毎日の習慣や哲学の実践をつづるブログ

毎日の習慣、考えている事、実践について、基本哲学好きとして、とにかく書き続けています。

自分で自分の心を制限している。無意識な恐れと気づき。

人の自由はどこから来るのでしょうか。人は基本的に自由であるとしたら、自由でないのは、一体何によるのでしょうか。

 

少なくとも、自分の心は自由であるとするなら、自分の心は自由と感じないのは一体何故なのでしょうか。

 

それは、ひょっとすると、自分が自分の心を制限しているからではないのか。そのように感じます。

 

一体、自分は何故こうにも、自ら自分の心を制限してしまうのでしょうか。それはひとつに、恐れを抱いているからでしょう。

 

一体、何に恐れを抱いているでしょうか。それはきっと、人それぞれであり、自分の中のそれが、自分の恐れの原因であり、それにより、自分の心を自ら制限してしまっているわけです。

 

それを恐れているのかいないのか、その事も分からずにいて、でも、無意識にはそれを恐れていて、つまり、無意識に自分を制限してしまっているんです。

 

意識的であれ、無意識的であれ、本当にそれを恐れていないなら、自分で自分の心を制限する事もなく、きっと自分の心は自由であるはずです。

 

そして、意識的に、それを恐れていると認識しているのであれば、それに対処に、少しはその恐れを軽減させ、自分の心もそれに伴って少しは自由になっているんだと思います。

 

そうすると、自分の心を強く縛り、強く制限しているとすれば、それはきっと、その事に気付いていなくて、無意識なレベルで、それを恐れているんだと思います。

 

つまり、無意識にそれを恐れていて、意識的にそれを恐れているという事実に気付いていないという事です。

 

ですから、一体自分は何に恐れているのか、その事に真に気付く事が、非常に重要だという事です。

 

その事に気付いたからと言って、急にその恐れが消滅し、心が軽くなり、完全に自由になれるかというと、そういうわけではないと思います。

 

ですが、その事にまずは気付く事で、それだけで、心は自分の心を解放に向かうべく、準備を始める事が出来るわけです。

 

ですから、自分が一体何に恐れているのか、その事に気付き、知り、認識するという事です。

 

この事が、最初に一歩であり、大きな一歩だという事です。

 

まずは、それだけで、自由に解き放たれる重要な一歩になり、それだけでも、心は自由を感じるわけです。

 

それまで、何に恐れているのかも分からず、自分で自分の心の自由を制限しているという事も分からずにいた状態から、自分が抱いている恐れに気付き、知り、認識するだけで、自分の心は自由に向かいわけです。