港に戻ると、高松港へ戻る最終便であったためか長蛇の列ができていた。この小さな島にこんなに人が来ていたんだと驚いた。夕暮れの瀬戸内海の美しさをなんと表現したら伝わるのか、ずっと考えているが、何も浮かんでこない。ただ黙って水平線を見つめている時間が至極豊かであった。
ホテルにチェックインし、部屋に荷物を置いて一息つくとお腹がすいてきた。食べることに対してあまり関心がないため、事前に食べたいものやお店をリサーチするということを全くしていなかった。いつもこんな感じだから、そろそろちゃんとしようと思うが、また今回もやってしまった。香川と言えば、ピンとくるのがうどんだった。そうだ、讃岐うどんを食べようと思い、駅近くの高松シンボルタワーの中にあるうどん屋さんに入った。こういうときは人気No.1とか、おすすめ!と書いてあるものを食べるべきなのかもしれないが、何を思ったかきつねうどんに生ワカメがたくさん入っているものを注文した。鰹節の香りがしっかりするつゆと、モチモチと噛み応えのあるうどんの相性は最高だった。そして、うどんを隠すほど大きなお揚げをハフっと噛むと、染み込んだつゆが溢れてきた。甘すぎず濃すぎず、食べ応えのあるサイズのそれは、私的きつねうどんのお揚げランキング1位に躍り出た。
うどんを食べ終わった後、同じビルの中をぶらぶら探検していた。すると、何か展覧会のようなものが行われている場所があった。おもしろそうだな、と思いつつ、お客さんが誰もいない様子の会場に一人で入ることにためらいを覚えてしまった。チラチラと会場を横目で確認しながら行ったり来たりしていたから、傍から見たらかなり怪しい人だったに違いない。結局、別のフロアに行ったり、もう帰ろうかと思ってビルの出口まで行ったが、ここまで来たんだから見ていこうと覚悟を決め、会場に足を踏み入れた。“せっかくここまできたから”という言葉には魔力がある。滅多に来ることのできない場所への旅行において、ためらう人を後押ししてくれる魔法の言葉である。が、一方で、金銭感覚を麻痺させる効果もあるようだから、やたらめったら使うのは止そう。
そこで開催されていたのは、『高松芸術港』という現代美術の展覧会だった。
絵画だけでなく、写真や立体作品など、小さなスペースでの展示だったが、見ごたえのある作品がたくさんあった。ゆっくり見ようと思ったが、スタッフさんが閉店の準備をし始めた。時間を見ると、もうすぐ8時になるところだった。8時で終了っぽい雰囲気だったため、気持ち急ぎ目に全ての作品を見て回った。そこでは物販も行っていて、気になった作家さんのポストカードを記念に買って帰ろうとした。時間ギリギリに申し訳ない気持ちでレジに持っていくと、どうやらキャッシュレス決済のみらしかった。幸いPayPay残高があったため、ピッとしてもらおうとバーコード画面を見せた。しかし、
「あれ?全然反応しない」とスタッフさん。
「そんなはずは…、ほんとですね」と私。
明らかに焦り始めたスタッフさんと共にその原因を探ることになった。
「電源が入らなくなったみたいです」
とスタッフさん。まじか。
「接触不良とかではないですか…?」
「うーん…」
しばらくレジをいじったあと、スタッフさんは、
「もしよければ明日また来ていただいてもいいですか?」
と言った。私に明日はないんです。
「ごめんなさい、旅行で来てるもので、明日来れるか分からなくて…」
「あ!そうなんですね、ちなみにどちらからですか?」
意外にも会話が弾んでしまった。その後、レジは無事復活した。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
もうその人と会うことはないだろう。でも、その人とのたった数分間のドタバタは、旅の思い出としてずっと残る気がする。たまたま見に行った展覧会で、たまたまレジの不調が起こった。でもそれがすごく楽しかった。偶然の出会いに感動しながらホテルへ戻った。
つづく