ヒッチコック再会
■ サスペンスとはなにか
…わたしにとっては、ミステリーがサスペンスであることはめったにない。例えば、謎解きにはサスペンスなどまったくない。一種の知的なパズル・ゲームに過ぎない。謎解きはある種の好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている。しかるに、エモーションこそサスペンスの基本的な要素だ。… (「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」より)
この間新百合ヶ丘の劇場で映画「ヒッチコック/トリュフォー」を観たら、またヒッチコックの映画を観なおしたくなった。川崎市アートセンター内にあるアルテリオ映像館は家からは遠いのだけれど、そこは有楽町のヒューマントラストシネマと並んで大手シネコンでは扱わないような映画が上映されることが多いので、新宿や銀座にでた時は時間が合えば行くようにしている。
アルテリオ映像館は座席数も100席ちょっとと小規模でスクリーンもそれなりに小さいのだけれど、それはあまり気にはならない。映画「ヒッチコック/トリュフォー」は1962年にトリュフォーが敬愛するヒッチコックに一週間にわたってインタビューしたものを1966年にHitchcock/Truffaut (アメリカ)、Le Cinéma selon Alfred Hitchcock(フランス)というタイトルでフランス、アメリカで同時出版されたのだが、その時の音源をもとに最近ドキュメンタリー映画として制作されたものだ。
本の方は1981年には日本でも「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」というタイトルで出版されたのだが、ぼくは'90年頃に改訂版が出たのを機に買って、もう25年以上経っているが今でも折に触れ読んでいる。(最近また復刻版で出版されたらしい) それはぼくの映画の教科書のようなもので、映画におけるいわば文法とも言える要素がヒッチコックの作品の豊富なカット割写真で実例をあげて示されている。
ヒッチコックは生涯に57本の映画を制作した。そのうち1本は現存していないので観られないけど、他は一応すべて観たし今も手元にもある。昔苦労して彼の作品のビデオテープを集めたのだけれど、DVDの時代になって画質も向上したのでVTRの方は処分してDVDで再度集めなおしたが、彼のロンドン時代の古い作品などはネットでも観られるようになった。
ヒッチコックのドイツ表現主義からスタートしたドイツ時代(助監督作品がある)、ロンドン時代そしてアメリカ時代と順を追って作品を観てゆくと、正に映画の歴史を垣間見ることができる。もちろん彼の映画はサスペンスという言わば限られた範囲での映画の分野であることは間違いないのだけれど、楽しさやハラハラ、ドキドキを創り出しているその根底をなしている映画文法のようなものは映画界全般への遺産となっていると思う。
そこら辺をこのドキュメンタリー映画の中ではマーチン・スコセッシやピーター・ボグダノヴィッチを始め多くの監督が証言している。これを機会にやはり二十年以上前に買った植草甚一の「ヒッチコック万歳」や、つい最近刊行された「映画術…」の翻訳も手がけた山田宏一の「ヒッチコック映画読本」も読んでみよう。CGを駆使した最近のSFスペクタクルやアクション映画にちょっと食傷気味の感がある向きは、そんなヒッチの作品を観なおしてみると意外と新鮮に感じるかもしれない。
*植草甚一の「ヒッチコック万歳」の初版が出たのは1976年9月だから、その時点ではまだ日本語版の「映画術…」は出版されていなかったと思うのだけれど、彼の本にはヒッチコックとトリュフォーなどのヌーベルバーグの監督たちとの関係がちゃんと書かれている。
植草のことだから当然その時点で英語版の「映画術…」は読んでいたのだと思うけれど、すごいなぁと…。彼の書くヒッチコック映画の内容だって、今のようにDVDやPCの動画でシーンを確認することなんて簡単にはできないのに、重要なシーンはちゃんと脳裏に焼き付いている。う~ん…。これも今でもヒッチコック映画の素晴らしいもう一つの教科書だと思います。
**あ、それからヒッチコックの評価の位置を今のようなものにしたのは、やはりトリュフォーの功績だということを忘れてはいけないなぁ。それにしても彼の死が早すぎたのが何とも残念です。

















