2013-10-12

貧乳好きは嘘つきである

貧乳好きという存在が僕は理解できないでいた。進化心理学から考えれば、おっぱいが大きく、おしりがおおきい女性の方が母体として優秀である

したがって、男性おっぱいの大きい女性にひかれるのが当然のはずだ。しかし、なぜか貧乳好きは母体として劣る女性を好むという。謎である

Aカップおっぱいなど、板に干し乳首を並べたようで見るからに貧相だ。とてもじゃないが性欲を催せない。

にもかかわらず、貧乳好きは「ひんぬーがいい」という。これはおかしい。


ひんぬーが好きという友人に「たとえば、どんなのがいいの?」と聞いた。友人はスマートフォンを取り出し、画像検索した後、「こういうのがいい」と画像を見せてくれた。

そこには、ブロンド天使のような貧乳女性がいた。確かに、美しい。

しかし、僕はふと思ったのだ。「これは美人から貧乳でも許せるのではないか美人ならなんだって許せる。佐々木希についているチンコならば舐められるのではないか」と。

僕、訪ねて曰く。「では、ブスの場合はどうか。ブスが干し乳首のような貧乳だったとき、それでも好きといえるだろうか?いや、いえない」

友、答えて曰く。「……」

僕、曰く。「それは貧乳が好きなのではなく、貧乳の「美人」が好きなのである貧乳のものを愛せなければ、貧乳好きとは言えない。では、ブスの巨乳とブスの貧乳、どちらが良いか?」

友、答えて曰く。「どちらもふさわしくないだろう」

僕、曰く。「では、ブスの貧乳とブスの巨乳を両方、ぶつけてみたら、どちらが勝つか」

彼は答えられなかった。これが矛盾語源である



要するにさ、貧乳好きは「貧乳美人」「貧乳少女」が好きなだけで、貧乳の成人ブスが好きなわけではないよね。だから貧乳好きとはいえない。巨乳のブスには需要があっても、貧乳のブスが好きって男はまずいない。男が「この子おっぱいが大きいから好き」と惹かれるように、「貧乳」というだけで惹かれる男性はこの世に存在するのだろうか、いや存在しない。

ちなみに、男のいう「ほどほどの美乳がいい」という場合の「ほどほど」はCカップ後半〜Dカップが想定されている。本当の意味での貧乳純粋に愛する男性はいないんじゃないか。「貧乳」自体に需要存在しない。


そんなことを、自分の粗チンをねぶりながら、ふと、考えた。


遠くから祭ばやしが聞こえた。

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