日々の断片採集記

映画化もドラマ化もしない日常で感じたことや考えたことの寄せ集め

航海の道しるべ

今年はたたみかけるように色んなことに挑戦して、色んなところに行って、駆け抜けた年でした。これまでの人生で一番、一年があっという間に感じました。風の中を走っている感覚でしたが、そんな中でも気づいたことがあります。それは、やりたいことがあるならそれを言葉にすればチャンスが回ってくるということです。言霊ってやつですかね。

 

なんだが自己啓発本に書いてありそうなことですが、身に沁みて実感しました。そう思えたのは、自分たちで企画したいけばなの展の成功があったからです。こんなことできたらいいなぁくらいのテンションで言ったことが、まさかたくさんの人を巻き込んだ一大イベントになるとは思いもしませんでした。もちろん自分一人で成し遂げられたことではありません。一緒に一つの目標に向かって走ってくれる仲間がいたからこそできたことです。純粋に楽しいと思いました。パズルのピースがきれいにはまった感覚でした。この感覚が、この先の航海の道しるべのような気がしました。

 

来年は、自分がしたいこと、すべきことを見つめ直す年になりそうです。未来の自分が振り返ったとき、おもろいことやってたなと思えるような過去を創造したいと思います。

【瀬戸内旅行記⑤】おセンチな朝~旅の終わり

直島の宮浦港発フェリー最終便はかなり混雑していた。出航時間の30分前の段階ですでに乗船口が見えないほど後ろに並ばなくてはならなかった。この人数が全員乗って船が沈まないものか心配になるくらいだった。足の疲労が限界を迎えようとしていたので、何とか座りたかった。乗船するとすでに座席が埋まりつつあったが、かろうじて空いていた真ん中の座席に座ることができた。再び上陸することができるか分からない島との別れを惜しむよりも、襲い掛かる睡魔に身をゆだねてしまった。

 

高松港に無事到着した。夕日が沈んだ方角から分厚い雲が迫ってきた。少しの間海と空を見ていた。穏やかだった。海が穏やかだと何だか安心する。潮風でゴワゴワする髪はもう気にならなかった。いろんなものを見て、感じたことが心に溜まっていって、体が重く感じた。単に疲労がたまっているだけかもしれないが。その疲労たっぷりの脳で夕飯何にしようと考えたが、思いつかないので二日連続だがうどんを食べることにした。でも、もっと香川らしいものを食べないともったいないかもな…とも思い始め、駅ビルで瀬戸内レモンの入ったクラフトコーラを買ってみた。スッキリ飲みやすく、鼻に抜ける香りが爽やかだった。とても美味しかった。

 

8月23日(土)

高松最後の朝。カーテンを開けると空は薄い雲に覆われていた。海は相変わらず穏やかだった。もうこの海に繰り出すことはないと思うと、急におセンチゾーンに入った。船乗りかよ。海賊かよ。海に思いをはせるほど思い入れが強いわけではないが、ついやってしまった。飛行機の時間的にもう一つくらい島に渡ることもできたが、最終日は美術館めぐりとお土産を買おうと決めていた。

 

瀬戸内国際芸術祭の開催に合わせて、香川県岡山県兵庫県の8つの美術館で「瀬戸芸美術館連携」プロジェクトが行われていた。瀬戸芸の作品鑑賞パスポートを提示すると割引になるので、これは行かねばと思った。香川県ミュージアム高松市美術館をハシゴしたが、高松市美術館で行われていた『特別展「石田尚志 絵と窓の間」』という展示がとてもおもしろかった。そして、ちょうどこの日(8/23)は美術館開館記念にちなんだ「美術館の日」であり、観覧料が無料だったのがラッキーだった。いいタイミングだったなとよくよく調べてみると、例年は8月の第1土曜日に設定されているが、今年に限っては「かがわ総文祭2025」等のため第4土曜日に変更になったそうだ。これまた偶然の出来事。運がよかったと思う。

 

作品は絵だけにとどまらず、立体や映像もあった。平面と立体を縦横無尽に行き来し、カンヴァスという枠を飛び出して空間に彫刻を施すような作品もあり、見ごたえがあった。静止しているのに動きを感じた。

 

2泊3日だったが、かなり充実した旅だった。アートを通じて島を開き、地域の資源や宝を再発見する。そして、瀬戸内海の豊かさを大いに感じてもらう―瀬戸内国際芸術祭というプロジェクトの壮大さを実感した。地中美術館での体験は一生忘れないと思うくらい強烈だった。またいつか、あの穏やかな海が恋しくなったら再び訪れたい。

 

 

【瀬戸内旅行記④】島の風~地中の美

次の目的地は直島新美術館。今年5月に開館したばかりの美術館だ。一つひとつの作品が放つエネルギーに圧倒された。見終えると心地よい疲労感が襲ってきた。ランチを美術館のカフェで食べ、再び自転車を走らせた。

 

次に向かったのは、本村の家プロジェクト。古い家屋などを改修し、空間そのものを作品化したものである。特に印象に残っているのは、『The Naoshima Plan「水」』だ。一見すると普通の民家であるため、スルーしてしまいそうなくらい周辺の環境に溶け込んでいた。だからこそ、それを見つけたときにはワクワク感があり、芸術祭ならではの楽しさだと感じた。家屋の中に入ると、向こう側の出口が見えた。直島は南北に風が流れることから、家屋においては、南北に抜ける続き間が特徴となっているらしい。決して広いわけではないが、スーッと風が通り抜け、解放感を覚えた。井戸水を湛える大きな水盤も美しかった。家という“静”の空間の中で、風や水といった“動”を感じることができるおもしろい作品だった。

 

本村の作品をいくつか見ているうちに、地中美術館の予約時間が迫ってきた。どんな空間が広がっているんだろうと想像を膨らませながら自転車を漕いだ。

 

美術館に到着すると、入り口のゲートの前でカメラをかばんにしまうように促された。美術館は撮影禁止というのは事前情報として知っていたが、ここまで徹底されているとは思わなかった。

 

建物の大半が地下にあるため、階段を下っていくにつれて地中に潜り込んでいくという感覚が味わえた。全体的に暗い空間であるが、それゆえコンクリートのスリットから入り込む自然光が強調されていた。印象的だったのはクロード・モネの『睡蓮』シリーズが展示されているスペースだ。靴を脱いでスリッパに履き替え展示スペースへ足を踏み入れると、静かな白い空間に包まれた。そこに浮かび上がるように展示されている『睡蓮』。感覚的には、絵を鑑賞しているというよりも、その空間ごと感じているといったほうが近いかもしれない。圧巻だった。言葉を奪い去る空間だった。絵に対する展示スペースの広さも絶妙だった。そして、じっと絵を見つめていると、時間の感覚を失ってしまうようだった。自分もこの展示スペースの一部になってしまったような不思議な感覚。一日中いても飽きないだろうなと思った。自然とは、時間とは、自分とは?答えのない問いをこの空間で一日中考えられたら何て贅沢なんだろう。そんなことも思った。

 

ウォルター・デ・マリアの『タイム/タイムレス/ノー・タイム』という作品も印象的だった。展示スペースに入る人数を制限しているらしく、数分の待ち時間があった。順番が回ってきたとき、スタッフの方が注意事項を説明するようで、英語でいいか、日本語か尋ねられた。あまりに早口だったもので、返事をする隙がなく、隣に並んでいた人が「English」と答えたのでスタッフの方が英語で説明を始めてしまった。私も英語も全く分からないわけではないので、何となく聞き取れる単語から内容を推測していた。するとスタッフの方がチラッと私の方を見て何かを察したらしく、流ちょうな英語での説明の途中で、「もしかして日本の方ですか?」と日本語で訪ねてきた。あまりに唐突だったもので、それまでの英語を理解しようという頭のままこう答えた。

「Yeah, Japanese…あ、日本人です」

またやってしまった。また英語で失敗してしまった。日本語話者同士の会話の中で、日本人ですと英語で言ってどうするんだ。一瞬シーンとなった(ような気がした)後、スタッフの方は微笑んで、「次に説明しますね」と言い、隣の観光客に英語で説明を続けた。説明によれば、展示スペース内は音が響きやすいため静かに、ということだった。

 

実際に中に入ると、本当に静かな空間だった。階段の中段に大きな黒い球体が置かれ、壁には金色のオブジェが配置されていた。なんだろう、この不思議な空間は。SFの世界に迷い込んだようだった。または、この世とあの世の境目。時間の概念が溶けてしまったように、時が経つのをフッと忘れてしまいそうだった。この空間にカチカチと秒針の音がする時計を置いたらどうなるかな…“時間”をより強く感じるようになるだろうか、もしくは逆に一切感じず、無限の中にいるような気がするだろうか。いずれにしても、時間について考えざるを得ない空間であった。どこまでが建築でどこからが作品なのか分からなくなるくらいダイナミックな作品だった。もっと長くいたかったが、帰りのフェリーの時間が迫っていた。

 

つづく

 

 

【瀬戸内旅行記③】念願の直島~カタコトの日本語

8月22日(金)

次の日の朝も早かった。フェリーの1便に乗りたかったから。この旅のメインである「直島」に少しでも早く上陸したかった。出航の40分くらい前には港に到着したが、すでに長い行列ができていた。さすが直島。私の後ろにもすぐに行列ができはじめた。ここに並んでいる人全員が乗れるものなのか心配になるくらいだった。8月の朝日が容赦なく頬を焼く。ようやく船に乗ることができたが、涼しい室内の席も十分空いていたのに、屋上デッキのベンチを選んだ。写真を撮りたかったのもあるが、何より風を浴びたかった。

 

出航から約50分で、直島の宮浦港に到着した。丸一日この場所を思う存分楽しもう。まずは移動手段の確保ということで、予約していたレンタサイクルを取りに行った。坂道が多いらしいので電動自転車を選んだが、実は電動に乗るのは初めてだった。そして、自転車自体乗るのが5年ぶりだったから、うまく乗れるか些か不安だった。だが、漕ぎ出してみると、その不安はすぐに払拭された。電動特有のモーター音がして、踏み込むたびにぐいぐい前に進む感覚がクセになった。絶対に行きたいと思っていた地中美術館の予約時間は午後3時頃だったため、それまでに見たいものを全部見て回ろうと思った。

 

最初に訪れたのは、ベネッセハウスミュージアム。行きたいと思っていた安藤建築の一つだ。光を取り込む窓の形が様々でおもしろかった。天井に円錐形の窓のみがある空間では、入り込む光の量がわずかであるがゆえに、強い明暗のコントラストが生まれていた。上方から光が差し込む場所に立つと、何だか舞台上でスポットライトを浴びている気分になった。ジャンルは不条理劇。役どころは…妄想が膨らむ。これに対して、壁一面がガラス張りになっている開放的なスペースもあり、屋外に出ることもできた。外では、分厚いコンクリートの塀に杉本博司の写真作品が展示されていた。そこは、“外と内”の境目が溶けているような不思議な空間だった。そして、ちょうど海が見える方向だけ塀がなく、瀬戸内海の海景をあえて見せるという不作為のアート作品のように思えた。

 

建築とアート作品を存分に堪能し、駐輪場まで歩いていたとき、突然目の前に100円玉が転がってきた。とっさに拾い上げ、あたりを見渡すと、ちょうど芸術祭のバスの乗降口付近に財布を持ったまま地面を見つめ、何かを探している様子の女性がいた。直感的に日本人ではない(隣国からの観光客だろう)と思ったので、拾った100円玉を見せながら「Excuse me ?」と言いながらその人に近づいた。実は英語を実践で使うのが初めてだった。やばい、今、英語で話しかけてしまった。ワクワクで鼓動が速くなった。でも次の瞬間、そのワクワクは緊張に変わった。そして、これまでテストで点数を取るための勉強しかしてこなかったことをひどく後悔した。なぜなら、「Excuse me ?」の後に続く言葉が全く出てこなかったから。「これ、落としましたよ」と言いたかった。たったそれだけなのに、何と言ったらいいか分からない。悔しかった。もう女性の目の前に来てしまった。もう分かんない!とっさに口から出たのは、

「コレ、オトシマシタ」

そう、日本語だ。そしてなぜかカタコト。そんな私の日本語を理解してくれたのかは分からないが、私の手のひらの100円玉を見て、女性の顔がパッと明るくなった。そして、「アリガトウ」とカタコトの日本語を返してくれた。何だか恥ずかしかった。嬉しくて恥ずかしかった。そんな気持ちを抱えたまま、次の目的地に向かった。

 

つづく

 

 

【瀬戸内旅行記②】やっぱり讃岐うどん~一期一会

港に戻ると、高松港へ戻る最終便であったためか長蛇の列ができていた。この小さな島にこんなに人が来ていたんだと驚いた。夕暮れの瀬戸内海の美しさをなんと表現したら伝わるのか、ずっと考えているが、何も浮かんでこない。ただ黙って水平線を見つめている時間が至極豊かであった。

 

ホテルにチェックインし、部屋に荷物を置いて一息つくとお腹がすいてきた。食べることに対してあまり関心がないため、事前に食べたいものやお店をリサーチするということを全くしていなかった。いつもこんな感じだから、そろそろちゃんとしようと思うが、また今回もやってしまった。香川と言えば、ピンとくるのがうどんだった。そうだ、讃岐うどんを食べようと思い、駅近くの高松シンボルタワーの中にあるうどん屋さんに入った。こういうときは人気No.1とか、おすすめ!と書いてあるものを食べるべきなのかもしれないが、何を思ったかきつねうどんに生ワカメがたくさん入っているものを注文した。鰹節の香りがしっかりするつゆと、モチモチと噛み応えのあるうどんの相性は最高だった。そして、うどんを隠すほど大きなお揚げをハフっと噛むと、染み込んだつゆが溢れてきた。甘すぎず濃すぎず、食べ応えのあるサイズのそれは、私的きつねうどんのお揚げランキング1位に躍り出た。

 

うどんを食べ終わった後、同じビルの中をぶらぶら探検していた。すると、何か展覧会のようなものが行われている場所があった。おもしろそうだな、と思いつつ、お客さんが誰もいない様子の会場に一人で入ることにためらいを覚えてしまった。チラチラと会場を横目で確認しながら行ったり来たりしていたから、傍から見たらかなり怪しい人だったに違いない。結局、別のフロアに行ったり、もう帰ろうかと思ってビルの出口まで行ったが、ここまで来たんだから見ていこうと覚悟を決め、会場に足を踏み入れた。“せっかくここまできたから”という言葉には魔力がある。滅多に来ることのできない場所への旅行において、ためらう人を後押ししてくれる魔法の言葉である。が、一方で、金銭感覚を麻痺させる効果もあるようだから、やたらめったら使うのは止そう。

 

そこで開催されていたのは、『高松芸術港』という現代美術の展覧会だった。

絵画だけでなく、写真や立体作品など、小さなスペースでの展示だったが、見ごたえのある作品がたくさんあった。ゆっくり見ようと思ったが、スタッフさんが閉店の準備をし始めた。時間を見ると、もうすぐ8時になるところだった。8時で終了っぽい雰囲気だったため、気持ち急ぎ目に全ての作品を見て回った。そこでは物販も行っていて、気になった作家さんのポストカードを記念に買って帰ろうとした。時間ギリギリに申し訳ない気持ちでレジに持っていくと、どうやらキャッシュレス決済のみらしかった。幸いPayPay残高があったため、ピッとしてもらおうとバーコード画面を見せた。しかし、

「あれ?全然反応しない」とスタッフさん。

「そんなはずは…、ほんとですね」と私。

明らかに焦り始めたスタッフさんと共にその原因を探ることになった。

「電源が入らなくなったみたいです」

とスタッフさん。まじか。

「接触不良とかではないですか…?」

「うーん…」

しばらくレジをいじったあと、スタッフさんは、

「もしよければ明日また来ていただいてもいいですか?」

と言った。私に明日はないんです。

「ごめんなさい、旅行で来てるもので、明日来れるか分からなくて…」

「あ!そうなんですね、ちなみにどちらからですか?」

意外にも会話が弾んでしまった。その後、レジは無事復活した。

「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

もうその人と会うことはないだろう。でも、その人とのたった数分間のドタバタは、旅の思い出としてずっと残る気がする。たまたま見に行った展覧会で、たまたまレジの不調が起こった。でもそれがすごく楽しかった。偶然の出会いに感動しながらホテルへ戻った。

 

つづく

 

 

【瀬戸内旅行記①】旅立ち~いざ、鬼ヶ島

季節は冬。しかし、5回に渡って真夏の旅行記をお届けする。

 

8月21日(木)

東北の港町から、憧れの瀬戸内海へ旅立った。

今年は3年に一度の瀬戸内国際芸術祭が開催される年であったため、これはチャンスだと思い、4カ月ほど前から旅行の計画していた。船で島々を巡る旅なんて想像しただけでワクワクが止まらなかった。

 

高松空港に降り立つと、すぐに高松港行きのバスに乗った。50分ほどで到着し、荷物を預けて港の周辺の散策を始めた。天候は晴れ。夏真っ盛りである。もちろん暑いのは覚悟の上でここにいる。歩いていると、随分と人が少ないと感じた。が、ここは港。それぞれの島へ渡るフェリーの出航時間が近づくにつれて、気が付くと人が増えていた。私も乗船券を購入し、船が来るのを待った。

 

初日に選んだのは「女木島」。高松港から20分というめちゃくちゃ近い島だ。ガイドブックを見ながら見たい場所をピックアップしているうちに、海の向こうからフェリーが近づいてきた。そのフェリーは、想像していた船よりもだいぶ洒落ていた。赤と白のボーダーで、例えるなら「ウォーリーをさがせ!」のウォーリーの服だ。青い空と青い海、その間に浮かぶ赤と白の縞模様はかなり目立つ。でも、こんなにカワイイ船に乗れるんだ、とテンションは上がった。高松港を出港してちょうど20分、女木島に到着した。

 

バスやレンタサイクルもあったが、歩いてゆっくり回りたいと思っていたので、猛暑の中、いざ!と歩き始めた。一番最初に出会ったのが、禿鷹墳上の『20世紀の回想』という作品だった。青銅製のグランドピアノから流れる音と波の音が協奏し、ボーっと海を眺めながらずっと聞いていたかった。海沿いを歩いていると潮風が心地よかった。なんてことをサラリと書いているが、歩き始めて数秒で汗が滝のように首筋を伝っていた。風はあってもぬるいもんで、汗を引かせるくらいの威力は全くない。やっぱバスに乗ろうか、何度も考えた。が、引き返すわけにはいかぬと謎の意地を発動させてしまい、結局歩き続けることにした。数分歩くと、女木小学校が見えてきた。ここが目的地の一つだ。

 

蛍光色に塗られた校舎を通り、中庭にたどり着くと、大竹伸朗の『女根/めこん』が姿を現した。まず、巨大な赤いブイとヤシが目を引く。人工物と自然が融合して、一緒になってこの場所を守っているような気がした。植え付けたのか、もともと生えていたのか区別がつかないくらい植物が生い茂り、生命力が中庭という空間に溢れていた。誰もいないはずなのに何かがいるような気配がしたのはそのためだろう。不思議な感覚だ。風が通り抜け、葉を揺らす。耳を澄ますと、子どもたちの声が聞こえてきそうな気がした。その場所、その空間全てをひっくるめて作品なのだと改めて感じた。

 

小学校以外にもいろいろ見て回った。案内看板がいたるところに設置されていたため、次の作品まであと何キロという表示を見つけると「この道で合ってる!」と安心した。お忘れかもしれないが、猛暑日である。数ヵ所回ったところで、さすがに休憩しないと体が持たないと思い始め、一旦休憩することにした。

 

涼しい場所を求めて、港の隣の「鬼ヶ島おにの館」(休憩所)に戻ってきた。何か冷たいものを飲もうと思い、オリーブサイダーなるものを飲んでみることにした。とりあえず冷たいものが飲みたかったので何でもよかったが、せっかくここまできたんだから瀬戸内っぽいものがいいな、なんて思ってしまうのが旅行というものだ。当然初めて飲むものなので、店の人に、「どんな味がするんですか?」と軽く聞いてみたところ、「…オリーブの味ですね、でもフルーティーで飲みやすいと思いますよ」と返答。なるほど、それはそうだ。“おりーぶのあじってどんなあじだかわかんないからきいたんだけど…”と思ったが、思うだけ。飲んでみると、想像していたよりも遥かにフルーティーだった。例えるなら、リンゴっぽい味だった。乾燥した高野豆腐が水を吸い上げるときはこんな気分なのかもしれないと軽く妄想しながらサイダーを体に流し込んだ。気がつくと帰りのフェリーの時間が迫っていた―

 

つづく

 

 

服を着た言葉、裸の言葉

例えば日記。

人様の目に触れることは決してない極めて個人的な記録だ。そして、三日坊主な私が10年以上続けることができている極めて稀有なものだ。毎日寝る前にほんの数行シャープペンシルを使って書いている。たいていはその日あったことを書いて、感想を一言添えるくらい。淡々と日々を記録しているだけだ。

読まれることを想定していないからか、体裁を整えようとか難しい言葉を使おうとかそういうことは一切ない。もし仮に誰かが読んだとして、小学生が書いたものと思われても不思議ではない文章だ。

その日記について、最近ふと思った。どうやら私は自分の思いや気持ちを素直に書くことに抵抗があるようなのだ。書こうとすると恥ずかしいようなくすぐったいような、なんとも言えない気分になる。誰も読まないんだから書きたいように書けばいいものを、なぜ。

 

例えばブログ。

あまり気負わずに月に一度くらいは更新しようかな、くらいの気持ちで4年ほど続いている。読まれることを想定しているため、読みやすいように気を使っている。書いてから何度も読み直して誤字脱字がないか、固有名詞の表記に誤りがないかなどセルフチェックする。こちらはパソコンで書くことがほとんど。たまにスマホのメモに入力して、それをコピペするときもある。そして日記と違うのは、自分の気持ちをあまり抵抗なく書けるということだ。

 

ずっと不思議だった。この違いは何だろうと。最近思ったのは、文章を書く手段による違いなのではないか、ということだ。

日記は日記帳にシャーペンで書く。自分の字が紙に残る。その日の気分によって筆圧や字のきれいさも異なる。自分の心の状態が紙に焼き付いてしまうので、嫌でも己と向き合うことになる。だからこそ、目を背けていること、心の深層にあるものについて書くことに抵抗があるのだ。

対して、パソコンで書く文字は無機質だ。キーボードを打つ。これにより、自分が思っていること、考えていることが電気信号となり、パソコン内部で様々な処理が行われ(詳しいことは分からないが…)、画面に文字として表示される。かなり踏み込んだことを書いていても、どこか自分事ではない気がするのだ。普段絶対に言わないようなこと、手書きでは書かないようなことを、パソコンだと平気で書けたりするのはこのためなのだろう。

いろんな場所を経由するうちに、言葉が服を着てしまうような感じもする。気持ちを言語化することが苦手な私は、服を着た状態の言葉の格好良さに惑わされ、それっぽい言葉を並べ、あたかも言語化に成功したかのような達成感に浸る。でも、同じ内容をしゃべろうとすると途端に言葉が出てこなくなるのだ。

 

そういえば、高校生の頃、新聞に投書していた時は原稿用紙に下書きをしていた。運よく掲載いただいた文章は、今読むと恥ずかしくていてもたってもいられなくなるような、感情がダダ洩れの文章だ。きれいに書こうとして着飾った言葉ではなかった。まさに裸の言葉がそこにあった。もちろん、読まれることを想定して書いていたため、日記とは性質が異なるが、少なくとも今の私よりは身を削って書いていたと思う。またあんな文章を書いてみたいと思わないわけではない。表に出すかどうかはひとまず脇に置いて、訓練するのもいい。とりあえず今日から、日記の書き方を変えてみようかな。