晩秋にタクシーが運ぶ人生

名匠と呼べる最後の映画監督の新作映画を観ることができるのは、もうそう何回もあるとは思えない。自分の父親と同じくらいの年齢なのに、人を楽しませる創作活動ができるとは天才であり秀才であり何よりも努力の人だから成しえる業。山田洋次監督91本目の新作を観た

随分前から若い家庭(特に奥さんと娘)の描き方に現状とはかなりの乖離がみられ、御大も世相には置いてけ堀になっているのだと感じていた。今回の作品もタクシードライバーの家庭を描こうとしているのだが、あんな物わかりのいい奥さんいないし中3の娘が父親にあんなに優しいはずがない

その違和感はさておき、原作の「パリタクシー」ではあまり語られなかったタクシードライバーの家族をしっかり描くことで日本的な情緒あふれる後味を生み出せている。個人主義の国フランスとの違いを埋めるためには大切な追加だった

原作がパリ市内を巡る小旅行であるから、リメイクも当然東京の風景がタクシーの窓越しに映し出される。雷門スカイツリーや東京タワー国会議事堂など代表的な絵が切り取られるが、そのスタート地点が帝釈天の門前であるのは粋な設定。御前様も源公も今や居ないけどあそこは山田映画にとって特別な場所だ

人生を仕舞うために東京を後にする老婦人と、これからの家庭を支えるため苦悶する壮年のタクシードライバーの人生がほんのひと時交差する

タクシーではないけれど「ドライビングミスデイジー」や最近では「グリーンブック」のように二人だけで車で移動しながら心を通わせて行く映画って結構多いなと気が付いた。限られた設定の中でありながら窓に映る風景が映像的な彩も添えることができるので、映画の舞台にはうってつけなんだろう

原作通りの進め方で驚きはないけれど、晩秋に観るには心落ち着かせる優しい映画

倍賞千恵子の演技もあとどのくらい観ることができるだろう

そんな淋しさも晩秋の夕暮れにはよぎる