

 

南禅寺塔頭である南禅院は、

亀山天皇離宮の遺跡であり南禅寺の発祥の地

 

 

 

南禅院 拝観受付

 

南禅院を訪れるのは、今回で2回目。

初めて訪問をした際、夕方が迫っていた訳でもないのに

陽光が乏しくて撮影した画像全体が暗くなったこともあり

全部で5枚程度しか撮影していなかったので

再訪したかったんですよね。

 

 

 

方丈(本堂)

 

応仁の乱以後は荒廃していましたが

1703年(元禄16年)に桂昌院徳川綱吉の母)

円成院禅尼によって再興されました。

 

 

 

 

初めて南禅院を訪れた時は、

緑に覆われた庭園の後ろ側に入り込むと

樹々の葉によって乏しい陽光がさらに遮られて

肉眼ではまだマシでしたが

撮影した画像を見ると夜なのって感じでした。

 

今回は、樹々が紅葉で彩られた庭園に

陽光が差し込み別の庭園であるかのような印象です。

 

 

 

南禅院 勅使門

 

 

 

 

鎌倉時代亀山上皇が自ら作庭し、

夢窓疎石が完成させたと伝わる

池泉回遊式庭園の南禅院庭園は、

京都三名勝史跡庭園の一つです。

 

他の二つは、天竜寺庭園西芳寺庭園

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶室『龍淵窟』

 

今回、茶室の扉は閉じられていたので

南禅院の茶室の雰囲気を

感じ取れなかったのが残念です。

 

 

 

 

拝観順路に従って曹源地の裏側へと進みます。

 

国の史跡・特別名勝の第一号でもあり

世界遺産天龍寺の庭園の名称も曹源池庭園ですよね。

 

 

 

亀山法皇廟所

 

庭園の東南隅に建つ亀山法皇廟所は、

亀山法皇の遺言により分骨された遺骨が

埋葬されています。

 

 

 

一山一寧の墓

 

一山一寧(いっさんいちねい)は、

神奈川県鎌倉の円覚寺浄智寺の住職を経て

1313年(正和2年)に

後宇多上皇の懇願に応じて上洛し、

南禅寺3世となり正統の臨済禅の興隆に尽力しました。

 

 

 

瀧石組

 

 

 

 

 

 

 

 

 

方丈(本堂)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南禅寺の境内には大勢の拝観者の姿がありましたが

南禅寺の方丈(庫裡)の拝観から

南禅院に流れてこないようで

南禅院は、落ち着いて庭園観賞が出来ます。

 

 

 

南禅寺 三門

 

南禅寺と南禅院の拝観を終えて

次の目的地へと向かいます。

 

ところで南禅寺を訪れた日と投稿日は、

言うまでも無いとは思いますが別日です。

 

投稿日の今日は、クリスマスイブ。

皆様、メリークリスマス

 

 

京都名所巡り 南禅寺

 

今回の京都名所巡りは、

阪急電車で京都河原町駅まで行き、

京阪本線祇園四条駅から三条駅

東西線に乗り換えて蹴上駅まで行きます。

 

朝早くに出発しているので

京都河原町に到着する頃に

普段の朝食の時間帯となります。

で、京都河原町で腹ごしらえ。

 

 

 

すき屋 四条木屋町

 

今回の京都名所巡りの最初の目的地は、

日本の全ての臨済宗の寺院の中で

最も高い格式を持つとされる南禅寺です。

 

蹴上駅と書かせて頂いた時点で

察する人は、多くいるのではないでしょうか。

 

 

 

ねじりまんぼ

 

密かな観光名所『ねじりまんぽ』

蹴上駅から南禅寺を訪れる際には、

この歩行者用のトンネルを利用しています。

 

『まんぽ』とは、トンネルを意味する古い言葉で

上部のインクラインを通る台車の重さに耐えられるように

螺旋状にレンガを積んで強度を高めているとされています。

 

 

 

 

 

 

何有荘(かいうそう)

 

何有荘には、

近代を代表する庭師の小川治兵衛が作庭した

庭園があるので観賞したいのですが

一般公開はしていないんですよね。

 

京都を巡っているとよく耳にする三名の庭師がいて

小堀遠州、重森三令、そして、小川治兵衛

 

 

 

金地院 東照宮

 

日本三大東照宮とされているのが

本宮の日光東照宮久能山東照宮、ここ金地院の東照宮

そして、金地院庭園を作庭したのは、小堀遠州

 

金地院は、以前に一度拝観させて頂いていて

とてもシンプルな庭園があるのですが

初回拝観の時は、私の庭園センスが

あの庭園の良さを感じ取れるレベルにはなかったので

色々な庭園を巡った今、どのような違いを感じるのかと、

二度目の拝観をしたいと思ってはいるのですが

今回は、横目で見ながら通り過ぎます。

 

 

 

南禅寺 中門

 

南禅寺の中門を通り抜けるのは

今回で何度目だったっけ?と思う位、

複数回訪れているんですよね。

 

 

 

南禅寺 三門

 

この現在の南禅寺の三門は、

藤堂高虎大坂夏の陣で倒れた家来の菩提を弔うために

1628年(寛永5)に再建されたもので

京都三大門の一つに数えられています。

 

 

 

 

三門の脇にある高さ6m余りある立派な石灯籠は、

1628年(寛永5)に佐久間勝之が奉納したもので

俗に佐久間玄蕃の片灯篭と言われています。

 

日本三大灯籠と呼ばれる南禅寺片灯籠

熱田神宮高さ8mある石灯籠

上野東照宮高さ6.06mある通称『お化け灯籠』は、

全て佐久間勝之が奉納したものです。

 

 

 

 

 

 

法堂

 

 

 

本坊(庫裡)

 

今回は、本坊の拝観申し込みをせずに

水路閣へと進みます。

 

 

 

水路閣

 

水路閣は、明治21年(1888)に造られた

琵琶湖の水を京都市内へと向けて引かれた水路で

令和7年(2025)国宝に指定されました。

 

これ建造にあたり色々と物議を醸したようですが

いまや赤煉瓦の水路閣は、南禅寺と完全に馴染んで

南禅寺を象徴する建造物の一つとなっています。

 

 

 

 

明治新政府は、

かなり強権的な政府の印象があるのですが

でもまあ大きく国の在り方を変えて

強い国、豊かな国へと

新しい国造りをする訳ですから

そうなるのも致し方ないかなと。

 

南禅寺を訪れた多くの日本人も外国人も

水路閣を撮影しています。

 

 

 

 

 

 

南禅院

 

今回、南禅寺を訪れた目的は、

水路閣を通り抜けて石段を登った所にある

南禅院への再訪です。