あくいの孫

BOOK OFFにある恵まれない本たちを保護する活動をしています

2026年1月1日(晴)

九州の朝は遅い
7:31小倉発の新幹線に乗るためには6:56の電車に乗らないといけない、となると6時前には起きないといけなかった
スマホのアラームで目を覚ました時、カーテン越しの世界はまっ暗闇だけだった

支度を済ませ電車に乗る頃には、遠くの山の上に少し朝焼けが見えた
山は世界を隔てる
異世界からの予感を一瞥したら、Spotify で音楽を流し、電車を待った

新幹線に乗り、DLしておいた映画を流す
なんとなく旅がしたい気分だったから、今回は『星の旅人たち』にした
小倉からしばらくは、関門海峡やら山陰山陽の山々を抜ける関係で電波が届かない
三人席の一番窓側から外の景色に向かうと、ちょうどまん丸の太陽と目が合った
初日の出だ
目が合った瞬間、あまりに眩しくて目を背けた
その後も何回か目を合わせたけど、網膜に焼き付いて鬱陶しくなり、ブラインドを下ろした
俺の朝の目覚めを助けないくせに、スーパーマンみたいに胸を張って元気そうで、本当に腹立たしい

あけましておめでとう

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2025年2月21日~22日@吉祥寺櫂スタジオ
私の所属する「劇団あんしん」の第一回公演を行います!
概要は以下のURLから
予約受付中ですので、ぜひ見てください
https://x.com/ansyn_stage/status/2004885010084778153?s=46&t=zO0OxLitWZ8kHGpL_Xd7-A

2025年12月31日(曇)

部屋の窓からは雲と半分こした空が見える
玄関を出ると、もちもちのクリームパンみたいな雲が、乱雑に群れをなしている
別に大晦日だろうと、人間の定めた暦で、空が綺麗にはならない

風呂掃除をしようと、袖を捲る
シャワーをかけて抜け毛を寄せる集めるが、どうしても引っかかるやつがいる
どこの毛かわからないそれを、手で払って水で流す
おしっこやうんちと違って、まだ世の中には毛を自動で流すシステムがないので、自分でゴミ箱に捨てなければならない
さっき払った時、袖が戻って少し濡れた

よいお年を


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2025年2月21日~22日@吉祥寺櫂スタジオ
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収まりのよさ

 10月31日金曜日、19時台の小倉行きの電車。普段あまり人の多くない電車も、この時間は少しだけ密度が増す。おまけにハロウィン、喧騒を求めて中心部へ向かう人は余計に酸素を薄くさせ、違和感のある熱を漂わせる。
 10月の半ば頃からようやく冬を思い出させる寒さがやってきて、そのうえ雨だ。窓にもたれると、結露の冷たさが背中を浸透してくる。外と中の違いがどこか収まりを悪くさせる。
 安部山公園駅に着くと、学生が何人か降り、学生とそれ以外の人たちが何人か乗ってきた。きっと各駅にそれぞれ生活圏があるのだろう、いまだに北九州の街はわからないと思う。
 最後に、背の高い痩身の男性がやって来た。あまり物の入っていないリュックを背負って、風邪は引いていないのか、マスクをしているのに鼻は出している。単純に歩き方の癖なんだろう、足音がする。電車に急いでたからというより、いつも少しだけ急いでる人の歩き方だ。
 その男性は速度を緩めることなく一番近い吊り革へ向かい、手をかけた。かと思えば、勢いのままするりと手を離し、中の方へ向かってきた。変わらず速度は入って来た時のままなので、あちこちの人にぶつかっている。体の向きも変えないまま、迷うことなく真っ直ぐ進んでいる。
 実際迷ってはいたんだろう。最終的に中からまた戻ってきて、最初に手をかけた吊り革を掴んで、呼吸を感じさせる立ち方をしていた。

 何のことはない、本当にこれだけの話。
 ぶつかられた人は始終嫌そうな顔で彼を見つめ、当の本人はただ立っているだけ。ただなんとなく、納得していないのか、そう思わせる顔はしていた。

空腹、緩やかな

帰りが遅い。

端的に言って、残業が最近増えてきた。というのも任される仕事が増え、同時に間に合わない仕事が増えてきた。それは慣れなさから来る心理的負担を伴ってもくる。
そんな状態に集中力などあるはずもなく、整然とした業務ルーティンは崩壊して当然だ。よって遅くなる。

本当に疲れている、とはこういうことを言うのかと思うほど、何もできなくなる。『花束みたいな恋をした』の麦くんが、床に寝転がって、焦点のあってなさそうな目でパズドラをやっていたことを思い出す。
何もできない、ということを感じる。身体は頭に半端な重たさを加えただけで、何か全力で訴えかけてくるわけでもない。ただただ半端に重い。

何もできない、となると当然家に帰ってからの自炊など辿り着くわけもなく、弁当を買いに行ったり外食をしたりするわけだが、時々妙に空腹を味わいたくなる時がある。
空腹を味わう、ひどい日本語だ。空腹に味なんかあるわけがない。どれだけ人をバカにすれば気が済むのか、書きながら少し腹が立ってきた。
だが、何かを食べているときのように、空腹も身体に感覚を促す。腹が減っているという感覚、何か食べたいというごく単純な感覚。腹部を中心にじんわりと身体に巡ってくる。妙な、とても奇妙な心地よさを、それに感じている。
半端な重たさを簡単に超えて巡ってくる感覚は、生きている身体を思わせてくれる。何もしていないが、何もできないが生きていると思わせてくれる。心地よい。とても、心地よい。とても、心地よく、そのまま、眠って、しまいたい。

夕立

6月23日19時過ぎ
仕事が終わり、いつも通り3車線の広い道を、車で流していく。
雨が降っていた。19時を過ぎても九州の空はまだ日が差していて、オレンジ色をしていた。19時を過ぎても夕空に振る雨は夕立と言っていいのだろうか。車内に広がる、服が肌に張り付くようなジトっとした空気から、逃げ出せずにいた。

 

高校生の頃、栃木県の宇都宮市に住んでいた。高校までは自転車で通学していたが、それでも20分はかかるため、雨の日でも学校指定の白い雨合羽を着て通学していた。雨合羽は、暑いし蒸れるし視界悪いしで、大嫌いだった。けれど、ほぼ毎日雨合羽を着る時期があった。夕立の降る夏場だった。
宇都宮は夏場になると夕立がかなり多く、たとえ午前は雲一つない快晴でも、夕方になると急に雷を伴った豪雨の降り注ぐ日が大半だった。夕立が降ると、ジメジメしていた夏の暑さが、より質感を伴ってやってくる。当時文化部だったため、室内から夕立の到来を眺めていたが、クーラーの効いた涼しい教室に居ても、いつかはやがて、その感覚と共生する運命にあった。

似たような感覚は、大学進学を機に東京に移り住んでからもあった。年々暑さを増していく中で、電車通学になったものの、その感覚からは逃れられなかった。冷房の効いた車内でも、60%が水分でできている人間が溜まれば、途端にその感覚に塗れてしまう。加えて酸素も薄くなる。大学へ向かう電車の中で、よく電車酔い、もとい人酔いをしていた。

社会人になり、神奈川へ移り住んでもそうだった。初めての一人暮らしに選んだ家は、雨の日には窓が開けられず、部屋中に雨の澱が溜まったようだった。そんな日は呼吸がしづらく、寝苦しさもあってか、首の締まる夢をよく見た。

きっと、関東平野に居を構える限りは逃れようのない感覚だ。30℃超えが珍しくなくなった日本の夏で、湿気と人間の吹き溜まりとなったこの地方では、風情と呼ぶのは現実逃避の他ないほど、当たり前の日常だ。

 

4月から、九州へ転勤になった。
新しい土地は何にせよ気分をカラッとしてくれる。17時になっても18時になっても、被の沈まないこの土地は、太陽の近さと空気の違いを感じさせてくれた。

6月になり、梅雨を迎え、雨がよく降るようになった。雨の日の運転はそれだけで怖い。太陽を遮り、視界を塞ぎ、集中力を欠かせた。九州でもこの感覚からは逃れられなかった。

夕立じゃなかろうと、関東じゃなかろうと関係ない。
結局、夜になっても雨は降り続いてた。

重たさ、重さ

最近引越しが決まった
なんてことはない、国内の引越しだ
すぐに帰ってくるだろうし、あまり考えてもしょうがない
でも人には伝えなきゃいけない
なんてことない引越しだけど、それでも一応、伝えるべきことではある

何回か、何人かに、既に伝えた
出てくる時の言葉が重たい
首の後ろに引っ張られるような、何かがある
でも喋り出すと、置いていかれるような、言葉の中に自分がいないような、重さのない言葉だけが飛んでいってる
重い軽いじゃなくて、重さが無いのだ

『これはただの夏』思い出してもただの夏

『これはただの夏』著:燃え殻

読了。本当にただの夏。みんなで計画して行った旅行ではなく、全力で準備して作り上げた夏休みのお祭りでもない。
本当にただの夏。出来事に流れに身を任せただけの、ただの夏。でも、「これはただの夏」と、わざわざ言い聞かせてしまいたくなるような、歯痒さがあった。

正直、かなりだらだらと読んでいた。寝る前に読むには、そこまで感情が揺れなさそうでちょうど良さそうに思っていた。

ここ数日、仕事がきつかった。トラブルシューティングに時間を取られて、帰れたのは毎日21時過ぎだ。
仕事を辞めたいとは思わない。でも続けられる自信がない。
やっと金曜日になって、酒飲んで何か見て発散しようかと思った。好きなYouTubeを見た。笑った。動画の中で笑ってる時に合わせて、笑った。リズムゲームみたいに、会社で談笑してる時みたいに、笑った。

これから友達何人かで飲みに行く。そこそこ楽しみだ。うまく笑えるだろうか。
電車の時間が長いので、残り数十ページくらいなので、読み切るにはちょうどいいと思って持ち込んだ。好きなアジカンの曲を聴きながら、文字をなぞった。立ちながら読んでたので、途中ふらついて前の人に倒れ込みそうになった。

出町柳パラレルユニバース』が流れる。

思った通り 誰もいない
特別な恋の 予感もしない

何でもない、何でもない日々だ。
なぞっている文字は、夕暮れだろうか、夏の市民プールを描写する。

そのとき、季節風のような心地いい風が僕の背中からプールサイドのほうに吹き抜ける。その風に誘われるように明菜がこちらを振り向く。
逆光の太陽が、視界を妨げる。植物の匂いがした。

何もかもを、思い出したように子供の頃の記憶が浮かぶ。去来する。飛び込み台から、怖くて飛び込めなかった夏が。
ランダム再生のプレイリストからは『エンパシー』が流れていた。