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【複数の目標を同時に叶える】マティアス・ベルグに学ぶフォーカスタイムと休憩術

マティアス・ベルグが築いた「普通の人生」と多彩なキャリアの原点

今回のテーマは「複数の目標を同時に叶える方法」です。ドイツ出身のマティアス・ベルグ氏は、パラリンピックや世界選手権で合計二十七個のメダルを獲得したトップアスリートです。同時に、弁護士資格を持ち、プロのフレンチホルン奏者として国際公演やテレビ出演も行い、さらにリーダーシップやコーチングの分野でも活動しています。本章では、多彩なキャリアを歩んできたベルグ氏の原点と、障害や環境と向き合いながら「自分にとっての普通の人生」を形づくってきた背景を整理します。

私はよく、紹介されるときに多くの肩書きを挙げられます。パラリンピック選手、プロのフレンチホルン奏者、弁護士、コーチといった具合です。外から見ると少し特別な経歴に映るのかもしれませんが、自分としてはそれほど特別な人生を歩んできたという感覚はあまりありません。

生まれつき腕が短いという障害がありますが、私の家族はそれを過剰に特別扱いすることはありませんでした。音楽が好きな家族の中で育ち、子どもの頃から音楽とスポーツに親しみながら、できることを一つずつ増やしてきただけという感覚に近いです。その積み重ねが結果として複数のキャリアにつながっていきました。

音楽一家で育った幼少期と楽器との出会い

子どもの頃の家には、いつも音楽がありました。家族全員が何らかの楽器を演奏していて、その雰囲気の中で私も自然と楽器に興味を持つようになりました。最初に手にしたのはハンティングホルンで、遊びの延長のような形で音を出して楽しんでいました。

やがてフレンチホルンと出会いましたが、腕が短い私にとっては構え方一つとっても工夫が必要でした。一般的な持ち方ではバルブに手が届きにくく、周囲からは難しいかもしれないと言われることもありました。それでも家族は諦める前に試してみようと励ましてくれました。

楽器の角度を変えたり、体の位置を調整したりしながら、自分なりの持ち方を探っていきました。最初はうまく音も出ませんでしたが、練習を続けるうちに少しずつ曲が吹けるようになり、音楽が自分の大切な自己表現の手段になっていきました。その流れの中で、コンクールや国際的な演奏の場にも参加するようになり、音楽が人生の大きな柱の一つになりました。

通常の学校生活とスポーツに広がる挑戦

両親は、私を特別支援の学校ではなく、通常の学校に通わせることを選びました。社会の中で他の子どもたちと一緒に学び、遊び、時には困難も経験しながら成長してほしいという思いがあったのだと思います。この選択は、私にとって大きなチャレンジでもありました。

現実には、クラスで障害のある子どもは私だけでした。スポーツの時間にはチーム分けのたびに最後に名前が呼ばれ、自分では運動が得意だと感じていた自分の感覚と、周囲の評価との間にギャップを抱えていました。その経験が続くと、自分の居場所がどこにあるのか分からなくなり、心の中に見えない壁のようなものが少しずつできていったと感じます。

それでもスポーツ自体は大好きでした。水泳や陸上など、さまざまな競技に挑戦する中で、自分の体の使い方や工夫の仕方を学んでいきました。結果が出るまでには時間がかかりましたが、小さな成功体験を積み重ねることで、「自分にもできることがある」という感覚が少しずつ育っていきました。これが後にパラリンピックでメダルを目指す土台になりました。

多彩なキャリアを支える背景

このようにマティアス・ベルグ氏は、音楽一家で育った環境と、通常の学校での経験、そしてスポーツへの挑戦を通じて、多彩なキャリアの土台を築いてきました。身体的な制約がある中でも、姿勢や構え方を工夫しながらフレンチホルンに取り組み、同時にスポーツでは世界の舞台で戦うアスリートとして成長していきました。

障害そのものを「できない理由」として強調しない家族の姿勢と、自分なりの方法を模索し続けた日々の積み重ねが、音楽、スポーツ、法律という複数の分野で活動する現在の姿につながっています。次の章では、ベルグ氏がどのような時間管理や休憩の取り方によって、複数の目標を同時に進めてきたのか、その具体的なメソッドを整理します。


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分単位で設計するフォーカスタイムと休憩の戦略

ベルグ氏は、音楽、スポーツ、法律という異なる分野で成果を出しながらも、自分はマルチタスクが得意ではないと認識しています。同時に多くのことをこなそうとすると集中力が分散し、仕事の質が下がるという実感から、「一度に一つだけに集中する」働き方へと切り替えていきました。本章では、分単位で一日を設計するフォーカスタイムと、意図的に休憩を組み込む時間管理の考え方を紹介します。

ある時期までの私は、少しずつたくさんのことを同時に進めようとしていました。音楽の練習も、スポーツのトレーニングも、法律の勉強も、全部重要だと感じていたので、毎日それぞれに少しずつ時間を割くのが良いと考えていたのです。

しかし、そのやり方では思うような成果が出ませんでした。特に、音楽理論の試験でうまく結果が出なかったとき、自分の時間の使い方を根本から見直す必要があると痛感しました。そこで、自分はマルチタスクが得意なのではなく、むしろ一つのことに集中した方が力を発揮できるタイプなのだと認めることにしました。

マルチタスクを捨てて一つの目標に集中する

私にとって重要だったのは、マルチタスクを前提にした生活をやめると決めたことでした。脳は本当の意味で二つのことに同時に集中することはできないと言われますが、自分の実感としてもまさにその通りだと感じていました。一見同時にこなしているようでも、実際には焦点を行ったり来たりさせているだけで、そのたびに集中が途切れてしまいます。

そこで、「今この時間に集中するのは一つだけ」というルールを自分の中でつくりました。仕事の時間は仕事だけ、練習の時間は練習だけに意識を向け、他のことはあえて考えないようにします。そのために必要なのが、あらかじめ時間を細かくブロックとして決めておく計画だと気付きました。

一日十分のプランニングで分単位の予定を描く

時間の計画については、若い頃に受けたアドバイスが大きな支えになっています。それは、毎日の終わりに必ず十分だけ時間を取り、翌日の予定を細かく書き出すというものです。その十分間で、「何時から何時まで、何に集中するか」を決め、色分けなどをしながら視覚的にも分かりやすく整理していきます。

例えば、午後三時から四時までトレーニングをすると決めたら、「だいたい三時頃」ではなく、三時からと明確に設定します。そして三時にしっかり始められるように、少し前に着替えや準備を終えておくなど、逆算して行動を整えます。このように分単位で自分と約束を交わすことで、自分への信頼感も高まっていきます。

もちろん現実には、予定通りにいかないことも多くあります。会議が延びたり、予想外の連絡が入ったりして、ブロックを動かさなければならないこともあります。そのようなときは、フォーカスタイムを削ってしまうのではなく、別の時間帯に移動させるように意識しています。大切なのは、何かが起きても「集中のための時間」を守り抜くという姿勢だと思います。

九十分の集中と短い休憩でパフォーマンスを維持する

もう一つ重要なのは、休憩を戦略的に取り入れることです。集中力は有限であり、長時間切れ目なく働き続けると、どうしても質が落ちていきます。そこで私は、一つのタスクに取り組む時間を目安として九十分に区切るようにしました。この九十分をフォーカスタイムと呼び、その間は通知や気を散らすものをできる限り遮断します。

九十分が終わったら、数分から十分ほどの短い休憩を入れます。歩いて飲み物を取りに行ったり、目を閉じて呼吸に意識を向けたりして、脳と体を一度リセットします。この休憩の時間は長くはありませんが、その後の集中の質を大きく左右します。休みなく続けた場合と比べて、結果として一日を通したパフォーマンスが大きく変わると感じています。

一日に用意できる九十分のフォーカスタイムは、三つから四つ程度に絞ることが多いです。その限られたブロックを、自分にとって最も重要な目標に優先的に割り当てます。それ以外の細かなタスクや事務的な用事は、残りの時間にまとめて処理します。この組み立て方によって、多くのことを抱えながらも、本当に大切な部分での質を保てると感じています。

計画と休憩が自己実現を支える理由

ベルグ氏は、自分がマルチタスクに向いていないという自覚を起点に、「一度に一つに集中する」生き方を選択しています。そのために、毎日十分のプランニングを行い、九十分ごとのフォーカスタイムをカレンダー上で明確なブロックとして設定し、分単位で行動を組み立てています。これにより、複数の目標を同時に追いながらも、各分野で成果を出すためのエネルギー配分を最適化しています。

同時に、意図的な短い休憩を取り入れることで、一日の後半まで集中の質を保ち、高いパフォーマンスを維持しています。「長く働く」ことではなく、「集中と休憩のリズムを整える」ことに重きを置くこのスタイルは、現代の忙しい生活の中でも応用しやすい考え方と言えます。次の章では、ベルグ氏がどのように心の中の葛藤や「なぜ自分が」という思いを乗り越え、内面のスタンスを整えていったのかを見ていきます。


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「なぜ自分に」から「何のために」へ 心の障害を越える視点転換

ベルグ氏は、身体的な障害だけでなく、通常の学校生活の中で長く続いた孤立感や不公平感とも向き合ってきました。クラスで唯一の障害のある子どもとして過ごす中で、スポーツの時間には最後に選ばれ、遊びの輪にもなかなか入れず、「なぜ自分だけが」という問いを心の中で繰り返していたといいます。本章では、その内面的な葛藤がどのように変化し、「何のために」という能動的な問いへと転換していったのかを整理します。

子どもの頃の私は、長い間「なぜ自分だけがこんな状況なのか」と考え続けていました。通常の学校に通い、クラスメイトと同じ教室で学んでいましたが、障害があるのは自分だけでした。運動の授業ではチーム分けのときにいつも最後に選ばれ、自分では運動が得意だと感じていたので、そのギャップに戸惑っていました。

そのような経験が続くと、自分はいつも外側にいる存在なのだという思い込みが強くなっていきました。どうせ分かってもらえない、どうせ選ばれないと考える癖がつき、心の中に厚い壁を築いてしまっていたのだと思います。今振り返ると、身体の障害以上に、この心の壁こそが大きなハンディキャップになっていました。

子ども時代に刻まれた孤立感と心の壁

通常の学校に通うことは、多くを学べる貴重な経験でしたが、その一方で厳しい側面もありました。クラスでただ一人、見た目に明らかな違いを持つ存在として、周囲の視線を常に意識していました。スポーツの時間に最後に名前を呼ばれるたびに、自分の能力よりも外見の方が強く評価されているのだと感じ、悔しい気持ちを抱いていました。

そうした日々が続く中で、自分の価値を他人の評価だけで測るようになっていきました。輪に入れてもらえない経験が重なると、自分から近づく勇気も失われ、ますます孤立が深まります。その悪循環が、心の中に「自分は外側の人間だ」という固定観念を形づくっていました。

十代の半ば頃まで、その暗いトンネルは長く続きました。今の視点から見ると、この時期の私は、自分に向けられた態度や言葉をそのまま内側に取り込み、自分を小さく見積もる習慣を身につけてしまっていたのだと思います。この心の障害をどう乗り越えるかが、その後の人生における大きなテーマになりました。

友人との対話がもたらした視点のスイッチ

転機になったのは、親しい友人と過ごしたある夜の会話でした。友人は、想像の中で一つの場面を描いてみてほしいと言いました。それは、多くの人がガス室のような場所に閉じ込められているという、とても重いイメージでした。そして友人は、その中で一番つらい状況にいるのは誰だと思うかと問いかけました。

最初の私は、自分のように障害を持つ人だと答えました。ところが、友人は少し考え直してみるよう促しました。改めて想像してみると、その場にいる多くの人は、あとわずかな時間で命を落とすかもしれない状況に置かれていると気付きました。そのとき、自分が「不幸な側」にいると一方的に決めつけていた視点が大きく揺さぶられました。

友人は続けて、「なぜ自分がこうなったのかと考えるのではなく、この状況を何に役立てられるのかを考えてみてはどうか」と伝えてくれました。その言葉は、私にとってとても大きな示唆になりました。運命が自分をある状況に置いたとしても、それをどう使うか、どのような意味を与えるかを決めるのは自分自身なのだという考え方です。

それ以来、困難な出来事に直面したとき、「なぜ自分が」という問いを長く抱え続けるのではなく、「この経験を通じて何を学び、誰の役に立てるだろうか」と自分に問いかけるようになりました。出来事そのものを変えることはできませんが、それに対する自分の反応と意味付けは、自分の自由であり責任でもあるのだと感じるようになりました。

視点の転換が支える自己実現のスタンス

ベルグ氏は、子ども時代の孤立経験から「なぜ自分だけが不公平に扱われるのか」という問いを長く抱えていましたが、友人との対話を通じて、その問い自体を「この出来事を何に役立てられるか」という方向へと組み替えていきました。障害や困難を、単なる不幸な出来事として捉えるのではなく、社会や他者に貢献するための資源として活用しようとする視点への転換です。

このスタンスは、単なる前向きな気分づくりではなく、「出来事は選べないが、リアクションは自分で選べる」という姿勢に根ざしています。その前提があるからこそ、ベルグ氏は音楽、スポーツ、法律、コーチングといった複数の領域で積極的に挑戦し続けることができました。障害や挫折を、自己実現の妨げではなく、自分らしい生き方を形づくる要素として取り込んでいる点が特徴的です。

また、「なぜ自分に」から「何のために」への転換は、読者自身の状況にも応用できる考え方です。仕事や人間関係、健康などで思い通りにならない出来事が起きたとき、その理由を探し続けるよりも、「この経験を通じて何を学び、誰の役に立てるか」を問い直すことで、心のエネルギーを前向きな行動へと振り向けることができます。こうした内面のスタンスと、前章までで紹介した分単位の計画性や休憩の取り方が組み合わさることで、ベルグ氏は複数の目標を同時に実現する生き方を体現しています。


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出典

本記事は、YouTube番組「【最高の成果は「休憩」から生まれる】“マルチタスクの天才”に学ぶ自己実現の方法」)の内容をもとに要約しています。

読後のひと考察──事実と背景から見えてくるもの

複数の目標やキャリアを同時に進めることは現実的なのか。本稿では、心理学・教育学・公衆衛生などの研究を手がかりに、マルチタスクと集中、休憩の取り方、逆境からの成長という三つの観点から検証し、政府統計や国際機関レポート、査読論文にもとづいて整理します。

問題設定/問いの明確化

自己啓発の世界では「やりたいことを全部やる」「本業も副業も趣味も諦めない」というメッセージがしばしば語られます。しかし、現実には一人の人間が使える時間と注意は限られており、同時進行のしすぎが燃え尽きや健康被害につながるという指摘もあります。世界保健機関と国際労働機関の共同分析では、週55時間以上働く人は35〜40時間の人に比べて脳卒中や虚血性心疾患で死亡するリスクが有意に高いと報告されています[15]。

一方で、複数の役割(仕事・家庭・学業・スポーツ・芸術など)を担いながら高い成果を上げる人も存在します。その背景には、単に「人一倍がんばった」という根性論ではなく、時間管理の工夫や、休憩を含めた働き方の設計、困難な経験をどう意味づけるかといった心理的プロセスがあると考えられています[1,4,13]。

また、障害や病気などの制約を抱えながら「普通の学校」や「一般就労」の場で学び・働く人も増えています。多くの国では、特別支援だけでなく通常学級へのインクルーシブ教育を進める政策がとられていますが、その効果と課題は一様ではありません[10,11,12]。

本稿の問いは、「複数の目標を同時に追うことはどこまで現実的なのか」「その実現を支える条件は何か」を、実証研究と国際機関のデータから整理することにあります。

定義と前提の整理

まず、「マルチタスク」という言葉の意味を確認する必要があります。認知心理学では、同時に複数の作業を処理しているように見える状態の多くは、実際には短時間での「タスク切り替え」が繰り返されていると説明されます。実験研究では、タスクを切り替えるたびに「目標の入れ替え」や「ルールの再活性化」といったプロセスが必要になり、その分、時間とエネルギーのロスが生じるとされています[1,2]。

近年では、メール・チャット・SNSなどの「デジタル・マルチタスク」が常態化し、注意散漫や学業成績の低下、脳の過活動との関連を指摘するレビューも報告されています[3]。このことから、多くの人が日常的に「集中を奪われやすい環境」に置かれている可能性が示唆されます。

これに対して、「モノタスク」や「フォーカスタイム」という概念があります。これは、一定時間一つの課題だけに集中し、その前後で計画や振り返り、休憩を意図的に挟む働き方を指します。組織心理学の研究では、1日の始めや終わりにタスクリストの作成・優先順位づけ・時間配分を行う「時間管理プランニング」が、仕事のパフォーマンスや主体的な働き方と関連していると報告されています[4,5]。

休憩についても、単なる「サボり」ではなく、集中を維持するための戦略的な資源回復ととらえる立場があります。短時間の「マイクロブレイク」が回復感や作業成績にどの程度寄与するかについては、メタ分析による検証も進んでいます[6,7]。

さらに、約90分周期で覚醒度が変動するという「基本的休息活動サイクル(Basic Rest–Activity Cycle:BRAC)」という仮説も提案されています。これは、人間の脳と体に90分前後の活動期と休息期のリズムがあるとするもので、仕事や学習を90分程度のブロックに区切る考え方の背景としてしばしば参照されます。ただし、これは必ずしもすべての人に一律に当てはまるものではなく、個人差や作業内容による違いも大きいと考えられています[9]。

逆境からの心理的な立ち直りについては、「意味づけ」や「ポストトラウマ的成長(posttraumatic growth:PTG)」といった概念があります。大きな困難やトラウマを経験した人の一部は、その後の価値観の変化や人間関係の深まり、人生の目的感の向上などを報告しており、これらを包括する概念としてPTGが提案されています[13,14]。

最後に、インクルーシブ教育とは、障害の有無にかかわらず、可能な限り同じ学校・同じ教室で学ぶことをめざす教育理念と実践を指します。OECDは、特別な支援を必要とする子どもたちを通常学級に統合することが、学力だけでなくウェルビーイングや将来の社会参加にとって重要だとしつつも、その実現には教員のリソースや学校文化の変革が不可欠だと指摘しています[10,11,12]。

エビデンスの検証

マルチタスクの効率について、アメリカ心理学会は、タスクの切り替えによる「メンタルブロック」により、生産性が最大40%低下しうると紹介しています[1]。Rubinsteinらの実験では、被験者がタスクAとタスクBを交互に切り替える条件では、同じタスクを続ける条件に比べ反応時間が遅くなり、誤答率も高まる「スイッチングコスト」が確認されています[2]。こうした結果は、「少しずついろいろ同時に進める」やり方が、必ずしも合理的とは限らないことを示しています。

デジタル・マルチタスクに関する近年のレビューでは、学習場面でスマートフォンSNSを頻繁に切り替えながら利用する学生は、そうでない学生に比べて注意の持続が難しく、学業成績の低下や不安の高さと関連するという報告もあります[3]。複数の画面やアプリを行き来する生活が、学習効率や心の健康に影響を及ぼす可能性があるという指摘です。

一方で、1日の計画を事前に立てる「時間管理プランニング」は、適切に行えばパフォーマンス向上につながる可能性が示されています。Parkeらの研究では、仕事開始前にタスクの順序や時間配分を具体的に決めた日は、そうでない日と比べてその日の仕事成績や主体的な働き方が高かったと報告されています[4]。中等教育の生徒を対象にした研究でも、学習時間の見積もりや締め切りから逆算した計画ができる生徒ほど、学業成績が高く、学習の先延ばしが少ないことが示されています[5]。

休憩の効果については、22の研究を統合したメタ分析が、数分〜10分程度の「マイクロブレイク」が活力感の回復や疲労の軽減に小〜中程度の効果を持つことを示しています[6]。また、認知疲労と休憩の関係を扱った研究では、作業の合間に短い休憩や別の活動を挟むことで、特に高い集中を必要とする課題のパフォーマンスが維持される可能性が報告されています[7]。

ただし、休憩なら何でもよいわけではありません。オフィス作業を模した実験では、「50分作業+10分休憩」を繰り返しても、7時間の負荷による認知効率の低下を完全には防げなかったという結果もあります[8]。このことは、「休憩を入れていればどれだけ長時間でも働ける」というわけではなく、総労働時間そのものの上限も重要だという示唆と整合的です。

長時間労働と健康については、WHOとILOの共同推計がよく引用されます。週55時間以上働く人は、35〜40時間の人に比べ、脳卒中のリスクが約35%、虚血性心疾患による死亡リスクが約17%高いとされています[15]。日本を含むいくつかの国では、長時間労働と脳・心臓疾患や自殺との関連が問題となり、「過労死」が社会問題として扱われてきました[16,17]。

教育の側面では、多くのOECD諸国で障害のある児童生徒を通常学級に統合する動きが進んでいます。OECDの報告書によれば、適切な支援体制のもとでインクルーシブな環境が整った学校では、学力だけでなく、自己肯定感や社会的スキルの向上にもつながる可能性が示唆されています[10,11]。ただし、支援が不十分な場合には、いじめや学習の遅れなど、逆のリスクが高まることも指摘されています[12,18]。

逆境からの成長に関する研究では、大きな病気や自然災害などの経験を「自分や他者の役に立つ経験」として意味づけることが、人生の意味感や幸福感の向上と関連するという結果が報告されています[13,14]。一方で、すべての人がそのような成長を経験するわけではなく、ポジティブな自己報告が必ずしも実際の適応の向上を意味しないという議論もあります[13]。

反証・限界・異説

以上のエビデンスは、「複数の目標を同時に追うなら、マルチタスクよりもフォーカスタイムと計画的休憩が有利になりやすい」という方向性を示しているように見えます。しかし、いくつかの重要な限界も指摘されています。

第一に、時間管理や休憩の研究の多くは大学生やオフィスワーカーを対象としており、介護や育児をしながら働く人、シフト労働者、自営業者などにはそのまま当てはまらない可能性があります。計画を立てても、予期せぬ呼び出しや体調不良で崩れてしまう現実があるからです。研究の対象が偏っていることを、結果の解釈時に考慮する必要があります[4,5,7]。

第二に、休憩の効果についても、一貫した結論が出ているわけではありません。マイクロブレイクにポジティブな効果を認めるメタ分析がある一方で[6]、短い休憩だけでは疲労を防ぎきれないとする研究もあり[8]、休憩の長さや内容、作業の種類によって結果が分かれています。どの程度の時間・頻度の休憩が望ましいかについては、今後も検証が必要とされています。

第三に、ポストトラウマ的成長という概念については、「本当に成長しているのか、それともそう思い込むことで自分を支えているのか」をめぐる議論があります。レビュー論文では、意味づけや成長感が精神的健康と関連する一方で、客観的な行動変化とは必ずしも一致しないケースも報告されており、測定方法や時間軸の設定が課題とされています[13,14]。

インクルーシブ教育もまた、「誰にとっても良い」単純な解ではありません。OECDの報告は、通常学級への統合が進む一方で、国や地域、学校ごとに支援体制や教員配置のばらつきが大きく、特別な支援が必要な児童生徒が特定の学校に集中することへの懸念を示しています[11,12]。イングランドの調査でも、一部の学校に特別な支援を要する児童が過度に集中し、その学校のリソースや教員に大きな負担がかかっていることが報告されています[18]。

さらに、長時間労働の健康影響に関する推計も、観察研究に基づくものであり、因果性の推論には一定の慎重さが必要です。ただし、複数の大規模研究が一貫して「週55時間以上」の働き方と心血管疾患リスクの上昇を指摘していることから、少なくとも「健康リスクの高い可能性がある働き方」であるという共通理解は広がりつつあります[15,16,17]。

実務・政策・生活への含意

以上を踏まえると、「複数の目標を同時に叶える」ための前提条件はいくつかに整理できます。個人レベルでは、脳のマルチタスク能力には限界があり、実際にはタスク切り替えのコストが生じることを前提に、重要な課題には集中的な時間ブロックを確保することが望ましいと考えられます[1,2]。そのうえで、1日のどこにフォーカスタイムを置き、どこに休憩や軽作業を配置するかを事前に計画することが、成果と疲労のバランスをとる助けになります[4,5,6]。

また、長時間労働で帳尻を合わせる戦略は、短期的には複数目標を「こなしている」ように見えても、長期的には心身のリスクを高める可能性があります[15,16,17]。日本を含む各国で、時間外労働の上限規制や有給休暇取得促進が議論されている背景には、「努力」だけでは解決できない構造的な問題への認識があります。

教育や職場の側から見れば、障害や病気、家庭の事情など多様な前提を持つ人々が、複数の目標を追いやすい環境を整えることが重要になります。OECDは、インクルーシブ教育の実現には、専門スタッフの配置、教員の研修、差別やいじめへの対策、そして保護者との協働など、複数の条件が必要だと強調しています[10,11,12]。同様に、職場でも、柔軟な勤務形態や合理的配慮、メンタルヘルス支援などの仕組みが、従業員が複数の役割や目標を持つことを支える基盤となります。

心理的な側面では、「なぜ自分だけがこの状況なのか」という問いに長くとらわれるよりも、「この経験を通じて何を学び、将来どのように生かせるか」を考える「意味づけ」のプロセスが、長期的な適応に寄与するという知見があります[13,14]。ただし、困難な出来事の渦中にいる人に、安易に「成長の機会」として受け止めることを求めるのではなく、必要な支援や安全な環境が整ったうえで、本人が自分のペースで意味づけを進められることが重要だと考えられています。

まとめ:何が事実として残るか

複数の目標を同時に追う生き方は、多様なキャリアや自己実現の可能性を開きますが、「気合と根性」で全てを抱え込んでよいという意味ではありません。認知心理学の研究からは、人間の注意資源は限られており、頻繁なタスク切り替えが生産性と集中力を損なうことが示されています[1,2,3]。

一方で、1日の中で時間ブロックを設計し、重要な課題に集中的に取り組む計画的な時間管理は、仕事や学習の成果と関連していることが実証されています[4,5]。短い休憩を意図的に挟むことは、状況によっては活力とパフォーマンスの維持に役立つものの、総労働時間の上限を代替するものではありません[6,7,8,15,16,17]。

また、障害や病気などの制約がある人にとって、「普通」の学校や職場で複数の目標を追うことができるかどうかは、個人の努力だけでなく、インクルーシブ教育や合理的配慮など社会側の条件に大きく左右されます[10,11,12,18]。

逆境からの成長や意味づけの研究は、困難な経験が必ずしも人生を台無しにするだけではなく、ときに価値観の変化や他者への貢献につながる可能性も示していますが、それがすべての人に当てはまるわけではないこと、そして十分な支援が不可欠であることも同時に示しています[13,14]。

最終的に、「複数の目標を同時に叶える方法」は、一つの魔法のようなテクニックではなく、①人間の認知的・身体的な限界を前提にすること、②時間の使い方と休憩を意図的に設計すること、③逆境を一人で背負わせない社会的な支援を整えること、という三つの要素の組み合わせとして見ていく必要があります。そのバランスをどのようにとるかは、一人ひとりの状況や価値観によって異なり、今後もデータと現場の声を往復しながら検討が続けられるテーマだと考えられます。

本記事の事実主張は、本文の[番号]と文末の「出典一覧」を対応させて検証可能としています。

出典一覧

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  2. Rubinstein, J. S., Meyer, D. E., Evans, J. E.(2001)『Executive control of cognitive processes in task switching』 Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 27(4), 763–797 公式ページ
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