心の「ちがう」に向き合うシリーズ
自分の心が分からない時に読んでほしい。
なぜ心が分からないのか
前回の記事で心が分からなくなった理由についていくつかエピソードを挙げた。
まとめると、我々はちょっとお互いに不器用な家族だ。
それがゆえにお互いにあんまり上手く思いを言葉にできない感じだった。
親子関係の中で私は以下のように学習した。
信頼している人に心をさらけ出した時、相手は機嫌が悪くなる。
心をさらけ出すことは危険だ。
相手の機嫌を損ねないためには心を封じることが安全だ。
大人になった私が子供の私を深堀りする
過ぎたことなので過去に対してはどうしようもないけど、
これって難しいよね。
率直に:
・言葉は教えてくれないと分からない
・どんな言葉が欲しいのか意外と分からない
この2点は、過去を振り返った今の私ができる限り考察して分かったこと。
1つ目について。
私が言葉を言わなくて何も伝わっていないのなら、教えてほしかった。
何ていう言葉を使って言えば人に伝わるのかを。
ちゃんと教えてあげるべきだった。
――教えてくれないと分からないよ。
これって本当に誰も悪くないんだよね。
こういう話をしたのは、決してうちの家族が問題だったということを言いたいわけではない。
両親を責めたいわけでもない。
いや問題ではあるのだが、誰にもどうしようもなかったというのが今なら分かるの。
大人になって分かったのは、彼らもそれぞれ、自分の思いを口にするのが苦手な人たちだということ。
彼らが自分でそう自覚している。
そういう性格の人たちの集まりだったから、誰も子供に上手に言葉を教えられなかっただけ。
ただそれだけ。
2つ目について。
――じゃあ何て言われれば心を閉じずに済んだんだろうね。
今になって、子供の頃の私に何て言葉をかけるか考えた。
まず、私は心で何を望んでいたのだろう。
自分自身にかけてあげる言葉を探そう
これは全ての方々に刺さるとは言わない。
自分がかけてほしい言葉を探すのが一番だ。
だから以下の言葉はあくまでも一例。
自分がかけてほしい言葉を探す助けになればいいかなと思う。
4歳くらいの私へ。
あなたは遊びたかったんだ。ジャンプして。
ソファがジャンプすべきじゃないことを知らなかった。
ただソファでジャンプするなと言われても嫌だったんだ。
ジャンプしたいくらい遊びたい気持ちがあったことをまず認めてほしかったのかもね。
5歳くらいの私へ。
できた喜びを分かってほしかったんだ。工作ができたことが嬉しくて、それを信頼している人に共有したかった。
がんばったね。ちゃんと作れたんだね。
そういうのでよかった。私の頑張りを褒める一言でよかった。
本当に、何て言ったらいいのか教えてほしいよね。
小学2年生の私へ。
泣いていること自体が悲しみやつらさの表れなんだって分かってほしかったんだよね。
まだあなたは母親を信頼していた。
我慢してえらいねと言ってほしかった。
ううん、もはや何も言わなくてもよかった。
黙って抱きしめてほしかったね。
私という存在を親にだけは受け入れてほしかった。
何も言えないくらいにいっぱいいっぱいだったんだもんね。
あなたはがんばった。
子供の時から頑張っていた。
大好きな親が、機嫌を悪くしているのを見てられないから、あなたは自分の心を犠牲にした。
そうすれば彼らが機嫌を悪くしないと思ったから。
あなたは本当に心優しい子なの。
大好きな人のためならそこまで捧げられる。
黙って心を捧げられる。
そしてあなたは確実に深い愛情を知っていた。
誰から学んだんだろうね。
あなたの大好きな人たちが背中で語るのを見て学んだんだよね。
凄いことだよ。
本当に、彼らが機嫌が悪かったのは偶然。
人間なんだから。
機嫌が悪い時には正直にそう言ってほしかったよね。
「ごめんね、余裕がないの」と言って、弱いところも見せてほしかったよね。
でも人に弱みを見せない強さをあなたはちゃんと学んだ。
本当は、心はあなたのもの。
あなたは自由なの。
そうたくさん言葉をかけている今も
心は泣いている。
愛おしい。不器用で健気な心が愛おしい。
自分の心に一番響く言葉をかけてあげられるのは
自分自身らしい。
自分の心を自分自身が一番分かってあげる
このシリーズはこれが目標。
どれかの記事だけでも、一緒に考えてみてくださいね。
つづく