イタリア旅行25 カプリ島1(青の洞窟)
11月8日(7日目)
カプリ島観光:
① 青の洞窟
② カプリ島観光と散策
カプリ島港(9:25到着) → 青の洞窟 → カプリ島廻り →登山ケーブル:フニクラ(11:40) → 昼食(12:50~) → 港行きバス(14:00)
掲載画像:衛星写真、青の洞窟、カプリ島、昼食、
青の洞窟:
マリーナ・グランデから小型船で青の洞窟の近くまで行き、そこでまた、小船(手漕ぎボート)に乗り換え、船頭さんの手漕ぎで洞窟の中に入ります。
洞窟内に入るために、まず、洞窟の入り口の前まで進み、船頭さんが波の山と谷のタイミングを見て、波の谷になったときに一気にチェーンのロープを引っ張り、洞窟内に入ります。この時、私たちは、頭を船べりより下にして、頭をぶつけないように隠れています。
青の洞窟は、最も広い所で長さ約70m、幅25mほど。
青の洞窟が、なぜ青く輝くのか良く理解していませんが、微妙な太陽光線の屈折で、海水が幻想的な深い青に輝くのだそうです。
観光案内には、「その幻想的な世界には思わず心を奪われることでしょう」とあり、また、一番きれいに見えるのは太陽の光線の角度が屈折しやすい午前中(特に10:00~12:00)とのこと。夕方は光線の方角が逆になるので、入り込み光線の量が少ないのだそうです。
しかし、最大の障害は、洞窟の入口が1mほどしかないため、満潮時や波が高い時は入ることができないそうです。阪急交通公社の2003、2004年の入場率によれば、6、7、8月は、入場率 80 %で、11月は、30 % 余りでした。
11月の幸運な日にめぐり合い、洞窟に入れましたが、確かに太陽光線は、洞窟の入り口から中に入ってくるのですが、中に進んで洞窟の入口の方向を見ると、海水が青く輝いており、洞窟全体を青く輝かせている様子を見ることができました。
海が少し、荒れかけていたため、洞窟内に入っていた時間は、1分くらいで、写真も十分撮ることができず、ちょっと残念でしたが、入場できたことで万歳でした。山上さんの添乗したツアーではまだ、入場できなかったことないそうで、ジンクスは生きていました。
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イタリア旅行24 ナポリ2
11月8日(7日目)
カプリ島観光:
① 青の洞窟
② カプリ島観光と散策
6日目工程:ナポリ(7:30出発) → モーロ・ヴェレッロ港(8:35発) → 約30 km → カプリ島港(9:25到着) → 青の洞窟 → カプリ島廻り →登山ケーブル:フニクラ(11:40) → 昼食(12:50~) → 港行きバス → カプリ島港(14:25出発)→ 約30 km→ モーロ・ヴェレッロ港(15:30到着) → ナポリ発(15:40) → 約230km(休憩1回) → ローマ(レストラン:夕食)(到着 18:50、20:00発) → ホテル(20:15到着)
掲載画像:衛星写真、ナポリ街並み、青の洞窟、カプリ島、昼食、ローマ夜景、夕食
7:30 ホテル出発
ホテルを早めに出て、カプリ島行きのジェット・フォィール船に乗るために、前日通った海岸線を行き、卵城、王宮を見ながら桟橋に行く。
港に向かう途中、バスの電話に、旅行仲間のご夫婦宛に電話が入り、港に着き、山上さんが、港の観光案内所で、電話対応される。
結果的には、そのご夫婦もカプリ島行きに参加され、予定通り、カプリ島行きの8時半の高速船に乗り込むことができました。
とりあえず何事もなく「まる」でした。
ナポリから約30km離れたカプリ島まで45分でした。これから計算するとジェットホィール船の航行速度は、時速40km位となりますが、日本では、福岡の博多港から韓国の釜山港とか東京では、浜松町の竹芝桟橋から伊豆大島や神津島などに就航していますが、これらのジェットホィール船の巡航速度は 70~80 km/時間 で走っています。
日本では、時間が問題となり、時間が優先されるのでしょうが、イタリアでは、当然でしょうが、特に、カプリ島に観光に行く旅行客にとっては、少しゆっくり船旅を楽しむことが優先されているのでしょう。
船は、新しく水中翼船ですから、十分7、80kmのスピードは出せるはずです。船の中では、甘さたっぷり、こってりのケーキを持って売り子の方が船室を廻っていました。
1996年か7年の7月に、沖縄の石垣島に行った時、石垣島から西表島まで約30kmだったのですが、30分で着きました。計算すれば、時速60kmのスピードで走ったことになりますが、水中翼船でなく普通の船でこんなに早く走れる船は初めてだったので、びっくりしました。
西表島に着いて、船の乗組員の方にどんなエンジンなのか聞いてみましたが、600 PS のエンジンを2基積んでいるとのことでした。時速100kmで飛んでるようなスーパーボートと同じ走りでした。とにかく凄いの一言でした。
その時の船の方の話では、一番早い船は、90km/時間で走っていると聞いたのを覚えています。石垣島から八重島諸島の島に行かれる方は、是非、このスピードを楽しんで下さい。船のスクリューの後ろの水流の跳ね上がりが、1~2m以上あったのを記憶しています。
余談ですが、スクリュー後の跳ね上がりの位置でサーフィンができるのを知った時は、ちょっと信じられませんでしたが、サーフィンは、波が砕ける前にいてはじめて連続的にできるのを知り、納得しました。
写真は https://www.dropbox.com/sh/dw3gi6v7r70nms5/AAAL757tEfRR-vM5sWA3ftMya?dl=0 に掲載。
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イタリア旅行23 ナポリ1
11月7日(6日目)
ポンペイ遺跡(14:00 ~ 15:50 )→ カメオ工房(15:50 ~ 16:30 )→ 約 30km → ナポリ(18:00 ホテル到着 )
ポンペイ遺跡を後にして近くの「カメオ工房」に寄りました。
連れのお方が、ぜひ買って帰りたいといろいろ見た結果、二つに絞られたのですが、ここからがなかなか決まらずやきもきしましたが、なんとか一件落着。
ポンペイから今夜のナポリのホテルまでは、約30kmでホテルに入る前にナポリの海岸で、ナポリの夜景を見る時間がありました。
ナポリは、ローマ、ミラノに続く、イタリア第三番目の街で、「ナポリを見てから死ね」という諺をかなり昔に聞いた覚えがありましたが、「ナポリを見てから死ね」という諺は、サンタルチア港の西側の埠頭に立つカステロ・デローヴォ(卵城)からの景色のことだといわれているそうです。しかし、夜景もなかなかのものでした。
ナポリの歴史地区はバスからの見学でちょっと物足らなかったですが、時間の関係でまあ仕方ありません。
しかし、山上さんが「交通マナーが悪いのがナポリ名物」とか話されましたが、ありがたくない名物で、イタリアでも随一だそうです。
ホテルにチェックインしてから、夕食の「ピッツァ・カプリチヨーザ」を食べに出かけました。
イタリアに来てからやっと本格的なピザでした。一枚目の皿と一人一枚づつのピザ、完食は、私と女性がもう一人の二人でした(意地で食べました)。
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イタリア旅行22 ポンペイ2
11月7日(6日目)
ポンペイ遺跡(14:00 ~ 15:50 )→ カメオ工房(15:50 ~ 16:40 )→ 約 30km → ナポリ(18:00 ホテル到着 )
美味しい昼食後、ポンペイ遺跡の観光。レストランから歩いて遺跡の入場門にいけるということで、マリーナ門へ。
日本語の達者なガイドさんで、冗談も交えて解説してくれました。
マリーナ門を入るとレンガや円柱の基部が並んでいるバジリカ(建築の平面形式のひとつ)。それに続き、フォロ(公共広場)があり、ヴェスヴィオス火山をバックに左手にアポロの神殿、奥にジュピターの神殿があります。記念写真を撮り、アッボンダンツァ大通りを東へ。
ヴェスヴィオス火山の一晩の噴火で埋め尽くされたポンペイ。全く信じられないですね。
ちょうど緑の芝生が綺麗なスタビアーネ浴場、中央浴場、娼婦の館、鉛の水道管の一部分、お店のカウンター、荷車の轍の跡などを見て、エルコラーノ門から遺跡を出て、秘儀荘を見学し、ポンペイ遺跡観光終了。
途中、鉛の水道管をみて、古代ローマ人に鉛中毒で亡くなった人が多いことを思い出しました。その原因を帰ってから調べ直してみました。結果は、ローマ人はワインが大変好きでワインを多量に飲んだそうですが、そのワインの甘味料として多量の鉛が添加されており、そのため、鉛中毒になったようです。
水道管の鉛が中毒の原因だと、最近まで日本も鉛の水道管でしたので大変なことになりますが、私の勘違いでした。
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イタリア旅行21 ポンペイ1
6日目工程:アッシジ(7:50出発) → 約400 km → ポンペイ(13:00到着、16:40出発)→ 約30 km→ ナポリ(18:00ホテル到着)
掲載画像:衛星写真、ポンペイの遺跡、ナポリ街並み
7:50 ホテル出発
13:00 ポンペイ着
アッシジのホテルから約400 km、約5時間のバスの旅。
山上さんの通過地点近郊の観光案内を聞きながら、途中2回(9:30、11:30)トイレ休憩。
ローマに続く松並木のアッピラ街道も車窓から見ることができましたが、ポンペイに近くなると、なんといってもヴェスヴィオス火山。
標高1281mのヴェスヴィオス火山は、ナポリの南東 約15km、ポンペイの北北東 約10kmに位置しており、わりとなだらかに裾野が広がっていました。富士山ほど尖っていませんが、イメージは似ています。
ナポリ民謡の「フニクリフニクラ」は、ヴェスヴィオス火山への登山電車の歌だそうですが、この登山電車1944年の噴火で破壊されたそうです。また、高速道路の壁面が、当時の溶岩流が露出している場所あり、カットされそのまま使われている箇所がありました。
ルーチョさんの上手な運転で時間通り、ポンペイに到着。
ポンペイに到着と同時にまず、昼食(13:00 ~ 14:00)。
専属の歌手の方が歓迎の歌を披露し、迎えてくれましたが、我々より先に来られたツアーの皆さんに歌ってました。
昼食は、アサリのスパゲッティとシーフードフリッター(フライ?)でしたが、日本人好みの味で満足、満足でした。
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イタリア旅行20 アッシジ2
11月6日(5日目)
サン・ジミニャーノ(9:00着 10:20発)→ シエナ(12:00着 14:25発)→130km→アッシジ(16:10着)
アッシジ(サン・フランチェスコ教会、サン・フランチェスコ通り、ミネルヴァ神殿、礼拝堂、コムーネ広場、サンタ・キアーラ教会)観光(世界遺産)(16:10~18:10)
17時過ぎに上部大聖堂を出て、淡いピンク色の大理石の建物を観ると今日の忙しかった一日の疲れも忘れることができました。
バスが待っている駐車場まで、大聖堂からアッシジ旧市街のメイン通りのサン・フランチェスコ通りを登って行き、暮れかかったアッシジを散策。
途中、ミネルヴァ神殿のあるコムーネ広場で買物タイム。絵葉書とアッシジの解説書を買って広場に戻ると高校生の合唱団が練習をしており、通行中の人も足を止めて合唱に聞きほれました。
乗りのいい旋律の歌で我々を含めた観客から、アンコールが続きました。
思いがけない高校生の合唱団の歌を聞き、アッシジの印象が格段にアップしましたが、サンタ・キアーラ教会を見ながらやっと駐車場に到着(18:10)。
ホテルまで約10分、今日は、早くホテルに入ることができましたが、お金持ちのお年寄りの団体が、ちょうど着いたところで、夕食がガッチンコするため、我々の夕食は、19:30からとのことで、大ブーイング。
写真は https://www.dropbox.com/sh/dw3gi6v7r70nms5/AAAL757tEfRR-vM5sWA3ftMya?dl=0 に掲載。
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イタリア旅行19 アッシジ1
11月6日(5日目)
サン・ジミニャーノ(9:00着 10:20発)→ シエナ(12:00着 14:25発)→130km→アッシジ(16:10着)
アッシジ(サン・フランチェスコ教会、サン・フランチェスコ通り、ミネルヴァ神殿、礼拝堂、コムーネ広場、サンタ・キアーラ教会)観光(世界遺産)(16:10~18:10)
2時半過ぎにシエナからアッシジに向けて出発。約1時間半でアッシジに到着。
このところ夕方5時には薄暗くなるので、直ぐに大聖堂に。
アッシジは、聖者サン・フランチェスコの生誕地として、また、フランチェスコ派カトリック教の大本山として、昔から世界に名高い町だといわれているそうですが、私は、今回の旅行で始めて知りました。
(キリスト教にも仏教と同じように、いろいろ宗派があり、現在、全世界に10億人以上の信徒(世界人口約60億人なので1/6を占める)を有するローマカトリック教が最大教派とのこと)
アッシジの解説書によると
フランチェスコという名前は、彼の父(ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ)が、フランス旅行中に知り合った妻(マドンナ・ピーカ)と結婚し、時流に乗り成功し、裕福な商人となれたことから、生まれた子供の名前にフランスの国名を付けたいと考えたそうですが、結局、「フランス人」を通称化した「フランチェスコ」という名前をつけたんだそうです。
(アメリカ西海岸の「サンフランシスコ」は、キリスト教のフランシスコ会の修道士が創設者の聖フランシスコを街の名に付けたのが地名の由来なのだそうです)
したがって、裕福な商人の息子さんですから、小さい時から「清貧」とは縁もゆかりもなかったはずですが・・・
青年時代に、長期にわたって重い病に倒れ何もできない状態になった時に、夢の中で「キリストの声」を聞いたことから生き方がガラッと変わったのだそうです。
緑の丘の中腹にある旧市街は、清潔感にあふれており、清貧(久し振りにこの言葉を聞きました)の教えを説き、自らもその生き方を貫いた聖人サン・フランチェスコ、その聖人が築き上げた修道会が今も受け継がれています。
この教会の修道士さんが身に着けている僧服の腰紐にはフランチェスコ会の会則である清貧、従順、貞潔を象徴した三つの結び目があります。
サン・フランチェスコ下部教会と上部大聖堂のジョット(フィレンツェのジョットの鐘楼のジョットと同じ人)の壁画「聖フランチェスコの生涯」を鑑賞し、外に出ると時間は17時を少し回ったところでした。
夕闇の中の淡いピンク色の大理石の大聖堂や建物が本当に綺麗でした。
芝生が、「T PAX」と刈り込まれています。「PAX」はラテン語で「平和(peace)」のようですが、「T」の意味をご存知の方は、教えてください。
メモ:アッシジにはお天気の良い日の午後3時以降に行き、大聖堂を訪れ、夕方の景色を楽しんでから、アッシジのホテルに泊ること。
写真は https://www.dropbox.com/sh/dw3gi6v7r70nms5/AAAL757tEfRR-vM5sWA3ftMya?dl=0 に掲載。
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イタリア旅行18 シエナ2
11月6日(5日目)
シエナ(12:00~14:20)
昼食は、硬いクッキーを甘いリキュールにつけていただきながら、一皿めが、久し振りのスープでミネストローネのスープ。二皿目はきのことお肉で、大体いつも同じようなパターンもワインハーフボトルをしっかりいただく。
昼食後、カンポ広場、ブップリコ宮殿を後に、ドゥオーモ、大聖堂前に残るサンタ・マリア・デッラ・スカラ病院美術館(中世の病院)の表側と裏側とを見ながら、また、サン・ドメニコ教会のそばを通り、駐車場へ。
今日は、サン・ジミニャーノ、シエナ、これから3都市目の「アッシジ」にいくスケジュール。
陽気なイタリア男性のイメージが強いのですが、非常に寡黙なグッドドライバーのルーチョさんを紹介します。
写真は https://www.dropbox.com/sh/dw3gi6v7r70nms5/AAAL757tEfRR-vM5sWA3ftMya?dl=0 に掲載。
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イタリア旅行17 シエナ1
11月6日(5日目)
サン・ジミニャーノ(10:20発)→37km→シエナ(11:05)
シエナ(11:05~12:00)
一時間余りサン・ジミニャーノの街中を散策した後、サン・ジミニャーノを10:20に出発し、約40km離れたシエナに11時過ぎに到着。
中世に都市国家を形成、それぞれが独自の政治を行った北・中部イタリアの都市と同様、シエナも当時の面影をそのまま残す頑丈な城壁に囲まれています。
金融業、商業を中心に13、14世紀ごろ繁栄を極めたシエナの旧市街(1995年世界遺産登録)から少し離れた駐車場からシエナの街へ。
類まれなる美しさで世界中の人々から愛されるカンポ広場に面したレストランで昼食ということで、それまでの約1時間、駐車場からカンポ広場まで旧市街を散策。
まず、サン・ドメニコ教会を見学後、カンポ広場方面へ。途中、繁華街の通りに沿ったサリンベニ広場を囲んで14~16世紀の建物、タントゥッチ宮殿、サリンベニ宮殿、スパノッキ宮殿がありますが、これらは現在、銀行が所有しているそうです。
向かいの銀行は、外装、内装とも当時のものを残しながら、銀行業務を行っており、実際に銀行の中に入ってみましたが、歴史の重みがプンプン。
世界で最も美しいといわれているすり鉢状の貝殻のようなカンポ広場、夏の伝統行事パリオでは、ハイライトの競馬がこの広場で行われ、たくさんの観客であふれるそうですが、見学の前に昼食。
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イタリア旅行16 サン・ジミニャーノ
11月6日(5日目)
サン・ジミニャーノ(世界遺産)観光:
① チステルナ広場、ドゥオーモ、ポポロ宮殿
シエナ(世界遺産)観光:
② カンポ広場、プッブリコ宮殿
アッシジ観光:
③ サン・フランチェスコ協会(世界遺産)
5日目工程:プラート→55km→サン・ジミニャーノ→37km→シエナ→130km→アッシジ(宿泊)
掲載画像:衛星写真、サン・ジミニャーノ街並み、シエナ街並み、カンポ広場、サン・フランチェスコ教会、アッシジ街並み
7:50 ホテル出発
9:00 ~ 10:15
サン・ジミニャーノに一番乗りで観光客がまだいなくて、私達の団体のみが街並みを散策。
中世の街は、外部からの防衛のために、大体小高い丘の上に広がっているが、この街も丘の上に栄えた街です。
当時の貴族が権力の象徴として建てたといわれる塔は、13世紀には、70余の塔があったそうですが、現在は、14の塔が残っています。
街の周囲は、約2km くらいで、真ん中にチステルナ広場があり、その周りに街が広がっています。
街に建っている塔の全体の写真を撮りたくて、少し、坂を下って撮りましたが、修復工事のクレーンが、じゃま。
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