自分史−基本孤独だった私の半生−

採用率がどん底だった就職氷河期世代、現在障害児のいる専業主婦です。診断してませんが、おそらく私自身ASDグレー。場面緘黙もあった?そんな基本孤独な半生を送ってきた振り返りブログです。

終わらない子育て

一般的には子どもが成人すれば、子育てが一段落したと捉えられる

 

昨今、不登校からの引きこもりとか、大学を卒業しても奨学金が残っている、とか大小悩みを抱える家庭もあるが、一般的には子育ては成人まで

 

だが、障害児の場合、一段落した、とどこかほっとすることはない

 

障害児には18歳の壁というのがある

 

それまでは学校に行き、放課後デイで預かりがあったわけだが、事業所などに行くことになる

 

事業所は15時くらいに終わることが多いから、どちらかの親はフルで働くのは厳しい

 

 

私の子どもは知的障害はないので、精神的には普通に成人を迎える

 

介護に関してはヘルパーなど外部の方にかなりお世話になるようになるだろう

 

ヘルパーやリハビリの管理は本人ができるとはいえ、親も一応把握はしておかないといけない

 

病院の受診も自分でできるようになるとはいえ、送迎は親がしなければならない

 

まだまだ完全に親の手を離れるというわけにいかない

 

精神的には自立するときが来るが、子育てが終わる、という感覚はなかなか持てないと思う

 

 

子どもが成人する頃には、今より福祉の助けを借りることが多くなっている

 

私の孤独感も少しは紛れているのだろうか

寝転がってテレビ

私は子どものころ、寝転がってテレビを観たことがない

 

背筋をピンと張ってお行儀良く観ていたわけではないが、ソファはなかったので、普通に床に座って観ていた

 

冬はコタツがあったと思う

 

寝転がろうものなら、注意されるし、両親は寝転がるようなだらしないことはしなかった

 

大学生のころ、テレビの場所が変わり、リビングに置かれた

 

それと同時に大きめのローテーブルも置かれたため、テーブルの前に座って観るようになった

 

テーブルはかなり大きめだったため、寝転がるスペースはなかった

 

 

大学で友達同士で旅行に行って、テレビを観ようとなったとき、みんな寝転がりだしたのは衝撃だった

 

しっかりものの優等生の子も当然のように寝転がって観ていた

 

え?こうやってテレビ観ていいんだ?と戸惑った

 

このときはみんなに合わせた私も家に帰ればまたいつものように座って観る毎日

 

 

もっと厳格なご家庭もいっぱいあると思うので(でもそういうご家庭はソファがあるかも)、大したことではないが、みんなのびのび育ってきたんだな、と思う出来事だった

 

 

 

 

結婚式② 自分の式

自分の結婚式であるが、10代は憧れもあったが、婚活で疲れ果てていたので、結婚が決まっても特に思い入れはなかった

 

むしろ、やりたくないほうだった

 

人前であまり目立ちたくないし

 

過去のショートムービーに出せる写真がほとんどないし(特に友達と写ったもの)、付き合う期間が短かったから、夫との写真もない

 

何より参列してもらえる友達が少ない

 

大学の友達もこのころから疎遠になっていたし、子どもができて外出が難しい子も多い

 

会社には一人も友達いないから、会社関係では招待できないし

 

夫の方は親族も友達も多く、人数の釣り合いが取れなさそうだった

 

対して私は親族も友達も少ない

 

かろうじて呼べそうなのは大学の学科とサークルの友達、先輩

 

学科の人数が少ない教育学部じゃなかったら、サークルに入ってなかったら

 

ほんとに友達いなかったかも

 

本気で友達代行使っていたかも

 

あとは花嫁の手紙なんか読みたくない

 

ここまで育ててくれたことへの感謝はあるが、そりが合わなかったから、手紙で感動させられるほどのエピソードなんか書けない

 

 

両家の両親、特に双方の母は当然式を挙げるものと思っていただろうし、花嫁姿が見たいのも感じていた

 

自分がやりたいより、親やお世話になった人へ感謝を伝えるための式だった

 

世間的にもまだまだ感謝の気持ちを込めて式を挙げるべき、という声が大きかった

 

というか、結婚が決まれば挙式披露宴が当たり前の流れだった

 

式を挙げない、というと変わり者だと思われた

 

 

実際どうだったのかというと

 

 

参列を打診した友達に関してはほとんどがOKだったので、ありがたかった

 

赤ちゃんや幼児のいた友達も多かったのだが、都合をつけて参列してくれた

 

夫も会社関係は一切呼ばなかったので、そこは釣り合い取れてよかった

 

ショートムービーは式中の写真を繋ぎ合わせ最後に流すエンドロールムービーに

 

余興は誰にも頼まなかった

参列を頼むだけでも負担にならないか不安だったのに、余興まで頼みづらかったし、子どもが小さいのにそこまで気を使わせたくなかった

 

実際、ゆっくり食事を楽しめて良かったと言ってもらえたので、ホッとした

 

この頃から、素人の下手なダンスを見たり、歌を聴くよりは、何もなくていいという考えも出てきていたのだ

 

スピーチもなし

乾杯の時に夫の友達に前に出て、話してもらったが、長々したものではない

 

その代わり、ちょっとしたインタビューコーナーを設け、円卓ごとに一人選び、軽くお祝いの言葉を述べてもらった

 

花嫁の言葉は、ネットで書き方を調べて、ありきたりな文面を並べ、乗り切った

 

感謝の気持ちは一応持っているつもりだが、涙は全くでなかった

 

一応ハンカチ用意して、隣の夫が握りしめていたのに😅

 

二次会はなし

 

友達はほとんど子持ちだったので、参加することも難しいし、私はこれ以上参加者を集められない💧

 

 

今はコロナ禍を経て、家族だけでの式や、写真だけなど選択肢も広がっている

 

挙式なしでも受け入れられる風潮なのは羨ましい

結婚式① 参列経験数回

結婚式には数回しか参列したことがない

 

披露宴には招待されてないが、式だけ参列したこともある

会場が自宅から徒歩で行けるところだったため、参列させていただいた

 

あと、結婚式には招待されてないが、二次会のお誘いだけあったというパターンも結構ある

 

これは人数の関係で式に招待するほどではなかったけど、まあ仲良くしてたから二次会には来てもらおう、みたいな微妙な立ち位置

 

それでも、友達の少ない私は何かいい出会いのきっかけになれば、と積極的に参加していた

 

当時は二次会の出席者同士でいい感じになり、新たにカップル誕生なんてことがある、なんて言われていたが、そんな経験はない

 

あとから、aloneちゃんがタイプとか言ってる人いたよ、なんて聞かされたこともあるが、声を掛けてきた人なんていない

 

二次会のような知らない人もたくさん来る場では緊張してしまい、出会いどころか結局その場を切り抜けるだけで精一杯になるので、それをガードが固いと感じる男性は多いと思う

 

参列した結婚式の回数を整理してみると…

 

・大学関係

式披露宴1回、二次会のみ2回

・大学サークル関係

式披露宴3回、式のみ1回、二次会のみ2回

・会社関係

ゼロ 二次会だけなら招待はあったが

・兄弟、親戚関係

式披露宴2回

 

 

一度も行ったことない、なんて人も聞くので、友達が少ない割には出席している方か

 

でも、友達で

「今月、結婚式ラッシュで御祝儀貧乏だよ〜😆」なんて言ってる子は羨ましかった

 

お金の面では大変だろうが、ラッシュになるほど友達に恵まれてるなんて羨ましい

 

さて、未婚女性の嫌がる出し物と言えば、ブーケトスあるいはブーケプルズ

 

今はやらないだろうが

 

私が適齢期のときは未婚女性だけがやるものでしょ?という認識だった

 

「独身の女性の参列者の方、前にお願いしま〜す♪」という司会者の掛け声がかかると

 

「ほら、行ってきなよぅ〜😙」とマウントをとるかのように送り出す既婚者

 

適齢期に結婚した友達がほとんどなので、私もまだ若く、晒し者状態にはならなかったが

 

今は、男性も入れたり、既婚者も入れたりして、未婚女性だけのもの、という感覚はなくしているらしい

 

それもそうだ

 

そもそも幸せのお裾分けというが、なぜそれが未婚の女性限定なのか

未婚、既婚、性別関係なくお裾分けしてもらいたいものではないか

 

参列者誰でも参加とする案もあるが、全員は無理だし、自分の式のときは参列者がほぼ既婚だったため、ブーケプルズは取り入れなかった

 

ライブ

今までの人生でライブは6回行った

 

チケット取りにくいトップアーティストのライブを4回

 

昔付き合っていた彼氏がブルーノートの雰囲気が好きだったので、そこで2回

 

友達が少ない私にしては十分な回数かもしれない

 

最初にライブに行ったのは大学4年のとき

 

他の大学との合同研究のお手伝いをしていたとき、他大学の研究センターの事務のお姉さんからお誘いがあったのだ

 

この研究センターの関係者からチケットをもらったそうだが、一緒に行けそうな人が見つからず、大学生に声をかけてみたらしい

 

この事務員さんはすごく話しやすい人で、人見知りの私でも構えることなく楽しく会話ができた

 

だが、いくら話しやすいといっても、会ったのは2回くらいで、相手は仕事もあるからそんなに話し込んでいたわけではない

 

抵抗もあったが、友達の少ない私が今後ライブに行くなんてことはないだろうと、お誘いに乗った

 

何のライブかというと、当時全盛期のラルク

しかもドーム

 

私の席は関係者席だったので、周りには空きもあり、全く盛り上がっている様子はなく、正直お通夜のようでもあった

 

かといってそんないい席でもなかったので、ガチのファンの黄色い声援が響き渡ることもなく、落ち着いて楽しめた

 

ライトファンの私にはちょうど良かった

 

あとの3回は社会人になってから

 

大学のサークルの先輩と学科の友達に誘われて

 

それぞれ、ドリカムとミスチルのファンクラブに入っており、一緒に行くはずだった友達やファン仲間が行けなくなってしまい、誘われたのだ

 

だから、最初から私と行くつもりをしていたわけではない💦

 

それでも、トップアーティストのライブに行けるビッグチャンスだと前向きに捉えていた

 

ドリカムのファンの先輩は2回目は私を指名して誘ってくれた

 

 

結局、人に誘われて行っただけで、自分からは行動していない

 

ブルーノートのライブだって、彼氏が行きたいと言ったからで

 

ライブ、行ってみたいなという気持ちはあっても、自分から誰かを誘って、チケットを取って、なんて考えたことはなかった

 

テレビで見てるだけで満足していた私

 

そんな私を誘ってくれて、素敵な体験をさせてくれた人たちにとても感謝している

 

しかも、私一人では絶対に取れなかったトップアーティストがほとんど

しかも一番最初のライブは完全にタダ

 

友達がほとんどいないのに、ライブに関しては運の良いこと続きだった

 

 

子どもができた今では一緒に行く人もいないし、何よりチケ代も上がっているし…

 

若い時に体験できていてほんとに良かったと思う

 

水族館

前にデートコースの定番と言えば、映画だということを書いたが、水族館も定番中の定番

 

婚活でも幾度となく誘われた

 

地元で誰もが一回は行くであろう人気の水族館があるのだが、その水族館は10回は行った

 

それだけ行っていると順路もだいたい分かっているし、イルカショーも毎回見ている

 

何回行っても面白いことは面白いが、さすがに飽きてくる

 

しかも、どれもラブラブなときに行っているなら、その時々で楽しい思い出が残っているが、付き合うかどうかのお試し期間なので、心から楽しめなかったのが残念だ

 

 

結婚して子どもができてから数回行ったが、やはり気の置けない間柄で行く方が何回行っても楽しめるものだな、と改めて感じた

 

友達親子

子どもが成人してもいつまでも仲良く出掛けたりと距離が近い親子(特に母と娘)のことは友達親子といわれる

 

ブログで母の愚痴を吐きまくっている私は当然友達親子なわけがない

 

でも、お母さんと仲良く出掛けたり、恋愛相談なんかもできる親子は羨ましい

 

成人してから何度か母と買い物に行ったりしたが、やはりあまり楽しくなかった

 

だから、母に恋愛相談などできるはずがなかった

 

「ねー、どんな人なの?」と聞かれ、オープンに言える子は羨ましかった

 

忠告するにしても

「なんかあまり合わなそうだから、自分が合わないって思ったら別れたほうがいいかもよ」と冷静に言ってくれる人ならいい

 

母は

「なんであんな人と?なんで強く反対しなかったんだろう 後悔してる!」

と般若のような顔で苛ついていた

 

こんなんだったから、子どもを作るにしても、娘だったらどうしようという不安はあった

 

私も母のようにただ自分の気持ちを押し付けることになってしまうのではないか、その結果折り合いが悪くなってしまうのではないか

 

性別が分かったときは心からホッとした

 

今は女の子が人気だが、同性だからこそ、拗れたら修復できないのが母と娘だと思う

 

今、私は親になり、自分がされて嫌だったことから、子どもにはあまり干渉しないし、やりたいと言わなければ習い事などもさせていない

 

残念ながら子どもには障害があったが、とにかく自己肯定感をあげてほしくて、些細なことでも褒めるようにしている

 

私のように自己肯定感ダダ下がりのおどおどした人間になってほしくない

 

子どもは障害があることから、友達が作りにくく、休みの日はだいたい家にいる

 

それでもしょうがないか、と思っている

 

ただ、これがもし、普通の子だったら

結局私も母と同じで

「友達と遊びに行かないの?」と言っていたかもしれない

 

子どもががんばっていても淡々としてほとんど褒めることのない親だったかもしれない

 

子どもに障害があるのは大変だが、その分子どもが少しでもよい方向に進めるよう考えてきた

 

一人っ子ということもあるが、子どもにじっくりと向き合ってこれたことは良かったと思う