不完全であることは自然なこと

「完璧な人はいない」と言いますが、確かにその通りで、どんな人にも何かしらの欠点はあると思いますし、何かしらの失敗や間違いを経験していると思いますが、そういうところにこそ人間味があるような気がしますね。

まあ、あまりにいい加減な人に出会うと腹が立つこともありますが、他人を苛つかせるくらいのいい加減さが欠点であるのと同様、そういう人なんだろうとやり過ごすことができない性格も欠点なのかなあと思います。

 

他人に期待しすぎない

ただ、よほど目立つ欠点でない限り、他人の欠点に気づくのは難しいですよね。

なので、「あの人ならきっとこうしてくれるだろう」とか、「この人には言わなくても分かってもらえるだろう」といった感じで、相手に期待してしまうことはよくあることだと思いますし、むしろ、そうなるのがふつうではないかと思います。

また、「自分はこうしているのだから相手もこうしてくれるだろう」とか、場合によっては、「相手もこうするべきではないだろうか」といった気持ちになってしまうのも、自然なことではないかという気がします。

でも、これらの感情は、自分が勝手に抱いている「相手に対する期待」であって、相手に強制すること(強制できること)ではないのですよね。

もちろん、相手がこちらの期待に応えてくれることもありますし、そうなれば何事もなく終わるわけですが、そうならなかった時には、「勝手に期待して勝手に傷ついた自分」ということになってしまうこともあるわけです。

で、そうなる原因は何かと言えば、相手に対する「過剰な期待」なのですよね。

過剰なので、その反動も大きくなってしまい、期待通りにならないと、「裏切られた」となってしまうのです。

ただ、世の中に完璧な人間はいないわけですから、他人に対して過剰に期待してはいけないのですよね。

また、過剰な期待というのは、相手に対する信頼ではなく、相手に対する依存ではないかと思うのですが、信頼と依存は全くの別物であるということは理解しておいたほうが良さそうです。

自分の気持ちについては自分で責任を持ち、相手に手当てしてもらおうとしないのが、成熟した人間関係であり、他人に対する優しさでもあるような気がしますね。

 

自分にも期待しすぎない

また、「他人に期待しすぎない」のと同様、「自分にも期待しすぎない」ことが大切ではないかと思います。

「もっと頑張らないと」とか、「完璧にやらないと」といった気持ちを持つことは大事なことですが、自分に厳しくなり過ぎると、自分で自分を認められなくなってしまうこともあります。

いわゆる「自己否定」ですね。

どんなことにも加減は必要ですよ。

頑張ろうという向上心も、度が過ぎれば自己否定になりますので、そうならないうちに、「不完全な自分でいいんだ」と思うようにしたほうが良いです。

不完全であることは弱点ではなく可能性(伸びしろ)なので、今の自分の弱さや足りなさについては、いったん受け入れてしまって、いつかまた立ち上がれば良いと思います。

そういうことの繰り返しが、本当の意味での自己肯定感につながるのではないでしょうか。