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国産AIはなぜ官僚主導になるのか──政府AI戦略と日本が選んだ現実

桜は咲き、弁当は広げられ、神社はそこにある(イメージ)

0. なぜ今、この話をするのか

2024年から2025年にかけて、日本では不思議な現象が起きている。

  • 政府は「国産AI」を語る

  • 企業は生成AI導入を急ぐ

  • メディアは「日本は遅れている」と煽る

一方で、街を歩くとこうだ。

  • コンビニのおにぎり棚は拡張され続け

  • 観光地では外国人が神社で静かに手を合わせ

  • 春になると、特に理由もなく花見をする人が増える

この温度差は何なのか。

この記事は、「日本はもう思想や物語で勝とうとしていないのではないか?」という違和感から始まる。

 


1. 国産AIの正体──「日本版GPT」は作られない

官僚制とAIが結合した、日本型AI開発の現実(イメージ)

まず、事実関係を整理する。

2025年、日本政府は初めて国家レベルのAI基本計画を打ち出した。
だが、その中身を丁寧に読むと、あることが分かる。

  • 国民が日常的に対話するAIの普及は主目的ではない

  • 日本独自の巨大LLMを世界に売る構想もない

  • AIはあくまで「行政・産業・社会基盤」の裏側に置かれている

実際に進んでいる具体例を挙げよう。

 

● 行政現場でのAI利用(すでに実装段階)

  • 自治体窓口の問い合わせ対応AI
    → ゴミ分別、住民票、保育申請など

  • 補助金・給付金の自動判定支援
    → 条件分岐が膨大な業務と相性が良い

  • 入管・審査業務の事前スクリーニング

  • 災害時の避難情報・被害予測AI

これらは派手ではないが、日本の官僚制そのものを延命・最適化する技術だ。

ここで重要なのは、

日本はAIで「国民をワクワクさせよう」としていない

という点である。

 


2. 官僚制×AIは「最終形態」に近い

日本社会の特徴を思い出してほしい。

  • 書類が多い

  • ルールが細かい

  • 前例が重視される

  • 判断がグラデーション的

これは、創造性には不向きだが、AIには異常に向いている。

だから日本のAI戦略は自然にこうなる。

人を減らさず
仕組みを変えず
判断を補助する

革命ではなく、補綴(ほてつ)。

これはつまらないが、強い。

 


3. ソフトバンクという「一点集中」の現実

では、そのAI基盤を誰が担うのか。

現実を見ると、ソフトバンク一強に近い。

  • Arm(半導体設計)

  • 大規模データセンター構想

  • 国家規模の投資耐性

  • 政治との距離感

「国家の将来を1社が握るのは危険だ」という批判は正しい。

だが同時に、

  • トヨタは堅実すぎる

  • ソニーは世界企業すぎる

狂気を内包した賭博者としては、孫正義型しか残らない。

ここに日本の構造的限界がある。

 


4. では国民は、何を生きるのか?

AIで統治し、何も言わずに待つ(イメージ)

統治はAI。
技術覇権は諦める。

では、国民は何を軸に生きるのか。

答えはすでに見えている。

  • アニメ

  • ゲーム

  • 観光

つまり文化だ。

 


5. だが文化は、すでに「商品」になりつつある

文化が「守るもの」から「売られるもの」へ変わる境界(イメージ)

アニメの現場

  • 制作委員会方式

  • Netflix・Disney+前提

  • グローバル炎上対策

  • 表現の事前調整

ここで起きているのは、

「何を描くか」より
「何を描かないか」の会議

だ。

ナウシカやファーストガンダムのような
思想IPは、もはや構造的に生まれにくい。

 


6. 思想IPは「特殊発生」だった

次の「思想を担う物語」がまだ現れていない時代(イメージ)

宮崎駿、富野由悠季、庵野秀明。

彼らは天才だったが、それだけではない。

  • 社会が不安定だった

  • 市場が未成熟だった

  • 管理が甘かった

つまり、奇跡が重なった事故だった。

再現はできない。
待つしかない。

 


7. それでも日本文化が消えない理由

ここで重要な反論がある。

日本人が作れば、
どんなものでも日本画的になるのでは?

これは正しい。

なぜなら日本文化は、

  • 主張ではなく配置

  • 言語ではなく間

  • 思想ではなく気配

だからだ。

 


8. 花鳥風月は、どこにでも混入する

  • ロボットアニメでも、夕焼けが入る

  • 終末SFでも、雨音が入る

  • ゲームの待機画面で、風が吹く

これは意識的ではない。
身体化された癖だ。

 


9. 桜の下のおにぎりという最終文化単位

そして最後に残るのが、これ。

  • 高尚な物語はいらない

  • 説明もいらない

  • ブランドもいらない

桜の下で、おにぎりを食べる。

具はどうでもいい。
重要なのは、

  • 時間

  • 行為

これは消費ではなく、儀式。

 


10. 日本は「待つ国」になった

革命を起こさない。
声を荒げない。
物語を作ろうとしない。

だが、

  • 桜は咲き

  • 弁当は広げられ

  • 神社はそこにある

日本は、

思想を捨て、場と行為で耐える国

になった。

 


結語

物語がなくても、文化は日常に混ざり込む(イメージ)

日本は強くない。
だが、しぶとい。

AIで統治し、文化で緩衝し、何も言わずに待つ。

そして、もし次の思想が生まれるなら――
それはまた、最初は誰にも理解されない形で現れる。

桜の下で、おにぎりを食べながら。