
チェンソーマンレゼ篇についてのとある疑問が話題に。
引用画像©藤本タツキ/集英社・MAPPA
参照元◎
なんでデンジってマキマと映画の好みが全く同じだったんだ?

デンジがマキマと映画デートした時、映画の感想がマキマと一緒だったじゃん。 他の客が笑ってる場面でも周りに流されなかったり。デンジなんて今までまともな生活してないから、映画とか笑いのセンスが磨かれてないはずなのにさ。
でも別に内容が理解できてないわけじゃない。マキマが「大半の人は理解できない」って言ってた映画のラストで泣いてたし。
これってマキマによる何らかの洗脳なのか、それとも単に偶然好みが合っただけなのか?
洗脳とかじゃなくて、単にいろんな映画の好みが似てただけだと思うけどな。
普通の人間じゃないから、普通の映画には共感できなかったんだよ。でも二人ともああいう絆を渇望してるから、二人が抱き合う力強いシーンには心通わせたんだ。
「普通の人じゃない」から理解できなかったか、単に彼女にいいとこ見せようとしただけに見える。
操るだけならどんな状況でもできるだろ。わざわざ映画デートする必要はない。
彼女の影響力が凄すぎて、彼がそれに合わせようとしてるんだろ。
彼女に認められるためだよ。フィクションだから極端に描かれてるけど、自分に自信がなくて馴染めない人は現実でも同じことするじゃん。誰かに好かれたくて自分の性格を捻じ曲げちゃうやつ。
マキマはデンジとの繋がりを深めるために感情を演技してたんじゃね。
よくわからん考察が多い。マキマが泣く前にデンジは泣いてたぞ。デンジはマキマを尊敬してるし、どんな感情を抱くべきかわかってなかったけど、最後の映画は心に刺さったんだよ。
スレ主の意見もあるかもしれないが、二人とも「普通」の人生を送ってないからってのもあるんじゃね。 映画ってのは違う人生や世界を体験する手段だから、「普通」の人生送ってる一般の観客とは好みがズレちゃうんだろ。
デンジって映画館どころか映画見ること自体初めてだったんじゃね?テレビを気にしてる様子もなかったしな。
90年代の日本にドライブインシアターがあったか知らんけど、そういうのは見たことあったかもよ。
あれってアメリカ限定のものだと思ってたわ。
いやアメリカ限定じゃないって。メキシコでドラゴンボール超のドライブイン上映やってたの見た覚えあるし。
マキマとデンジはどっちも社会性が皆無で、「普通」の基準を持ってないんだよ。だからありきたりなアクションとか悲劇を見ても響かない。観客が何に惹かれるべきか理解できないからな。 対照的に、あの母と子のシーン(二人の関係性の核心でもあるけど)には二人とも深く心を動かされた。デンジもマキマも、本物の意味ある感情的な繋がりを求めてるって点では同じだからな。
あれ母と子だったのか。知らなかったわ、それを知ってあのシーンがもっと良く思えてきた。
母と子かどうか確定はしてないけど、愛と深い繋がりについてのシーンであることは間違いないし、重要なのはそこだけだよ。
いや確定してるぞw あれ『誓いの休暇』(Ballad of a Soldier)を見てるんだよ。
彼女が高いメディアリテラシーで映画の複雑なテーマを理解したのと同じことを、彼はその単純さゆえに理解できたんだよ。

俺もすぐにその画像思い浮かべたわ。先越された。
マキマがデンジの感情を操ってただけだろ。
正直、マキマがいかに支配的かを考えると、スレ主の説は捨てきれないな。
レゼ編(映画)はデンジが自分が何を望むか決める話だ(都会のネズミか田舎のネズミか、マキマかレゼか、恋愛対象の選択肢をぐるぐる考えてる)。結局彼はマキマに固執してるからレゼを拒否するわけだけど、この時点での彼の決断はほぼ全部マキマ中心で、自分の頭で考えてないんだよ。