「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」が終わった。
どうせ低視聴率なんでしょうが、
「視聴率」と「視聴者の満足度」はほぼ無関係です。
というか、多くの場合、それは反比例。
「視聴率」がメガヒットの場合、たいてい「バカ向け」に作られた「簡単過ぎる(わかりやすすぎて退屈過ぎる)」「陳腐でありきたりな定番の」ドラマであることが多く、
そういうものは「ホントに物語が好きな人たち」にはとても満足できないからです。
逆に「マニアックな作り」の「本当におもしろいドラマ」は、「たくさんいるバカにはその良さがわからない」ので、たいてい低視聴率にあえぐものです。
もちろん、「この世が舞台なら~」は後者の代表例なので、低視聴率なことでしょう。
三谷幸喜が「ブランド」化されたのは、かなり経ってからのことなので、初期代表作はいずれも視聴率が低かったものです。
今回はそれに戻った感じがすげーする。
●才能は多少あるが、とがりすぎて、(実績もないのに)自尊心高すぎで、組織コミュニケーションもうまくいかず、はぐれものになりがちな主人公。
●「何もないところから」「無理矢理メンバーを集めて」「でたらめなセオリー」ながら「勢い」でなんとか新組織を旗揚げ
●出だしはメチャクチャながら、いくつかのラッキー要素も重なり、どういうわけか波に乗り、世間の注目を集めもするが、
●組織の成長に伴い、「組織内部」は「裏切り」や「追い出し工作」「仲違い」などあり、組織は崩壊に向かう
●その「組織崩壊」のドロドロした過程のリアリティと
●崩壊後の「あの頃っていろいろあったけどほろ苦くて切ない青春だったよね」感
これが、本作のおおまかな「あらすじ」でもあり「主題」でもあるかと思うのですが、
これは、三谷幸喜脚本の多くの物語に共通する要素です。
●「新選組!」
がモロそういう構成であるだけではなく、
●「鎌倉殿の13人」
●「王様のレストラン」
●「振り返ればヤツがいる」
にも似たような要素は感じます。
特に今回、作中舞台と同時代に書かれた(三谷氏の出世作)「振り返ればヤツがいる」を、なんか似てるわーと思いながら見てました。
「無能なヤツ」や「有能過ぎて邪魔なヤツ」の「追い出し工作」のエグさは、「鎌倉殿の13人」的だし、「あれだけやったのに結局ダメか」感は、「新選組!」のイメージです。
「組織」が生まれて、なんだか盛り上がり、しかしすぐに崩壊・転落、という図式が、三谷氏特有の「哀愁」というか「切なさ」「無常観」みたいなものがあり、そこにこそ、三谷ドラマの真骨頂があるんだなーと最終回をみていて感じました。
二階堂ふみの言う「楽しくなかった、こともない」くらいの感覚。
しかし、振り返って見れば、あんなに楽しかったこともない、みたいな。
それがYOASOBIの「劇上」にのって、切なく思い出になるんであった。
1986年に上京した同世代としては特にあの頃の空気感を感じるのでした。
ちょっと菅田将暉は叫びすぎだけどね。
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