管理教育が衰退してSNSの誹謗中傷が深刻になる前のバランスの取れた時期
2025年にリバイバルヒットした曲の一つにORANGE RANGEの「イケナイ太陽」がある。2007年7月18日に発売されたこの曲はドラマ「花ざかりの君たちへ」のOPとなり、2025年には令和版のリメイクPVが話題になった。2007年のリリース当時に青春時代を過ごした大人たちが昔を思い出しつつ「同窓会」のようにPVを楽しんでいるのに対し、若い世代は平成を「レトロ文化」と捉えて興味を持ったようだ。この2007年という年は音楽やカルチャーの面だけでなく、社会状況を振り返る上でも一つの節目だったと感じられる。
私は今まで未成年の自殺が不自然に急増していることを批判してきたが、「全自殺者数に占める小中学生の割合」に限定すると戦後最少を記録したのは2007年の0.18%になる。1980~2024年の同割合の推移を見ると、芸能人の急逝が大きく報道された1986年や1998年、いじめ自殺が社会問題になった1994年や2006年は前年比で大幅に増加しているが、1980年代から2000年代までは総じて子供の自殺が減少していた時代だと言えるだろう。
小中学生の自殺者数はバブル期だった1990年と学校の完全週休二日制が始まった2002年も2007年と同様に59人だが、全体の自殺者数は1990年が2万1346人、2002年が3万2143人と2007年の3万3093人より少なかったため、小中学生の割合は1990年と2002年のほうがやや多くなる。2007年の特徴は2006年に過熱していたいじめ自殺の報道が沈静化し、2008年に発生するリーマンショックの前年で「嵐の前の静けさ」があった時期だということだろう。また、昭和の管理教育が衰退してからSNSの誹謗中傷が深刻になる前のバランスの取れた時期が2007年だったと言うこともできるかもしれない。
しかし、その後は徐々に子供の自殺が増加していって最新のデータである2024年には小中学生の自殺者数が178人、全体に占める割合が0.88%にまで上昇している(図75を参照)。バブル期を知らない自分の世代でも、子供の頃と比較して政治や教育を取り巻く環境が悪化しているという実感は強い。小中学生の自殺者数が増加した背景には、2008年以降に増幅した自己責任論や世代間格差にも原因があるだろう。

日本社会において多数派となってしまった教育格差を容認する自己責任論
2008年以降に増幅した自己責任論や世代間格差を象徴するのが同年6月8日に発生した秋葉原通り魔事件である。この事件は犯人がトラックで赤信号を無視して通行人5人を次々と跳ねた上、トラックから降車して通行人や警察官ら17人をダガーナイフで刺した。一連の事件によって7人が死亡、10人が重軽傷を負った。犯人は幼少期に母親から虐待を受けており、短大卒業後も職を転々とする不遇な人生を送っていた。死刑が執行されたのは安倍晋三襲撃事件の報道が過熱していた2022年7月26日のことだった。この事件は個人の資質だけで片付けられない、当時の社会的な歪みを強く印象づけた。
その一方で、元東京都監察医務院長の上野正彦氏は2012年に出版した『自殺の9割は他殺である』の中で、秋葉原通り魔事件について「この犯人に限らず、今の若者は程度の差こそあれど全体的に自己中心的で我慢の足りない人が多いように思える。その一方で、対人関係が苦手で内に閉じこもってしまう若者も少なくない。こうした若者が増えてきたのは、それを許してしまう文明の豊かさにも問題があるのではないだろうか」と述べている。上野氏は1929年生まれなので10代の頃に戦争を経験しているが、20代から50代にかけては戦後復興期からバブル期を過ごした世代でもある。人生の多くを経済成長の時代に置いてしまうと、1990年代以降の不況が見えなくなってしまうのだろうか。
ベネッセ教育総合研究所が2004~2018年に朝日新聞社と共同で実施していた『学校教育に対する保護者の意識調査』の中で、「所得の多い家庭の子供のほうがより良い教育を受けられる傾向があると言われます。こうした傾向について、あなたはどう思いますか」という教育格差について聞いた質問がある。それに対して「当然だ」「やむを得ない」と回答した小中学生の保護者は2008年の43.9%から2018年の62.3%まで増加した。特に経済的にゆとりがある層においては、2004年の54.7%から2018年の72.8%まで増加している(図76を参照)。残念ながら上野正彦氏のような自己責任論は2008年以降の日本社会において多数派の意見となってしまったようだ。

2007年と比較してバブル世代男性とZ世代女性で年収に129.5万円も開きがある
それに加えて、2025年12月8日に実施されたれいわ新選組の代表選挙では世代間格差が年上だけでなく年下とも生じているように感じられた。この選挙で話題となったのは高校生の篠原一騎氏が立候補したことだが、その一方で残念だったのは政治系Youtuberの根本良輔氏が立候補できなかったことである。1994年生まれの根本氏はAI(人工知能)について「人間より優秀だから積極的に活用すべき」と主張し、れいわの代表選に立候補した5人に対しても「AIの活用に批判的なのは残念だった」と発言している。
それに対し、2007年生まれの篠原氏はAIについて「正しい情報が入っているかどうかもわからない」「最終的には人間の手を入れていくことが必要」と慎重な発言をしているのが特徴的だ。年齢を考えると根本氏より篠原氏のほうが若いのでAIの活用に積極的でもおかしくなさそうだが、現実にはそうなっていないようだ。私は根本氏と篠原氏の違いについて、2人が過ごしてきた時代背景による差が存在するのではないかと思っている。1994年生まれが小中学生だった2001~2010年はまだSNSが新しい技術だと言われていたのに対し、2007年生まれが小中学生だった2014~2023年は在特会などのヘイトスピーチがSNSで増幅した時代でもある。
また、政治の世界では10代も30代も同じ若者の枠に収めようとされがちだが、実際に今の30代はバブル世代の子供なのに対し、今の10代は就職氷河期世代の子供である。国税庁のデータを見ても2007~2024年にかけての平均年収は60~64歳男性が99.4万円増加したのに対し、15~19歳女性は30.1万円も減少している(図77を参照)。2007年当時の同じ年齢と比較して、1960~1964年生まれのバブル世代男性と2005~2009年生まれのZ世代女性で平均年収に129.5万円もの開きが生じているのだ。2020年代に入ってから60歳以上の自殺率が減少して10代女性の自殺率が増加しているのも、高齢者の所得増加と若年女性の貧困化が背景に存在するのかもしれない。
2025年の日本経済は日経平均株価が4万円を超える一方で実質賃金が減少して全国企業倒産件数が増加するなど矛盾した状況だと言えるが、私が気になっているのは世代によって景況感が大きく異なっているのではないかという点である。2026年はこうした景況感の世代間格差も経済の主要テーマにすべきだろう。

<参考資料>
ORANGE RANGE「イケナイ太陽」、再ヒット
令和6年中における自殺の状況
学校教育に対する保護者の意識調査
れいわの代表選の候補者に質問してきたけど不満が残りました
















