a.k.a.Sakaki

赤坂さかきの旅路

近況:自室より⑳

先日、34歳、35年目の年を迎えました。前年度の振り返りから早1年、毎度のことながら時の流れは残酷なものです。ただ、昨年度までとは異なり「貧すれば鈍する」な状況を(一時的でないことを心から願っておりますが)なんとか周囲の方々の助けを借りながら脱することができました。

随分前からこの雰囲気いいなって思っていた

助かった…のでしょうか。まだまだ安心できない日々は続いています。現在の仕事をずっと続けられる自信がなく、一時しのぎ的な状況であることに変わりないような、嫌な予感がしています。最近の散歩の成果…ということで考えをまとめておきましょう。

逆光の花弁は透き通っていて綺麗

今年の振り返りの時にも書く予定ですが「毎月収入を絶やさない」というごく小さな目標は達成できました。収入の額や安定感はさておき、ゼロの月を出さなかったというだけでも、自分の中では大きな一歩です。

こういうのが好き

ずっと仕事を選ぶ余裕などなく、請けられる案件はすべて受けるという状態でした。逆説的ですが、糸のように細いこの収入の流れが、自分の精神をギリギリのところでつなぎ止めてくれていた気がします。

西日に透ける葉脈

ただ、IT 業界 — とりわけ今のような DX 推進事業の渦中で働くというのは、どうしても気力を削ぎながら続けているような感覚を否めません。自分が贅沢な人間であることに嫌気がさしてしまいますが、人工知能を台頭に次々と生まれる新しいツールや言葉、そして「効率化」を至上命題とするわりには、なぜか減らない人間の "fictive" な仕事に対して溜息ばかりが漏れる毎日です。

まだまだ夏の余韻が残る

確かに、理屈では必要だと分かっていても、人間そのものを置き去りにするようなスピードに、疲労感がどこか残るような、心が追いつかないようなことが増えました。筆者がこの業界に完全に馴染めない理由なのではないかな…と考えています。

ネコチャン

それでも辞められないのは生活とバイクを維持するためです。それなら買わなければよかったではないか…という声が聞こえてきます。いえいえ、エンジン音を聞きながら走るあの時間がなければ、きっと今ごろ心が壊れていたでしょう。教員だった時も、徒にバイクの台数が増え続けていたものです。自分にはこれがないとダメなのです。

ネコチャァン

ガソリン代も保険料も高くなり、決してメンテナンスも楽ではないですが、それでも手放せないものです。一般人からしてみるとただの鉄の塊かもしれませんが、その上でしか自分の「生」の意識を取り戻せないような気がするのです。大袈裟ですかね。

彼岸花の季節は終わった

昨年に「再びバイク旅を再開できるかもしれない」と小さく書き残しましたが、それもちゃんと実現できました。遠出というほどではありませんが、数年ぶりに、季節の風の匂いを感じながら何かを取り戻すかのように走りました。

アストラムライン

死んでいないだけで生きてもいない状態でした。しかし、今はちゃんと季節感を大切にしながら生きている。その実感を皆さまとよりしっかりと残したり共有したりするために、最近は YouTube にモトブログを投稿しています(チャンネルはこちら

振り返ると

最初は、このブログの延長のつもりでしたが、どこかで「これが新しい仕事につながらないか」という淡い期待もありました。当然ながら再生数は(大御所チャンネルと比較すると)鳴かず飛ばずです。でも、不思議なことに数字よりも、見知らぬ誰かからの動画の感想が心に響きます。

この光と影のコントラストが好き

自分自身をコンテンツにしてみたとき、そこに宿る「体温」を改めて感じました。画面越しにでも人と繋がる瞬間があり、カメラ越しに見た自然の美しさがあり、エンジンの振動で伝わる命の鼓動を感じました。今後も、そうした細やかなものを記録し続けたいと考えています。

ドーナッツ美味しい

モトブログでは、季節感を意識しており、出会った自然の写真も投稿しています。百聞は一見にしかずですが、たとえば、風にそよぐすすきの穂、広大なカルスト台地、視野いっぱいに広がる水平線など、どれも特別ではありませんが「この瞬間が生きていた証になるかもしれない」と思うと、ついシャッターを切り、皆さまと共有したくなるものです。

この写真だってそう

それに比べると、仕事はどうにも「意図的に切り離された別世界」のように感じることがあります。AI、RPA、クラウド、データ連携 — どれも現代社会にとって必要であることは否定できませんが、その効率化の果てには何が残るのでしょうか。そんな疑問を抱えながら、それでも請け負いを続けているのが現実です。

フリーランスという働き方は自由に見えて、実際は老後資金の不安と隣り合わせです。会社員のように退職金もなければ、病気をしたらその瞬間に収入は途絶えてしまいます。誰も守ってくれない代わりに、すべてを自分で選べる。3年目のシーズンですが、その自由の代償を、少しずつ肌で感じるようになりました。

毎年恒例行事になっている気がします

最近は「何をすれば安定するか」という考えから「どうすれば生きていると感じられるか」を軸に物事を考えるようになりました。モトブログや写真投稿が直接的にお金を生まなくても、それをきっかけに誰かとつながったり、新しい仕事が生まれたりするかもしれない。あるいは、自分の心の充電になるだけでも、それで十分かもしれません。

久しぶりの探鳥でキセキレイ(失敗)

経済的に苦しくなると心が鈍る。しかし、そこを抜け出すと再び感受性が戻ってくる。そう考えると、この一年の自分の変化も、単なる「回復」ではなく「再生」のために必要な時間だった…と前向きに捉えたいところです。

もちろん、現実的な問題は山ほどあります。案件の単価も上げられていませんし、生活コストは増える一方です。バイクの維持費も今後どうなるか分かりません。しかし、今は「この不安ごと抱えて走るしかない」と思える程度には余裕が生まれました。

ヤマガラ(記念撮影)

もちろん、来年はどうなっているか分かりません。写真や動画の仕事にシフトできていたら万々歳ですが、恐らく、しばらくは IT 業界との二足の草鞋を履く生活となることでしょう。まさかとは思いますが、また別の道を探しているかもしれません。

エナガ(失敗)

しかし、仮に働き方が変わっても「自分を削る働き方」ではなく「自分を取り戻す生き方」を選びたいと思っています。格好つけて言うならば、それが現在の筆者にとっての最大の目標となっているような気がします。

今年の誕生日はコーヒーミル(感謝)

この一年でようやく、ほんの僅かながら「生きる」を理解できたように思います。ひとえに、ずっと一緒にいてくれるパートナーの存在と、こんな他愛のない話を最後まで読んでいただける読者の存在に心から感謝しています。— それでは、また。